第二話 発見! 超古代文明のマジックアイテム


 カラカラと耳に届く音に、くたびれた冒険者はゆっくりと目を開けた。

 巻きつけたマントを緩め、縮こめた手足を伸ばしていく。

 瓦礫が崩れ落ちて、またカラカラと音を立てた。


「いてて………はあ、ほんとツイてねえ。いや、これで生きてるんだからツイてる、のか?」


 くたびれた冒険者、カケルは、埃を払うよりも先に荷物を確かめた。

 最後のダンジョンアタックのために持ってきた、大量の保存食を詰めた背嚢はある。

 手触りから察するに、焼き締めたクッキーは崩れていそうだ。

 左腕に固定した小盾バックラーもあるが、右手に持っていた小ぶりのメイスが見当たらない。

 腰のポーチ、ヒップバッグ、皮のサッシュは中身も含めて無事なようだ。

 カケルは手探りで皮のサッシュに挟んだポーションを確かめ、すぐに一本飲み干した。


「地図もあるし、なくしたのはメイスとズタ袋だけっぽいな。ダメージもたいしたことねえし……意外に高さはなかったのか?」


 マジックアイテムのカンテラにふたたび明かりを灯して、体を起こしたカケルは上を見る。

 光が届く範囲には何も見えず、ただ暗闇だけが広がっていた。


「高いじゃねえか、よく無事だったな俺。とりあえず、戻るのは不可能っと」


 続けてカケルは足元を照らす。

 大小の岩が瓦礫の山を作り、カケルがいるのはその頂上付近だった。

 もし瓦礫に巻き込まれていたら、カケルなどミンチになっていたことだろう。

 二十二年の冒険者生活を生き残ってきた『生き恥』の悪運の強さよ。


 明かりを頼りに、カケルは瓦礫の山を下りはじめた。

 地底湖の水で表面が濡れている岩は特に慎重に足を運ぶ。


 崩落した瓦礫は下にあった空間を潰したようで、ふもとまで下りても「地面」にも「床」にもたどり着かなかった。

 だが、地底湖もあわせて崩落したはずなのに、大量の水が存在しない。


「つまりどこかに通じてるってことで、いや隙間から流れ落ちただけかもってのはわかってるけど……ん?」


 照らした足元に何かを見つけて、カケルが屈み込む。

 もともと壁だったと思われる場所と瓦礫の間に、異質な素材が見えた。


「金属? ダンジョンの洞窟に?」


 カンテラを置いて、カケルはまわりの瓦礫をどかしていく。


 現れたのは、で、ひしゃげた扉の先にはまた別の空間があるようだ。


 ゴクリと唾を呑んで、ひしゃげた扉の向こうの空間を照らし、カケルはその先を覗き込んだ。


「…………は?」


 止まる。

 カケルの前に広がるのは、目を疑うような光景だった。


 洞窟が崩落したとはいえ、ここはダンジョン『不死の樹海』のはずだ。

 地上の樹海と地下の洞窟の差はともかくとして、地下のダンジョンを一階層、二階層分下りた程度で大きく景色が変わるはずもない。


 だが、カケルが見た景色は、明らかに異質だった。


 少量の小さな瓦礫が流れ込んでいるものの、扉の隙間からわずかに床面が見える。

 まるで、いま磨かれたかのような硬質そうな材質の床が、カンテラの光を反射する。

 水も流れ込んだはずなのにどうやって排水したものか、水たまりどころか水滴さえ見当たらない。


「なんだこれ。『不死の樹海』は天然のダンジョンで、こんな人工物は……まさか、これが超古代文明の遺跡? それともSF的な、ハハッ」


 驚きにフリーズしていたカケルが動き出す。

 いつもの、二十二年の冒険者生活で身につけた慎重さは見られない。

 ただガムシャラに瓦礫をどかし、放り投げ、ひしゃげた扉と瓦礫の隙間に体をねじり込んだ。


 カツカツッと靴音を鳴らして、扉の先の空間に降り立つ。

 カンテラを手にして、期待に満ちた目で周囲を見渡す。


 何もない。


 部屋の広さは3メートル四方といったところだろうか。


 硬質な床にも、同じ素材で作られたらしい壁にも天井にも何もなく、家具も岩もなく、モンスターもおらず、ただ灰色の空間が広がっていた。


 出入り口もなく、大量に流れ込んだはずの地底湖の水もなく、小さな瓦礫がひしゃげた扉の近くにわずかに転がっているだけ。


「はは……そううまくはいかねえよなあ。超古代文明の遺跡でお宝を発見して一攫千金か、それとも……『異界に繋がってる』って話だから、帰れたのかと思ったのに」


 あっちの研究施設っぽいしな。行ったことないけど。

 カケルはそう独りごちてうなだれた。


 何もない床に自身の姿が映る。


 土と埃で薄汚れて、使い古した装備を身につけ、シワを深くして半笑いを浮かべる、中年のおっさんの姿が映る。


 カケルはヒザを落として、床に手をついた。


「そう都合よくいくわけねえよなあ」


 そう言いながら「異界に繋がる」という信ぴょう性の薄い噂話で自分を奮い立て、最後のダンジョン探索に赴いていたカケルの目から、ポタリと滴が落ちた。


「ここは俺が育った世界じゃねえ。『不死の山』は富士山じゃねえし、俺は主人公でも英雄でもねえ」


 ポタポタと、硬質な床に水滴が当たる。


 カケルも知らない不可思議な材質でできているのか、あるいは魔法的な処理か、床に落ちた水滴がすうっと消えていく。


「帰りたい。なんで俺がこんな危険な世界で苦労して、なんのために俺は冒険者やってきて、くそっ、さっさと諦めてほかの仕事してりゃいまごろは」


 期待が落胆に変わって心が折れたのか。

 カケルはヒザと手を床について、ただ嘆く。


 四十を迎えたおっさんが、逃げ続けた人生を後悔して。


 あるいは、これも現実からの逃避なのかもしれない。


 ついにカケルは両手で顔を覆った。

 子供のように泣きじゃくる。


「親父、母ちゃん。それに……ああ、妹は、どんな顔になってっかなあ。四歳であんなかわいかったんだ、いま二十六か、きっと美人になってんだろなあ」


 カケルが異世界転移して二度と会えなくなった、もう顔さえうろ覚えの家族を思う。


 張り詰めた糸がぷっつりと切れたのだろう。


 ここは何が起きるかわからないダンジョンで、いまではロストテクノロジーとなった超古代文明の遺跡と思わしき場所で、魔法さえ存在する世界なのに。


 カケルはヒザをつけて両手で顔を覆ったまま、崩れ落ちた。

 床にゴツっと額が当たる。


「なんで俺なんだ。異世界転移も転生も、行きてえヤツが行きゃあいいだろ。そりゃ俺だって行きたかったし『その時』を妄想してたけど、チートもねえのに放り込まれたって、俺は」



 目を閉じて両手で顔を覆い、額を床につけるカケル。


 何もない空間にすすり泣く声だけが響き、そして。



 光があった。



 まばゆい光が部屋を埋め尽くす。


「がっ、くっ、なんだこれまぶしッ」


 閉じたまぶたも顔を覆う手も超えて、光はカケルの瞳に届く。


 光魔法? モンスターか敵か、などとカケルが思考を巡らせ、光で目が見えないことを想像しつつバッと顔を上げて目を開ける。



 床も壁も天井も灰色の空間。

 ひしゃげた扉と小さな瓦礫と、カケルだけが存在した部屋。


 そこに、防具が出現していた。


 防具は、床と同じような材質の骨組みにかかっている。


 頭部らしき場所にサークレットが、腰にベルトが、両手に前腕の半ばまでありそうな手袋——あるいはガントレットと呼ばれるようなもの、両足にブーツがあった。


「…………は? なんだこれ、さっきまでは確かに何もなくて」



 カケルの驚きに応える声はない。


 ポタリと、水滴が落ちた。



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