第5話 兵は神速を尊ぶ

 私は迷っていた。午後の授業中ずっと。

 衆人環視の中で告白したとして、それが星子の負担になったりしないだろうか。鈍感だとか空気読めないヤツだとか散々言われている星子でも、唐突で強引な告白をされたら傷ついてしまうのではないだろうか。


 そんな思考が脳裏を逡巡する。

 そんな時、国語教師の相原が三国志の話を始めた。もちろん脱線の小話だ。


『兵は神速をたっとぶ』


 これは魏の曹操を支えた軍師の一人、郭嘉かくかの言葉だという。そして相原は更に孫子の兵法まで引用してきた。


『兵は拙速を聞くも、未だ巧久しきを睹ざるなり』


 板書したは良いが、意味がよくわからない。先ほどの『兵は神速を尊ぶ』の方は直感的に理解できたのだが。


 相原の説明は続く。


「これはですね。よく誤読されている言葉なんですよ。一見、『拙速は巧遅に勝る』みたいに読めるんですけどね。実は違うんです」


 つたなくても速い方が、巧みでも遅い事に勝るわけではない。短期決戦で済ませることができれば良し。長期戦になれば国家の負担が増し、戦争行為そのものが国を亡ぼす要因になる……そんな意味らしい。旧日本軍も、このパターンに嵌まってしまったのだと言う。

 先制できれば有利。長引かせれば不利。なるほど。孫子が成立したのは紀元前五百年ごろらしい。先人の知恵というものは、中々侮れないものだと感じた。この話を聞いた私は決心した。神速で攻める。そして長引かせない。


 放課後になってから、私は星子を捕まえた。そして、告白する。皆の見ているその前で。


「星子、君のことが好きだ。私たち付き合おうよ」


 クラス中がどよめく。そりゃそうだ。私たちは大の仲良しだが、そっちの、百合っぽい気配は全く無かったからだ。


 星子は表情を変えず、右掌を開いて私に向けた。そしてぼそりと呟く。


「貴様の心臓を握り潰してやる」


 その時、教室中が爆笑の渦に包まれた。星子ちゃん、返事はイエスかノーでお願いします……。

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