第五話 戦闘! くたびれた冒険者は手にした力でモンスターを倒す
目の前の光景に、カケルは目を見張った。
いまでは一人と一体の一挙手一投足がはっきりと見える。
『なんだこれ。これも
顔まで覆う黒い鎧を装着しているため、カケルの声は外に漏れない。
(はい、コレは
変身する前と同様に、カケルの頭に言葉が聞こえてくる。
同時に「
機能を理解して、カケルはふたたび笑った。
『ははっ、コイツはすげえ。んじゃ助けに行きますか! ピンチに駆けつけてこそヒーローってな!』
隠れていた洞窟の陰から、一歩足を踏み出す。
足は黒くしなやかな革のようなものにおおわれて、足先やヒザには硬い装甲が装備されている。
体の動きを邪魔されることもなく、カケルは一歩を踏み切って駆け出した。
『……は?』
(コレは
体が高速で移動する。
事前に頭の中に流れ込んだ情報で知らされていたが、カケルの想像以上だったらしい。
もし「
一歩、二歩。
それだけでカケルの体はスピードに乗って、景色が流れていく。
カケルは顔を上げる。
攻撃を受けたのか『鉄壁の戦乙女』は盾を取り落として地面に転がされている。
状況を認識した刹那に、カケルは右足を踏み切った。
空中に飛び上がり、高速で走った勢いそのままに、左足を
カケルの飛び蹴りが
かわりに、勢いを失ったカケルが着地する。
Sランク冒険者『鉄壁の戦乙女』、アイギスに背中を向けて。
『
顔までおおわれた
「なっ、リザードマンウォーリアーを弾き飛ばすだと? 何者だっ!?」
カケルから冒険者の顔は見えない。
それでもその声色で、驚いていることはわかる。
新顔冒険者のピンチを影から助ける引退間際のくたびれたおっさん冒険者ではなく、ピンチに現れたヒーローに驚いていることがわかる。
カケルはニンマリと、だらしない笑みを浮かべた。
前にまわっていたことも、
鼻息も荒く、借り物の、いや、拾い物の力に恥ずかしげもなく、カケルは名乗った。
「力に溺れて害なすヤツは、力に負けて死ぬといい。お前よりも力ある存在が、力を
(ソレは私の名前です)
『あっ。パッと思いつかなくてついつい。まああとでなんか違う名前つけてやるから』
意識して話せば、カケルの声は外に聞こえる。
知恵ある
窮地を助けられた『鉄壁の戦乙女』は、やられる寸前だった「リザードマンウォーリアー」を一撃で吹き飛ばして、堂々と名乗った「マギア」の背中を、憧憬の目で見つめていた。
「マギアさん! 助けていただいてありがとうございます!」
『ははっ、あいかわらずアイギスは妙に礼儀正しいことで』
(この女性は知り合いですか?)
『あー、まあちょっと昔な。さて、それはいいとして』
背中を見つめる目と感謝の言葉も、
飛び蹴りを受けて吹き飛ばされた
シューシューと激しく擦過音を立てる亜流人は怒っているようで、たいしたダメージは見受けられない。
カケルのメイン武器である小ぶりのメイスは落として、体をおおわれたためダガーも投擲用のナイフも小弓も持っていない。
カケルは右手を腰だめに、左手を前に突き出した。
「さあ、逃げずに来るなら殺してやる」
無手で構えて見得を切る。
決めポーズのつもりか、あるいはいつも逃げ出してきた自らを鼓舞しているのか。
(残
『マジか。まあ一撃入れた感じなら問題ねえ、ドラゴンを倒せるんだろ? だったらこんな相手ぐらい瞬殺できるだろ』
不安な
ゆっくりと向かってくる
『おおおおおッ!』
カケルは懐に飛び込んだ。
徒手空拳で戦う自信があったから、ではない。
二十二年の冒険者生活でカケルが身につけたのは無手での護身術程度で、モンスター相手に無手で戦う訓練などしていない。
カケルのメインウエポンは小ぶりのメイスだ。
それでもカケルは、
振り下ろされた右の爪の脇を抜けて、すれ違いざま脇腹に拳を入れる。
パキッと骨が折れる感触がした。
『ははっ、マジですげえわ。これが
Sランク冒険者を防戦一方に追い込んだ
生まれながらにして
カケルが無手での接近戦を選んだのは、頭の中に流し込まれた
暴風のように吹き荒れる
鋭い爪を避け、あるいは手首を打って狙いをそらし、鱗が薄い腹側を執拗に攻撃する。
それはまるで、踊るようで。
『ははっ、くはははっ! すげえ、すげえぞ
(残
『おっと、減るの
Sランク冒険者が苦戦するモンスターを、一方的に攻撃する。
これまで経験したことのない状況に浮かれるEランク冒険者の目を覚ましたのは、
みぞおちに前蹴りを叩き込んで、カケルが亜流人から距離を取る。
左手を突き出して、右手を腰だめに構える。
と、右の拳が輝きだした。
『なるほど、これが魔力を溜めるってことか』
頭の中に流れた
残り少ない
『ヒーローには
輝く右の拳は
突き抜けた。
硬い鱗もしなやかな皮も分厚い筋肉も頑丈な骨も、中の内臓ごと貫いて、魔石を砕いた手応えを得る。
生々しい感触に、カケルは
ドチャッと骸が崩れ落ちる。
(残
「ポーションは飲んだか? 動けるならさっさと帰れ」
カケルは
登場時に名乗ったように、意識すれば外部にもカケルの声は届いた。
顔は向けない。
あるいは超古代文明のマジックアイテムという、目の飛び出るほどの高値で取引される品を、Eランク冒険者が拾得したことを知られたくないのか。
正面から向き合えば、体格や仕草は正体を類推するヒントになるだろう。
カケルはSランク冒険者に背を向けたまま告げた。
「…………師匠?」
「だ、誰のことだ? 俺はお前のことなど知らねえって言ったろ。ほら、ほかの冒険者に見られねえうちに帰れ」
(師匠。教えを授ける者。多くは「教える」「教わる」関係が途切れても呼び名は変わらないと——)
『おい黙れ。
外に聞こえない
あらためてケガを癒すポーションを飲んで、
最後に、ピンチを助けられたSランク冒険者『鉄壁の戦乙女』、アイギスはじっと見つめるカケルに謝意を伝えるようにぺこりと頭を下げ、背中を向けて——
「67-J-上です」
「……なんのことだかわからねえな」
首を傾げてわからないフリをするカケルを残して、立ち去っていった。
見えなくなってしばらくしたところで、カケルは
いつもの革鎧に、黒いサークレットとベルト、ガントレットとブーツを身につけた姿である。
(
頭の中に、
そういえば発見してしばらくはこんな感じだったな、などと独りごちる。
さて、とばかりにカケルはキョロキョロと周囲を見渡して、懐をごそごそ探って手書きの地図を取り出し、『鉄壁の戦乙女』が言い残した符牒が示す場所を確認して——
「…………コッソリついていきゃよかったかなあ」
ボヤいた。
地図で確認したそこは、ダンジョンの「深層」と呼ばれる場所だ。
本格的な探索をするつもりだったとはいえ、カケルの予測よりもさらに奥で。
ダンジョン『不死の樹海』の奥地に、くたびれた冒険者がいた。
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