第三話 驚愕! 手に入れたマジックアイテムの超機能


「…………は? なんだこれ、さっきまでは確かに何もなくて」


 灰色しかなかった部屋の中で、カケルが一人呟く。

 カケルの目の前に床と同じような灰色の骨組みが出現して、骨組みには防具がかかっている。


 唐突に現れたそれを、カケルは呆然と見つめていた。


「まさか、これが超古代文明のマジックアイテムってヤツ? 何もないところからいきなり現れるなんてオーバーテクノロジーすぎるだろ、超古代文明すげえ」


 ようやく起動したカケルは、ふらふらと骨組みに近づいた。

 『生き恥』らしからぬ無警戒ぶりだが、灰色の部屋にひしゃげた扉以外の出入り口はない。


 手を伸ばし、骨組みの左腕側にはまったガントレットに触れる。

 引き抜けばいいのかと手に力を込めた瞬間に、骨組みの左腕が消えた。


 ガントレットはカケルの右手に残っている。


「…………オーバーテクノロジーどころじゃねえな! 魔法がある世界の超古代文明すげえ!」


 目を丸くして、モンスターがいるダンジョンの中なのに、すげえすげえと繰り返し叫ぶ。

 ガントレットを脇に挟んで、自身の左腕につけていた革鎧をいつになく興奮した様子で外す。


 外した革鎧のパーツを床に置いて、カケルはガントレットを手にはめた。

 一瞬「ぶかぶかだ」と、サイズが合わないことに気を落としかけたものの、シュッと小気味好い音を立ててガントレットが縮んだ。


「自動サイズ調整機能付きかよ。このマジックアイテム、そうとう高値で売れそうな……いや、まだ機能がわからねえ」


 左手を握っては開いてを繰り返す。

 右手でガントレットの外側の感触を確かめる。


 まるで薄手の革手袋のように手に馴染むのに、外側を触るとガントレットは硬かった。

 動きは阻害されず、そのまま防具として使えそうなほどに。


 カケルが無警戒に、機能もわからない超古代文明の装備を身につけたのは理由がある。

 まれに見つかる当時のマジックアイテムは、機能の違いこそあれ、装着者に不利益を起こすようなものはない、というのは有名な話だった。

 魔法があってモンスターがいてアンデッドも存在する世界だが、少なくとも超古代文明においては「呪いの装備」はなかったらしい。


 続けてカケルは骨組みの右腕側のガントレットを手にとって、自身の右手にはめる。

 動きに支障はないが、やはり機能はわからない。


「あとで確かめるか、わからなければ冒険者ギルドで調べてもらうとして……あとは、頭のヤツとベルト、それにブーツか」


 使い古した革の兜と、腰のポーチやヒップバッグを外してブーツを脱ぐ。

 カケルはためらうことなく、超古代文明が残したマジックアイテムを装備していった。

 詳しく調べずに装備していくあたり、カケルも興奮しているのだろう。

 いつもは死んだ魚のように濁った目も、いまは子供のように輝いている。

 手を握っては開いてガントレットの感触を確かめ、その場で小さく飛び跳ねてブーツの履き心地を確認する。


「これだけじゃ効果はわからねえなあ。ジャンプ力は上がった気がするけど」


 いつもぼそぼそと喋っていたカケルの声が、いまは弾んでいる。

 自慢げにコツコツと靴音を鳴らして、カケルはひしゃげた金属の扉に近づいていった。


 片ヒザをついて、灰色の部屋に流れ込んだ足元の小石を手に取る。

 不思議なもので、ガントレット越しなのに手に感触があった。

 まさかな、まあ物は試しだ、と呟いて手にぐっと力を込める。


 小石が砕けた。

 拳の隙間から、さらさらと砂がこぼれ落ちる。


「……は?」


 起きたことが信じられないと目を丸くして、カケルが固まった。


 無為に時間が過ぎて、ふたたびカケルが瓦礫に手を伸ばす。

 今度は手に収まらないほどの大きさだったにもかかわらず、握ると砕けた。

 Cランク以上の冒険者となれば握力だけで石を砕けるバケモノ揃いだが、Eランク冒険者のカケルにそれほどの力はない。


「なんだこれやべえ。触った感触もあるし、そんなに力を入れた気はしないのに砕けるって。もしかして」


 今度は、握るのではなく大きめの瓦礫に拳を打ち付けた。

 本気ではなく軽く、ボクシングでいうところのジャブのように。

 瓦礫が砕け散る。


「……力が強くなるというより、STRが上がる、みたいな? ははっ、超古代文明やべえ」


 カケルは笑みを浮かべた。

 いつもの皮肉げな薄笑いではなく、子供のような笑顔を。


「最後のダンジョンアタックですげえもん見つけたなあ。効果がわからないけどサークレットとベルトとブーツもあるんだ、これで老後の金の心配はいらねえだろ」


 ひとしきりはしゃいだあと、カケルは我に返ったらしい。

 それでも、手にはめたガントレットを見て口元が緩んでニマニマと笑っている。

 ベルトに触ってブーツを見下ろし、上機嫌で靴音を鳴らす。


「さて、んじゃいまは先のことより、ここを出る心配だな」


 ひしゃげた金属製の扉以外に、灰色の部屋に出口はない。

 床に置いた使い古しのブーツや革兜を拾って背嚢にくくりつけ、カケルは入ってきた隙間に向き直る。

 試すように大きな瓦礫に手をかけると、難なく持ち上げられた。

 目を丸くして、すぐに笑顔に戻り、ガントレットをはめた両手で瓦礫をどけていく。

 入る時は体をねじ込む程度の隙間しかなかったのに、あっという間に、悠々と通れるほどの空間ができた。


「魔力が減ってる感覚があるな。マジックアイテムらしく、俺の、装着者の魔力を使うのか?」


 超古代文明のマジックアイテムは、強力な威力を誇るものから便利なものまで、それぞれ有用な機能を持っている。

 動力は「魔力」だ。

 永続的に光る「灯火トーチ」は空間の魔力を吸収して使い、設定された魔法を放つ「魔法杖ワンド」は持つ者の魔力を吸収して使う。

 カケルが発見した超古代文明のマジックアイテムは、装着者の魔力を吸収して使うタイプのようだ。


「まあ魔力量は人並みの魔法使いレベルはあるんだ、俺なら問題ねえか。〈そよ風〉しか使えねえけど。ははっ」


 どけた瓦礫を足場にして、カケルは灰色の部屋から脱出した。

 皮肉げに口元を歪めて薄笑いを浮かべている。

 簡単に脱出できたことにではなく、二十二年の冒険者生活で役に立たなかった「魔法使い並みの魔力量」が利用できることに。

 しかもそれが「最後のダンジョンアタック」で見つかったことに。


「もし若い頃に見つけてたらなあ。はあ。まあ言ってもしゃあねえ」


 落ちてきた場所に戻ってしゃがんだカケルは、気持ちを切り替えるように大きく吐いた。

 左右を、上を見る。

 慎重に瓦礫を進んで、元の壁だったらしき場所を手で触れて、壁の凹凸に指をかける。

 体を持ち上げようと力を込めると、壁がポロリと剥落した。


 ダンジョン『不死の樹海』の洞窟部分の壁はもろい。

 やはり登って元の場所に戻ることはできないようだが、試したカケルもそれほど期待していなかったのだろう。

 すぐに切り替えて、カンテラを動かして周囲を確認する。


「お宝を手に入れたけど出られませんでしたってのは勘弁してくれよ……ああ、風の流れがあるな」


 瓦礫の隙間から流れる風に、カンテラの灯が揺れる。

 風に揺れても、蓄えた魔力が尽きるまで消えることはない。

 超古代文明の品とは比べものにならないが、カンテラもまたカケルが持つ数少ないマジックアイテムだった。


 ガントレットの機能を利用して、カケルが瓦礫をどかしていく。

 スペースが足りなかったのか、カケルは灰色の部屋に瓦礫を投げ込む。

 ガラガラと音を立てて、時おり瓦礫の山が崩れそうになって焦りつつ、カケルは塞がれた空間を広げていった。


「魔力の消費ペースはたいしたことねえな。よしよし」


 水はある、保存食は大量に持ち込んだ、手に入れたガントレットは瓦礫をどかすのに役に立つ。

 カケルは焦ることなく淡々と作業を続け、やがて隙間の先に空洞を見た。


「繋がったか。この先は普通のダンジョンっぽいな。さて、地図にある場所だといいんだが」


 ブツブツ言いながら隙間を広げ、カケルはようやく瓦礫ではなく、洞窟の地面の上に降り立った。


 カンテラの残魔力を確かめて、荷物を確認し、最後に振り返る。


「『不死の樹海』っぽくなかったのは金属製の扉とあの空間だけ、か。なんだったんだろうな」


 応える声はない。

 カケルも応えを求めたわけではない。

 十八歳でとつぜんこの世界にやってきて以来、いままでの常識や知識では理解できないことなど無数にあった。


 いつものように頭を軽く振って思考を停止して、カケルは現実に向き合うのだった。

 あるいは「現実から逃避して、ただ目の前の出来事だけに向き合う」と言えるかもしれない。



 コツコツと響く自身の足音に、くたびれた冒険者は満足そうに口を歪めた。

 手に入れたブーツの機能はまだ判明していない。

 それでも、二十二年で初めて手に入れた超古代文明のマジックアイテムに、カケルの足取りは軽い。



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