第85話脅迫 其の二
ルチアーニの治療は顔を残すだけとなった。
ここまでで俺の考えている事の下地は出来上がったことになる。
在任期間中に奴隷への理不尽な暴力を止めさせる。
次の選挙に勝つ。そしてこれからが本番だ。
「お前を完全に治すのは簡単だ。いいか、これが最後だ。お前が俺の言うことを聞かないのであれば俺は帰らせてもらう。もちろんお前の首を持ってな……」
表情は読み取れないが、ルチアーニの体がブルブルと震える。
ははは、ついこないだまで日本で平和に暮らしてた俺がこんなことするとはね。
人生何が起こるか分からないもんだな。
「お前は次の選挙に勝つ。いいな。これは絶対だ。そして…… お前が勝った後でいい。全ての奴隷に自由を与えろ」
「なっ……!?」
ルチアーニが絶句してる。そうなるのも分かる。
俺が言っているのはこの国の今までの常識を覆せって言っているみたいなものだし。
曲がりなりにもこいつは政治家だ。
奴隷がいなくなることでの経済的損失は理解しているだろう。
まぁ俺には関係無いけどね。
「そ、そんなこと出来るわけが……」
「いいや、出来るさ。今までやろうとしなかっただけだ。時間が無いぞ? 今の内から奴隷がいない世の中を想定しておけよ?」
「し、しかし……」
「それともう一つ。奴隷に自由を与える。恐らく獣人達はアズゥホルツを目指すだろう。だがこの国の国土の多くは砂漠だ。歩いてアズゥホルツまで行くのは不可能だろう。獣人達が生きて砂漠を渡りきれるよう何かしら手を考えておけ」
確か聞いた話では、かつて奴隷に自由を与えようとした法皇がいたそうだ。
この国から自由に出ていっていいと。
だが金も力も無い奴隷の多くは国に残ったそうだ。
当時の法皇は奴隷が逃げたくても逃げられないことを知っててこんなことを言ったんだろうな。
全く胸くそ悪い話だ。
「ですが…… 一体どうやって……?」
「知るか。それを考えるのもお前の仕事だ。だが一つだけ手助けはしてやる。お前も知ってるだろうが俺達はアズゥホルツの王とは懇意にさせてもらっている。一筆書いてやるよ。獣人の受け入れをよろしくってな」
あの王様のことだ。解放奴隷の受け入れはやってくれるだろう。
ルチアーニは肩を落として……
「分かりました…… 必ずやり遂げてみせましょう……」
言うは易し、行うは難し。
言質は取れたが、かなり無理なことを言っているのは理解している。
下手すればこの国の経済は破綻するだろうしな。
それに俺はこいつを信用していない。
俺がこの国を去ったら手のひらを返すように、再び奴隷に酷いことをするかもしれない。
だからこそ俺は今から人として最低なことをする。
人の弱味につけこんで。
己が願いを果たすために。
俺は立ち上がり、フラッシュグレネードを創造する。
手のひらにすっぽりと収まるようサイズは小さめにしておく。
俺の挙動を見ているルチアーニに……
「よく見ておけ」
手に持つグレネードを壁際にある壺の中に入れる。
3……
2……
1……
ガシャンッ!
大きな音を立て、壺が砕け散る。
「な、何を?」
「いいか。俺は今からお前の体にフラッシュグレネードを埋め込む。これは殺傷力は弱いものだが体の中で炸裂したらお前もどうなるか分かるだろ?」
「そ、そんな……」
「桜、そいつを押さえておけ!」
「うん……」
桜は俺の言う通りルチアーニを羽交い締めにする。
ルチアーニはバタバタ暴れるが無駄なことだ。
桜自身もかなり強くなっている。
レベルはルチアーニの方が高いがステータスは桜の方が遥かに上だ。
ルチアーニの抵抗など無意味に等しい。
「や、止めてくれ!」
「大人しくしてろ。殺すわけじゃない」
「ひいぃぃぃっ!」
ナイフを使いルチアーニの腹部に刃を入れる。
スパッ ブチブチッ
うげ…… 気持ち悪。腹膜っていうのかな。
それを裂いた感触がしたのでグレネードをルチアーニの腹に押し込む。
「うぎゃあぁぁっ!? 止めて! 止めてくれ!」
うるさいな。グイグイとグレネードを押し込んでいく。
全部入ったな。これでよし。
「桜、いいぞ。回復してやれ」
「うん。エクストラヒール!」
パァァッ
ルチアーニを拘束したまま回復魔法を発動する。
腹の傷が塞がり、恐らくは包帯でぐるぐる巻きにされている顔も元通りになっているだろう。
桜はルチアーニを離すとヘナヘナと座り込んだ。
「これでお前は元通りだな。よかったな?」
「こ、この悪魔め……」
「それはお前のことだろ? 今までどのくらいの奴隷をその手にかけた? 自業自得だ。でもな…… 俺はお前に償いの機会を与えてやったんだ。むしろ感謝されてもいいぐらいだぞ?」
「お前は私を殺す気なのか……?」
「フラッシュグレネードのことを言っているのか? あれは保険みたいなものだ。言っても理解してもらえないだろうが、時限式に組み換えておいた。それと俺の任意でいつでも起爆出来るようにもな。もしお前が約束を違えたら…… 分かってるよな?」
「…………」
黙って頷く。
「いい子だ。そうだな。取り合えず明日にでも奴隷への暴力は止めるよう国民に知らせておけ。もし、実行しなかったら…… ボンッ!」
「ひぃっ!?」
ルチアーニの体がビクッと動く。
ははは、ビビらせちゃったか。
「わ、分かりました! 必ず実行しますので! どうか命だけは!」
涙を流してすがり付いてくる。
俺より年上のじいさんに抱きつかれるのは趣味じゃないんだけどね。
「ちゃんと見てるからな…… それじゃ俺は行くよ。桜! 帰るぞ!」
「うん……」
二人でルチアーニの部屋を後にする。
これで少しはこの国も良くなる……と思いたい。
さて取り合えずは上手くいったな。後は帰るだけだ。
でも帰ったら帰ったで仕事が残ってるんだけどね。
それはアジトに着いてからだな。
バイクに乗ってナタールを後にする。
それにしてもルチアーニのあの顔……
ふふ…… ははは……
「あははははは!」
運転しつつ大声で笑ってしまう。
俺だけじゃない。桜もだ。
「あはははは! 上手くいったね!」
「あぁ! そうだな!」
「ところでさ! あのおじさんの体に爆弾入れたんでしょ!? 大丈夫なの!?」
「あれか!? あれはレプリカだよ! 時限式のグレネードなんて作れるわけないじゃん!」
「マジ!? うわー! パパって悪人だね!」
実際は時限式のグレネードってのはあるらしい。
でも構造を理解してないからな。そういったものは作製や創造でも作れない。
銃は別だ。ゲーム内オプションで個別に銃の詳細を見れたからな。
好きなゲームなので、細かいところも暗記してるし。
「でさ! アジトに帰ったら次の目的地に行くの!?」
そうだな。それもいいが……
その前にやらなくてはいけないことがある。
「少しだけこの国に留まる!」
「何をするの!?」
バイクを停める。運転しながらだと話し辛いからな。
「どうしたの?」
「桜…… 帰ったら俺はクロンを説得する。リアンナ奴隷解放戦線を解体しろってな」
「…………」
これからこの国は少しずつではあるが平和になっていくだろう。
そこに武力で事を解決しようとする勢力は邪魔になるだけだ。
あいつらの存在自体が平和への障害になりうる。
「でもさ…… クロンさん達、納得してくれるかな……? 好きな人を殺されたんでしょ? もし私が同じ立場なら……」
「そうだな。一度振り上げた拳を納めるのは難しいだろう。でもさ、もう終わるべきなんだよ。一度ここで憎しみをリセットしなくちゃあいつらに未来は無いからね」
まぁ素直に聞いてはくれないだろうな。
少し時間をかけて説得しないとな。
「それじゃ行くよ」
「うん!」
再びアジトに向けてバイクを走らせる。
少し不安もあるが…… 全力で説得してみせるさ。
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