第94話レイスの正体

『あなた…… 日本人……?』


 フィーネ、いやフィーネに憑り付いたレイスが話しかけてくる。

 やはり思った通りだ。このダンジョンの主は俺と同じ日本人だ。


 レイスの正体が地球人であることは確定していた。

 ダンジョンに現れる魔物が地球の神話、映画でお馴染みの魔物だったんだ。

 フィーネ曰くダンジョンに出現する魔物はダンジョンマスターの種族、属性に左右されるらしい。


 ここで見た魔物は洋の東西を問わず、俺の知っている魔物、妖怪だった。 

 レイスが日本人だと思ったのはかつて遊んだ有名RPG、悪魔を召喚して仲間にするゲームのご立派なアイツを見た時だった。


 一応海外でも販売されてはいるようだが、アイツを見た時にピンと来てね。

 さて、同じ日本人なら話は早い。交渉に入るとするか。


「あぁ。俺は日本人だ。君もそうなんだろ?」

『あなた何者? それにここは……? ねぇ、なんで私はここにいるの? ここはどこなの?』


 自分の状況を理解してない? 少し落ち着かせないとな。


「俺は渋原 来人。君は? よかったら自己紹介でもしようか」

『私? 私の名前は…… 二つあったような…… アンナ…… そう! 杏奈!』


 杏奈か。中々かわいい名前だな。


「よろしくな、杏奈。少し話してもいいか? 君は今、俺の連れの体に憑依してるんだ」


 フィーネに憑り付いた杏奈は自分の体を不思議そうに触る。

 頭を触り、その手が耳に……


『この耳は…… もしかしてこの体はアルブの民?』


 フィーネの種族を知っている。

 杏奈はある程度この世界に精通しているんだろう。


「そうだ。彼女はアルブ・ビアンコ。俺の……友人だ。それにしても杏奈はどうやってこの世界に? それにかわいそうだが聞いておかなくちゃ。どうして死んでしまったんだ?」

『どうやってこの世界に? 思い出せない……? 死んだ理由? う…… ぐすん…… そうだ…… 私死んじゃったんだ……』


 杏奈がしくしくと泣き始める。かわいそうに…… 

 話した感じはかなり若そうだ。


『お父さん…… お母さん…… 帰りたいよ…… 会いたいよ……』


 その言葉を聞いて俺も涙が溢れてくる。

 不安だっただろう。怖かっただろう。

 知らぬ異世界の地で訳も分からず転移して、そして死んでいったんだ。

 杏奈の無念は計り知れないほどだろう。


 俺が杏奈にしてやれること…… 

 それは彼女が泣き止むまで胸を貸してあげることだけだ。

 杏奈を優しく抱きしめる……


『え……?』

「これぐらいしか出来なくてごめんな……」

『う…… うわーん!!』


 杏奈は大声で泣き出す。溜まっていた無念を吐き出すように。

 俺も杏奈を抱きしめながら死んでしまった杏奈のために涙を流した。



◇◆◇ 


  

 杏奈は俺の胸でスンスンと鼻を鳴らしながら泣いている。

 少しは落ち着いてきたみたいだな。


『ぐす…… ありがとうございました……』

「いいさ。むしろこんなことぐらいしか出来なくて申し訳ないくらいだよ。もう大丈夫そうだね。少し話してもいいかな? そうだ、杏奈はコーヒー飲めるか? せっかくだ。コーヒーを飲みながら話さないか?」


 フィーネ…… いや杏奈は驚いた表情を見せる。

 俺は加護の力で無限にスティックタイプのインスタントコーヒーを生み出すことが出来る。

 恐らく杏奈は故郷の味に飢えているだろうと思ったが正解だったみたいだな。


『コーヒー!? 飲みます! ってゆうか何でコーヒーを持ってるんですか!?』

「それは後で話すよ。それじゃお湯を沸かすかね」


 俺はフィーネからコピーした収納魔法を使い水筒を取り出す。

 作成で作ったコンロにヤカンを置いて…… 


 香ばしい香りが辺りに漂う。

 淹れたてのコーヒーを杏奈に渡す。

 杏奈はコーヒーの香りにうっとりしてるな。


『いい香り…… お母さんがよく作ってくれた……』

「熱いぞ。気を付けてな」


 コーヒーを笑顔で楽しむ杏奈。

 見た目はフィーネそのものだが、まるで別人のように思える。

 さて話を進めるか。


「それじゃ質問だ。杏奈はどうしてこの世界に?」

『分からないんです…… 学校に行こうとしてたら突然霧に包まれて…… 気が付いたらこの世界に転移してたんです』


 概ね俺と一緒か。アルブ・ネグロスの転移に巻き込まれたんだ。

 もしかしたら日本に古来から伝わる神隠しなんてのもネグロスの仕業なのかもな。


「そうか。俺もそうなんだ。俺は娘と一緒に転移してしまったんだけどな。俺は東の大陸のリッヒランドに飛ばされたんだ。杏奈はどこに?」

『私ですか? 確か…… この国だったはずです……』


 杏奈はアスファル聖国に飛ばされたのか。

 この国は砂漠気候で、生きるだけでも辛いはずだ。

 ずいぶんな所に転移にしてしまったんだな。


「これは聞き辛いんだけど…… どうして杏奈は死んでしまったんだ? それ以前の生活は覚えているか?」

『記憶がおぼろげで…… 何となくしか思い出せません……』


 そういえば杏奈はフィーネに憑依した時に熱いと言っていた。

 これは何のことなのだろうか? 色々と考えることはあるが…… 

 同郷の者として杏奈を助けたい気持ちもあるがフィーネのことも心配だ。


「こんなことは言いたくないんだが…… 杏奈が憑依してる子は俺の……」 

『うふふ、恋人でしょ!?』


 目を輝かせて聞いてくる。

 この子、結構若いな。恐らく中学生か高校生ってとこだな。


「まぁ…… その通りだ。杏奈には悪いが、体を返してくれると助かるんだが……」

『…………』


 杏奈は再び目に涙を浮かべる。

 しまったな。少し直球すぎたか?


『ごめんなさい…… そうしてあげたいんですけど、この人の体から出られないんです……』

「出られない? どうして?」


 あくまでイメージだが憑依ってのは憑りつく側が任意で出たり入ったりするのを想像してたのだが。


『憑依というのは魔物としての能力だからでしょう。恐らく憑依した体が死ぬまで出られないと思います……』


 嘘だろ!? それじゃフィーネは…… 

 一生杏奈として生きていかなくちゃいけないのか!?


 どうすればいい? 

 いや、ここで考えていても答えは出ないだろう。

 一度アジトに帰るべきか? 

 アジトにはサクラもいる。何か力になってくれるかもしれん。


 杏奈にアジトに来るよう提案する前に……


『あの…… 少しの間だったら、フィーネさんに体を返すことが出来ると思います。やってみますか?』


 そんなことが出来るのか。フィーネの状態も知りたい。

 ここは杏奈にお願いしてみよう。


「頼む。少しフィーネと話させてくれ」

『分かりました……』


 杏奈は目を閉じて…… 


 聞こえないほど小さな声で何か唱えている。


 ゆっくりと目を開く……


「ライトさん……?」

「フィーネ!」


 間違いない! フィーネが帰ってきた! よかった! 


「フィーネ! 大丈夫か!」

「は、はい! って、ひゃあぁん!?」


 思わずフィーネを力一杯抱きしめてしまった! 

 ははは! いつもの悲鳴だ! 間違いなくフィーネだ! 


「ラ、ライトさん! 苦しいです!?」

「フィーネ…… 本当によかった……!」


 フィーネを抱擁から解放する。話をしなくちゃだな。


「フィーネ、落ち着いて聞いてほしい。お前は今、レイス…… いや、杏奈という幽霊に憑依されている」

「憑依……? はい、何となく記憶はあります…… 意識はあるのに遠くからライトさんを見ているようでした……」


 憑依されている間も少しは意識があるのか。


「言い辛いんだが…… 杏奈にフィーネの体から出ていってもらうことは…… 今は無理らしい。少しの間だけフィーネに体を返しているそうだ」

「そんな……」


 大丈夫だ。何とかして杏奈には出ていってもらうから。

 何も心配しなくていいからな。


「ライトさん…… 一つだけ分かったことがあるんです。私の中にいるアンナっていう子…… あの子…… 聖女リアンナです……」


 聖女リアンナ? 杏奈が?

 聖女リアンナがレイスとなってダンジョンを支配していた?


 ヤバイ…… 考えることが多すぎる。


 ここにいては何の解決にもならない。

 俺はフィーネを連れてアジトに帰ることにした。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る