第65話オムライス

 キリンに乗って砂漠を進むこと六時間。辺りは夕闇に包まれてきた。

 くそ、やはりバイクのようにはいかんな。

 体感時速は二十キロってとこか。


 俺の前に座るチシャの息づかいが荒い。


「疲れたか?」

「ううん…… 大丈夫だよ……」


 大丈夫なもんか。明らかに声に元気が無い。

 仕方ない。今日はここで一泊だな。


「フィーネ、テントを頼む。桜はチシャの面倒を見ておいてくれ」

「ライトさんは?」


 俺はチシャをキリンから降ろしつつ質問する。


「チシャ。何か食べたい物はあるか?」


 今日はこの子のために俺が夕食を作ろうと思う。

 だがチシャはフルフルと顔を横に振る。お腹空いてないのか?


「あのね…… 私、食べ物の味ってよく分からないの」


 そうか。この子は今よりも幼い時に主人に舌を切られたんだったな。

 食べる喜びを知らないってことか。


「食事まで少し時間がかかる。桜と遊んでおいで」

「うん……」


 チシャは桜のもとに。何を作ればいいのか……


「ライトさーん! テントの設営終わりました! あれ? どうしたんですか? 元気無いみたい……」

「いや、少し悩んでるだけさ。チシャのことでな。あの子は奴隷という立場から逃げ出すことは出来たが、大人に対しては心を閉ざしているみたいだ。これからのチシャの未来を考えると今の内に何とかしておかないといけないよな」


 関わってしまった以上、せめてチシャが一人で生きていける力をつけさせないと。

 この旅が終わり俺達と別れることになったら…… このままでは暗い未来しか想像出来ない。


「サクラは小さい時、どんな料理が好きだったんですか?」


 ん? 質問の意図がよく分からないが……


「桜か? そうだな…… あの子は凪が作るオムライスが好きだったかな?」

「それじゃそのオムライスっていうのを作って下さい! 美味しいごはんが食べられて、安心して眠れるだけでもきっとチシャは心を開いてくれます!」


 そんなもんなのかなぁ……? まぁ考えても答えはでないし。

 フィーネの助言通りオムライスでも作ってみるかな?


 作成クリエイションを使いかまどを作る。

 フィーネに食材を出してもらい、調理開始。


「私も手伝いますよ」

「そうか。ではありがたく…… フィーネは米を炊いておいてくれ」

「はい!」


 フィーネが米を炊いてる間に具材を作る。

 玉ねぎのような野菜をみじん切りにし、恐らく鶏肉であろう肉も細かく切って炒める。


 さぁオムライスの主役である卵を…… 

 そうだ、特別にあれを作るか。卵に牛乳を少し多目に入れてよく混ぜる。

 熱したフライパンに流し込む。 



 ジュワーッ

 トントンッ



 フライパンを持つ手首を叩いてオムレツのように巻き上げる。

 フィーネは俺の指示のもと、ケチャップライスを作り炒めた具材を投入。


「んー、いい匂い! これがオムライスなんですか?」

「いいや、このオムレツを乗せて完成だ。あとはやっておくよ。フィーネは二人を呼んできてくれ」


「はい!」


 フィーネもお腹が空いてるんだろうな。早く食べたいって感じだ。


 作成クリエイションで作ったテーブルにオムライスを並べたところで三人が戻ってくる。


「パパー、今日のごはんは…… オムライスじゃん! しかも私が好きなトロふわなやつだ!」

「そうだ。チシャも気に入ればいいけど…… とりあえず食べるか。みんな、席に着いて」


 我慢出来ないといった様子で桜とフィーネはオムライスを食べ始める。


「おいし~…… 久しぶりに食べたけど、この美味しさはブレないねー」

「ほんと美味しいです…… ライトさん、オムライスの作り方教えて下さいね!」


「ははは、お気に召したようでなによりだ。あれ? チシャも食べな」


 チシャはテーブルに置いてあるオムライスに手をつけてない。

 どうしたんだろうか?


「これ…… 食べていいの……?」

「もちろんだ。むしろチシャのために作ったみたいなもんだからな」


「私のために? でも……」

「いいから。冷めると美味しくなくなるぞ。早く食べな」


 遠慮がちにスプーンがオムライスに刺さる。

 チシャの小さな口に入るよう、スプーンにはちんまりとオムライスが乗っている。


 チシャは震える手で一口……


「……!? 美味しい!」


 チシャは夢中でオムライスを食べる! 

 早い! 後から食べ始めたのにもう無くなっちゃたよ。

 すごい食べっぷりだな。まるで皿を舐めるようにして完食だ。

 チシャの皿には米粒一つ残って無い。


 チシャは名残惜しそうに空になった皿を見つめている……


 ははは、まだ食べたいんだな? 

 俺は自身のオムライスをチシャの前に置く。


「いいよ、これを食べな」

「で、でも…… これはおじさんのごはんでしょ……? それに、お代わりなんて今までしたことないし……」


「気にするな。こんなのいつでも作れるしな。それにさっきも言っただろ? これはチシャのために作ったんだ。食べてくれると俺も嬉しいんだけどな」

「ほんとにいいの……? だって今まで…… いっぱいぶたれて…… ごはんだってあんまり食べさせてもらってなくて……」


 チシャの目から涙がポロポロ溢れ落ちる。

 その様子を見た桜がチシャの頭を撫でて……


「パパも言ったでしょ? 気にしないでいいんだよ? だからお腹いっぱい食べてね」


 チシャは泣きながら俺から受け取ったオムライスを食べ始めた。

 かわいそうに。奴隷という立場から、満足に食事も与えられてなかったんだろうな。

 そして数年振りに味を感じることが出来る。チシャは人の三大欲求の一つを失っていたんだ。

 それを取り戻した。その喜びは計り知れないものだろう。


 チシャは二杯目のオムライスをも完食。けぷりと可愛くげっぷする。

 おどおどと俺を見て……


「お、おじさん…… ありがとうございました……」

「ははは、どういたしまして。でもこういう時はご馳走さまって言うんだぞ」


「ごちそうさま?」

「そうだ。作ってくれた人、そして食べてしまった命に対して感謝を伝えるんだ」


「そうなんだ…… おじさん、ごちそうさま……」


 いい子だ。俺はチシャの頭を撫でる。

 おや? 獣耳は後ろに倒れずピンと立ったままだ。警戒は解けたかな?


 食事が終われば風呂の時間だ。

 流石にチシャと入るのは早いと判断したので、女衆だけで風呂に入ってもらう。


 その間に一服しよ……


 懐からタバコを取りだし火を着ける。


 深く吸い込んで……


 紫煙を吐く……


 ゆっくり昇って行く煙を追って空を見上げる……


 空には見事な星空が。


 星空を見上げ昔を思い出す。


 昔飼っていた猫の思い出。


 俺が小学生の時に拾ってきた。


 母さんに飼ってもらうように駄々をこねた。


 最終的には土下座した。そしたらようやく許可してくれた。


 俺はその猫を可愛がった。その猫を中心に世界が回っていた。夜寝る時、猫は必ず俺の布団に潜りこんできた。


 風呂に入ってる時は必ずと言っていいほど俺を心配するようにニャーニャー鳴いてた。


 愛していた。だが、大学に行くために上京。猫は実家に置いてきた。たまに実家に帰ると嬉しそうに頭をクリクリ擦り付けてきたな。


 そして俺が大学を卒業する年、猫が死んだ。死に目に会えなかった。最後まで面倒を見れなかったのを悔やんだ。


 あんなに愛してたのに。結局は世話を母さんに押し付け俺はのうのうと大学生活を楽しんでいた。声に出して泣いたのなんて小学生以来だろうな。


 俺は最後までチシャの面倒は見れないだろう。だから、せめて彼女が一人で生きていく力をつけさせないと……


 はは、チシャを猫と一緒にするのは不謹慎かな?


「ライトさーん。出ましたよー。次どうぞー」


 出たか。タバコの火を消し携帯灰皿に。さて俺も風呂に入るかね……


 簡単に汗を流し、風呂を出る。後は寝るだけだ。その前に……


「今日はあまり進むことは出来なかったが、明日は目的地のオアシスまで行くぞ。だがこの暑さだ。具合が悪くなったらすぐに言ってくれ」


「うん!」「はい!」


 よし、それじゃ寝ますかね。各々横になる。俺、フィーネ、チシャ、桜の順だ。


 ん? 桜とチシャが何かボソボソ言ってるな。チシャが立ち上がって俺とフィーネの間に割り込んできた。


「どうした?」

「あのね…… 隣で寝てもいい……?」


 俺は別に構わないがフィーネはどう思うかな? 

 だがフィーネはその光景を見て何も言わずに微笑んでチシャに場所を譲る。


「お姉ちゃん…… ありがと……」

「ふふ、いいのよ。でも明日は私の番ね!」


 なんだかよく分からないがチシャが俺の隣で横になる。

 ふぁぁ。今日も疲れた…… 瞼が重くなる……


 目を閉じたところでチシャが何か言ってきた。


「あのね…… あのね……」

「どうした……? 早く寝なよ……」


「あのね…… おじさんのこと…… お父さんって呼んでもいい……?」










 眠気が吹っ飛んだわ。

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