第86話説得

 半日をかけてリアンナ奴隷解放戦線のアジトに到着。やはりバイクは速いな。

 キリンも砂漠では有用な移動手段だが俺にはこっちのほうが合っている。


 もうすぐ日が昇るな。昨日の朝早くにアジトを出て丸一日か。

 忙しい一日だったな。


「桜、着いたぞ」

「……んあ? ごめん、寝てたよ」


 寝てたのか。道理で静かな訳だ。


「そういえば桜って保育園の迎えの時も後ろで寝てたな」

「嘘だぁ。フィーネちゃんじゃあるまいし」


 とか言ってるが、紛れもない事実だ。

 昔のことなので桜は覚えてないだろうが、運転しながらバイクから桜が落ちないか冷や冷やしたもんだ。


「それじゃ報告は寝てからだな。少し休もうか」

「そうだね、もうクタクタだよ……」


 各々用意された部屋に戻る。少し眠ったらクロンに報告だ。

 上着を脱いでベッドに入る…… そのベッドにはフィーネが眠っている。

 起こさないように…… 

 俺がベッドに入るとフィーネはもぞもぞ動いて……


「お帰りなさい……」

「すまん。起こしちゃったか」


 フィーネが抱きついてくる。

 いい匂いだ…… 安心する匂い。

 帰ってきたんだなと実感する。

 俺もフィーネを抱きしめて……


「んふふ…… 上手くいったんですか……?」

「あぁ。一応計画通りにはな」


「そうですか……」

「フィーネ?」


 抱きつく力が強くなる。

 目を開く。

 見慣れたかわいい顔が近づいてきて……


 キスをされる。情熱的なキスだ。


「ん…… どうした?」

「寂しかったんです…… それに心配だったんですから……」


 一日留守にしただけなのに。フィーネって何気に甘えん坊だな。

 ん? フィーネが寝巻きを脱ぎ始めたのだが……


「えーっと…… まさかだけど……」

「…………」


 何も答えない。今度は俺の服を脱がせ始めた。

 疲れてるんだけどな。時計を見ると…… 

 朝の四時じゃん。まぁいいか。


「みんな寝てる時間だ。静かにな……」

「はい……」


 再び唇を合わせる。そのまま……











 お互いを求めあった後の記憶は無い。そのまま寝てしまったか。

 隣では裸のフィーネが眠っている。

 時計は朝の九時を示している。もう少し眠っていたい気もするが……


 服を着て部屋を出る。

 その前に、うつぶせになって眠るフィーネのおでこにキスをする。


「んふふ…… いってらっしゃい……」

「いってきます。フィーネもそろそろ起きなよ? だらだらしてると一日が終わっちゃうからな」


「はーい……」


 そう言って毛布を被り、また眠り始める。

 はは、まぁいいか。俺が帰ってくる頃には起きてるだろ。

 さて行きますかね。


 クロンがいる会議室らしき部屋は洞窟の最下層にある。

 さて色々話さなくちゃいけないことがあるからな。

 あいつら説得に応じてくれるかな? 少し心配だ。


 会議室に入るとクロンが一人で俺を待っていた。

 よかった。外野がいるとうるさそうだし。

 ここはサシで話したほうがいい。

 クロンと対面になるように座り……


「待たせたな」

「はい…… ライト殿の帰りを心待ちにしておりました。して交渉は上手くいったのですか? ルチアーニは?」


「そうだな…… 何から聞きたい?」


 クロンは獣タイプの犬獣人だ。

 ノアやアーニャの様に表情から気持ちを読み取ることは出来ない。

 だがクロンの耳は…… 後ろに倒れている。

 怒り、恐怖、または何らかの負の感情を持っている。

 耳の位置で分かった。


「まずはルチアーニの様子から……」

「奴か。行く前にも話した通りだ。回復魔法で傷を全部治した」


「以前は理由を話してはくれませんでしたが…… 教えて頂けますか?」


 もう隠す必要も無いだろう。それに俺が話さなかったのには理由がある。

 こいつらはテロリストだ。

 理由はどうあれ無差別に人を殺す連中を俺は信用していなかったからだ。


「いいだろう。ノアには言ったんだけどな。俺はルチアーニを治すことで奴を脅迫したのさ。傷を治しつつ少しずつ希望を与えていく。そうすることでルチアーニの選択肢を狭めていく。俺の言うことしか考えられなくなるようにな」

「ラ、ライト殿…… 考えることが悪人ですね……」


「あのな…… 俺は一言も善人だなんて言ってないからな? そりゃ常に正しいことをしようとは心がけてるけど。必要とあらば鬼になる覚悟ぐらい持ってるよ」


 別に普通のことだろ。

 子供を、恋人を、大切な誰かを守るためなら平気で一線を超えられる。

 人間なんてそんなもんだ。

 さて話の続きだ。これを聞いたら喜ぶだろうな

 

「恐らく今日中に宣言があるだろう。法皇直々のな」

「宣言? どのような?」


「奴隷に対する理不尽な暴力を認めないってな」

「なんですって!?」


 クロンは驚いたようだが、喜んでもいるようだ。

 しっぽが考えられないほど振られているからな。


「一つ聞いておく。お前は今の話を聞いてどう行動する?」

「…………」


 黙って考え込んでいる。

 腕を組んで、下を向いて。

 顔が上がる。何か思い付いたか。


「今まで通りです。いえ、攻勢に出てもいいかもしれません。町を襲い人族を駆逐しつつ同胞を助け……」

「待て。言ったはずだぞ。な暴力ってな。ルチアーニにも伝えてある。もし奴隷が謀反を起こすようなら対処して構わないとな」


 クロンは歯を剥き出して怒鳴り始めた。


「それじゃ今までと変わり無いじゃないか! あんた何しにナタールに行ったんだ!? 結局ルチアーニの怪我が治っただけじゃないか!」

「落ち着け。まだ続きがある。いいか、黙って聞け。ここからが重要だ。冷静になれないならこの話は無しだ」


「…………」


 クロンはフーフーと興奮しているが…… 

 目を閉じてから深呼吸して……


「もう大丈夫です…… 話の続きを……」

「そうか。俺はルチアーニに言った。次の選挙にも勝てと。とある方法でルチアーニを脅迫してな。どんな手を使ってでもあいつは選挙に勝つだろう。そして当選した後だが…… そこで全ての奴隷に自由が与えられる。全ての奴隷が解放される」


「…………」


 何も答えない。クロンが動かなくなった。

 大丈夫か? 視線が定まっていないな。


「クロン? 聞いてるか? 大丈夫か?」

「え……? 申し訳ない…… 聞き間違えたかもしれないので、もう一度お願い出来ますか……?」


「では短めに。二年後、全ての奴隷は解放される。以上だ」

「…………!!」


 クロンがワナワナ震えてから泣き始める。


「ほ、本当ですか……? ですが何故二年後に? 即我らを解放することも出来たでしょうに……」

「分かってないな。もし今、奴隷解放を宣言したらルチアーニの支持率はがた落ちだ。選挙に勝てなくなるだろ? ルチアーニが選挙に勝てば最低でも六年は奴隷の身の安全は約束される訳だ。二年と六年、この差は大きいと思わないか?

 それにルチアーニが選挙に落ちたら、次に法皇になる奴が獣人への待遇を元に戻すかもしれないだろ?」


 俺が本当に成し遂げたいことをするには二年では短すぎる。

 だからこそルチアーニには選挙に勝ってもらう必要があるんだ。

 長い間、傀儡になってもらわないといけないからな。


 そうだ、喜んでいるところ悪いがもう一つ言っておかないと。


「それとな、少し言い辛いんだが……」

「ぐす…… 何ですか……?」


「お前の組織、リアンナ奴隷解放戦線を解体しろ。もう人族を襲うのは無しだ」


 クロンは絶句した後、再び激昂する。無理もない。

 恐らくは組織はクロンにとって全てだろう。こいつの存在意義と言ってもいい。

 ルチアーニに復讐するために組織を作ったんだろう。

 クロン自身、妻と子をルチアーニに殺されているそうだし。


「今までのことを水に流し…… 人と手を繋いで仲良くしろと!? そんなことが出来るか!?」

「仲良くしろとは言っていない。お前は恨みを忘れることは出来ないのも分かる。俺が同じ立場だったらお前と同じ考えをするだろうさ。でもな…… お前が今まで通り人族を襲い続けるのであればお前はルチアーニ以下ってことになる。それでもいいのか?」

「…………」


 何も答えない。きっとクロンは心では分かってるんだ。

 二年後に全ての奴隷が解放され明るい未来が待っている。

 だが理解は出来ても納得は出来ない。

 そうなるためには少し時間が必要だろうな。なので次の一手を……


「一つお願いがある」

「…………」


「ルチアーニが次の任期が始まるまで二年ある。その間に力の無い奴隷を保護しておいてもらいたいんだ」

「…………?」


「分からないか。今日から奴隷に対する暴力は収まっていくだろう。だが、一気にそれが浸透するとは思えないのも事実だ。陰で奴隷に酷いことをするやつもいるだろう。そういった奴隷を保護してやって欲しい。差別、偏見は時間をかけて無くしていくしかないからな…… そのためにもお前の力が必要なんだ。やってくれないか?」

「…………」


 腕組みをして考えこんでいる。いきなり答えは出せないか。


「少し…… 少しだけ時間を頂けますか?」

「あぁ、もちろんだ。でも覚えておいてくれ。俺はもうすぐこの国を出ていく。お前達を助けられるのもこれが最後だろう。そこは覚えておいてくれ」


「…………」


 俺は席を立って部屋を出る。

 この国の…… いや、奴隷達の未来はこいつらにかかっている。

 クロンはやってくれるだろうか?


 不安を抱えたまま、俺は自室へと戻っていった。

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