第4話森を抜けて
食事の片づけを終え、俺は焚き火を囲む二人の下に。
フィーネと桜は楽しそうに話しながらお煎餅を摘まんでいる。
「このお菓子も美味しい…… 二人はすごい世界から来たんですね。私も行ってみたいな……」
「そう? でもそんなにいい世界じゃないよ? 私はこの世界のことをもっと知りたんだけど。そうだ! フィーネさん、この世界のこと教えて!」
そうだな。それは俺も知りたいところだ。
見たことも無い動物、そして魔物がいる世界なんだ。
必要な情報としてこの世界のことを知っておくべきだろう。
「フィーネさん、俺からもお願いする。この国の名前、地理、何だっていい。話してくれないか?」
「はい。助けていただいた恩もあります。私の知る限りでよいのでしたら……」
「ありがとう。じゃあこの世界についてだが……」
フィーネは地面に地図を描き始めた。
これは…… 地球の地図とよく似てるな。
アメリカ大陸やユーラシア大陸、アフリカ大陸に相当する陸地が目に入る。
だが地球と違う所はオーストラリアが無く、南半球が地続きになっている所だろうか。
「私達がいるのがここ、リッヒランドです」
フィーネは北アメリカに相当する場所に指を当てる。
ここに俺達はいるのか。
桜がリッヒランドに指を差してフィーネに質問する。
「この国はどういう国なの?」
「比較的平和な国です。歴史は浅く、王は存在していません。各地で力を持った豪族が土地を治めているといった所でしょうか」
「王がいない…… 統治者がいないんじゃ荒れ放題って気もするが……」
「いえ、王がいない代わりにこの国ではギルドが発達しており、独自に治安維持に努めています。彼らのおかげで大きな争いはなくこの国は運営されています」
ギルド…… いかにもファンタジーっぽい響きだな。
それは後で聞こう。次だ。
「フィーネさん、下の大陸は?」
俺は南アメリカに相当する国について尋ねる。
「アズゥホルツ。大森林が広がっています。この国は王制で運営されていますが…… 魔物が多く出没しており、王はその対処に常に頭を悩ませていると聞きます」
魔物か。さっき倒したゴブリンなんかよりヤバいやつがいるのかな?
「次です。アズゥホルツから陸続きになっているこの国はアスファル聖国。宗教国家です。人族至上主義で種族への差別が酷く、人族以外は肩身を狭くして暮らしていると……」
フィーネはアフリカ大陸に相当する国を指さしながら悲しそうな顔をする。
差別か…… 悲しいことだが、これはどの世界でも変わらないんだな。
ん……? 人族以外?
「なぁフィーネさん。人族以外って言ったけど、この世界ではどういう種族がいるんだ?」
「種族ですか? そうですね。まずは人族。彼らが一番人口が多いですね。次に獣人族。アズゥホルツは主に獣人で構成されています。ほかにも人口は少ないですがドワーフもいます」
桜が目を輝かせてフィーネに質問する。
「ねぇフィーネさん! エルフは!? エルフはいないの!?」
「エルフ? 先ほどからその言葉を聞きますが、この世界ではエルフという種族はいません」
「え? だってその耳は……」
たしかにフィーネはファンタジーでいうところのエルフによく似た姿をしている。
呼び名が違うのかな?
「あぁ、私はアルブの民です。私のような耳を持つものはアルブと呼ばれています」
アルブか。それが彼女の種族か。
ん? そういえば彼女の名前って……
「フィーネさん、もう一度君の名前を教えてもらえるかな?」
「名前ですか? 私の名はフィーネ・フィオナ・アルブ・ビアンコです」
やはり。さきほどゴブリンが言った言葉を思い出す。
フィーネをアルブ・ネグロスに引き渡すとか言ってたよな……
「なぁフィーネさん。もしかして君と敵対する種族とかがいるんじゃないか? それがアルブ・ネグロスとか?」
「…………」
フィーネが黙って下を見つめる。図星か。
いや、これはこれ以上は聞くまい。
彼女が自ら話してくれるまで待つか……
「すまん…… 君には辛い話みたいだね。これ以上は聞かないよ。それじゃ最後だ。この国についてだが」
「…………」
最後の大陸。地球でいうところのユーラシア大陸を俺は指し示す。
だがフィーネは話してくれなかった。
重くなった空気を悟ってか桜が口を開く。
「パ、パパ? 今日はもう遅いしさ。もう寝ない? 私、眠くなっちゃったよ……」
腕時計を見ると、もう夜の11時になっていた。
そうだな。そろそろ寝るとするか。
でもテントも無いし、地面に横になって眠れるかな?
俺の心配を余所にフィーネが立ち上がる。
目を閉じてぼそぼそと何かを言っている。
手を空に差し出したと思ったら……
フィーネの手が消えた……
「…………」
「…………」
桜は口をあんぐりと開けてその光景に見入っている。
フィーネは消えた手を動かしているようだ。
そして大きな袋を何もない空間から引き出した……
「ある程度ですが寝具はあります。簡素ですがテントもありますので。今日はこれを使って寝ましょう」
「フィ、フィーネさん。今のって……」
「ん? これですか? ただの収納魔法ですよ。魔力の高いアルブの民しか使えない魔法ですが。そんなに珍しいですか?」
いや、珍しいってもんじゃないよ……
すごい、これが魔法か。
驚く俺達を余所にフィーネは手際よくテントを組み立てる。
フィーネは俺達に気を遣ってか俺と桜のために大きめなテントを、フィーネは一人用の小さなテントを用意した。
フィーネは一人テントに入っていく。
「それでは先に失礼しますね。お休みなさい……」
そうだな。今出来ることは無い。
今日は疲れた…… 人生で初めての経験だらけだったからな。
まだ色々聞きたい気もするが……
俺は桜とテントに入り、横になる。
少し寒いのかな? 桜が俺の方に寄ってきた。
「どうした? 寒いのか?」
「うん…… そっちにいってもいい?」
「いいよ。桜、背中をこっちに向けて」
「え……? うん……」
ギュッ
桜が俺に背を向ける。
俺は桜の背を抱く。
「わっ! パパ、どうしたの!?」
「あれ? 覚えてない? 昔はよくこうして寝てたじゃん」
「あ、そうか…… 思い出したよ。懐かしいね……」
そう。かみさんが死んでから俺達は数年間こうして眠っていた。
中学に上がったら流石に一緒に眠ることは無くなったけどな。
はは、俺も懐かしいな。
桜の体温が温かく、俺はスッと眠りに落ちていった。
◇◆◇
ホーホー
ゲココッ ゲココッ
ん……? うるさいな……
鳥や小動物の声で目が覚めたてしまった。
隣では桜の寝息が聞こえる。
時計を見ると…… まだ午前三時か。
再び目を閉じるが眠れる気がしないな。
俺は桜が起きないようにテントを抜け出す。
ライターで焚き火を起こし、火に当たる。
せっかくだ。コーヒーでも飲もう。
ペットボトルの水をヤカンに入れ、持ってきたバーナーでお湯を沸かす。
一人用だ。お湯はすぐに沸いた。
インスタントだが、辺りに香ばしい匂いが漂う。
満天の星空の下、コーヒーを口に運ぶ。
見事な星空だ。都内ではこんな星空は拝めないからな。
昔、かみさんと旅行に行った時こんな見事な星空を見たことがあったな。
あれは群馬県だったか? 金が無いくせに温泉に入りたいって言って無理に旅行したんだったよな。
はは、懐かしい。
凪…… またこうして君と星空を一緒に見れたなら……
亡き妻を想いながらコーヒーを飲んでいると、ふと後ろから声が聞こえる。
「眠れないのですか?」
そこにはフィーネが立っていた。
「あぁ、すまん。起こしちゃったか。よかったら君も飲むか?」
「はい、いただきます」
俺はフィーネのためにコーヒーを淹れようとしたが……
あ、水が無くなっちゃったよ。俺の残りをあげるってのもな。
「水ですか? 心配いりませんよ」
フィーネはヤカンの蓋を開けて手をかざす。
次の瞬間、彼女の手から水が勢いよく滴り落ちる……
「すごいな…… 魔法なんて初めてみるけどこんなことも出来るんだね」
「ふふ、これは一般的な生活魔法です。ライト様もすぐに出来るようになりますよ」
出来るかよ…… こちとら地球から来た魔法とは縁のない中年サラリーマンだぞ。
お湯はすぐに沸いたので新しく淹れたコーヒーをフィーネに渡す。
初めてのコーヒーだ。ブラックじゃ辛いだろ。砂糖を少し多めに入れておいた。
フィーネはゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。
「美味しい…… ふふ、ライト様のいた世界ってすごいですね。こんな美味しいものがいっぱいある世界なんて」
「すごいのはこの世界だよ。魔法か…… 昔はまってたゲームの世界が現実のものになったのか」
「ゲーム? なんですかそれ?」
「はは、説明しても理解してもらえないよ。子供の頃、こういう世界を想像して楽しんでたってことさ」
「想像? でもライト様もサクラさんも多分魔法を使えますよ? だって二人からは信じられない位のオドを感じますから……」
オド…… さっきも言ってたな。
なんのことなんだろうか?
「さっきも桜が質問してたと思うけど、オドってなんのことだい?」
「はい、オドとは人が持つ魔力のことです。ですが、人族でここまで高いオドを持つ人は見たことがありません。それに……」
フィーネが俺の顔を見つめる。
う…… そんなに見ないでくれ。本人は意識していないのだろうが彼女は美人だ。
胸も大きい。恋愛はしないと決めた俺だが、性欲は一人前にある。
しばらくご無沙汰な俺にとって彼女は目に毒だ。
「それに……? なんだい?」
「ゴブリンに与えた一撃…… 人ならざる力を持っているのは間違いないでしょう。私も魔法以外にもある程度は剣術、武術を嗜んでいます。ですが、あなた以上の使い手は見たことがありません」
そうだ。そのことを聞くのを忘れてた。
あの時は森から抜け出すことで頭がいっぱいだったからな。
でも今考えてみると俺の一撃で魔物の頭を吹き飛ばすほどの力がある訳無いはずなんだ。
「俺にもよく分からないんだ。でも一つ分かったのは魔物を倒し終わった後、体に力がみなぎるのが分かった。あれってなんなのかな?」
「レベルが上がったのではないですか?」
レベル!? この世界はそんなのがあんのか!?
まんまRPGの世界じゃねえか!
「レベルって何……? もしかしてステータスとかもあるの?」
「はい、それを確認するためには冒険者ギルドに行かないといけませんが」
「個人でステータスを確認することは出来ないんだ……」
「はい。能力を数値化する方法はつい最近出来たんですよ。因みにこれが私の能力です」
フィーネはカードのような物を取り出す。
裏に何か書いてあるな。そういえば……
「フィーネさん。もう一つ聞きたいことがあるんだけど、俺、なぜか君の言葉が分かるんだ。文字も読める。これってどういうことなのかな?」
「それは分かりませんが…… もしかしたら何らかの加護を持っているのかもしれません。それを知るためにも、よかったら冒険者ギルドに行ってみませんか?」
そうだな。せっかくだ。自分に何が起こったのか知るのにいい機会だ。
「分かった。じゃあ朝が来たら冒険者ギルドってやつに行ってみよう。でもその前に……」
フィーネから手渡されたカードを見てみる。そこには……
名前:フィーネ・フィオナ・アルブ・ビアンコ
種族:アルブ・ビアンコ
年齢:19
Lv:24
HP:189 MP:321 STR:52 INT:927
能力:剣術3 武術4 火魔法6 水魔法6 風魔法6 空間魔法 生活魔法
鼻水を噴き出しそうになった……
まんまRPGのステータス表記じゃん。
HPとかは説明の必要は無いだろう。
STRは腕っぷしってとこだろ?
INTは魔法の威力を左右するものだ。
能力については10段階評価なんだろうな。
フィーネ…… かなりのハイスペックじゃないか……
「あのさ、もしかしてフィーネさんってものすごく強かったりしない?」
「強いかどうかは分かりませんが…… ですがギルドカードは銀級のものなのでそこそこ強いのかもしれません」
銀級? よく分からんが上の方なんだろうな。
詳しくはギルドに行ってからだな。
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