第76話ナタールへ

 地平線の彼方にこの国の首都ナタールが見える。

 更に近づくこと三十分。天にそびえ立つような大建築が見えてくる。

 見た目は…… サグラダファミリア? 

 そんな感じだ。町は高い城壁に囲まれており、鉄壁の要塞を思わせる。


 さて敵地に乗り込むとするか…… 

 城壁の外周を回って進むと城門が見える。

 兵士だろうか。屈強な男が四名ほど門を守っている。

 キリンを降りてそいつらに近づくと……


「ライト殿ですな? 話は聞いております。どうぞ中に……」


 よかった…… 話は通ってるみたいだな。

 フィーネを救う際、誰かしら殺さなくてはならない覚悟はしてきたが、むやみやたらと人を殺したくない。

 少なくとも今はな。


 兵士の先導のもと首都ナタールに入る。

 一際異彩を放つばかでかい建物が…… 

 あれが大聖堂か。この国の宗教のシンボルみたいなものなのだろうな。


 ここにフィーネがいるのか。 

 ん? なんか警備の兵が槍を交差して俺を通せんぼしてるのだが……


「なんだ?」 

「失礼ですが大聖堂内では帯刀は禁じられております。他に武器の類いがあればここでお預かりしますので……」


 ボディチェックね。まぁ問題無いだろ。

 俺は創造魔法でいつでも銃を取り出せるし。こいつらを欺くためだ。

 腰に差しているナイフを渡し、さらにこっそりとハンドキャノンを創造しておく。

 これも兵士に渡してっと……


「ふむ。武器はそれだけですかな? 暗器など隠してないか調べさせてもらいますぞ。手を広げて下さい」


 兵士は俺の体をまさぐり始める。

 探したって何も出てきやしないよ。

 散々触られた後、これ以上武器は出てこないと判断したのだろう。

 通せんぼしてた兵は槍を納める。


「どうぞお通り下さい」


 大聖堂内部は荘厳な雰囲気に包まれている。

 一階はかなり大きなホールだ。見える先には祭壇のような物が見える。

 信者はあそこで祈りを捧げるのだろう。

 だがこいつらの神様は…… 胸くそ悪いな。

 神をイメージした像だろうな。神は獣人の彫像を踏みつけている。

 他者を貶めることで保たれる信仰なんて……


 だが悲しいことだがこれは地球でもあったことなんだよな。

 宗教戦争だって起こったぐらいだし。

 きっと時が経てばこれが間違っているということに気付く……ことを願いたい。


 ムカつく神の像を観察していると……


「偉大なるサハー様に心を奪われてるとみえますな。慈悲深きサハー様を信じるに遅すぎることはありません。あなたも改宗されてはいかがですか?」

「いや結構だ」


 誰がするかよ。宗教は否定しない。それを信じて救いを得られるなら。

 海外留学をしてた時もご近所さんに連れられ教会にはよく行ったものだ。

 宗教自体に寛容であるつもりだが、この宗教は到底受け入れられない。


「所詮は魔女の父親か…… こっちだ。着いてこい」


 いきなり態度を変えやがった。少しいらっとしたが…… 

 ここは我慢だな。二階に続く大階段を上る。下を見ると…… 

 あそこだな。フルプレートを着た兵士が扉を守っている。

 恐らくあそこがフィーネが捕らわれている牢獄に続いているのだろう。


 体に震えがくる。


 今すぐにでも助けに行きたい。


 だが…… ノア達がこの町に火を放つのは二時間後だ。

 今動けばフィーネの身の安全を保証出来ない。


 三階に到着。一際豪華な扉が。

 リンドブルムって言ったっけ? あいつの情報だとルチアーニはここにいるはず。

 幸い一階までのルートは階段を降りるだけ。

 迷うことはないはずだ。


 先導している兵士が扉を叩く。


「失礼します! 魔女の父上をお連れしました!」

『入りなさい』


 中から声がする。つい最近聞いた声だ。

 優しい声色とは裏腹に他者を蔑む文言で俺を苛つかせた。

 中に入ると…… 大きなソファー。豪華なテーブル。きらびやかな調度品の数々。

 どこぞのスパースターの部屋かと見間違うほどだ。


「ほっほっほっ。ようこそいらっしゃいました。こちらへ」


 法衣を着たエセサンタクロースは俺に座るように促す。

 ひとまずは話を聞くかな。

 ソファーに座ると体が大きく沈みこむ。


「長旅お疲れ様でした。紅茶はいかがかな?」

「結構だ。茶を飲みに来たわけじゃない。さっさと要件を話せ」


 ルチアーニは笑顔を崩さないが…… 少し部屋の空気が変わるのを感じた。


「そうですか…… では単刀直入に。あなたの御息女をこちらに引き渡して貰いたい」


 猫の子じゃあるいまいし…… はいそうですかと渡せると思ってるのか? 

 だがこれは想定内。他国で聖女として、そしてこの国で魔女として知られている桜を利用しようというのだろう。


「断る……と言いたいところだが、桜を引き渡してお前は何をする気だ?」

「ほっほっほっ。何も心配することはありません。国民の前でこの国の素晴らしさを語ってくれるだけでいいのです」


 そんな訳あるか。こいつは何か隠してる。

 まぁ桜を渡す気なんか毛頭無い。こいつの話なんか聞くだけ無駄なんだが…… 

 時計を見る。くそ…… まだ三十分しか経っていない。

 ノア達が首都に火を放つのは俺が大聖堂に入ってから二時間後のはずだ。


 少し時間を稼がなきゃ……


「そういえばリアンナってどうして国を捨てたんだ?」

「おや? 歴史に興味がおありで? ほっほっほっ。いいでしょう。学ぶのに遅いということはありませんからな。リアンナ…… 彼女は千年前、突如に現れました。この国で産まれた訳ではなく本当に突然現れたらそうです。リアンナは言っていました。他の世界から転移してきたと」


 転移? 彼女も俺達と同じ転移者なのか? 


「そういえば不思議な力を持っていたそうだな。その力を使って人々を助けたとか……?」

「当時の法皇はリアンナを手厚く保護しました。衣食住を、更に司祭の地位も与えました。当初は献身的にこの国に尽くしていたのですが…… 愚かなことです。彼女は我が神の教えに反し、その力を奴隷のために使い始めました。まぁ、奴隷と云えど我が国の財産。ある程度は黙認していたのですが…… 彼女は当時の法皇に奴隷を解放するよう訴えてきたのです」


 いいことじゃないか。この国の奴隷の扱いは酷すぎる。

 他の世界から来た者だったらそう思うのも無理はない。

 俺だってそう思ってるし。


「それが問題か?」


 俺の言った一言で、ルチアーニの顔色が変わる。

 顔を真っ赤にして……


「当たり前だ! 犬共は人の下に付くべきなのだ! あんな人のなりそこないが我々と肩を並べるなど言語道断! サハー様は仰られた! 哀れな魂を救済せよと! 犬共は汚れた魂を持って産まれてきたのだ! 我々がその汚れを取り除いてやらなければならんのだ!」


 おっさん…… 言ってることがメチャクチャだ。

 自分が言ってることの意味分かってんのかな?


「なるほどね…… ご立派なことで。で、リアンナは国を捨てたんだよな?」

「そうだ…… あいつは大森林に落ちのび、その力を犬共に使って回った。そこでリアンナは聖女として信仰されるようになった。だが事もあろうか、我が国に戻り奴隷を解放するため戦いを挑んだのだ!」


 この話は知っている。最初に訪れた町、コドーで聞いた。

 戦いに敗れリアンナは……


「敗れたリアンナは火あぶりにされた。そうだな?」

「その通り…… ほっほっほっ。申し訳ない。少し興奮してしまいました。戦いに勝った当時の法皇ステファノは賢者として今も語り継がれています。六期連続で法皇を勤め、我が国の更なる繁栄をもたらしました」


「で、今度はお前が魔女…… 桜を利用して次の選挙に備えると…… 支持率下がってるんだろ?」

「…………」


 何も言わない。意外と分かりやすいおっさんだな。


「分かってるなら話が早い。では御息女を……」

「待て。お前が捕らえた連れ…… フィーネは無事か?」


「フィーネ? ほっほっほっ。耳長の娘ですな。もちろん無事ですとも。ライト殿はどうやらあの娘と恋仲のようですな。御息女と耳長の娘。交換といきませんか? 断ることも出来ます。ですがその時は……」


 言わなくても分かる。俺が断ればフィーネを殺すってとこだろ? 

 でもな、俺は欲張りなんでね。桜もフィーネもお前には渡さんよ。


 ブブブブ……


 腕時計のアラームが鳴る。


 さぁ時間だな! 

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