第56話告白

「フィーネ。お前が好きだ」

「…………」



 カランッ



 俺の言葉を聞いたフィーネが手元からスプーンを落とす。

 そしてそのまま微動だにしないのだが…… あれ? 思った反応と違うな?


 呆れ顔で俺を見る桜に質問してみる。


「なぁ桜。フィーネが動かなくなったんだけど、どうしてだと思う?」

「あのさ…… 逆に聞くけど。なんでこのタイミングで告白するわけ!? おかしくない!? 普通告白ってのは二人っきりでロマンチックな場所で気持ちを伝えるんじゃないの!?」


「そんなもんなのか? でも俺は凪に告白した時もプロポーズした時も飯を食いながらだったぞ?」

「そ、そうなの? でもさ、ママに告白した時は綺麗な夜景が見えるレストランとかだよね?」


「うんにゃ。近所のラーメン屋。プロポーズした時はカレー屋だったかな?」

「アホか!? ロマンの欠片もないじゃない!?」


 桜は俺のしたことに対してお怒り気味なのだが。なんか間違ってただろうか?


「でもさ…… カレーの美味しさと気持ちを伝える喜びの相乗効果で、もっとカレーは美味しくなってさ。フィーネも喜ぶかなーって……」

「何なの、その謎理論は!?」


 桜は納得いってないみたいだな。フィーネはどう思っているのだろうか?


 気持ちを聞いてみたいが、目の焦点が合っていない。

 今聞くのは無理かな……? おや? 瞳に光が戻った。

 体を震わせながら口をパクパク開く。


「ラ、ライトさん…… 好きって何が好きなんですか……?」

「いや、フィーネのことに決まってるだろ」


「じ、じゃあ…… カレーと私ではどっちが好きですか……?」


 なんで食い物と比べるんだよ…… 

 でも面白い質問だ。素直に答えよう。


「同じくらい好き」


「そ、それじゃラーメンと私だったら……?」

「フィーネのほうが好きだな」


「じゃあ、コーヒーと私、どっちが好きですか……?」

「コーヒーか…… 迷うな。同じくらいかな?」


「じ、じゃあ、サクラと私だったら……?」

「好きの範囲が違うからな。それは比べられないよ」


「それじゃ…… ライトさんは私をどれくらい好きなんですか……?」

「二番目。まだかみさんを愛してるからな」


 桜が近寄って俺の頭をポカリと殴る! 

 痛い! 親に手をあげるとは何事か!?


「何するんだ!」

「パパの馬鹿! むしろアホ! このアンポンタン! そこはフィーネちゃんが一番って言うとこでしょ!? 告白しといて二番目ってどういうことよ!?」


 いやしかしだな。自分の気持ちに嘘はつけないだろ。

 フィーネを喜ばせたい気持ちはあるけど、かみさんをまだ愛し続けてるのも事実な訳だし。


「ふぇーん……」

「ほらフィーネちゃんが泣き出しちゃったじゃない。ほんとパパって信じられない…… フィーネちゃん…… 馬鹿なパパでごめんね……」


 フィーネは桜に抱き締められながら涙を流す。

 あれ? この告白って失敗……? 

 いや、フィーネが泣きながらも俺に手を伸ばして……

 ん? その手には空になったお皿が。


「ふぇーん…… ライトさん…… お代わり……」


 なんだ? まだカレーを食い足りないのか? 

 俺はフィーネから皿を受け取りカレーを盛り付ける。

 大盛りだ。三杯目だな。


 カレーをフィーネに渡すとがつがつと食べ始める。

 涙を流しながら……


「ふぇーん…… 美味しいよぅ…… 嬉しいよぅ……」


 ほら見たことか。告白の喜びがカレーを更に美味しくしているのだ。

 フィーネはその後もお代わりを繰り返し、計五杯のカレーライスを完食した。

 八合あった米が全部無くなってしまった…… この子よく食べるな。 


 フィーネはカレーを食べ終えると何だか舟を漕ぎだした。

 疲れてるんだな…… 無理も無い。

 苦手である蟲を相手に大立ち回り。美味しいカレーをお腹いっぱい食べて、かつ俺から告白を受ける。

 イベント的にはかなり盛り沢山だ。


「フィーネちゃん? 大丈夫? パパ、私フィーネちゃんを寝かせてくるね」

「あぁ。頼むよ。俺は片付けでもしてるからさ」


「それと…… 後で話があるから……」


 桜は俺を睨み付けてからフィーネを寝室に連れて行った。


 桜はフィーネを寝かせた後、日が暮れるまで俺の告白の駄目出しをするのだった……



◇◆◇



 桜のお説教から解放された頃にはとっぷりと日は落ちて、空には二つの月、そして数多の星が瞬いていた。

 俺は桜から逃げるように家を出る。

 そうしないとまたお説教が始まっちゃいそうだからさ。


 一人星空の下でタバコを吹かす……


 それにしても告白か…… 

 自分の気持ちを伝えるなんてかみさんにして以来だな。二十年振りか。


 星空を見上げ亡き妻に問う。



 なぁ、凪。俺を許してくれるか? 

 君という人がありながら、俺はフィーネを好きになってしまった。


 大学生の頃からの付き合いで、結婚してから十五年。死ぬまで君と一緒にいるつもりだったのに……


 なんで先に死んじゃったんだよ…… 



『来人君…… 桜を頼んだよ……』



 君が死ぬ前に言った言葉だ。

 俺は君の最後の願いを叶えるために自分を殺して生きてきた。


 桜と二人での生活は辛くなかった。

 桜はやんちゃなところはあるけど、優しくていい子だ。なんの不満も無かった。


 でもこの世界に来て…… フィーネに出会って…… 

 少し気持ちに変化が出てきたんだ。


 フィーネを好きになってもいいのかもしれない。そう思えるようになった。


 凪。君はこんな俺を許してくれるかい? 


 俺は君を裏切ってないかな?


 答えは出ない。

 ただ空には星が瞬き、タバコの煙がゆっくりと昇って行くのみだ。


「ふー……」


 吸い終わったタバコを携帯灰皿に入れる。

 さぁ、そろそろ桜の怒りも収まったかな? 戻るとしますか……


 お世話になっている町長の家に向かうが…… 突然後ろから声をかけられた。


「ライトさん……?」


 この声は…… フィーネだ。

 後ろを振り向くとフィーネが顔と長い耳を赤くして立っている。


「フィーネ? どうしたんだ? もう疲れは取れたか?」

「はい…… 少し寝たら落ち着きました。あの…… よかったら少し話しませんか……?」


 話か。さっきの告白のことだろうな。

 

「いいよ。なら少し落ち着ける場所に行こうか」

「はい……」


 二人星空の下を歩く。

 フィーネの手がおずおずと俺の手を握る。

 俺も優しく掴み返す。


 手を繋いだまま、少し歩く。

 昼間戦いがあった稲田まで来てしまった。


「ライトさん、あっち」


 フィーネが指差す方に少しだけ小高い丘がある。

 丘を登り、頂上に着くと二人並んで座る。


 さて、何を話せばいいのやら。もう一度気持ちを伝える?

 桜に言わせたら俺の告白のセンスは壊滅的らしいからな。

 下手なことは言わないほうがいいかな?


 言葉も無く、二人で町を眺めていると…… 

 隣にいるフィーネの肩が震えている。


「寒い?」

「はい…… 少し……」


 それじゃ…… 俺はフィーネの後ろにまわり、彼女の背を抱く。


「ひゃあん…… ライトさん……?」

「ごめんな。びっくりした?」


「いえ…… 温かいです……」


 背中からフィーネの鼓動が伝わってくる。

 やはり、もう一度言っておくべきだな。

 それにさっきは言おうとしてたことを全て伝えた訳じゃない。

 それも伝えなくちゃな。


「フィーネ。悪いけど何も言わずに聞いてくれるか?」

「…………」


 黙って頷いてくれる。ありがとな。それじゃ……


「俺はお前が好きだ。どれくらい好きかはさっき言った通りだ。でもな…… 俺はこの旅の目的を変えるつもりは無い。桜を日本に帰す。絶対だ。未来ある我が子の生きるべき世界はここじゃないんだ。俺はそのためにも旅を続ける」

「…………」


 少しフィーネの体に力が入る。


「俺達がヴィルジホルツに行って目的を果たせたら…… もしかしたら俺達はそこで別れることになる……かもしれない」

「…………」


 フィーネの背が震え始める。不安にさせてごめんな。

 でも言っておかなくちゃいけないんだ。


「でもさ……? もしかしたらいい方法があって俺達が別れる必要が無い道があるかもしれない。もしそれが無ければ考えればいい。まだ旅は続くんだ。考える時間は山ほどあるさ」

「その方法ってどんな……?」


「そんなの知る訳無い。でもさ、何もせず旅を続ければ、残された道は一つだけだからね。精一杯無い頭を使って考えるさ」

「ライトさんと離れたくない…… お別れなんていやだよ…… う…… グスン……」


 あらら。泣き出しちゃったよ。

 こういった時は下手な慰めは逆効果なんだよな。

 今のフィーネに出来ること。何があるかな……? そうだ! 


「フィオナ?」

「……!?」


 フィーネのもう一つの名を呼ぶ。

 理由は分からんがこの名前は特別なものらしい。

 前回この名を呼んだらすごく喜んでたしな。


 そして次は……


 フィーネの長い耳を後ろから優しく……


 噛んでやった……


「あ…… ライトさん……」


 この行為はフィーネ、いや、アルブの民にとって好意を伝える意味を持つ。

 それも最上級のだ。


 しばらくフィーネの耳を噛み続ける。これで気持ちは伝わったかな?


「フィオナ。暗い未来を想像しては駄目だ。常にどうなりたい、どうありたいかを想像するんだ。そうすればきっと道は開けるから」

「はい…… 分かりました…… ライトさんってすごいですよね。どうすればそんな前向きになれるんですか?」


「簡単だよ。asisとtobeを…… ってこんなことフィーネに話しても分からないか。まぁとにかく考えればいいのさ! 明るい未来をね! フィーネ! まだ旅は途中だぞ! 落ち込んでる暇は無いからな!」

「はい! もう大丈夫です! それに今はライトさんの気持ちが分かっただけで私は幸せですから……」


「そうか。それじゃ今日は帰ろうか。フィーネ、帰ったらコーヒー飲む?」

「はい! お願いします!」


 ははは、かしこまりました。二人で町長の家に戻りコーヒータイムを楽しむ。

 桜も参加して下らない話で盛り上がる。


 楽しいな…… 

 もしフィーネが俺達の家族になってくれたら……  


 いや、違う。もしじゃ駄目なんだ。さっきフィーネにも言ったじゃないか。

 そうなるように、そうなれるように考えろって。


 楽しい時は過ぎ、時計は午前二時を示している。さぁ寝なくちゃな。

 相も変わらず三人でベッドに横になる……のだか、今日は最初からフィーネが俺の隣に来た。

 桜め…… 余計な気を使いやがって。


 数分もすると桜の寝息が聞こえる。


 それを聞いてフィーネが寄ってくる。


 彼女を抱きしめる。


「ライトさん…… ん……」


 キスをする。いつかこの続きが出来たらいいんだけどね。

 でも今日はここまでな。


 それじゃ……


 おやすみな……



◇◆◇



 翌日、俺達は町を出ることにした。

 この町を出て西に進めば次の国、アスファル聖国に入る。

 町を出る前に町長のフワルが見送りに来てくれた。


「行っちまうんだね…… よかったらいつでも遊びにおいでよ! 聖女様方なら大歓迎さ!」

「あぁ! 米…… いや、イリュザが無くなったらまた買わせてもらうよ! その時はよろしくな!」


「あぁ! 最高のイリュザを用意しとくよ! それじゃあね!」


 桜とフィーネもフワルに手を振る。


「フワルさん! お米ありがとね!」

「お酒も買いに来ますね! でもライトさんはあげませんから! 誘惑しちゃ駄目ですよ!」


「ははは! その約束は出来ないよ! ライト! 体が夜泣きしたらいつでも相手してやるからね! 遠慮せず言っとくれ!」

「遠慮します…… ははは! それじゃあな!」


 三人で手を振ってテッサリトの町を後にする。

 色々あったがいい町だったな。米は手に入れたし、フィーネに想いを伝えることも出来た。


 さぁ、次の目的地に行くとしますか。

 フィーネにバイクを出してもらい、三人で跨がる。


 キーを差し込み、エンジンスタート!



 ドッドッドッドッドッ



 心地良いエンジン音が響く!


 アクセルを回し、バイクが走り始める!

 少し進んだところでフィーネが話しかけてきた。


「ライトさん! 次の国、アスファル聖国は亜人が差別されている国です! もしかしたら私、迷惑をかけちゃうかも……」

「心配無い! 亜人だろうが、フィーネは俺の大切な人だ! 絶対に守ってやるから安心しろ!」


「ライトさん……!」


 俺の背に抱きつくフィーネの腕に力が入る。

 おぅ…… そんなに押し付けないで……


「パパもフィーネちゃんもイチャイチャし過ぎ! 私だっているんだからね!」


 ははは! ごめんな! 

 さぁ気を引き締めて行かなくちゃな! アスファル聖国までおよそ一万キロ! 


 長い旅になるぞ!



 ドルンッ ブロロロロッ!



「飛ばすぞ! しっかり掴まってろよ!」

「ちょっ!? パパ速すぎ!」「きゃー! ライトさん、もっとゆっくり!」


 二人の悲鳴を聞きつつ考える。

 きっと答えはあるはずなんだ。俺達三人がみんな幸せになれる道が。


 こいつらとならきっと見つけられるさ! 


 決意を胸に俺は西に向けバイクを走らせる! 


 次の目的地は宗教国家、アスファル聖国だ!

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