第3話フィーネ

 俺はエルフのような娘を捕えていたゴブリンの群れを退治することが出来た。

 ほとんどはバイクを使って轢き殺した訳だが…… 

 一匹だけは違った。

 生き残ったゴブリンは俺を殺すべく、最後の力を振り絞って俺に斬りかかってきたのだ。


 俺は攻撃を紙一重で避け、そして渾身の一発を顔面に叩き込んでやった。

 だがその一発でゴブリンの頭が弾けたんだ。

 一体どういうことなんだろうか? 

 武道の嗜みのない四十歳のサラリーマンがそんなことを出来る訳がないのに……


 いや、それは後で考えよう。

 今は捕らわれた娘を助けないと。

 俺は耳の長い、まさにエルフのような娘に近づいて……


「君、大丈夫か? 今から縄を解くけど怖がらなくていいからな」

「…………」


 彼女は黙って俺の申し出に頷きで応える。

 かなりきつく縛ってあるな。五分ほど縄と格闘すると何とか解くことが出来た。

 手首には縄の跡がくっきり残っている。かわいそうに…… 

 だが目立った外傷はないみたいだな。よかった。


 エルフのような娘は少し痛そうに手首を擦りながら……


「あ、ありがとうございました。あなたは一体……?」

「色々聞きたいことはあるんだが、今は娘を迎えに行かないと。そうだ。君、名前は?」


「…………」

「答えられないか…… まぁいい。じゃあエルフさんでいいや。エルフさん、悪いけどバイクに乗ってくれる?」


「バ、バイク?」


 そうか、バイクなんて分からないよな。

 俺はゴブリンの死体の中に停めてあるバイクに跨りエンジンを始動させる。

 ゆっくりとエルフのもとまでバイクを走らせて……


「後ろに乗って」

「これに? これが乗り物なんですか?」


 エルフは恐る恐る俺の後ろに乗る。

 あ、メットを被るの忘れてたな。

 まぁいいか。ここは地球ではないだろ。

 ここでは道路交通法なんて無意味だ。

 ノーヘルのまま俺はエルフを乗せ、バイクを走らせた。



◇◆◇



 ブロロロロッ



 バイクを走らせること数分。桜を待たせているところまで到着する。

 っていうか、エンジン音を聞いた桜が俺を出迎えてくれた。


「パパー! 大丈夫ー!?」

「おいおい、大人しくしてろって…… はは、まぁいいか。とりあえず大丈夫だ。女の子も助けてきたぞ」


 俺とエルフはバイクを降りる。

 桜は助けたエルフをまじまじと見てるな。


「わー! すごい! お姉さん、耳が長いね! もしかしてエルフっていう種族だったりする!?」

「え? そういえばさっきもエルフって聞かれましたが…… 私はそういう種族ではありません。深くは言えませんが……」


 なんとなくエルフは困った顔をしてるな。

 明らかにこれ以上聞かないでって顔だ。

 何か素性を話せない事情があるんだろ。


「桜、エルフさんが困ってるだろ。今は深く話している時間は無い。あと数時間で日が落ちる。なんとかここを出ないと。なぁエルフさん…… いやエルフじゃなかったな。

 君、名前だけ教えてくれないか? 名前を教えてくれないとコミュニケーションが取りづらくってしょうがない。俺は渋原 来人。この子は娘の桜だ」

「シブ……? ライ……? どっちが名前ですか?」


「あぁそうか。苗字じゃ呼び辛いよな。じゃあ俺のことはライトと呼んでくれ」

「ライト…… 分かりました。私はフィーネ。フィーネ・フィオナ・アルブ・ビアンコです」


「「名前長っ!?」」


 思わず親子で突っ込みを入れてしまう。

 とりあえずフィーネって呼べばいいかな……?


「よし、フィーネさんだな。フィーネさん、俺達は森を出たいんだがどっちに行けばいいか分かるか?」

「はい…… おおよその方向なら分かります。西に進めば最短で森を抜けられるはずです」


「そうか。よし、桜、フィーネさん! バイクに乗って!」

「え? もしかして三ケツするの?」


「三ケツって…… しょうがないだろ? 今はここを出るのが先決だ。ほら、二人共乗って!」


 俺はバイクに跨り二人が乗るのを待つ。


「フィーネさん、ほら怖くないから乗って!」

「え、えぇ…… では失礼します……」


 桜に促されフィーネが俺の後ろに乗ってきた。

 ん? ぎゅって腰に抱きついてくる。



 ムニュッ



 あ、背中に失って久しい柔らかい感触が……


「さ、桜!? ここはお前が俺の後ろに乗るとこなんじゃないの!?」

「何言ってるのよ。私はここじゃナビも出来ないでしょ? フィーネさんがパパに指示をしたほうがいいでしょ。あ、そうか…… パパのスケベ」


 う! 俺の心を読んだか!? しょうがないだろ! 

 フィーネはエルフなのに、かなり胸が大きいようだ。


「ではライト様、しばらく西に進んでください。細かい指示は道中で出しますので……」


 フィーネは俺にしっかり抱きつきながら指示を出す。

 集中出来るかな……?


 俺は数年振りの素敵な感触を楽しみつつバイクを走らせた。



◇◆◇



 森の中、バイクを走らせること数時間。

 もうすぐ日が落ちる。

 未舗装の獣道を走らせるので平均時速は二十キロってとこだろうな。

 くそ…… まだ森を抜けないのかよ。


「間もなくです。このまま真っ直ぐ進んでください」


 後ろからフィーネが話しかけてくる。

 彼女の指示は正確だ。

 森の全てを知り尽くしているかのようで川の位置や大岩の位置まで把握していた。


 彼女の言う通り十分も走ると森の密度が薄くなってくる。

 そして森を抜けると……


 そこは広大な草原が広がる。

 文明の香りなんて全くしない広大な草原。

 改めて思う。ここは異世界なんだなって……


 茫然と草原を眺めていると、後ろから桜の声が聞こえてきた。


「パパー。疲れたよぅ…… お腹も減ったー……」


 そうか、興奮してたから気付かなかったけど昼飯も抜きだったもんな。

 公園で簡単な物を作ろうと少しだけ食料なんかは持ってきてある。

 今日はここで野宿だな……


「桜、フィーネさん。今日はここで一泊だ。フィーネさん、ここらって猛獣とかモンスターとかは出るかな……?」

「モンスター…… 魔物のことですか? そうですね、少々お待ちを……」


 フィーネはバイクを下りて、目を閉じる。

 長い耳がピコピコ動いてる。ふと目を開き……


「大丈夫です。ここは魔素も薄いですし。精霊に聞いてみましたが私達に害が及ぶような動物もいないようです」

「精霊…… 色々聞きたいこともあるが…… 今は腹ごしらえだな。くそ、キャンプなんてガキの頃やったきりだわ」


 俺は独りごちりながらメットインからインスタントラーメンと水を取り出した。



◇◆◇



 俺は独りで人数分のインスタントラーメンを作る。

 なんだか桜とフィーネが楽しそうに話してるな。


「なにこれ!? 美味しい! これ、なんていうお菓子ですか!?」

「ふふ。これはチョコレートっていってね。私達の世界のお菓子なんだよ」


「甘くって、少し苦くって…… こんなの初めて食べました…… サクラさん達ってどんな世界から来たんですか!?」

「えー、普通の世界だよ。魔法とかは使えない世界だけどね。でも魔法の代わりに科学が発達した世界ってとこかな?」


「カガク? サクラさんは魔法を使えないんですか? でも、あなたからは恐ろしいほどのオドを感じるのですが……」

「オド? オドってなーに?」


 はは、女二人でも姦しいな。

 二人が仲良くなって良かった。

 でも話はお終い。今はごはんの時間だからね。


「出来たぞー。二人共こっちに来てくれ」


 二人は匂いにつられたのか急いで俺のところまでやって来る。


「あー、ラーメンだ! 嬉しいな。何味?」

「塩味。ネット情報だと塩味は完成され過ぎてて店でも真似出来ないんだってさ。でも確かに美味いよな、ほらこれは桜の分な。これはフィーネさんのだ。熱いぞ、気をつけてな」


 フィーネは器に入ったラーメンをまじまじと見つめている。

 初めて見る食べ物だもんな。

 ラーメンの香りを嗅ぐとフィーネの表情がトロンと崩れる。

 わ、かわいい…… 

 改めて見るとフィーネってかなり美人だな。思わず見惚れてしまった。


「いい匂い…… 食べてもいいんですか?」

「もちろんだ。あいにくフォークは無くてね。使い辛いだろうけど箸を使ってくれ」


「ハシ……? この二本の道具で食べるんですか?」

「あぁ、こうやって麺を摘まんでね。口に運ぶんだ」


 俺は箸の使い方を簡単にレクチャーする。

 フィーネはぎこちなく麺を摘まみ、口に運ぶと驚きの表情に変わる。


「美味しい!」


 そう一言いい終わるとフィーネは夢中でラーメンを啜る。

 はは、喜んでもらったようで何よりだ。


「パパー。美味しいけど物足りないよー。お代わりはないの?」

「悪いな。これで最後なんだ。今日は日帰りの予定だっただろ? そんなに食べ物は持ってきてないんだよ。むしろ桜の方がお菓子とかいっぱい持ってきてるだろ? それでも摘まんでな」


「う! なんでそれを知ってるの!?」


 いや、ツーリングに行く前の日に一緒に買い物行ったじゃないか。

 俺がびっくりするくらいのお菓子を籠に詰めてたじゃん。


「ばれたんじゃしょうがない…… パパ、お煎餅でも食べる?」

「俺はいいや。フィーネさんと食べな。フィーネさん、まだ満腹じゃないだろ?」


 俺はフィーネに話しかける。

 彼女は空になった器を名残惜しそうに眺めていた。


「は、はい…… ですが、これ以上あなた方に甘えるわけには……」

「はは、遠慮しなさんな。俺は一服しながら片づけをしてるから」


 俺はタバコに火を付ける。持ってきたタバコは二箱。

 これが全部無くなったら…… ははは、禁煙すりゃいいか。


 紫煙を吐き出しながら俺は食事の後片付けを始めた。

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