第75話誘い

 ルチアーニから俺宛のメッセージが届いた…… 

 一体どういうことだろうか? 

 真意を探るべく、俺はリアンナ奴隷解放戦線の責任者、クロンのもとを訪れた。


 会議室なのだろうか。

 クロンがいる部屋には円卓が置かれクロンは一人そこに座っている。

 俺は彼の横に腰かけてルチアーニからのメッセージを見せる。


【魔女の父ライト殿へ。伝えたいことがある故、至急首都ナタールに来られたし。アスファル聖国 法皇 ルチアーニ】


「なぁ、これってどう思う?」

「これは私の部下がテレジナで手に入れたものです。町のあちこちにこれが貼られていたそうですよ」


 あえて人目に付くようにこれを…… 

 何を考えている? 

 俺が、魔女一行がこの国にいることが末端の住人にばれる。

 奴隷もこれを知ることになるだろう。


 奴隷が俺達がいることを知れば、解放を願ってこちらに味方する奴も出てくるだろう。

 そのリスクを承知でこのビラをばらまいたってことか?

 あえて俺に接触を求めてくるということは……


「罠でしょうな。行ってはいけませんぞ」

「まぁそう考えるのが妥当だろうな。だが……」


 一つ心配事がある。

 昨日リンドブルムなる男を尋問したのだが、捕らわれた囚人に対して拷問を行っていると。

 俺がこの誘いを断れば…… 嫌な想像が脳裏を過る。


「すまんが…… 少し話していいか?」

「はい。なんでしょうか?」


「俺はルチアーニに会おうと思う」


 クロンの体に力が入る。

 俺が誤った選択をとったと思っているのだろうな。


「大丈夫だ。あんたらを裏切るような真似はしない。あくまで目的はフィーネを助けること。この誘いを利用出来るかもしれない」

「と言いますと?」


「どうせ、フィーネを助けるために大聖堂に潜入するんだ。少なくともルチアーニに会う時に攻撃はされない……と思う。それに奴の狙いは桜のはずだ。俺を交渉役に選んだってとこじゃないのか?」


「そうですね…… ですが全面的にあなたの案に賛成するわけにはいきません。罠の可能性が捨てきれない限りは……」

「ルチアーニの暗殺。これでどうだ?」


 クロンの眉がぴくっと動く。

 よし、乗ってきたな。


「可能であればルチアーニの首を取ってくる。為政者がいなくなれば少しの間だがお前達も動きやすくなるだろ? それに…… 恨んでるんだろ?」


 クロンがワナワナと震え始める…… 

 怒らせちゃった? いや、笑ってる。


「ふふふ…… もしそれが可能なら是非お願いします…… 奴には散々煮え湯を飲まされましたからな……」


 クロンは突然上着を抜いで、背中を俺に……? 

 酷い…… 背中一面に火傷の痕が…… 拷問だろうか? 

 ルチアーニにやられたのか?


「十年前、私は奴の奴隷でしてな。日頃から謂れの無い暴力を受けてきました。今でも思い出します。笑いながら私の背を焼く奴の歪んだ笑顔を…… それだけではありません。奴隷ながら私にも妻と娘がおりました。奴は妻を殺し、娘を犯し…… 何が聖職者なものか! あいつだけは許せない…… 願わくばこれと同じ傷をルチアーニに…… そして妻と娘の無念を晴らして下さい……」


 うわ、最低だな…… 見た目は人のいいお爺さんみたいだったのに。

 人としてやってはいけないことを一通りしてるみたいだな。

 それならばどんなことをしても心は痛まないけど……

 

「そこまでするのは約束出来ないが…… で、お前は俺の案に乗ってくれるのか?」

「いいでしょう。決行の日時は変わらず。ルチアーニには斥候を使いライト殿が面会する旨を伝えます」


「分かった…… 後は頼む」


 そう言って俺は自室に戻る。

 チシャがベッドに座って俺の帰りを待っていた。

 チシャの横に座り……


「お話終わったの? フィーネお姉ちゃんのこと?」

「そうだよ。もうすぐ会えるからな」


「そっか…… お姉ちゃん寂しがってないかな? お姉ちゃんね、お父さんのことが大好きって言ってたんだよ」


 その言葉を聞いて不覚にも涙が溢れ出す。

 フィーネ…… 俺も会いたいよ……


「あれ? お父さん泣いてるの? ほら、こっち来て」


 幼いながらにチシャは俺を慰めてくれる。

 俺はチシャに抱きしめながら泣いた。



 その二日後……


 俺はクロンのいる会議室にいる。ノアとアーニャも一緒だ。

 彼女らも参加するんだよな。さぁ救出作戦決行の時がきた。

 クロンが説明を始める。これを聞くのは何回目だろうか? 

 嫌ってほど聞かされたから全部暗記してるんだけど……


「これからライト殿には首都ナタールに向かってもらいますが、先に説明した通り単独で向かってもらいます。急襲部隊はライト殿には同行しません。隠密にナタールに向かい時を待ちます。

 ライト殿が大聖堂に入った二時間後に町に火を放ち混乱を誘い、ライト殿はそれに乗じナタールを脱出していただきます。何か質問は?」

「無い。大丈夫だ」


「そうですか…… では御武運をお祈りいたします。アーニャ! ノア! しっかり働いてこい! これは我ら獣人にとっての聖戦となる! 積年の怨み! ここで晴らしてこい!」

「「はい!」」


 その言葉を皮切りに各々部屋を出ていく。俺も行くかな…… 


 キリンのムニンを連れて外に出る。

 しっかり走ってくれよ? ムニンの顔を撫でて……


「すまんがこれから休まずにナタールに向かう。疲れると思うが…… 頑張ってくれよ?」


 ムニンは任せろとばかりにバヒンバヒンと嘶く。

 それじゃ頼んだぞ。ムニンに跨がったところで……


「パパー!」


 桜がチシャと一緒に駆け寄ってした。


「はぁはぁ…… 酷いよ! 何も言わずに行っちゃうなんて!」

「はは、すまんな。でも俺は今から汚れ仕事をこなしに行くんだ。決して誇れることじゃないからな」


 だから黙って行こうとしてたんだけどね。

 だってそうだろ? 恐らくは誰かしら死ぬことになる。

 いくらPVPでそこそこ強いからって敵を気遣って攻撃するほど器用ではないし。

 それに俺はこの世界で既に人を殺している…… こうなりゃ一人殺すのも二人殺すのも同じだ。


 

「やっぱり私も行く……」

「駄目だ! お前は来るな!」


 それだけは許可出来ない。愛しい娘の手を血で汚すなんて…… 

 魔物はともかく、桜が人を殺すのは容認出来ない。

 俺に怒鳴られた桜はシュンとしてるが……


「すまん…… 桜、約束するよ。フィーネは必ず助ける。だから…… 俺達の帰りを待っていてくれ……」

「うん…… でも無茶はしないでね! もしパパに何かあったら……」


 大丈夫だ。お前を一人になんてしない。

 桜を抱きしめる。


「うへ~…… タバコ臭い……」

「…………」


 いつもだったらここで憎まれ口の一つでも叩くのにな。

 今は何も言えなかった。桜を離してキリンに跨がる。


「行ってくる……」

「行ってらっしゃい……」


 後ろを振り向くことなくムニンを走らせる。

 首都ナタールはここから西に一日進めば着くはずだ。



 日が沈み…… 休むことなく夜通し砂漠を進む。

 そして太陽が東の空に顔を出す頃……  



 地平線の彼方に建造物が見えてくる。



 あれが首都ナタールか……

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