第55話カレー
ハガーブなる害虫を駆除し終え、俺とフィーネは町に戻る道中だ。
どうやらフィーネは腰が抜けて歩けないようなので、しょうがないから抱っこしてあげた。
俺の腕がフィーネの震えを感じる。よほど怖かったんだな。
全く…… 冒険者のくせに蟲が苦手とは何事か。
「そういえばフィーネってどうしてそんなに蟲が苦手なんだ?」
「それは…… 子供の時にワームにたかられたことがあるんです。外で遊んでて、疲れて木の下でお昼寝しちゃったんですけど…… 目が覚めたらワームが……!」
ワームか。美少女に絡み付く蟲……
何だか薄い本に出て来そうな内容だな。
まぁ子供の時に嫌な思いをして、それがトラウマになったのだろう。
フィーネは俺にぎゅって抱き付いてくる。
おいおい、そんなに抱き付いてきたら歩けないだろ。
何とか町に辿り着くとフワルと住民達が出迎えてくれた。
見たところ大きな怪我をしてる人はいないみたいだな。
でも服が汚れてたり、破れてるところを見るとみんながんばった様子が伺いしれる。
俺が戻ってきたことに気付いたフワルが笑顔で寄ってきた。
「お帰りっ! ライト、よくやったね! 今年はハガーブを全部退治しちまった! あたしが知る限りこんなことは始めてだよ!」
「全滅か…… 俺の力だけじゃないさ。みんなもがんばってくれたんだろ? いい町じゃないか。一丸となって困難に立ち向かうなんてさ。見習いたいくらいだよ」
俺の言葉を聞いてフワルの顔が赤くなる。
ん? そんな大層なこと言ってないぞ?
「あんた…… やっぱりあたしが見込んだ男だ! 今夜はあたしの部屋に来な! あたしを抱いて今日の疲れを……」
「行きません。ほんとそれ以上言わないで……」
なんで毎回俺を誘ってくるんだ……
この女、次は何を言い出すか分からん。
話題を変えよう……
「そ、そういえば米…… いやイリュザの被害はどれくらいだった? あれだけ蟲がいたんだ。完全に無傷って訳にはいかないだろ?」
「そうだね…… まだ詳しくは分からないが八割、九割は無事なはずだよ」
八割か。なら問題ない……よな?
「それじゃさ…… 俺達にイリュザを売ることは可能か?」
「あぁ! 全く問題無いさ! 好きなだけ買っとくれ!」
おぉ! やったぜ! これで俺の野望が達成される!
思わずフィーネを抱く腕に力が入る!
「ひゃあんっ! ラ、ライトさん! 苦しいです!」
「ははは! ごめんごめん! フィーネ! 今夜はカレーを作るぞ! 楽しみにしててくれ!」
これで米は手に入った。この世界来て三ヶ月……
とうとう俺はカレーを食えるのか!
フィーネを抱きつつ桜がいる町長宅に向かう。
◇◆◇
部屋に戻ると桜がドヤ顔で俺達の帰りを待っていた。
お前…… 途中参加のくせに偉そうに。
しかも桜は自身の攻撃が完全ホーミングするので蟲に近づくことなく安全な家の中からハガーブに魔導弓を撃ち込んでいたのだ。
自分だけ楽しやがって……
「むふふ。私の援護はどうだった!? 役に立ったでしょ!?」
実際かなり助かったのが逆にムカつく……
桜のおかげでかなり効率良くハガーブを退治することが出来た。
でも誉めたりなんかしないんだからな!
「まぁそれなりにな……」
「ちぇー。そんなこと言ってさ。確かに最初から一緒に戦わなかったのは悪いと思ってるよ…… ごめんね……」
おぉ。何だかしおらしいじゃないか。
何だかんだ言っても可愛い我が子だ。許してやろう。
ん? 何だかまだ言いたそうだな?
「なんだ? そんなモジモジしちゃって」
「あのね…… 私もがんばったでしょ? だから…… 私にもカレーを食べさせてね!」
そういうことね。桜はカレー食いたさで戦闘に参加したってことか。
逆にカレーが無かったらサボり続けてたんだろうな……
「ははは! 分かったよ! もう米はもらってきた! 今からごはんを炊くぞ! 桜はカレールーを出しておいてくれ!」
「やったー! パパ大好き!」
お前が大好きなのはカレーだろ?
はは、まぁいいさ。さて、米も手に入れたことだし……
でもフィーネは戦闘で大分疲れてる。服も汚れてるな。
カレーを食すという神聖な儀式の前に身を清める必要がある。
「桜、フィーネを風呂に入れてやってくれ。お前もついでに入っておいで」
「はーい。フィーネちゃん。行こっか」
「うん…… まだ上手く歩けないの…… 悪いけど肩を貸してね……」
桜とフィーネはよたよたと部屋を出ていく。
しっかり綺麗にしてこいよ。
さてと…… 俺は米を炊くために専用の小屋に移動する。
この町は酒造りの町だ。
米を炊く専用の施設があるのでそれを利用させてもらうか……
うぉ!? なんか予想以上に大きいかまど!
そういえばこの獣人達は米を食べることはせず、酒のためだけに米を栽培してたんだ。
小さな釜でチマチマ炊くなんてことはしないよな。
しょうがない。ここは俺の能力を使って……
イメージしながらオドを練る……
古き良き日本のかまどを……
だが羽釜は特別製……
米が対流しやすく……
米が自重でつぶれるのを防ぐすり鉢形状……
純度99.9%の炭素素材を内釜に使い……
ごはんが美味しく炊けること間違いなし……
イメージのままに……
ゴゴゴ……
地面がせり上がり、昔ながらのかまどが出現する。
むふふ。これで美味しいごはんが炊けるぜ。
さぁ次は米を研ぐかな。あいつらどれくらい食べるかな?
俺は四十を向かえてから食が細くなった。
若い頃ならカレーなら五回はお代わりしたが今は三杯が限界だろう。
でも桜もフィーネもしっかり食うしな……
四合? いや五合か? もう…… 八合炊いちゃえ!
大量の米を研ぎ、かまどにセットする。
赤子泣くまで蓋取るな…… 後は炊けるまで待つだけだ。
俺は米を炊くその横でカレーの準備に取りかかったのだった。
◇◆◇
火にかけた鍋からスパイシーな香りが漂ってくる。
うおぅ…… お腹がキュルキュル鳴り始めた。
少し味見を……
いや駄目だ! ここは我慢! みんなで一緒に感動を味わうんだ!
先に味を知ってしまったら感動が薄まるかもしれん。
鍋をオタマでかき混ぜながら桜達が風呂から出るのを待つ。
羽釜からはもうもうと湯気がたっている。もうそろそろだな……
蓋を取る……
湯気が更に立ち昇る……
むせかえるような甘い香り……
日本人の心の故郷……
そこには純白のごはんが美味しそうに炊きあがっていた。
あれ? なんか泣けてきた……
「パパー! お風呂出たよー! って、この匂い…… もう出来たの!?」
桜か。ちょうど良かった。ごはんもカレーも準備万端だ。フィーネも興味深そうに鍋から香るカレーの香りに嗅いで…… あ、顔が蕩けてるな。
「いい香り…… これがカレーなんですね……」
「あぁ。フィーネ、すぐに食べられそうか?」
「はい! もうお腹ペコペコです!」
ははは。それじゃごはんにしましょうかね。
大き目の器にごはんをよそう……
大盛りだ。
そしてその上に日本人が愛してやまない茶色いカレーをかける。
中辛だ。辛さもちょうど良く甘味も僅かに感じられる……
テーブルに三人分のカレーライス、野菜サラダ、よく冷えた牛乳を並べる。
その美しい光景たるや…… ここは天国なのではないだろうか?
待ちきれない様子で二人が卓に着く。俺も席に座り……
「桜、フィーネ。今日はよくがんばったな。ご褒美だ。しっかり食ってくれ! お代わりはいっぱいあるからな!」
「はい!」「うん!」
「では! 手を合わせて!」
「「「いただきます!」」」
食前の挨拶を終え、カレーライスにスプーンを差し込む!
スプーンの中には…… 白いごはんに絡む茶色いカレー……
なんて美しい…… この瞬間をどれだけ待ちわびたことか。
カレーを口に運ぶ。
米の甘い味…… スパイスの効いた刺激的な香り…… 適度な辛さ……
言葉が無かった。もう後はただ目の前のカレーライスをがつがつと喰らう。
皿のカレーライスが空になる頃。ふと、桜とフィーネを見ると……
二人も夢中でカレーを食べている。
「最高!」「美味しい…… こんな美味しい食べ物があったなんて……」
「ははは! お前達が喜んでくれて嬉しいよ! お代わりはどうだ!」
「もちろん!」
「大盛りでお願いします!」
二人にお代わりをよそう。再び美味しそうに食べ始める。
俺もお代わりのカレーライスを頬張りながら思う。
これでこの国でやることは無くなったな。この町を出れば第三の国、アスファル聖国は目の前だ。
やっと半分か。
そうだ。フィーネに伝えておくかな。
俺はスプーンを置く。牛乳を一口。口がさっぱりしたところで……
「フィーネ。食べながらでいい。聞いてくれ」
「ん? なんれふか?」
フィーネはモグモグしながら俺を見る。
「フィーネ。お前が好きだ」
カラン
フィーネはスプーンを落とした後、動かなくなってしまった。
ん? 思った反応と違うな?
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