第四幕(完)

 先日の疲れなど嘘のように身体が軽かった。


 全速で駆けても息が上がらない。


 体力も完全に回復しているようだ。


 星灯りのおかげで夜道も難なく進める。


 村の外れのお堂に、奇妙な人影がちらつくのが見えてそちらに息を潜ませながら足を忍ばせて近づく。


 お堂の周りには十人余りの男たちがたむろしている。


 今しがた誰かが入ってきた様子で、お堂の中を気にするあまり周囲を警戒していない。


 お堂に入っていったのは遊だろう。


 そして中で待っていたのは、彼らの黒幕であ、おそらくは外法童子の一人ではあるまいか……。


 私はなんとかお堂の裏側から、男たちにバレずに中をうかがうことが出来た。


「久しぶりじゃないか……玖島遊左右衛門」


 くじま……ゆざえもん……それが外法童子としての遊の名前なのだろう。


 遊は否定も肯定もせずにこう応えた。


「あの符号……やはりお前か……対馬九次郎……」


「あの符号に気付いてくれてなによりだよ。気付いてくれなければ俺たちはここで待ちぼうけだ」


 やはり! 遊に対して何か暗号が送られていたのだ。


「それにしてもまさかあの女を追っていてお前を見つけるとは思わなかったよ」


「俺もまさかあの女をお前が追っているとは思わなかった……」


「ふふ……正直、面倒な女だと思っていたけれど、お前に引き合わせてくれたことを考えると役に立ってくれた……とても役に立ってくれたよ」


 楽しそうな口調ではあるがどこか不適な感じがする笑い方だった。


「なぁ、玖島よ……戻ってこないか? 御館様には俺が取りなしてやるよ」


「御館様は……俺に自由に生きろと言ってくれたんだよ……」


「そうだよ! だからだよ! だから今、俺は自由に生きているんだよ!」


「…………なら……お前はそうやって生きればいい……俺は……少しでも長く平和に生きたい……」


 そう言った遊を対馬は笑った。


「ははははっ! 平和? 平和ってなんだよ? サムライの野郎共はまだ懲りずに小競り合いをしているっていうのに? それで? お前は土にまみれて生きるってのか? ははっ! 一体何を迷う必要があるんだよ? なあ、玖島よ……考え直せよ……俺たちと共に闘った童子は何人居た? 最初から俺とお前だったか? 違うだろ? みんな死んじまったんだろ?」


「………………」


「でも俺とお前は違う。今、俺たちはこうして生きている! 生きているんだよ! せっかく生き存えたんだ。残り短い命を、俺は、俺の為に、俺自身の為に、好き放題使うって決めたんだよ!」


「せっかく残された命だ……俺は大地と共に生きる」


「なんでだ? 俺と一緒に来いよ。金だって屋敷だってあるんだ。うまいもんだって食い放題だぜ? 何を好きこのんであんな小屋で暮らす必要があるんだ?」


「もういいだろう……」


「なんで……なんでだ玖島! 俺たちが……俺たちが命を賭けて戦ったから、あの大戦は終われたんだよ! それをサムライどもがまるで自分たちの手柄のように、自分たちは御殿のような城や館で暮らしてるんだぞ? 俺たちがそれにあやかることが、なにが嫌なんだよ?」


「お前も一度土をいじってみるといい……」


「何を言っている! まっぴらゴメンだ!」


「……俺も昔はそう思っていた……だけど……違ったんだ……」


「だからなんだよ? 俺に野良仕事をしろってのか?」


「別に……お前の生き方を否定するつもりはないさ……俺たちはあの大戦で命を賭けた……その対価をもらうのは当然のことだからな……」


「それで? お前は……あんな場所で……土にまみれるのか?」


「……ああ」


 遊はそれだけ短く言った。


「それと……あの女の刀は渡すから、二度とこの村に足を踏み入れるな」


「なに……?」


「今日はそれを言いに来たんだ……もう俺たちに関わらないで欲しい」


「…………」


「もしも力ずくで奪うというのなら……」


 遊の身に魔力が高まる。


「いや……玖島がそう言うのなら……あの女の刀を差し出すと言うのならこの村には一切手出しをしない」


「その約束……違うことあらば、俺も全魔力を以てお前達を廃す」


「無論だ……俺もお前を相手になどしたくない……約束しよう」


 いや……駄目だ……


 そんな約束を守る相手では……


 声が出そうになったその瞬間……


 対馬はお堂から出る遊を背後から蹴り飛ばした。


 ごろごろと派手な音を立てて転がり落ちる。


「なに……! 対馬……お前……!」


 転がり出た先には十人以上もの侍が刀を抜いてその切っ先を遊に突き付ける。


「あははははっ! 悪いな玖島よ。仲間にならない童子を御館様が放っておく訳ないだろう?」


「なに……? それはどういうことだ?」


「逃げた童子は見つけ次第抹殺しろってことだよ」


「なるほど……そういうことか……」


 如何に無敵の法術使いとはいえ、十数人に刃を向けられては身動きはとれない……。


 なぜだろう?


 その時、私が何を考えたのかわからない――


 私は刀を抜いて彼らの間に飛び込んで立ちはだかっていた。


「なんだ? 何者だ……と聞くよりも……お前が例の魔剣の里の生き残りか……」


 そう言えば私はこの童子と顔を合わせるのは初めてだ。


「だったらどうなんだ? お前の目的はこの剣だろう?」


「まぁ、そうだが……そのお前が……なんで玖島をかばうんだ?」


「玖島なる者は知らない……私は……村の童を探していただけだ」


 一瞬……何を言っているのかわからない表情をする童子対馬。


「あ……はははははっ! お前が守ろうとしているそいつが何者かわかっているのか?」


「なに? どういうことだ?」


「お前の故郷……穂塚の里を襲い、焼き尽くしたのは他でもない。そこにいる玖島遊左右衛門なんだぞ?」


「なっ……!」

 

「なぁ玖島ぁ、言ってやれよ。二年前、お前はお館様からなんて命を受けてあの村を焼いたんだよ?」


「法術使いにとって強敵となる魔剣を奪えって……そう言われたんだろ?」


 この対馬と呼ばれる外法童子が何を言っているのか……私は理解が出来なかった。


 遊が……彼が外法童子だとわかった瞬間から、薄々気付いてはいたのだ……。


 もしかしたら……彼こそが私の里を焼いた憎い憎い仇なのではないか?


 そんな気がしていたのだ。


 だが――


 そんな私が彼を、いつの間にか憎めなくなってしまっていた。


 理由は……。


 理由はわからない。


「……遊……そう……なのか……?」


 私はただ……確認の為に遊にそう聞いた。


「……そうだ……穂塚の里を焼いたのは……俺だ……」


「なんだ! なにも知らないでいたのか? まさか玖島も知らずにその女を庇っていたのか?」


「いや……俺は……知っていた……」


「あはははははっ! なんでだよ? お前らのやっていることはてんで意味がわかんねーよ!」


 対馬は腹を抱えて嗤う。


 聞いていて……腹の底から苛立ちと怒りが込み上がってくるような嗤い声だった。


「もう…………のは…………嫌なんだよ……」


「ああ? なんだって? なにを言っているんだよ?!」


「もう……殺すのは嫌なんだ!」


 思いを吐き出すように声を絞り出す遊。


「なん……だって……?」


 その言葉を聞いた瞬間に対馬の表情が変わった。


 今まで以上に醜く歪む。


「だから……もう誰も殺したくないんだ!」


「なにをほざくかと思えば! 今までさんざんっ! さんざん殺しておいて! 随分と身勝手なことをいうじゃないか! ああっ?!」


 吐き捨てるような対馬の言葉に遊は言葉を返さない。


 いや――おそらくは返せないのだろうか。


「もういいや……二人ともやっちまえよ」


 と対馬は背中を向けて男たちに命じた。


 十本余りの刀が一斉に振り上げられる。


 瞬間――


 私は遊に蹴り飛ばされた!


 遊自身も私を蹴った反動で反対側に転がる。


 標的が反対方向に分かれたものだから、男たちに一瞬の躊躇が生まれる。


「はぁあっ!」

 転げて奇しくも男たちの間合いに入り込んだ私は気合いを込めて刀を一閃させる。


 体力もすっかり回復しているので先日のように無様な戦い方にはならない。


「くっ! やるじゃあねえか!」


 あいにくの空振りだったが、それでも男たちを怯ませる効果はあった。


「小娘相手に何をしている」


 と前に出てくるのは、以前、崖の上で対峙した凄腕の剣士だった。


 しかし、その剣士が私と刀を交えることはなかった。


「ぎゃあああああああっ!!!!」


 彼らの背後で一人の男が火柱を上げて燃え上がったのだ。


「なっ……!」


 遊の法術だった。


 火炎法術――


 灼熱の炎を操る法術使いの得意とする技だ。


 さすがに密着した状態で刀を突き付けられていれば、術の発動は無理でも、少しでも距離をとってしまえば、法術使いに敵はない。


「なん……」


 目の前で仲間が一瞬にして黒こげになるのを目の当たりにして、男たちは言葉を失う。


 同時に鼻を突く肉の焦げた臭いと着物の布の焼けた臭い……。


 これまで幾度となく卑怯な手段で人を葬ってきた連中でも、胃袋の中身が込み上がってくるのだろう。無意識に口に手を当てる者も居た。


「なにを呆けている……火だるまになりたくなければ消えろと……そう忠告したはずだ」


「ぐ……」


「次に消し炭になりたい奴はどいつだ?」


 男たちは互いに目配せをする。


 一斉に襲いかかればいかに法術使いでも……。


 おそらくそんな考えだろう。


「てぇやあああああっ!!!」


 掛け声と共に五人が一斉に遊へと刀を斬りつけようとする。

 だが力を準備していた遊によって五つの火柱が立っただけだった。


「ば、化け物めええええっ!」


 と二人が私に向かって斬りかかってくる。


 私を人質にでもして、遊の動きを封じるつもりなのだろうが、私もむざむざ人質になるつもりはない。


 焼け焦げになる死への恐怖に駆られた男たちの剣では、私を捉えることは出来ない。


 まず一人目の刀を払い、返す刀で二人目の刀を受け流す。


 そして振り返りざまに二人目の背中を斬りつけ、一人目の懐に踏み込んで一気に胴を薙いだ。


 これまで何人も追っ手を斬ってきたが、ずぶりと肉の切れる重い音は何度聞いても慣れるものではない。


 私がなんとか二人を倒したその背後でまたも火柱が上がる。


 遊が火炎法術で男たちを燃したのだ。


 周りに白い煙が立ち上り、人の焼けた異臭が立ちこめる。


 私はかつて里が焼かれた時の事を思い出していた。


 あの時も同じような臭いが村中にしていた。


「くっくっくっく……やはりその程度の侍などではお前の相手はつとまらんか……さすがだな玖島」


 何が可笑しいのか対馬は嗤う。


「お前……仲間が殺されて……何も思わないのか?」


 思わず私はそう聞いてしまった。


「仲間? こいつらが? 金で雇われたただの侍が仲間な訳がないだろう」


 対馬は続ける。


「いくら武士といっても、戦がなくなればただの人だ。食い扶持が稼げなくなった連中は、闇で人を殺すしかなくなる……はっ! 人のことを外法童子だとか言いやがって、自分たちも外道に成り下がっていることに気がつかない」


 対馬は少し溜め息をついたように見える。


「なぁ、玖島よ……もう一度考え直せよ。残った童子はもうお前だけになっちまった……俺の仲間と呼べるのはもうお前くらいなんだよ……」


「対馬……こうまでされてその要求は飲めない」


「そうか……残念だよ……」


 本当に心から残念そうに対馬は言った。


「ふははは! それじゃあ今度はてめえが消し炭になる番だああっ!!!」


 唐突に対馬の身体から力が溢れる。


 なんて力だろう!


 遊の数倍はあろうか……今まで魔力を温存していたのか!


「どうだ? 玖島よ! 俺の魔力は! まだこんなにあるんだ! もう枯渇の限界に近いお前とは違うんだよ!」


「ちっ……気付かれていたか……」


「以前の、最盛期のお前ならそいつらくらい一気に消し炭どころか灰に出来ていただろう……だがお前はそうしなかった……いや、出来なかったんだ!」


 対馬は一気に力を固めてぶつけてくるつもりだ。


 おそらく喰らえば人二人くらいは消し炭どころか一瞬で蒸発しまうほどの火力だ。


「遊、さがって!」


「な……いくらその刀でも……!」


「くるっ!」


「喰らえよぉおっ!」


 ごおおおおおおおおおおおっ!!!


 轟轟と音を立てて迫り来る大火球!


 それに私は刀を突き立てた。


 一瞬――


 それは――


 それは一瞬にして掻き消えた。


 そして訪れる――


 静寂――


「な……なんだと?! 消えた……だと? 跡形もなく?!」


「法術使い殺しの魔剣……あなたたちが怖れ狙ったこの刀のこれが本当の力よ」


「ば、馬鹿な……法術使いの魔力を奪う刀というのは……!」


「そう……なにも直接あなたたちを斬りつけるのが目的じゃなかった……何しろ法術使いは接近させてはくれないから……」


「だからといって……魔力を! 法術を打ち消す力などあるはずがない!」


「そう……私たちの里では昔からこの【法術】の研究をしてきた……」


「ぐ……っ!」


「そしてこの対法術使い武具が生まれた。法術使いの……外法童子の魔力を無力化するこの刀が!」


「おのれえええええっ!!!」


 対馬は矢継ぎ早に火炎弾を出して放ってきた。


「数を撃ったところで無駄……この刀は全て吸収する」


「ふざけるなああああっ!」


「対馬……お前の負けだ……」


 遊は言った。


「認めるか! 認められるかこんな結末が! 認められるものかああああっ!」


「あなたの敗因は侍達を捨て駒にしたこと……彼らと協力して戦えば、私たちはひとたまりもなかったのに……」


「うるさあああああい! うるさいうるさいうるさい! 小娘が何をほざく!!」


「もうなにもほざきはしない……ただ終わらせる」


 そう言って私は対馬に近づく。


 無駄な足掻きでいくつもの火炎球が投げてくるが全て刀が吸い込んでしまう。


「せめて地獄で仲間と暮らせ」


 そう言って私は対馬を袈裟懸けに斬った。


「ぐあああああああああっ!!! ぬ、抜ける……抜けてゆく……俺の……魔力があああっ! 魂があああ……あああああああっ!!!」


 対馬は刀に魔力を吸い取られて見る見る老いていき、そして乾涸らびていった。


 最後は灰のようになにも彼の跡を残すものはなくなっていた。


 何もなくなったところを見て、私の心に空しさだけが残った。


「里が残っていれば……あなたたちを忌まわしい外法から解放できたかもしれないのに……」


「そいつぁ余計なお節介だ……。そんなことは望んでねえよ……俺も対馬も……」


 私の背後で遊がそう呟いた。


「……そうか」


 これまで殺してきた人の数を考えて、自分たちだけが救われようなどとは考えていないと、きっとそう言うことなのだろう。


 私はその気持ちと共に刀を鞘に納めた。


「ぐ……ぐはあっ!」


 一段落したところで遊が血を吐いた。


「ど、どうしたのだ? どこかやられたのか?」


「いや……俺の命ももう長くはない……奴が……対馬が言っていた通りだ……少し法術を使うだけでこのざまだ」


「と、とにかく休んだ方がいいな……落ち着いたらお婆さんのところに帰ろう」


 私はとりあえず遊をお堂に横たえる。


「殺さないのか……? 俺を……お前の……村の仇だぞ」


「私は……」


 一瞬、私は言葉を探す。


 実際、私の旅は里を焼いた仇である外法童子を見つけ出して復讐することだった。


 だから法術使い殺しとされるこの刀を片時も離さずに持ち歩いていたのだ。


 私は――


「私は……悪い法術使いにさらわれた村の童を助けに来ただけだ……その悪い法術使いはたまたま私の村を焼いた奴と同じだった……めでたく私は仇を討つことが出来た、というわけだ……」


「そう……か……」


 遊は苦しそうだが、どこか落ち着いた風に目を細める。


「こ、こら! そんな死にそうな顔をするんじゃない。私はお婆さんにお前をちゃんと連れて帰ると約束したんだ!」


「そうか……」


「それに……ほら! これから田んぼは大変なんだ……野良仕事ってのは秋が一番忙しいんだ。お前の手がなければ、私一人では間に合わない」


「そうか……そう……だな……」


「ダメだ……ダメだぞ……あの人のいいお婆さんを哀しませるようなことだけは!」


「お前も……俺に生きろというのか……」


「当たり前だ!」


「……空も……大地も……水も……風も……みんな俺に生きろと言っていた……」


 遊はそう語る。


「そんな気がするんだ……生きて……大地に向かい合うから、稲が育つ……その育った稲で……飯が食える……」


「うん……そうだ」


「俺の命は……あとどれだけ保つかわからないんだぞ」


「それでも、だ!」


「それでも……生きろっていうのか……」


「そうだ……」


「まったく……困った女だ……助けなきゃよかった」


「お前に助けられた命だ……最後まで面倒見ろ」


「そうだ……な……いつまで見られるか……わからないが……」


 ふと遊は私の顔を見る。


 顔色は少し良くなっている……持ち直したと見てもいいのだろう……。


「……お前の名前……聞いていなかったな」


「そう言えば……」


 私たちはふたりで笑い合う。


「私の名は摩伊というのだ」


「そうか……」


 それだけ言って遊は目を閉じ健やかな寝息を立てた。


 翌朝、私は約束通り遊を連れてお婆さんの家へと帰った。


 それからしばらくはこの平和な村で遊とお婆さんと私の三人で穏やかな暮らしを続けるだろう。


 私の刀はもう使うことはないと思い、お堂の中に祀っておくことにした。


 そう、私の敵討ちの旅はもう終わっていたのだから――。







――終――

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外法童子 上島向陽 @sevenforest

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