第四話 変身! ダンジョンで見つけた超古代文明の魔導鎧はバトルスーツ



 耳に届いたかすかな音に、くたびれた冒険者は眉を寄せた。

 ゆっくりと頭を動かし、耳をそばだてて音の出所を探す。


「あっちか。おっ、外に出られそうだ」


 音がした方向に顔を向けて進んでいくと、カンテラのものではない明かりが見えた。

 地図は役に立たなかったが新たに地図を作りマッピングしながら洞窟を行き、カケルはついに外に出たようだ。

 もっとも、『不死の樹海』は洞窟だけでなく、地上に広がる森もまたダンジョンの一部であり、まだダンジョンを脱出したとは言えない。


 陽の光を喜びながらも、カケルは慎重に洞窟を歩いていく。

 かすかな音は次第に大きくなって、カケルは戦闘音だと気がついていた。


 反響していないことを考えると、外で戦いが起きているのだろう。

 そう考えたカケルは、洞窟の入り口から飛び出ることなく、顔を半分出して外を覗く。


 予想通り、洞窟の入り口から20メートルほど先で戦闘が起きていた。

 カケルはぎょっと目を見開き、焦って飛び出さなかったことに胸を撫で下ろした。


「マジか、んじゃここはダンジョンでもだいぶ深いところだったか……ああ、不死の山が近いなあ」


 すぐそこの現実から目をそらしたカケルの瞳に、美しい稜線を見せる不死の山が映った。

 眼前で繰り広げられる戦闘は、Eランク冒険者のカケルにとって荷が重かったらしい。


「戦ってる冒険者には悪りぃが、逃げるしかねえな」


 口の中でもごもごとぼやく。

 新顔の四人組冒険者を助けた時のように、助けになるかもしれない罠を仕掛ける気もないらしい。

 もしカケルが助太刀すれば一匹のモンスターに対して二人で戦えるわけで、数の上では二対一と有利になるはずなのに、カケルにはその気もない。


 ブオンッと、離れたカケルの耳にも届くほどの轟音でモンスターが腕を振る。

 冒険者はその鋭い爪を盾で受け流した。

 続けて迫ってきた尻尾が盾に直撃し、冒険者が弾き飛ばされる。


「ってあれアイギスかよ。Sランク冒険者でも一対一で防戦一方か」


 なんとかバランスをとって着地した冒険者に、二足歩行するモンスターは尻尾を揺らして悠々と近づいていく。

 ふしゅーっと呼気を吐いてチロチロ舌を見せるのは、舌なめずりではなく単なる習性だろう。


「リザードマン。いや、単なるリザードマンなら俺でもなんとか倒せたわけで、Sランク冒険者が苦戦するはずねえ。あれがリザードマンの上位種、リザードマンウォーリアーってヤツか?」


 じっと観察しながらカケルが手を動かす。

 肩がけの皮のサッシュにはポーションがあと2本収められている。カケルの戦闘力は役に立たなくても、板金鎧と額冠を装備した女性冒険者を回復させることはできるだろう。


 カケルのメイン武器である小ぶりのメイスは、洞窟の崩落の際に落としてしまった。

 武器になりそうなのは投擲用のダガー、小弓と矢しかない。

 あるいは常備している毒、それにいくつかの罠が効くことを祈るか。


 冒険者を見捨てる気だったカケルは、知り合いだと気づいて戦うすべを探しはじめた。

 それでもいつもであれば、知り合いであっても見捨てていただろう。

 死んだらそこで終わりで、カケルの望みの「帰る」ことが叶わなくなるのだから。

 「生き恥」の二つ名は伊達ではない。


 頭の中で天秤が傾いて、見捨てる決断をしかけた、その時。


 動かし続けていた手がベルトに触れた。

 超古代文明のマジックアイテムである、ベルトに。


 魔力を吸われる感覚があった。


 視線を下ろしてベルトを見る。


 中心にあったバックル部分の装飾が、ほのかに赤い光を放っていた。


 まるで、なんらかの機能がようやく起動したかのように。


(アレは亜龍人ドラゴーニです)


「…………は?」


 耳に聞こえたわけではない。

 カケルの頭の中に、直接、声が聞こえた。


「え? な、なんだこれ。俺の頭がおかしく、いや待て俺、いまも魔力を吸われる感覚が、これまさか超古代文明の」


(コレは魔導心話テレパシーです)


 ふたたびカケルの頭の中に、直接、声が聞こえた。


 まるでカケルの疑問に応えるかのように。


 超古代文明のマジックアイテムと思われるサークレットとガントレット、ベルト、ブーツの一式。

 いまでは再現できないロストテクノロジーで「魔導心話テレパシー」を成し遂げていたらしい。


 それだけではない。


 カケルは洞窟の入り口で頭を押さえてうずくまった。


「がっ、なんだこれ。超古代文明やべえ」


 カケルの脳内に、これまで知らなかった情報が流れ込んでくる。


 このマジックアイテムの機能と、使い方が。


「これは…………ははっ、マジか」


 やべえやべえとボヤいていたカケルが笑う。

 皮肉げに口元を歪めて、目を輝かせて。


「それで、コレはどれだけ強くなれんだ?」


 マジックアイテムの機能と使い方を理解したカケルが尋ねる。

 その場に一人しかいないのに、誰かと会話するように。


 いや、実際に会話しているのだ。

 超古代文明のマジックアイテム、「知恵ある魔導鎧」と。


ではありません。魔導鎧マギアです)


「はいはい、そんでどうなんだ魔導鎧マギアとやら? あの亜龍人ドラゴーニ?ってヤツは倒せるのか?」


(当然です。装着して機能解放すれば弱者でもドラゴンに勝利できるように私は設計されました、拾得人ファインダー


「…………感情があるって情報はなかったんだけどな」


 ニヤニヤと笑いながら首をかしげるカケルが、しゃがんだまま洞窟の外を見た。

 板金鎧に額冠の冒険者とリザードマンウォーリアー——魔導鎧マギアいわく亜龍人ドラゴーニ——の戦いは続いている。

 変わらず冒険者は劣勢で、『鉄壁の戦乙女』が手にした盾には歪みが生まれていた。


 カケルが立ち上がり、深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

 気持ちを切り替えるように、はやる心をなだめるように、興奮を抑えるように。


「くくっ、四十で、この歳でヒーロー英雄になるのか。んじゃ気合い入れねえとな!」


 肩幅ほどに両足を開いて、ブーツで地面を踏みしめる。

 だらりと垂らした両手をゆるりと重ねて、ベルトに触れる。

 大きく腕を広げ円を描いて、ガントレットを頭上に持ち上げる。

 一瞬、動きを止めた。

 まるで、空と地面から何かを集めているかのように。

 下ろした左手はベルトへ、右手は額のサークレットへ。

 ふたたび動きを止めたのちに、カケルは左の拳を引いて、右の拳を突き出した。


 叫ぶ。


 目を輝かせて、興奮に笑みをこぼして、幼い頃に憧れたヒーロー英雄を想って。


!」


 ポーズを決めたカケルが黒い闇に覆われた。

 時おり、ひとすじの赤い光が走る。


 闇と光が収まった時————


 カケルは、黒い全身鎧をまとっていた。

 時おり赤いラインに光が流れる。


『ははっ、マジか、マジかよ! マジで変身しやがった!』


 左手を握っては開いてを繰り返す。

 軽くヒザを曲げて何度か小さく飛び跳ねる。

 体に張り付く革のような素材をベースに、硬質なパーツがあるにもかかわらず、抵抗も違和感もない。


 カケルは、超古代文明のマジックアイテム「魔導鎧マギア」を装着した。


(機能解放に接触と魔力は必要です。動きアクションは必要ありません。またコレは機能解放であり、変身ではありません)


 頭に届く魔導鎧マギアの声に、カケルは顔のシワを深めて笑った。

 自らを鼓舞するように胸を叩いて、子供のように目を輝かせる。



 くたびれた冒険者は、もういない。



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