第66話オアシスヘ

 いかん。いかんぞ。これは不味い…… 

 昨日寝る前にチシャが俺のことをお父さんと呼んでいいか聞いてきた。

 そりゃ確かに好きなように呼んでくれとは言ったがこれは俺の予想の斜め上を行っている。


 今日もチシャは俺と一緒にキリンに乗っている。

 昨夜の衝撃的な告白を受け、俺は危機感を覚えた。

 少しチシャと距離をおこう…… 

 そう思ったのだが、チシャがどうしても俺と乗ると言ってきた。


 涙目でウルウルした視線に負け、チシャと二人キリンに乗ることにしたのだが…… 


「なぁチシャ?」

「なーに? お父さん?」


 お父さんって…… いや、慕ってくれるのは嬉しいんだよ? 

 でもさ、俺はチシャの面倒を最後まで見られるかなんて分からない。

 この子が俺に、俺達に依存してしまうのは危険なのだ。


 チシャが心を開いてくれるように頑張ったが、俺はどうやら頑張り過ぎたようだ。


「お父さんってのは止めない……?」

「やー」


 そう言って俺の胸に頭をクリクリ擦り付けてくる。

 しょうがないので耳の裏を掻いてやった。


「きゃー。くすぐったいよー。もっとしてー」


 なんだこの甘えん坊キャラは……? いや、しょうがないのかもな。

 チシャは今まで誰かに甘えることは許されない奴隷生活を送ってきた。

 それが一転、奴隷から解放され、大人に甘えられる状況になった。

 タガが外れるってこういうことなんだろうな。


 お昼になったので少し休憩。桜と二人で料理をすることにした。

 今日も暑いな…… 冷し中華にでもするか。

 桜の加護でもある無限ラーメン。これは塩味一択なので醤油で味を変える。

 盛り付けたところで……


「ねぇパパ…… 全然冷しになってないけど……」

「そこは工夫するんだよ。桜は氷結の矢を使えるだろ? オドを最小限にしてだな……」


「ラーメンに撃つわけ? なるほどねぇ」


 桜は弓を構えてホカホカラーメンに向かい矢を放つ。

 これで冷し中華の出来上がり。


 食卓に冷し中華を並べる。

 ふぅ…… チシャのことを考えると気が重いな。


「はぁ……」

「どうしたの? ため息なんかついちゃって」


「いやな、チシャのことなんだが…… このままじゃ不味いよな?」

「なんで?」


「いや、不味いだろ。俺達はいずれ日本に帰る。なのにチシャは俺のことをお父さんなんて言うんだぞ? 信頼してくれるのは嬉しいが……」


 不味いと思うのは他にも理由がある。

 このままでは俺がチシャに対して情が湧いてしまうだろう。

 そうなれば別れが余計辛くなる……


「でもさ…… 最近思ったんだけどこの世界で暮らすのも悪くないんじゃないの?」


 なんだと!? 意外だった。桜がそんな考えをしているとは。


「お前…… 日本に帰れなくてもいいのか?」

「そりゃ帰りたいよ…… でもさ、異世界も外国も変わりなくない? パパだって昔留学してたんでしょ? その時の思い出をよく話してくれたじゃん。海外に住むって考えれば問題ないんじゃないの?」


 まぁ確かに留学経験はある。現地の高校にも通った。

 初めて彼女が出来たのも海外だったし。

 俺は一生ここに住む!なんて思ってた時もあった。


「お前はここで生きる覚悟があると……?」

「覚悟ってほどのものじゃないけど…… パパがいてフィーネちゃんがいて…… それならここで過ごすのも悪くないかな? 

 後さ、選択肢が一つだって決め込んでない? 転移船を手に入れれば日本とこの世界を自由に行き来出来るかもしれないじゃん」


 え? 今なんて言った? 自由に行き来…… そんなことが…… 

 いや、出来るかもしれないよな。

 ははは…… まさか桜にヒントをもらえるとはね……


「桜…… ありがとな。その考えは無かったよ。そうか、ここにまた戻ることを考えればいいのか」

「そうだよ! でもパパの気持ちも分かるんだ。ママのこと…… 放っておけないよね? だから私も日本に帰りたい。帰ってママを安心させてあげなくちゃ」


「そうだな。目的は日本に帰ること。これは変わらない。だがまたこの世界に帰ってくる。そうすれば俺達が別れる必要はなくなるもんな」

「そういうことだよ! 全く…… パパって意外と視野が狭いよね。こうだと思ったらそれに向かって突っ走っちゃうんだから」


「いやいや、社会においてはだな、迅速な判断を元に…… はは、桜にこんなこと言っても仕方ないな。さぁごはんにするか!」


 近くて遊んでいたフィーネとチシャも食卓に着いて冷し中華を啜り始める。


「冷たくって美味しい…… こんなラーメンもあるんですね!」

「おいしー。お代わりしてもいいの?」


 はいはい。そう言うと思っていっぱい作っておいたからな。

 美味しそうに冷し中華を啜る二人を見て…… 

 みんなで生きる未来を想像する。


 それもいいかもな。


 異世界に転移しちまって……


 日本に帰ろうとここまでやってきた。


 途中でフィーネの気持ちに気付いて……


 お互いの想いを伝えあうことが出来た。


 これからどうしようかな? 


 なんて考えたけど…… 好きな人がいる世界で生きる。これでいいのかもな。


 だからこそだ。やはり俺は日本に帰らないと。

 妻に…… 凪に別れの挨拶をしに、彼女が眠る日本に帰らないと。

 そして伝えないといけないんだ。フィーネと一緒になっていいかってな。


 食事を終え、旅の続きを。チシャと桜でフギンに乗ってもらう。チシャは少しがっかりした様子だったが桜とは仲がいい。すぐに笑顔に戻る。


「お姉ちゃんと一緒だね! いっぱいお話ししようね!」

「いいよ! ふふ、なんか妹が出来たみたいだよ!」


 俺はフィーネと二人で体の大きなムニンに乗る。

 前に座るフィーネを抱くようにして……


「なぁフィーネ? 桜とさっき話したんだが…… 俺達はやっぱり日本に帰るよ……」

「…………」


 何も言わない。体に力が入るのを感じる。


「でもな、けじめを付けたら何とかしてこっちに帰ってくる」

「帰って? それって……? もしかして? でもどうやって……?」


「分からない。方法なんて思いつかない。それでも決めたんだ。こっちに戻ってくるよ。何とかしてな。俺もフィーネと離れたく……ないからな」

「ライトさん……」


 振り向いてキスをしてきた。おいおい、桜が見てるぞ。

 お返しに耳を甘噛みしてやった。


「あー、パパ達がチューしてるよ。仲がいいね」

「お父さーん。チシャの耳も噛んでいいよー」


「チシャの耳は口に毛が入りそうだからな。遠慮しとく」


 二人のからかいを受け流してから再びフィーネに話しかける。


「なぁフィーネ? ネグロスが持つ転移船ってやつなんだけど。フィーネはどんな物なのか知ってるのか?」

「ごめんなさい…… 詳しくは知らないんです。私達ビアンコは転移を止めてこの世界に定住して数千年が経ってますから。転移船という存在も伝承という形で教えられただけなんです」


「だがネグロスは…… 転移船を所持し、フィーネ達アルブ・ビアンコを転移のための触媒に使ってるんだよな?」

「はい……」


 酷い話だ。つまりフィーネ達はネグロスにとって転移のためのガソリンにされてるって訳だ。

 アズゥホルツで会ったルカに至ってはフィーネに子供を産ませ、その子を転移のための触媒にしようと考えてたんだ。

 何考えてるんだよ、全く……


「フィーネ。ヴィルジホルツに行こう。俺は転移船を手に入れる。そして捕らわれたフィーネの仲間を助ける。それは変わらない。日本に帰るのも絶対だ。そして…… 必ず戻ってくるよ。今はどうやって戻ってくるかは分からないけどね」

「はい…… 待ってますから……」


 フィーネの背中が震えている。泣いてるのかな? 

 彼女の背を抱きつつ、砂漠を進むこと二時間……


 地平線の先にキラキラと輝く何かが見える。

 いや、あれが目的地の一つであるオアシスだな。


 それじゃそこで一休みするかね。

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