ラブコメ体質ヒロインの兄さんたちに脅されています

@ysbb

第1話

ある春先の早朝。少し霞みかかった空に白みを帯びた太陽がその高度を徐々に上げていく。住宅街はまだ眠りについている時間帯で、少し寂しさを感じる静けさが妙に心地いい。

そんな気持ちのいい明朝の中、ある家の玄関の扉が開き、中から女の子が勢いよく飛び出して来た。彼女の名前は「朱坂 夏海」。この家の1人娘だ。口元にトーストを咥えていることから、時間に追われていることが分かる。すらっと伸びた健康的な足を少し高く上げて小走りをしながらアスファルトの上を駆けて行く。本来手提げ用として設計されたであろうスクールバックを背負い、肩からは着替えが入っているであろうキャラクターがプリントされたトートバッグを提げている。足を地面に着く度に肩にかからないぐらいまでカットされた黒髪が左右に揺れ、口からは白い息が微かに漏れる。

「青春」というタイトルのアルバムがあれば、間違いなく収められるであろうこの景色の中、私「青原 春也」はダンボールを頭から被りアスファルトの上に伏せていた。

「こちらコードネームG、対象が最初の曲がり角を通過しました。応答願いますオーバー。」

右耳に付けられたインカムに向かって声をかける。すると間髪入れずに反応があった。

「こちらコードネームA、了解した。対象が2本目の電柱を通過し次第、第2ポイントに向かってくれ。そこにBが夜中のうちに用意した物資があるはずだ。それを使って危険因子であるCTを排除してくれ。」

指示を受けた僕は、2本目の電柱を通過したのを確認した後、ダンボールを脱ぎ捨て近くに停めていた自転車に跨り、対象にバレないように第2ポイントである公園に向かった。到着するとそこには、側面に「ひみつ道具」とマジックで書かれたダンボールが道路に面しているゴミステーションの陰に上手く隠されていた。僕のミッションは約7分後にここを自転車で通過する危険因子である同じ高校のサッカー部キャプテン、通称CTを排除することだ。しかしここである疑問が思い浮かぶ。なぜ「CT」なのか?

「あの、1つ質問なんですけど、なんでCTなんですか?」インカムに向かって話しかける。

「なんだ、分からんのか?こんなの少し考えれば分かるだろ?」

「なんなんですか?」

「サッカー部のキャプテンって言ったらキャプテン翼しかないだろ。」

「んなもん分かるか!!別に世の中のキャプテン全員が翼くんになる訳じゃないからな!!」

「んなことは分かってるよ。ただの気まぐれだ」

なんなんだこの人はと思いながらも、ミッション遂行のためにダンボールの封を切る。しかし、少し頑丈に閉じられているのか開けるのに手間取ってしまう。焦ってもしかたないため、もう1つ疑問に思っていたことを口にする。

「そう言えば、なんでサッカー部キャプテンを排除しなくちゃいけないんですか?」

「は?お前は何を言っている?CTは運動能力、成績、ルックス、全てがハイスペックなラブコメ主人公要素満載の男だぞ?ただでさえ愛しの妹がサッカー部のマネージャーと言うだけでも耐えられないのに、このままだとラブコメ体質によって夏海が大通りに出た途端、CTと鉢合わせて朝練に遅刻しそうだからという理由で自転車の荷台に乗せてもらうラブコメ展開が起きてしまうじゃないか!!そんなのあのイケメンにやられてみろ、夏海でも恋に落ちてしまうかもしれないじゃないか!!」

「いや、その時は応援してやれよ。てかなんでサッカー部キャプテンの方は自転車なのに、夏海は歩きなんですか?」

「ちゃんとCTと呼べ。いやなに、ラブコメとかって『いやそれ自転車通学した方がいいだろ』って距離でもヒロインって男の自転車に乗せてもらったり、歩いて夕焼けの中2人で話しながら帰るために徒歩の場合が多いだろ?その影響か知らんが夏海が乗った自転車って絶対パンクするんだよ。電車通学には近すぎるしってことで本人の希望で徒歩通学なんだよ。」

なんて不幸なんだろうかと考えていると、ようやくダンボールが固い口を開いた。ダンボールの中を確認すると、さらにその中に白い袋が入っていた。袋の中身を確認しようと手に取ると、横に張り付いていたのだろうか、1枚のレシートのようなものが落ちた。春也はそれを拾い上げ購入内容を確認した。

「女装コスプレシリーズ これで誰でも大変身☆スーパーピチピチJKセット☆・・・1点」

「なにお前は親の友達の息子に女装させようとしとんのじゃああああああ!!!!」

「言っただろ。相手はラブコメに出てくるような優男だぞ?途中で困っている人を見かけたら声をかけるに決まってるだろ。」

「それ別に女装した変態じゃなくても声掛けてくれるだろ!?」

「優男とは言えやつも1人の男だ。一般男性よりやはりJKの方が声をかけてくる確率は高いだろう。少しでも確率を上げるためだ。それよりも早く着替えろ!!CTが通過するまで時間がないぞ!!」

「しょうがないなあ!!」

そう言いながら公園のトイレで着替え始めた。女装なんて初めてのため、なかなか上手く着替えられないがそれでも何とか着替えていく。このコスプレ衣装、ふざけた名前の割に作りはしっかりしていて上は前がボタンで止めるタイプになっており、スカートは横のチャックで腰に留めるタイプになっている。それでもやはり色物衣装のためかサイズ調整なんてものはできず、なおかつ微妙にサイズが小さい。無理をしながら服を来ているとインカムから声がした。

「あーあと言い忘れてたけど」

「何を?」

そう言いながらも袋の中身を漁り、他に身につけるものはないかを探す。そして何やら妙に肌触りのいい生地に手が触それを掴み引っ張り出す。それと同時にインカムから言葉が続いた。

「中のもの全部身につけろよ?」

手にしたのもは、豪華なレースをあしらった漆黒のブラジャーとパンツだった。

「あんた馬鹿なの?まさかそういう趣味でもあんの?」

「馬鹿言え、それは俺のでは無くお前が身につけるものだ。分かったらさっさと装着しろ。」

「するわけ無いだろ!!なんで高校最後の年にこんな変態みたいなことやんないといけないんだよ!!せめて白いシンプルなのにしてよ!!」

「いや、女の制服姿で言われても説得力に欠けるけどな、てか種類の問題かよシンプルだったらいいのかよ。」

「ちょっとしたボケだよ!!」

そう言いながら、手に女性用の下着を握りしめ叫ぶ春也。その姿を見れば誰もが彼に変態の烙印を押すだろう。

「さっきも言った通り確率を上げるためだ。大人しくさっさと装着しろ。」

ちくしょうと呟きながらも渋々従う春也。彼には彼で指示に逆らえない理由があるのだ。

ブラジャーから付けようと上の制服を首元までずりあげ装着を試みる。しかし後ろにあるホックを止めるのはコツがいるのだろう。全く上手くいかない。そうこうしているうちに時間だけが過ぎていく。

「早くしろ!!もうCTが通過するぞ!!」

それを聞いた春也はブラジャーを付けることを諦め、せめてパンツだけは履こうと先に履いていた黒いタイツを脱ぐ。そして素早くパンツを履いたところでタイムアップを迎えた。

「おいCTが来たぞ!!とりあえず制服を着てたらいい!!なんでもいいからやつを足止めしろ!!」

そう言われた春也は仕方なくジェーダーレスのスニーカーを履き通り過ぎようとする自転車を呼び止めた。

「すみませーん!!ちょっと困ってるんですけどー!!」

その声が聞こえたのか、CTはブレーキをかけこちらを向いた。

「はい、僕でよければおてつだ・・・ ギャアアアアア!!!!」

叫ぶと同時に自転車に再度乗り漕ぎ始めるCT。それもそうだろう、この時の春也の姿と言えば、右手には脱ぎたてのタイツ、左手にはレースのついた黒いブラジャーを握りしめていたのだ。さらに先程まではタイツで隠されていた足も、筋肉のついたゴツゴツの男の足が短めのスカートから太めに伸び、セーラー服は肩に張り付くようにぴっちりくっついている。しかし当の本人である春也は気づいていない。

『このままでは夏海と鉢合わせてしまう。それだけは阻止せねば!!』

そう思った春也はスカートであることも忘れ全速力で追いかけ始めた。

「まっ、待ってーーーー!!」

しかし走って追いかければ追いかけるほどCTは漕ぐスピードを速める。彼からしてみれば、黒いレースのパンツを履いた女装癖のある変態に追いかけられているのだ。全速力で逃げたくもなる。

そうこうしているうちに2人は遂に、鉢合わせポイントである大通りの曲がり角に着いてしまった。

『ヤバい!!夏海と鉢合わせる!!』

しかしそんな春也の不安は的中しなかった。2人が予定よりも早くポイントに到着してしまったためだ。それが分かった瞬間足を止め、前方のCTを見送った。

「やったあああ!!何とか乗り切ったあああ!!」

そう叫びながらガッツポーズを掲げる春也。ピンチを乗り切って安堵したことにより全身の力が抜ける。そのままアスファルトの上に倒れそうになった時に、誰かが腕をとって支えてくれた。

『お兄さんが来てくれたのか』

そう思った春也は支えてくれる手に体重をかけ立ち上がる。そしてお礼を言おうと手を貸してくれた人物に向き直る。

「すみません、警察の者なんですけど。ちょっと署までご同行願えませんか?」

目の前にいたのは青い帽子を被り、仕事用の制服を着た警察官だった。



この物語は、主人公の「青原 春也」が母親の友達の娘で、ラブコメ体質を持った「朱坂 夏海」をシスコンの兄たちの命令によって、ラブコメ展開から救う物語である。

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