第87話計算

「えーと、2+7は…… 10?」

「おしい。答えは9だ。指で数えて計算してみな」


 俺はリアンナ奴隷解放戦線のアジト、用意された部屋の中でチシャに算数を教えている。

 やることが無くて暇なのだ…… 


 クロンにルチアーニのことを報告してから二日が経つ。

 その中で俺はクロンに組織を解体するよう言及した。

 恐らく幹部連中と話をしているのだろう。揉めてそうだな。


「お父さん。7+4は11で合ってる?」

「ん? ごめん、なんだっけ?」


「あはは。お父さん眠いの?」

「いや、考えごとをしてただけだよ。7+4? そうだ。答えは11だね。チシャは頭がいいな」


 チシャの頭を優しく撫でると彼女は笑顔を返してくれる。


「えへへ……」


 かわいいな。

 いかんいかん。思わず甘やかしてしまうところだった。


 こうして勉強を教えているのは理由がある。

 チシャはこれまで教育というものを受けてこなかった。

 恐らく全ての奴隷に言えることだろう。

 だが近い将来、奴隷から解放される。

 それは自立して生きていかなければならないということでもある。

 将来に備えて少しでも知恵、知識を身に付けさせておかないと。

 この子のためだ。少し厳しめに……


「チシャ、甘いコーヒー飲むか?」

「うん! お父さんのコーヒー大好き! 嬉しいなー」


 いや甘やかしているのではないぞ? 

 適度なカフェインを摂取することで勉強の効率を上げてだな?


「チシャ、お菓子があるから少し休もうか?」

「お菓子? 食べる! お父さん大好き!」


 チシャが抱きついて頬擦りしてくる。

 適度に休憩することで効率的に勉強を…… 

 とか言ってるが、最近チシャに甘いことは自覚している。

 かわいいからな。仕方ないことだ……よな? 

 血は繋がっていないとはいえ、父親として俺を慕ってくれる。

 俺もチシャを娘のようにかわいがるのも無理はないだろう。無理はないよな?

 

「みんなで食べよう。桜達を呼んできてくれ」

「うん!」


 チシャが部屋を出ていこうとした時。



 トントン



 部屋をノックする音が。

 誰だ? 桜やフィーネではないだろう。

 彼女らはノックもせず部屋に飛び込んでくるからな。それはそれで問題だが……


 扉を開けると、そこにはアーニャが立っていた。


「どうした?」

「隊長がお呼びです。来ていただけますか?」


 クロンが…… 

 先日俺が提案したこと、リアンナ奴隷解放戦線を解体する決心がついたのか? 

 なら行かないとな。


「チシャ、悪いけどお菓子は後でもいいか?」

「えー…… お父さん行っちゃうの?」


 がっかりしたように言うが仕方ない。


「特別にチシャにはお菓子を二個あげるから。だからいい子にして待っててな?」

「二個も!? やったー!!」


 おっと、今度は頬にキスをされた。

 その光景を見ているアーニャが微笑んでいる。


「あなたを見ていると、人族と獣人が仲良く暮らす未来が見えてきますね……」

「そうか? でもアズゥホルツでも割と人族には寛容だった気がするぞ?」


 聖女一行ということもあっただろうが、あの国での待遇は良かった。良すぎた程だ。


「表面上はそうなのでしょう…… ですがこの世界では他種族への差別意識が誰にでもあるんです……」


 そう言って悲しい顔をする。でもそんなの俺達の世界だってそうだぞ?

 人種、男女、貧富、身分、宗教、様々な差別が存在していた。

 いや、していると言ったほうがいいだろう。

 そういった意識は時間をかけてゆっくり無くしていくしかないのかもな。


「それじゃ行くかな。アーニャも来るのか?」

「はい、一応私もここの責任者ですから。私からあなたに伝えないといけないこともありますし……」


 アーニャも? 気になるな。それはクロンに会ってからだな。

 二人でいつもの会議室に。そこにはクロンが一人座っている。


「どうした?」

「まずは御足労ありがとうございます。実はライト殿に伝えたいことと…… 相談したいことがありまして……」


「聞こう」


 俺も席に着く。アーニャは立ったままクロンの後ろに移動する。

 アーニャも伝えたいことがあるって言ってたな。


「で、伝えたいことって?」

「はい…… ライト殿の言った通りリアンナ奴隷解放戦線は活動を停止することに決めました。アーニャを含む幹部全員と話し合った結果です」


「そうか…… よく決心したな」


 クロンは諦めたように笑いながら続きを話し始める。


「ははは…… 苦労しましたよ。血の気の多い若い連中を説得するのは大変だったんですよ」

「それは大変だったな。でもさ、お前自身はいつ決心したんだ? 前回はお前も俺の意見に反対していたように思えたんだが……」


 組織はクロンにとって全てだろう。存在意義と言ってもいい。

 決断にはもう少し時間がかかると思っていた。


「このままではルチアーニ以下…… あなたに言われた言葉です。それが決め手でした。悔しいですがこのまま人族を襲い続ければそうなってしまうでしょうからな……

 しかし組織は解体せず活動内容を変えて続けていこうと思います。力無い同胞を保護していく組織としてね……」


「そうか、それでいいさ。よく決断してくれた。お前達が活動内容を変えてくれることで、負の連鎖は絶ち切れる…… 少し時間が必要だろうけどな。で、他にも相談したいことがあるって言ってたが……」


「それはアーニャから。頼んだぞ」

「はい」


 クロンが席を立ち、代わりにアーニャが席に着く。

 アーニャは懐から紙を取りだしテーブルに置く。

 細かい数字が沢山書いてあるな。


「これは?」

「これは今後の組織の維持費を計算したものです…… かなり抑えたつもりですが……」


 ん? どれどれ? 


 組織に所属する人員およそ千五百人。


 一年間の食費十五億オレン。


 光熱費を含むアジトの維持費年間五億オレン。


 今後保護した奴隷に生活してもらう建物の建設費二十億オレン。


 二年後までに五千人の奴隷を保護するとして、それまでに必要な食費五十億オレン。


 今後見込まれる収入…… 0オレン……


 なんだか天文学的な数字が並ぶ…… 

 ん!? 収入が無い!? どういうことだ!?


「ライト様の思っていることは分かります…… 収入が無いんです……」

「そういえばここの維持費ってどうやって稼いでたんだ?」


 食費とか建設費は分かる。一人頭一年間にかかる食費は百万オレンってとこか。

 建設費も妥当だろう。それにしても収入が無いとは…… 

 アーニャが悲しそうな顔をして話を続ける。


「我々の収入ですが、今までは人族を襲う際に金品を奪ってきました。お金、宝石、武具の類い全てです。この国では奴隷は給金はもらえませんので働くことは出来ません。このままでは奴隷を保護するどころか組織の維持も出来なくなります……」


 まじかー…… しまった。収入に関しては完全に失念していた。

 後ろに下がっていたクロンがアーニャの隣に座る。

 耳は後ろに畳まれ、尻尾は垂れ下がっている。

 ションボリしてるな。二人は顔を合わせて……


「アーニャ…… 手持ちの金でいつまで組織を維持出来る?」

「もって後一月でしょう…… そのお金も無くなったら……」


 今度は二人は同時に俺の顔を見て……


「どこかにいい解決案を持っている人はいないものか……」

「隊長…… 私、お腹が空いてきました…… でも我慢します…… 一日一食で我慢しますから……」


 二人の潤んだ視線が俺に向けられる…… 


「あぁ! このままでは! 同胞を助けるどころか我々まで死んでしまうではないか! 神よ! 我等を救いたまえ!」

「天国にいる聖女リアンナ様…… もうすぐ私達もあなたの下に参ります…… ぐすん……」


 うぉ…… こいつら俺に何とかしろって言ってるな? 

 人族を襲うのは止めて、奴隷を保護しろと言ったのは俺だ。

 言い出しっぺは俺…… ぐぬぅ…… 


「もう! 分かったよ! 金は何とかしてやるよ!」


 こうなりゃやけだ! 言ったことの責任は取る! 

 俺の言葉を聞いて二人の顔がキラキラ輝く。あとちょっとニヤニヤもしてる。

 こいつら俺が動くことを狙ってやがったな……


「流石聖女様の御父上です! 弱者を救う高尚なお気持ち! 見習いたいものです! むふふ……」

「これで! これで私達は救われますね! ライト様! ありがとうございます! うふふ……」


 なにちょっと笑ってんだよ…… 

 こうなりゃ乗りかかった船だ。何とかしてみよう。


 とか言ってるけど、ほんと何とか出来るのかなぁ……? 


 不安を抱えながら会議室を出る。

 取り合えず桜とフィーネに相談だな。

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