第13話ダンジョンへ 其の四
ここはダンジョンの10階層。不思議な空間だ。
何故かここは大空が広がっており、辺りは地面で構成されている。
既に日はとっぷりと暮れている。
フィーネは収納魔法を発動。
亜空間からテントを取りだし、組み立て始める。
「さあ準備出来ましたよ、ライトさん、サクラ、中に入って下さい」
フィーネはニコニコしながら俺達をテントに招く。
さぁ今日やることは全てやった。後は寝るだけ……
って、何故かフィーネがテントの中にいるのだが。
「フィーネ。君は一人用のテントで寝るんじゃ……?」
「いえ、せっかくパーティも組んだことですし。それに魔物が出ないとはいえダンジョンの中なんです。単独行動は死の危険を招きますし……」
なんかフィーネはもじもじしてる。
一緒に寝たいのかな?
だがフィーネは年頃の娘さんだ。
俺みたいなおっさんと寝所を共にするのはどうかと……
俺の心配を余所に桜はとても嬉しそうにしてるな。
「フィーネちゃんも一緒に寝るの? やった! いっぱいお話しましょ!」
いやいや…… パジャマパーティじゃないんだから。
二人は楽しそうに話し始める。
おっさんにはよく分からない内容だな。
異世界とはいえ女の子同士。
通じるものがあるのかもしれんな。
次々に益体も無い話を続ける二人。
桜は恋の話を始めたようだ。
女の子って恋バナが好きだよな……
「ねぇフィーネちゃんってどんな人がタイプなの?」
「え……? わ、私の好み? そうね…… と、歳上の人かな?」
それを聞いた桜がニヤニヤと笑う。
「うふふ! やっぱりね! そうだと思ったのよ!」
歳上好きか。フィーネ、あんまり歳上は良くないぞ。
会社で若い女の子が二十は上の部長と不倫して、それが相手の奥さんにバレて退職に追い込まれたなんてこともあったぐらいだ。
なるべく歳の近い人のほうがいいぞ?
二人の会話は止まらない。
今度はどんな内容なのだろうか?
「うー。なんかベトベトする。ねぇフィーネちゃん。ここにお風呂とかって無いの?」
「え? オフロ? オフロってなんですか?」
ん? この世界には風呂って概念がないのか。
そういえば昨日泊まった宿にも風呂は無かったな。
濡れた布で体を拭くだけだったし。
「えっとね、お風呂っていうのはね、浴槽にお湯をはってその中に入るんだよ。スッゴク気持ちいいんだから!」
フィーネは桜の話を目を輝かせながら聞き入っている。
風呂か。俺も入りたくなっちゃったな。
そんなことを考えてると、ふと眠気が襲ってくる。
時計を見ると…… もう11時か。
「桜、フィーネ。そろそろ寝よう。話は明日でも出来るだろ?」
「えー、まだ話し足りないよ。パパは先に寝てて!」
おいおい…… まぁいいか。
それじゃお言葉に甘えて先に休ませてもらおうかな。
二人の会話を聞きながら俺は横になる。
数分も経たないうちに俺は眠りに落ちていく……
◇◆◇
ごすっ!
痛いっ! 俺は鼻に激痛を感じ飛び起きる!
まさか魔物が出たか!
いや違った。桜が寝返りをうった時に肘鉄が俺の鼻に直撃したんだ。
いたた。鼻折れてないよな……?
テントは狭い。やはり三人で寝るのは無理があったのでは?
三人……?
いや、このテントの中には俺と桜しかいないな。
フィーネ…… どこに行った?
テントを出ると、焚き火が弾ぜる音がする。
フィーネが起きて火に当たっていた。
俺に気が付いたのか、フィーネが振り返る。
「ラ、ライトさん……?」
「フィーネ、眠れないのか?」
俺の顔を見たと思ったらすぐに目を反らされた。
むぅ…… やはり嫌われてるのだろうか?
ここは大人しくテントに戻るか?
いや、そんなことではいかん。
俺達はチームだ。こんな序盤でギスギスしていては目的を果たすことは出来ないだろう。
フィーネは仲間を助ける、俺達は地球に帰るという大切な目標がある。
それを達成するには心を一つにする必要があるのだ。
こんなとこで日和っていてはいかん。
勇気を出してフィーネの横に座る。
「少し話さないか?」
「ひゃ、ひゃい!?」
ひゃいって…… 大分焦ってるな。
そうだ、もっとフィーネとの距離を縮めるには……
この子が興味を持ちそうな話をしてみよう。
それに道中戦闘を行う時に疑問に思ったことがあるんだ。
まずはそれから聞いてみるか。
「質問があるんだ。この階層にたどり着くまで何回か戦闘があったろ? 俺のステータスがべらぼうに高いのは理解している。だけど……」
「だけど? 何ですか?」
フィーネが小首を傾げる。
この子、こういった仕草がいちいちかわいいな……
「あ、あぁ…… だけど恐らく格下であろうスケルトンに圧勝出来なかったように思ったんだ」
そう。雑魚モンスターであるスケルトンを相手に複数回、魔銃を撃つ必要があった。
ヘッドショットなら一撃なのだが。
スケルトンのステータスがどれくらいあるのか分からないが、浅い階層のモンスターだ。
もっと楽勝で勝てると思っていた。
「そうですね…… 一般的にスケルトンのステータスは平均で80くらいだと聞いたことがあります。確かにライトさんの言う通り圧勝とまではいかなかったみたいですね」
「そうなんだ。何か原因があるのかな? 何かしらの能力が足りてないとか?」
フィーネは顎に手を当てて考えている。
ふと、彼女が口を開く。
「恐らくですが…… スケルトンとのレベル差があるからではないでしょうか?」
レベル差……
その言葉を聞いて思いだす。
かつてはまっていたFPSを。
新しいDLCが発売される前日、俺はクラメンと共にミッションをこなしていた。
だが、なんのバグか分からないが明らかにこちらの攻撃が通らないクリーチャーが存在していたんだ。
当時の俺は最大レベルの30。
だがそのクリーチャーのレベルは新しいDLC仕様の40だった。
俺のクランは数々のレイドミッションをこなす猛者の集まりだ。
それが一介の雑魚クリーチャーに歯が立たず、次々に倒れていく。
かろうじてソイツを倒すことが出来たが、雑魚クリーチャー相手に数時間はかかっただろうか。
そうか、それと同じなんだ。
この世界でもレベル差があると、例え雑魚が相手でもこちらの攻撃は通り辛いんだ……
納得出来た。
如何に俺がチート仕様のステータスを持っていようとも、地道にレベルを上げる必要があるってことだな。
「フィーネ、ありがとう。何となくだけど理解出来たよ」
「そ、そうですか? お役に立てたみたいですね……」
フィーネは恥ずかしそうに笑う。
話して良かった。少し彼女との距離を縮めることが出来たかな?
二人で並んで火に当たっているとフィーネが話しかけてくる。
「そ、そうだ。ライトさん、ステータス鑑定をしてみませんか?」
「ステータスを? 別にいいけど。でもなんで?」
「はい…… もしかしたらですが、私また新しい付与効果を得ているかもしれないんです」
「付与効果か…… 桜のおにぎりに新しい効果が追加されたのか? よし、水晶を用意してくれ」
フィーネは亜空間から鑑定用の水晶を取り出す。
まずはフィーネからだ。彼女は水晶に手をかざす。
辺りに青白い光を放ち……?
いや、気のせいか? 時折色が青から金色に変わる。
金色ってのは俺と桜を鑑定した時に出た色だよな。
光が弱くなると同時に水晶に文字が浮かび上がる。
どれどれ……?
名前:フィーネ・フィオナ・アルブ・ビアンコ
年齢:19
種族:アルブ・ビアンコ
Lv:26
HP:215(1000) MP:408(1000) STR:65(1000) INT:1023(1000)
能力:剣術4 武術5 火魔法7 水魔法7 風魔法7 空間魔法 生活魔法
付与効果:亡き母の加護(効果は24時間 体力自動回復 ドロップ率向上) 来人の料理(各ステータス+500)
フィーネのステータスになんだか怪しい付与効果が……
俺の料理? もしかしてさっきのミネストローネのことか?
「やっぱり! ライトさんのスープを食べてから力が上がったと思ったんですよ! ライトさん! きっと新しい能力に目覚めてますよ! ほら! 鑑定をしてみてください!」
フィーネが鼻息を荒くして鑑定を勧めてくる。
それじゃやってみるか……
水晶は金色に光を放った後、同じように文字が浮かび上がる。
あれ? 見慣れない文字が……
名前:ライト シブハラ
種族:人族
年齢:40
Lv:5
HP:4128 MP:12008 STR:2551 INT:25982
能力:剣術2 武術10 気功10 魔銃3(ハンドキャノン)
亡き妻の加護:他言語習得 無限ガソリン 無限メンテナンス
付与効果:体力自動回復 ドロップ率向上
New! 亡き妻の加護(無限コーヒー 無限タバコ) 料理2
なんだか新しい加護と能力が追加されていた……
無限コーヒーと無限タバコ?
もしかして……
俺は上着のポケットからタバコを取り出す。
俺が吸っているタバコはケント。
いつもの青いボックスだが、よく見ると……
なんだかおかしな注意書きが書かれている。
【喫煙は、あなたにとって脳卒中の危険性を高めます。が、このタバコには一切の毒性はありません。タバコっぽい味と雰囲気を味わえるだけのものです。来人君、まだ禁煙出来てないのね? このタバコに毒性は無いけど一日三本までね!】
ははは…… 亡き妻の加護か。
このメッセージは凪からだ。
ごめんな、いつかはタバコを止めるって言ってはいつも禁煙に失敗してたからな。
君が死んでからも俺はタバコを止められずにいるよ……
俺はタバコを一本取り出し、火を付ける。口に広がる少し苦い味。
ニコチンとタールの香り。吐き出される紫煙。
タバコそのものだな。これで健康被害は無しか。
凪、ありがとな……
「そういえばライトさん、出会った日もそれを吸ってましたね。タバコって美味しいんですか?」
「いや、不味いよ。健康にも悪いし」
「え!? じゃあなんでそんなもの吸ってるんですか!?」
それは俺にも分からない。
いつの間にかタバコに手を出して、知らぬ間に手放せなくなってしまったんだよな。
まぁ、この無限タバコなら毒にもならんだろ。
俺は紫煙を楽しみながらも、もう一つの加護を試す。
桜はおにぎりをポケットから取り出してたな。どれどれ?
ポケットをまさぐるとシャカシャカ音がする。
スティックタイプのインスタントコーヒーだ。
ヤカンを火にかけ、お湯を沸かす。
コップにコーヒーを入れて、お湯を注ぐ……
香ばしい匂いが辺りに漂う……
「はい、これはフィーネの分ね」
「は、はい。ありがとうございます……」
フィーネはコーヒーを受け取り、飲み始める。
彼女には砂糖を。俺はブラックでコーヒーを楽しむ。
美味い……
酒が飲めない俺にとってコーヒーは癒しの一つだ。
フィーネはコーヒーを飲むのは二回目だが、その味は彼女の舌に合っているみたいだな。
ホッとため息を吐いてから……
「美味しい…… ふふ、ライトさん達と一緒にいると、こんな美味しいものにありつけるんですね」
「はは、コーヒーの味を気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。こんなので良かったら毎日淹れてあげるからな」
「毎日!? はい! 是非お願いします!」
フィーネは笑顔で応える。はは、そんなに嬉しいか。
その後は言葉も無く焚き火の前でコーヒーを楽しむ。幸せな時間だ。
コーヒーを飲み終わる頃に、少し眠気が襲ってくる。
おっと、もう深夜の二時か。そろそろ寝なくちゃな。
「フィーネ。テントに戻ろう。明日に備えて寝なくちゃね」
「そうですね、行きましょうか…… あ、ライトさん……?」
フィーネは何か言いたげだな?
「ん? どうした?」
「いえ…… なんでもありません……」
フィーネは俯いたままテントに戻る。
寝ている桜を挟んで俺達は横になる。
「ライトさん…… お休みなさい……」
彼女の声が聞こえた時には俺は眠りに落ちていた。
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