戦場はコタツにあり

第1話 忍び寄る影

 木枯らしが吹きすさぶ真冬の住宅街の一角。とある民家の前で、二人が小声で話し合っていた。


「明継、あそこだ」

「綾川家だな。おお。表札には家族全員の名が記載されているぞ」

「ターゲットは和也。あの憎らしい女の兄だ」

「分かっている。しかし……マジでやるのか? 違法ではないのか?」

「かまわんさ。警察など怖くない」


 そこは綾川知子の自宅だった。

 その二人組はとにかく怪しい。一人は青白い顔をした小柄な女性、もう一人は長身で逞しい体つきの女性なのだが、その正体は女装したアール・ハリ・アルゴルと政宗明継であった。


 日曜の午後、彼らは綾川家の郵便受けに、怪しい小荷物を投函したのだ。


「あのゲーム、絶対にハマるぞ」

「そういえば内容を聞いていなかったな? どんなゲームなんだ?」

「ウィンドウズ用PCゲームだ。いわゆる美少女ゲームという奴でな。三人の妹を攻略するんだ」

「妹が三人?」

「そうだ。豊満ボディの鈍感ちゃんと眼鏡の地味娘、そしてスリム美女のツンデレ。この三人を攻略するゲームだ」

「まさか? 星子ちゃんと波里と知子がモデルなのか?」

「その通りだ。あの馬鹿兄貴はきっとハマる」

「内容はどうなんだ? エロいのか? 星子ちゃんのエロい姿が拝めるのか?」

「もちろんだ。しかしな、アレは無料体験版だからエロシーンはほんの少しだけなのだ。つまり、濃厚エロシーン満載の続きをプレイしたければ、公式サイトで有料版をダウンロードしなくてはいけない」

「有料なのか? なあ、アール・ハリ。オレとお前の仲じゃないか。どうか俺には無料でダウンロードさせてもらえないだろうか?」


 小柄な女装男子のアール・ハリが長身女装男子の明継を見上げつつ睨みつける。


「いい加減にしろ、明継。これはな。エロゲの体を装った精神コントロールプログラムなのだ。つまり、あの綾川家内部に私の手下を配置するためのものだ。貴様のエロ心を満足させるためではない」

「それはわかっている……しかし、あの三人を攻略するゲームならプレイしたいではないか。それがエロゲなら尚更だ」


 アール・ハリは明継を見上げつつ、彼の顔に向かって右手を差し出す。その右手は青白い肌の人の手であったが、唐突に幾多の環形動物の集合体へと変化した。いや、光学的に補正されていた情報が補正されなくなったといった方が正しい。

 そのアール・ハリの手を構成する環形動物……ほぼミミズなのだが、それはうねうねと蠢きながら明継の顔へと移動していく。何匹ものミミズが明継の顔を這いまわる。


「明継。私とて堪忍袋の緒が切れる事もある。このミミズを貴様の体内へと侵入させ、貴様を私の人形とする事も可能なのだが……試してみるか?」

「それは……遠慮したい」

「ならば黙っていろ」

「わかった」


 明継は、エロの追求を一旦諦めた。そして、このような危険人物をアドバイザーとして雇ったことを後悔していた。

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