第107話大森林
砂漠の国、アスファル聖国国境付近からバイクで走ること二日。
恐らくではあるが、俺達は最終目的地のヴィルジホルツにやって来た。
国境であろう川を越える頃になると更に景観に変化が出てくる。
獣人の国アズゥホルツ程では無いが、木々が乱立している。この国も森の国なんだな。
やっとだ。やっとここまで来ることが出来た。森に入る前にバイクを停める。
「フィーネ、この森には街道とかはないのか? 地図では詳しい地形が分からない。すまないが、ナビ…… いや、指示を出してくれ」
「はい。森の中ならばある程度覚えてます。ここからだと…… まずは北西に進んで下さい」
「分かった」
フィーネの指示を受けバイクを北西に向ける。
今の俺のバイクは大型クラスの馬力を持ってはいるが、森の中ということもありスピードが出せない。
さらにはサイドカーも付いており、木々の間を抜けるのも一苦労だ。
一時間も森を走ると…… 木々の密度が濃くなってくる。
ここまでだな。
「みんな、バイクを降りてくれ。ここからは歩きだ」
「えー、歩くのー?」
桜が不満そうに呟く。しょうがないだろ。
ここからは歩いた方が早く森を抜けられるからな。
「文句言ってないで。道が開けたところに出たらバイクを出してやるから。桜とフィーネは前衛をしながら進んでくれ。チシャ、おいで」
チシャの前でしゃがんでおんぶを…… ってあれ? チシャは俺の前に移動して……
「抱っこがいいー。お父さん、抱っこして」
えー…… おんぶの方が楽なのに。しょうがない。
チシャを抱っこすると満足そうに笑い顔をすり寄せてくる。
「チシャ、危なくなったらすぐに降りて。俺の後ろに隠れるんだぞ」
「うん!」
この森の中だ。実際何が出るか分からん。
魔物、猛獣、そして、もしかしたら……
移動を徒歩に切り替える。
この森はかつてフィーネが住んでいた場所だ。このどこかにアルブ・ビアンコの生き残りがいる可能性がある。
だが闇雲に歩くわけにもいかん。
「まずはフィーネが昔住んでいたところに案内してくれないか? この森の中だ。町や村が無いことは理解してるが、どんなところに住んでたんだ?」
「私が住んでた場所ですか…… 覚えている限りですと二十人ぐらいのロコがあって、近所にも同じようなロコがあったはずです。歩きですとここから五時間というところですね」
「ロコ? ロコってなんだ?」
「あはは、ごめんなさい。ロコっていうのは私達の言葉で集落ってことですね。近親者の家族同士で一つのコロニーを作るんです。この森の中にはいくつものロコがあったんですよ……」
そうか、そうやってフィーネ達アルブ・ビアンコはネグロスから隠れるようにこの森の中に住んでいたんだな。
「よし、行こう。フィーネ、先導は任せた」
「はい!」
フィーネを先頭にして歩くこと五時間。とっぷりと日は落ちて辺りは夕闇に包まれる。
そろそろついてもおかしくないのだが…… さすがに疲れたな。
チシャなんて俺の腕の中で眠ってるし。
「フィーネ。まだ着かない……」
「しっ! 隠れてください!」
なんだ!? フィーネが俺達に隠れるよう指示を出す。
各々大木の影に身を潜め、こっそりと前方を確認する……
そこには……
おそらくフィーネが言っていた集落があった。いや、その残骸というべきか。
石造りの家は無残に壊され、農具やら武器やらが地面に散乱している。
その中に松明を持った人影が……
暗くてよく見えないな。
そうだ! 俺は猫の目の指輪をはめる。これの特殊効果は暗視ゴーグルと同じだ。
アズゥホルツの町、アバルサをオークの大群から救った時に使ったんだ。
視界が変化し、暗闇の中集落にいる人影を観察すると……
甲冑を身に纏う兵士の姿。三人…… いや、四人いるな。
遠すぎて何を言っているのか分からない。その一人が兜を脱……
横に長い耳。間違いない。アルブの民だ。
猫の目の指輪の効果で色は判別出来ないが、恐らくアルブ・ネグロスだろう。
「フィーネ……! アルブ・ビアンコが鎧を着ることってあるか……?」
「鎧……? もしかしてネグロスがいるんですか……!?」
「あぁ…… 多分な…… チシャ……! 後ろに隠れてて……!」
「え? う、うん……」
チシャを降ろし、俺はスナイパーライフルを創造。構えつつ、二人に指示を出す。
「二人共…… 構えておけ…… だがまだ撃つなよ…… 戦闘は可能な限り避ける……」
「うん……」「はい……」
相手は四人。しかも俺達に気付いていない。恐らく勝つことは出来るだろう。
だが相手は兵士だ。こいつらが帰ってこないことを知れば捜索隊が派遣されるかもしれない。倒すことで逆に危険を招くことになりかねない。
だがいつでも撃てる準備はしてある。兵士の一人がこっちを向いている。
くそ…… 気付かれたか?
ゆっくり…… 一歩ずつ近寄ってくる…… 俺はトリガーに指をかけ……
ガサガサッ
茂みの中から動物が飛び出してくる!
兵士はそれを見て少し驚いているようだ。
「なんだ、ウサギか。驚かせよって」
「隊長! どうしましたか!?」
「いや! 何でもない! ここにビアンコの残党はいないようだ! 今日は撤収だ! 行くぞ!」
「「「はっ!」」」
兵士は踵を返して去っていく……
ふー、焦った。それにしてもこんなところまでネグロスが来ているんだな。
一筋縄ではいかんな。
完全にネグロスが去ったのを確認。
手に持つ武器をスナイパーライフルからハンドキャノンに切り替える。
「周辺警戒をしながら集落に行ってみよう。またネグロスが来るとも限らん。気を付けろよ。チシャ、もう大丈夫だぞ。おいで」
「う、うん…… お父さん、怖いよ……」
俺の手を握るチシャの手が震えている。今日はこれ以上進むのは無理だな。
簡単に辺りを捜索するが、生活をしていたであろう痕跡は無く、集落はただの廃墟を化していた。
フィーネはとある廃墟を見つめている。もしかして……
「あそこに住んでいたのか?」
「はい…… 私はあの家でおばあちゃんとお父さん、お母さんと一緒に住んでいました…… おばあちゃんは祈祷師をしていたんですよ…… 他の集落からもおばあちゃんを訪ねて色んな人が来て…… ぐす……」
思い出が湧き上がっているのだろう。フィーネが泣いている。
辛いよな。自分の故郷がこんなことになっているのだから。俺はフィーネの肩を抱く。
「ライトさん……?」
「ごめんな。何もしてあげられなくて……」
「う…… ふえーん……」
声を出して泣きだすフィーネ。彼女は俺の胸の中で泣いた。
◇◆◇
フィーネが落ち着く頃。腕時計を確認すると既に七時を示している。
「フィーネ? 大丈夫か? 今日はここで一泊だ。明日からまたビアンコの生き残りを探してみよう」
「はい…… 私が覚えているロコはまだ三つはありますから…… ライトさん、エレノアって覚えてますか?」
「エレノア? 確か…… フィーネの幼馴染でヴェレンのギルドで鑑定士をしてた子だったよな?」
「はい、エレノアは隣のロコの出身なんです。明日はそこに行ってみましょう……」
よし。予定は決まったな。今はとにかく情報が欲しい。誰か一人でも生き残りに会えたら……
期待を胸に野営の支度を始める。いつネグロスがやって来るとも限らない。
料理はする気が起きなかったので桜におにぎりを出してもらってみんなでそれを齧る。
フィーネもチシャも文句を言わずにおにぎりを食べる。
ごめんな、本当は美味しいごはんを作ってあげたいんだが。
後は寝るだけなのだが、ここは敵地。ここは見張りを立てることにした。
最初は俺からだ。小さめの障壁を発動し、みんなを中に寝かせる。
見張りを始めてから一時間。焚火に当たりながら周辺警戒を行う。
でも見張りってのは暇だな…… 火に当たっていると眠気が……
いかんいかん。少しシャキッとするか。
コーヒーでも淹れるか。ヤカンを火にかける。
お湯が沸くまで一服でも……
懐からタバコを一本取り出し火を付け……
ガサッ
物音!? 即座にハンドキャノンを構える! 猫の目の指輪をはめている暇は無い。
このまま迎え撃つ!
ガサッ ガサガサッ
物音が近づいてくる…… 暗闇の中に人影が見える……
一、二、三…… かなり多い。視認出来るだけで十人前後か……
「桜! フィーネ! 起きろ!」
「え!? 何なの!?」
「ネグロスですか!?」
二人も起きだし、各々武器を構える。これでいつでも迎え撃てる。さぁ来い……
影はさらに近づいて……? 焚火越しに映るその姿……
男だ。その肌の色は…… フィーネと同じ、アルブ・ビアンコの男だった。
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