第84話脅迫 其の一

 朝早くにアジトを出てバイクを首都ナタールに向け走らせる。

 悪路とはいえ、やはりバイクは速い。

 途中で休憩を挟んだりしたが、あと一時間もすればナタールに着くだろう。

 適当な日陰にバイクを停め、メットインから水筒を取り出して桜に渡す。


「飲みな。水分補給だ」

「ありがと。やっぱり暑いんだねー。バイクだと風を感じるからそこまで暑いと感じないんだけど」


「そりゃそうだよ。体感温度は下がるけど汗はちゃんとかくからな。油断大敵だ」


 今度は桜が俺に水筒を渡してくる。

 俺も水分補給をしてっと。再びバイクに跨がる。


 そして走ること一時間。俺達はこの国の首都ナタールに到着。

 俺は二回目だが、桜は初めてだよな。


 今回はルチアーニに俺達が訪れる事前アポは取ってある。

 なのであえてバイクは隠さない。このまま城門まで進む。

 前回よろしく兵士が門を守っているが……


「お待ちしておりました……」


 恭しく俺達を迎えてくれた。

 苦虫を噛み潰したみたいな顔はしてるがね。


「話は通ってるみたいだな」

「はい。案内は必要ですか?」


「大丈夫だ。ルチアーニはどこだ?」

「大聖堂でお待ちです……」


「…………」


 俺は会釈を一つしてからナタールに入る。

 町の中は外からは分からなかったが多くの建物が焼け焦げている。

 かなり大きな火事だったんだな。

 クロンは町の半分が焼けたって言ってたな。


 正直胸が痛い。これは俺のせいでもあるからだ。

 クロンにフィーネを救うため、町に火を放つよう持ちかけたのは俺だから…… 


 だが後悔はしていない。

 フィーネの命とナタールの住民の命、俺は間違いなくフィーネを選ぶ。

 いや、そう自分に言い聞かせるんだろうな。


 そうじゃないと…… 

 そうやって正当化しないと俺は潰れてしまうかもしれないから……


「パパ…… なんだかすごいことになってるね……」

「あぁ。こうしないとフィーネを助けられなくてな……」


「人がいっぱい死んじゃったんだよね……?」

「…………」


 答えられない。桜は俺を軽蔑するだろうか? 

 聞くのが怖い。嫌われたくない。だが桜は何も聞かない。

 ただ後ろからきつく俺に抱きついてくるだけだ。

 抱きつく桜の手を撫でて……


「ありがと……」

「ううん…… パパは頑張ったよ……」


 桜…… 思わず涙が…… 

 涙を見せぬようバイクで町を走る。


 焼け焦げた町を十分も走ると大聖堂の入り口が見えてくる。

 端にバイクを停めて入り口へ。

 前回はここでボディチェックを受けたが今回はそのまま通された。


「ライト殿…… お待ちしておりました……」

「帯刀はしてるけど入っていいのか?」


「…………」


 黙って通される。一階ホールを抜け大階段を登る。

 今回は案内は無いみたいだな。そっちの方が気楽でいい。


「なんか重い雰囲気だね……」

「俺のことが嫌いなんだろ」


「そんなこと…… わ、すごい穴!」


 階段の途中で壁に直径三メートルはあろうかという穴が開いている。

 その横では…… まだ片付けてなかったんだな。

 俺が倒したゴーレムの残骸が。

 まあ片付けたくても、かなり重量がありそうだしな。

 そう簡単には除去出来ないのだろう。


「気を付けろよ」

「うん……」


 足元に注意しつつ三階に上がる。

 扉を守る兵士が俺を迎えてくれた。


「どうぞ……」


 中に入ると顔中包帯だらけのルチアーニがソファーに座っている。

 その後ろには屈強な兵士が二名。メイドさんが一人。


 両足が無いから座り辛そうだな。変な体勢で座ってる。

 包帯の間から視線を感じる。

 敵意、憎悪、恐怖、とにかく負の感情のこもった視線だ。


「…………!?」


 横にいる桜が口を押さえる。

 ルチアーニの姿を見て驚いているのだろう。

 奴をこんな姿にしたのは俺だからな……

 俺の残酷な一面を見せてしまったことになるのか。

 桜…… こんな俺を嫌わないでくれ……


「ど、どうぞお座りください……」


 ルチアーニが口を開くが声色に恐怖が滲み出ている。

 俺と桜はソファーに腰かけるとメイドさんが紅茶を用意してくれた。


「ありがとう」

「…………」


 何も言わず一礼だけして下がって行く。

 今回は紅茶を頂くことにした。香り高い紅茶だ。

 前回は味わう余裕なんか無かったし。


 俺達の紅茶が空になる頃を見計らってルチアーニが声をかけてきた。


「し、して今日はどのようなご用件で? 私の傷を治して下さるんですよね?」


 さあ交渉開始だ。

 俺は立ち上がって兵士とメイドに向かって……


「すまないが出ていってくれ。君達がいると集中出来ないんでな」

「「…………」」


 彼らはどうしていいのか分からずルチアーニに答えを求める。


「で、ですが…… この者達は私の護衛でして」

「俺が相手なら護衛は無意味だ。殺そうと思ってるなら前回に殺してる。いいか? 俺は戦いに来たんじゃない。お前と話しに来たんだ。そこを忘れるな。それに桜の回復魔法は繊細な魔力コントロールが必要だ。集中しないと指が二十本になってしまうかもしれんぞ?」


 適当な嘘も混ぜ込んでおく。

 ルチアーニは諦めたのか……


「お前達、外で待機だ……」

「しかし!」

「いいから出ていけ!!」


 護衛とメイドは渋々と部屋を出ていく。

 これでこの部屋には俺と桜とルチアーニだけだ。

 隣にいる桜に耳打ちしておく。


「桜…… 計画通りに……」

「うん……」


 桜はルチアーニに近づいてから指のない手を持ってから回復魔法を唱える。


【エクストラヒール】



 パァァッ



 桜が一言発すると包帯の間から指が一本生えてきた。

 事前に打ち合わせてる通りだな。

 一気に回復せず少しずつ欠損箇所を治して希望を与えていく。


 俺もルチアーニの横に座って……


「なぁ、少し話したいんだがいいか?」

「…………」


 桜が回復魔法を唱え、右手の薬指が生えてくる。


「今後一切俺達に関わるな。約束しろ」

「…………」


「桜、帰るぞ」

「うん!」


 ルチアーニが慌てて俺達を止める。


「や、約束いたしますとも! 必ず約束は守ります! お願いします! 回復の続きを!」


 俺は再びルチアーニの隣に。桜も回復を始める。


「次だ。その前に一つ聞く。次の選挙は?」

「二、二年後です……」


「任期は?」

「四年です……」


 そうか。ならば……


「最低でも今回の選挙は勝て。どんな手を使ってでも構わん。方法は任せる」

「……? はい……」


 桜の回復魔法で右手の指が全て生え揃った。

 自分の手を見てルチアーニの瞳に希望の色が宿る。


「次だ。お前の傷が治ったらでいい。奴隷に対して一切の理不尽な暴力を認めるな。そうならないように法律を作れ」

「で、ですが、それは……」


「いいからやれ! 質問は無しだ。いいか、もう一度言う。奴隷に対して理不尽な暴力の一切を認めるな」

「はい…… やってみます……」


「いい子だ。それじゃご褒美だ」


 桜が回復魔法を唱え、左手の指が全て生え揃う。


「も、申し訳ないが…… 一つだけ。もし奴隷が私達に刃向かってきた場合は?」

「それは言ったはずだ。な暴力ってな。もし奴隷がこの国を乱すとあらば対処しても構わん」


 恐らくリアンナ奴隷解放戦線のことを言っているのだろう。

 それは帰ったら責任者のクロンに言うつもりだ。


「桜、足を……」

「うん、エクストラヒール……」



 パァァッ



 ルチアーニの両足が生える。後は顔だけだな。


「おぉ! 私の足が! 神よ! 感謝します!」

「喜んでいるところ悪いが次に行かせてもらうぞ」


 さあここからが本番だ。

 今までの交渉、いや脅迫は前座みたいなもんだ。


 ふふ、俺の要求を聞いたらルチアーニは驚くだろうな? 

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