『第三章』
第一話 不穏! 評判の悪い貴族のウワサ
ざらついた木の手触りに、カケルは鼻歌交じりで木製のスイングドアを押し開ける。
カケルはぐるりとギルドの中を見て、わずかに首を傾げた。
冒険者ギルドが騒がしいのはいつものことだが、入ってきた者に視線が向けられないほど慌ただしいのは珍しい。
考えてもしょうがないと、ゴツゴツと靴音を鳴らしてカウンターへ向かう。
動きやすい革鎧、左の腰には小ぶりのメイス。左前腕にあったバックラーはないが、背中に小弓、たすき掛けした皮のサッシュにはダガーや投擲用のナイフ、ケガを治すポーション、背中側にある矢筒には矢が入っている。
ヒップバッグには緊急用の保存食と水、点火の魔道具。
肩から提げたズタ袋には保存食や水のほか、罠を作る道具も入っている。
うだつの上がらないEランク冒険者として二十二年間生き抜いてきた、カケルの装備一式だ。
だが、変わったものもある。
カケルの頭を守る鉢金のようなサークレット、太めのベルト、両手のガントレットに両足のブーツ。
ここ最近、カケルが身につけるようになった防具である。
いや、防具であって単なる防具ではない。
(何かあったのでしょうか)
(自分から話しかけるとか人工知能っぽくないぞ。やっぱ人格生まれてんだろアルカ)
サークレットとベルト、ガントレットとブーツの一揃えは、超古代文明のマジックアイテム「
それも、
Eランク冒険者にすぎないカケルが、戦闘にも人助けにも積極的になるほどに。
戦闘だけではなく、カケルが人工知能に「アルカ」と名付けてからは、
「カケルさん、今日はダンジョンですか?」
「ん? ああ、そのつもりだけど。この騒ぎ、なんかあったのか?」
「実は、領主様から秘密裏にお達しがあったんです。冒険者ギルドだけじゃなくて、各ギルドや地区長にも」
「街の顔役がみんな知ってて、俺たちにも知らせるって、それもう秘密じゃねえんじゃねえか?」
「この場合はそれでいいんです」
「まあいいけど。それで、そのお達しとやらの内容は?」
「二、三日中に、他領の貴族がやってくるそうです。領主様よりも高位の侯爵様だそうです」
「あー、なるほど、それで俺らに『失礼がないように』ってことか」
「違います。やってくる貴族は貴族らしい貴族だそうでして」
「はは、ウチの領主様は貴族っぽくねえからな。ちょっと前に成人したような小娘だし」
「カケルさん、冗談言ってる場合じゃないんです。貴族らしい貴族、つまり平民を人と思っていない貴族で、無礼討ちも理不尽な供出を求めることもあって、黒い噂には事欠かないと」
「…………は?」
「血気盛んな冒険者は当然ですけど、若い女性も可能な限り外出を控えるようにと、領主様より通達がありました」
「おいおいおいマジかよ。『貴族らしい貴族』ってそんなイメージ悪いのか」
(人間とは不合理な生き物ですね)
「ギルドの騒ぎはそのせいです。拠点に籠る、しばらく街から離れる、ダンジョンに潜るなど、みんな対応のため動き出してまして」
いつになく騒がしい冒険者ギルド。
理由を聞いたカケルは驚いて、あらためて周囲を見まわす。
仲間うちで話し合う者、変わらず依頼が貼られた掲示板を眺める者、ダンジョンに向かう者と、その行動は様々だ。
騒がしくはあるが、冒険者にとってはいつもと変わらない行動である。
「……まあ、俺もいつも通りダンジョンに潜るわ。門は普通に出入りできるんだよな?」
「はい、通行可能です。通常の運用通りで変更ないと」
「了解。んじゃ来た時にカチ合わないように気をつければ、お貴族様が平民の暮らす下町にかかわることはねえだろ」
「そう、ですよね。そう願います」
「心配しすぎだって。ウチの領主様はアレでやる時はやるみたいだし、なんとかしてくれるって」
励ますように言うカケルに、ベテラン受付嬢はうるんだ瞳を向けた。
胸の前でぎゅっと両手を組んで、まるで新人受付嬢が死地に向かう冒険者を送り出すかのような仕草で。二児の母には見えない。
「んじゃ、しがない冒険者は今日もダンジョンに行ってくるわ。ああ、出かける前に宿にも寄るかな」
「カケルさん、お気をつけて」
カウンターから離れたカケルは、受付嬢に背中を見せて、ひらひらと手を振る。
高位貴族の来訪を気にしていないアピールとばかりに、いつもと変わらずゴツゴツと靴音を立てて。
(
(あー、あとでな、あとで。ちょっとはカッコつけさせろ、ったく)
* * * * *
「あれ? カケル、どうしたの? 今日からダンジョンに行くんじゃなかった?」
「冒険者ギルドで、よそのお貴族様が来るって聞いてな」
「あら、心配してくれたんだ。大丈夫、私もお母さんもその話を聞いたし、食料は買い込んだから。足りなくなったら手配してくれるって地区長さんが」
「さすが、女将と看板娘は心配されてんなあ」
「うん。本当にありがたくて。カケルもありがとう」
「お、おう」
皮肉げな言い方を気にすることなく看板娘は笑顔を見せて、その純朴な反応にカケルが動揺する。
四十男はごまかすように、ぽりぽりと頭をかいた。
「それにしても、わざわざこんなお達しが来るなんてなあ。どんなお貴族様なんだか」
「カケル、興味本位で覗いちゃダメだよ。あの子に——じゃなかった、領主様に迷惑かけないように」
「ああ、わかってるって。俺は予定通りダンジョンに行くつもりだしな」
「うん、それがいいかも」
「ってことで俺はいねえけど、不安だったら婚約者に来てもらっとけ。向こうもその方が安心するだろ」
「そうね、そうしようかなあ」
「道具屋がヒマな時は手伝ってもらうんだろ? 早めの研修ってことでな」
「ふふ、なんかひさしぶりにカケルに心配された気がして、ちょっと懐かしいかも。……ありがと、カケル」
看板娘の含み笑いに、カケルはそっと視線を逸らした。
カケルがここを定宿としてから二十二年が経つ。
看板幼女の頃から見守ってきたカケルは、親のような気持ちなのかもしれない。
まして、成長して看板娘となった女性は結婚を目前に控えている。
心配するのも当然だろう。
「んじゃ俺は行ってくる。二、三日で帰ってくるから」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけて、無事に帰ってきてね」
およそ二十年近く変わらない、いつもの挨拶を交わす。
宿屋兼食事処の扉を開けて、カケルは通りに出る。
街の外、ダンジョン『不死の樹海』に向かうための門はすぐそこだ。
(心配事があるのに行くのですね。人間は理解不能です)
(はいはい、アルカもそのうち理解できるだろ。そん時は俺を
(残
(おいたっぷりエネルギー残ってんじゃねえか。ってほんとに返事ねえし)
引退間際のくたびれた冒険者としての日常を続けるように。
ちょっと早めに戻るかな、などとひとりごちながら。
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