第三話 参上! ヒーローは圧倒的な力を持つドラゴンの前に立つ


「おや、小娘たちは状況がわかっていないようだ。封龍公、いや、操龍王たる儂に歯向かう気だとは。これは儂の力を思い知らせてやらんとなあ」


 街の外にある緩やかな丘の上で、Sランク冒険者のアイギスと領主にして魔法使いのユーナがドラゴンと対峙する。

 身の震えを抑えながらドラゴンを見据える二人を前に、侯爵はニンマリと笑う。


「はっ、他者の、借り物の力を『儂の力』とは。滑稽なものだ」


 手にしたタワーシールドを地面に立てて防御姿勢を取り、アイギスが煽る。

 『操龍』、龍を操るというのであれば、侯爵が冷静さを失えば勝機はあると思ったのだろう。

 言われた侯爵は、怒りで顔を赤くした。


「あら? 護衛や供回りはどうされたのですか? まさか見限られて『操龍王』はお一人で? 護衛も供回りも、民もないのに『王』だと言ってらっしゃる?」


 アイギスの意図を察したのか、魔力を練りながらユーナも煽る。

 二人の前に現れたのはドラゴンと侯爵だけで、侯爵が連れていた二十二人の護衛も御者も侍従も見当たらない。


「くふっ、若い若い。賢く見せようとしょせん子供の浅知恵よなあ。護衛? 供回り? そんなもの、封印を解いて腹を空かせたドラゴンの供物にしてくれたわ」


 だが、ユーナの煽りは効かなかったようだ。

 侯爵は冷静さを取り戻し、むしろ二人の女性を煽り返すように言った。


「そんなっ!? 正気ですかっ!?」


「忠誠を誓った部下をモンスターの餌にするとは! 外道めッ!」


「くははははっ! 貴様らの目の前にいるこのドラゴンがなんだと思っておる? 儂の祖先が封じたこのドラゴンこそ、邪龍と呼ばれた悪しき龍! 邪龍”マルムドラゴ”である! 外道で当然であろう?」


 侯爵の言葉に応じるように、黒い鱗のドラゴンがグルルルと喉を鳴らした。

 口がわずかに開き、鋭い牙が覗く。


「ふむ。操龍王と邪龍”マルムドラゴ”を前に、その目は気に入らんな」


 邪龍だと聞いても、アイギスもユーナも戦う意志はくじけない。

 たとえ叶わなくとも、ここで死のうとも、民が避難する時間を一秒でも長く稼ぐと心を決めてきたのだ。

 そもそも「邪龍」だろうと何だろうと、現れたのはモンスターであり、戦いは避けられない。


 ドラゴンの首の付け根に座ったまま、侯爵は顎に手を当てて思案した。

 やがて、名案でも思いついたかのように、ポンと手を叩く。


「邪龍”マルムドラゴ”の力がわからぬのだな。よかろう」


 そう言って、支配の長杖を高く持ち上げた。


「何をする気だ、狂人めッ!」


「なに、絶望的な差を見せてやろうと思ってな。貴様らが守ろうとしている街をブレスで破壊してくれよう」


「なっ!?」


「させません! 〈魔法マジック障壁プロテクション〉!」


「くははははっ! そのような魔法なぞ紙切れよりも意味をなさぬ!」


 ドラゴンが爪を地面に食い込ませて、息を吸い込む。

 胸が膨らみ、ブレスの予兆なのか口の端から霧のような黒い靄が漏れる。


「さあやれ、邪龍マルムドラゴよ!」


 支配の長杖を振り下ろし、侯爵が狙いを示す。


 邪龍マルムドラゴがドラゴン最大の攻撃、ドラゴンブレスを放とうと口を開けて——



『させるかクソトカゲが!』



 赤い残光を曳いて、黒い影が飛び込む。

 勢いのままドラゴンの横っ面を飛び蹴りして、無理矢理に狙いをズラした。


 それでも、ブレスは放たれた。


 稲妻混じりの黒い奔流が、街からズレた方向へ伸びていく。

 体格差で蹴り上げる形になった分、わずかに上に向かっていく。


 『不死の樹海』の木を飲み込んで、木々を消滅させて、森を消し飛ばして、『不死の山』にぶつかった。


 山の稜線の一部が欠ける。


『あっぶね。あとちょっと遅かったらいきなり死ぬところだったわ。これシャレになんねえな』


(些少ですが真龍の魔力吸収に成功しました。解析します)


 意識しなければ、全身を隠す魔導鎧マギアから声は漏れない。


 アイギスとユーナから見えるのは、黒い鎧に包まれた背中だけだ。

 ドラゴンの頭を蹴り飛ばし、ブレスを別方向にそらして、街を守った背中だけ。


 焦って漏らした言葉をおいて、さも当然のように右の拳を引き、左の拳を前に突き出す。


「力に溺れて害なすヤツは、力に負けて死ぬといい。力ある『マギア』が、力をもってお前を倒す!」


 ドラゴンを前に堂々と、カケルは名乗った。

 借り物の力と、己の意志を持って。


「さあ、逃げずに来るなら殺してやる!」


 魔導鎧マギアにおおわれた足は、わずかに震えている。


「くふっ、くはははは! これはいい! 儂をコケにした相手が目の前に揃うとは! よかろう、まずはそこの『マギア』とやらを血祭りにあげてくれるわ!」


 カケルが頭を蹴り飛ばしたことで、侯爵は危うくドラゴンの首の付け根から落ちかけて、角にしがみついている。

 長杖は取り落としたのか、両手でしっかりと。


「さあ邪龍”マルムドラゴ”よ、ソヤツを喰い殺せ! おおそうだ、絶望の表情が見えるように頭を残して喰うの————びぎゃっ」


 ドラゴンが首を振って、命じていない行動に侯爵は振り落とされ、宙に浮いた体を、ドラゴンに咥えられた。


 鋭い牙が腹を貫き、上半身がドラゴンの口からぷらりと垂れる。


『は? なんだこれ? 仲間割れか?』


(真龍は使役できるものではなく、同格の真龍とも仲間意識はありません)


 カケルの疑問に、伝わってくるアルカのイメージは「当然」とばかりに頷いた。

 ドラゴンがわずかに口を動かすと、ぐじゅっと音を立てて喰い千切られ、上半身が地面に落ちる。


「ば、ばかな、なぜ……操龍王たるこの儂が…………」


 うつ伏せに落ちた侯爵の声を、感覚強化センスアップされたカケルの耳が捉える。


 カケルもアルカも応える言葉はなく、邪龍マルムドラゴ自身も応える言葉は————


『その方が邪龍らしいであろう?』


 ドラゴンの口から発せられた唸りは、なぜか意味が伝わってきた。


「なっ、なんだこれは! ドラゴンの言葉が理解できるだとっ!?」


「そんな、古書にも伝承にも英雄譚にさえそんな話は……」


 アイギスとユーナが目を見張る。

 聞こえたか間に合わなかったか、侯爵はすでにピクリともしない。


『何を驚く、人間よ?』


『これひょっとして魔導心話テレパシーか?』


(術式は異なりますが効果は同じようです。真龍は長命で知能も高い生物です。人語を解しても驚くには値しません)


 ただ、カケルは冷静だった。

 超古代文明のマジックアイテムと「魔導心話テレパシー」で意思疎通した経験があるからだろう。


『さあ人間よ、”邪龍”マルムドラゴの復活である! 数多あまたの人を殺し街を破壊して、我が絶望をもたらしてくれよう!』


 黒い鱗のドラゴンが咆哮をあげる。

 その場にいた三人は、やはり意味が理解できた。


 理解できたところで、侯爵が死んだところで、ドラゴンと戦うことになるのは変わりないようだ。


 魔導鎧マギアの機能を解放して装着——変身したカケルに並ぼうと、アイギスが歩を進める。

 魔法使いであるユーナは二人の後ろだ。


「武器は違う、構えは見たことがない。だがこれは、この人は——」


「アイギス姉、いまは『マギア』さんが何者だってかまいません」


「そうか、そうだな、ユーナ。私たちとともにドラゴンと戦って、この街の民を守る意志を見せてくれたのだから」


 そう言って、盾を構えたアイギスはカケルの横に立った。

 二人の前衛に守られたユーナが微笑みを浮かべる。四年前、何度も訓練して、時おりこうしてモンスターと戦ったことを思い出して。


『まずは汝らを殺して、街を蹂躙し、人間を殲滅してくれよう! さあ、絶望せよ!』


 戦う意志を見せた三人を前に、もう一度ドラゴンが吠えた。


 絶望的な戦いがはじまる。


 立ちはだかるのは、アルカいわく真龍。侯爵いわく邪龍”マルムドラゴ”。


 対するは街一番のSランク冒険者と女男爵にして魔法使い、それに——


 四十を迎えた引退間際のEランク冒険者の、三人である。



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