第95話聖女リアンナ
俺はフィーネを連れてダンジョンを出る。
今フィーネの体には杏奈という元日本人の幽霊が憑りついているのだ。
杏奈にはかわいそうだが、いつまでも憑依させておく訳にはいかない。
とりあえずアジトに帰って解決策を練らなくちゃ。
時計は朝の十時を示している。
ゆっくり帰っても昼前にはアジトに着くな。
俺はフィーネからコピーした収納魔法を使い、亜空間からバイクを取り出す。
俺はバイクに跨がり……
『うわぁ…… ビックスクーターだ…… 何でこの世界に? 来人さんってほんとに何者ですか?』
この声色…… 杏奈だ。
さっきまでフィーネの意識があったのに。
「杏奈か。フィーネはどうした?」
『今は眠っています。憑依してるところを無理やり覚醒させたんですから。かなり疲れるはずですよ』
眠っているのか。早く何とかしなくちゃな……
「杏奈、乗ってくれ。今からアジトに帰る」
『アジト? 何ですかそれ?』
「後で説明するよ。アジトには娘が待ってるからね」
杏奈はぎこちなくバイクに跨がる。やっぱりフィーネとは別人なんだな。
フィーネなら慣れたもんでピョンと飛び乗ってからすぐに俺の腰に手を回してくるのに。
「しっかり掴まっててな」
『はい…… って、わわ!』
バイクを走らせる! さっさと帰るぞ!
◇◆◇
アジトに到着。スタンドを立て、バイクを降り……
なんか杏奈がバイクを降りない。
ぼーっとしてるな。怖かったか?
「杏奈?」
『凄かった! バイクに乗るの初めてなんです! 風があんなに気持ちいいなんて……』
「ははは、バイクが気に入ったか。きっといいライダーになれるぞ」
『そ、そうですか? でも自分で運転出来たら楽しいだろうな……』
そう言ってバイクを見つめる……
かわいそうに。杏奈は既に死んでしまっている。
日本に帰ることは出来ず、作り出す未来はもう無いんだ。
生きていれば日本に帰って免許を取ることも出来ただろうに……
「ひとまずは俺の部屋に行こう。少し休むんだ。そしてこれからどうするか話さなくちゃ」
俺は杏奈を連れて用意された自室に戻る。
桜はまだ仕事中だろう。昼になったら休憩を取るはずだ。
その時に話せばいいか。
「杏奈、座って待っててくれ」
『え? でも…… その…… あの……』
顔を赤くしてもじもじしてる。あ、分かったぞ。
「トイレだろ? 廊下を出て右だ」
『違いますよ!』
違う? じゃあなんなんだ?
『わ、私…… 男の人の部屋に入るの初めてで…… 緊張しちゃって……』
「ははは、そんなの気にすることないよ。歳の近い子の部屋に入るんだったら分かるけど、こんなおっさんの部屋だ。お父さんの部屋に入ったと思えばいい」
『そうですね…… それじゃ……』
杏奈はベッドに腰をかける。
俺は対面になるように椅子を移動させて座り……
「杏奈、一つ聞いておく。フィーネ…… その体の持ち主から聞いたんだが、彼女は言ってたんだ。君が聖女リアンナだと…… これは本当か?」
『聖女……? 聖女…… リアンナ……!? 熱い!? 熱いよ!? 怖い! 助けて!』
突然杏奈が震えだす!
分かったぞ! 最初に杏奈に憑依されたフィーネの言葉の意味が!
やはり杏奈は聖女リアンナだ。
自分が死んだ、いや殺された時のことを思い出したんだろう。
杏奈は聖女として奴隷を解放すべくアスファル聖国に戦いを挑み、そして破れたんだ。
聞いた話だと聖女は火あぶりにされて殺されたと……
落ち着かせなきゃ。杏奈を優しく抱きしめる。
頭を撫でながら……
「大丈夫…… 大丈夫だ…… ここには君を傷付ける奴はいない。何も心配ない……」
『ほ、ほんとに? ここにいれば安全なの?』
「あぁ、そうだ。だから落ち着いて……」
普通に話してたと思ったら突然恐怖の記憶が戻ってくる。
死んで尚杏奈を苦しめる記憶…… 怖かったんだろうな。
生きながら焼かれるなんて…… 想像したくない。
抱きしめ続けていると杏奈の息づかいが静かになってくる。
そろそろ大丈夫だろう。俺は再び対面に座……
『もう少しこのままでお願いします……』
杏奈が俺から離れない。
いや、フィーネの体だから問題ないと思うが、中身は十代の女の子だろ?
しかも日本人だ。落ち着かせるために抱きしめたが、いつまでもこのままってのは……
しょうがないか。
『思い出しました…… 確かに私は聖女リアンナです。転移したあとアスファル聖国で生きることになりました。私には人を癒す力があったみたいで、その力を求めて多くの人が私のもとに集まりました。当時の法皇から司祭の地位ももらって……』
前に聞いた話と同じだな。ここまでは順風満帆といえる。
だが次からが杏奈の運命を狂わせるんだよな。
「奴隷をその力を使って癒し始めたんだよな?」
『知ってるんですね……? そうです。この国の獣人の扱いは酷いものでした。思い出すだけでも寒気がします…… 彼等の不等な扱いを見るに見かねた私は法皇に言ったんです』
「奴隷を解放しろってな。そこからは……もう話さなくて大丈夫だ」
アスファル聖国を追放された杏奈は当時のアズゥホルツに落ち延び、魔物に苦しむ獣人達を助けたんだよな。
そこで聖女信仰が生まれるわけだ。
そして再びアスファル聖国に赴き、奴隷を解放すべく戦いを挑むのだが……
ん? なんかおかしいぞ? 杏奈は恐らく十代のはず。
だが聖女信仰が生まれたのって確か千年前だったよな?
「杏奈、君って平成生まれだよな?」
『そうです…… それが何か?』
「いや…… その君が俺より過去に転移してるのが気になってね」
『時間軸がずれてる。そうですね?』
時間軸…… よくそんな言葉知ってるな。
『うふふ。読んでたラノベに書いてあったんです。転移しても同じ時代に飛ばされるとは限らないって』
「ラノベも読んでたんかい…… でも残念だ。同じ時代に飛ばされたんなら杏奈を助けられたのかもしれないのにな」
聞けることは聞いた。あとはどうやってフィーネの体から出ていってもらうかだが……
ん? また杏奈が顔を赤くしている。今度こそトイレだな。
「トイレなら廊下を出て……」
『もう! 違いますったら! そんなにトイレばっかり行きませんよ!』
違ったようだ。怒られてしまったな。
はは、でもなんか新鮮な気分だ。
見た目はフィーネそのものなのに中に入ってる人格が違うだけでこうも雰囲気が変わるものなんだな。
でも杏奈が顔を赤くしてる理由…… 何なのだろうか?
『お腹が空きました…… 何か食べるものありますか……?』
「ははは! そうか、すまんな! よし、杏奈のためだ。そうだな、カレーでも食べるか?」
『カレー!? あるんですか!? お願いします!!』
杏奈の目が輝いている。日本食は久しく食べてないだろうな。
もてなすのは嫌いじゃない。美味しいカレーを食べさせてあげるとしますか!
一時間後……
アジトの厨房を借りてカレーを作る。本当はもう少し煮込みたいところだが……
これ以上杏奈を待たせるのもかわいそうだしな。
カレーと炊き上がった米を収納魔法で亜空間にしまい自室に戻ると……
『カレー! カレーの匂いがします!』
「ははは、もう待ちきれないって感じだな。それじゃ食べますか!」
再び収納魔法を使いカレーライスをテーブルに並べる。大盛りだ。
どれくらい食べるか分からないがフィーネの体だ。きっとお代わりもするに違いない。
杏奈は目の前にあるカレーを見つめフルフルと震えている。
『た、食べていいですか……?』
「あぁ。遠慮無くどうぞ!」
『…………!』
ガツガツッ
杏奈は言葉も無く食べ始める。凄い勢いだ!
口に運ぶスプーンは止まること無くあっという間に完食する。
「ははは、お代わりはあるからな。食べるか?」
『はい! お願いします!』
お代わりをよそい、杏奈は再びカレー食べ始める。
杏奈の目には涙が浮かんでいた。久しぶりに食べた故郷の味だ。
俺だって久しぶりに炊けた米の匂いを嗅いだ時はうるっときたもんな。
『う…… ぐすん…… あれ?』
杏奈の動きが止まる。どうしたんだろうか?
「杏奈、どうした?」
「……? あれ? ここは? なんでカレーを……? ってライトさんズルい! なんで私に黙ってカレー食べてるんですか!?」
杏奈? いや違う。
これは…… フィーネだ。
カレーを食べてフィーネの人格が現れた。
これはどういうことなんだろうか?
フィーネはプリプリ怒りながらも残りのカレーを完食した。
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