SOL.11:邦なき人間の狂想曲
火星の夜は寒い。
第18基地の一角には、そんな寒空の下に並べられた袋達がある。
袋の近くには、立てかけられた銃とヘルメット。
銃から下げられたのは、持ち主のIDタグ。
傍にいる生者は涙を流し、神の祈りや読経を口にする。
そこは、死体置き場だった。
SSDFでは、火葬が通例となっている。
────死んだ自分が邪魔にならないように。
「ひどい…………」
ジョアンナが呟く背後から、怯えた様子で背中にしがみつくようにするフェリシア。
ふと、足が近くの袋に当たる。
ポロリ、と開いていたファスナーから転がる何か。
「?
───ヒッ!?!?」
「ウッ……!?」
人間の腕だった。
……タトゥーの入った肘までの部分が出てきていた。
「見んな!」
ばっ、と近くにいたヴェロニカが固まる二人を無理やり引き剥がし、抱き寄せて視界を覆う。
おぇぇ、と言う音は口を押さえるジョアンナではなく、近くにいた萌愛だった。
「げぇ……はぁ……うっ……」
「吐くのも無理ないわ。
私も慣れないわよこんなの……」
腕を、優しくしまいリディアはチャックを閉める。
その後ろ姿に漂う哀愁は、この歳で何度もこれを見てきたと静かに語っている。
ターンッ!
ふと、近くで銃声が聞こえる。
「ピコッ!?ピココッ!!」
「死ねぇ!!クソエイリアンの手先がッ!!
死ねぇ!!死にやがれぇぇっ!!クソがッ!!」
一人の兵士が、徘徊していたピコピコにライフルを撃つ。
もちろん、その装甲は機動兵器と同じ材質で貫けないが、それでも狂ったように撃ち続ける。
「お前が死ね!!なんでだよ!!
なんでアイツが死ぬんだよ!!
そのくせお前らは呑気に歩きやがって!!
おかしいだろ!?なんでお前らが!!なんでアイツが!!」
「バカ、止めろ!!
弾丸の無駄だ!!」
「うぅ……うぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その兵士は、厳つい大の男だ。
だが、そんな顔を悲しみとやるせなさで染めて、ただただ泣き崩れ、地面に蹲り拳をひたすら叩きつける。
撃たれたピコピコ達すら、呆気にとられてずっと見ているしか無い。
「………………」
「よく見ときなさい新兵。
油断するとああいう奴に泣かれるのはあんた達のうち誰かよ」
そう、リディアはただ呆然と見ている新兵4人へと言い放つ。
「………………」
だれも、何も言えない。
言える訳がない。
「…………皆、聞いておくけど、宗教は何入ってる?」
「え……?」
「生きているうちに、葬式の仕方と……遺影に使う写真は決めておいて」
極めて真面目に、ルルは新兵4人にそう言う。
「私達は基地のロッカーに必ず、出撃前までに新鮮な遺書と遺影を置いておくの。
見たくないし、聞きたくないかもしれないけど、用意しておいて」
言われて、初めて背筋がゾッとする4人。
何よりも怖かったのは、それを語るルルの顔が、
一瞬、死人と間違えるほどに、
目に精気がなかったのだ。
***
自然と、新兵4人は集まって周りを散策してしまっていた。
見渡す限りどこも皆泣いているか、死体袋の近くで呆然とへたり込むか俯いている。
「………………」
そう、偶々横を見た志津は、ライフルとヘルメットにIDタグの吊るされた死体袋の顔の部分が開いていたのを見る。
それは、自分と同じ年代の、可愛い顔とも言えるような少年の死顔だった。
「こうなってたのはボク達かもしれなかった……」
ふと、隣の萌愛がしゃがんでその袋のジッパーをあげる。
「……萌愛ちゃんも怖い?」
「こんなこと言うのもあれだけどさ……
3人とも怖いと思うから、顔に出さないだけで……
一番、ショックなのはボクかもね…………」
静かに笑って……少し無理をした様子で笑って答える萌愛。
他の3人が少し心配そうな顔で自分を見返すのに気づき、やはり少ししょげた顔を見せる。
「…………私は、
……私達は覚悟してたと思ってた」
ふと、ジョアンナがそんな事を言う。
「ファーザーの下で……戦闘用の
ずっと、戦争と、戦闘について習ってきた……けど…………
…………こうやって、見えちゃった死は……本物は、やっぱり怖いよ…………」
自分を抱くよう踞るよう、暗い顔をうつむけて言うジョアンナ。
その背後から、心配そうな顔で肩に手を置くフェリシアがいる。
「……怖いよね」
たしかに、と納得する。
怖い。
自分が死ぬかもしれないのだから、当然のように怖い。
「………………」
「────辞めないか、もうさ」
ふと、そんな声が4人の横から聞こえる。
そこには、ワンサイドアップヘアーの金髪の少女──すりむけた顔に散らばる絆創膏が今は目印なラナがうずくまっていた。
「ラナ……いつから……!?」
「ずっとだよ……別れでも言おうと思ったけど……
実際に目の前にすると何も言えない……」
すぐ近くの遺体袋に手を置いて語る。
どういうことかは……言わずとも察せる。
「ラナ……そこの子が……」
「もう『子』じゃないんだよ萌愛……!
もう……死んだんだ……!!
死んじゃって……もう、二度と…………!!」
くっ、と言う顔でやるせない気持ちに腕が上がる。
振り下ろす先はどこにもなく…………やがて震えてそのままおずおずと引き下げられる。
「もうヤダ…………私は死にたくない……
こうなりたくないよ……まだアイドルとしてやりたいことがあるんだ……あるんだよ……!!」
再び泣き出すラナ。
当然の……あまりにも共感できるほど当然の言葉だった。
「…………ごめん、ラナ」
「なんで謝るんだよ……何もしてないだろ萌愛」
「これから、するんだ……聞いてほしい。
ボクは、除隊する気はないんだ」
と、萌愛の言葉に、涙を含んだ眼を見開いて顔を向けるラナ。
「何を言ってるんだ……??」
「君が、辞めたいって言うなら止めない。当たり前さ、怖すぎるよこんなの」
「そ、そうだよ、萌愛……!アタシ達こんなこと……」
「でも、ボクがいればきっと……毎回敵を2機は撃破できる。
今日もそうした。自慢じゃないけどね。
もっと早く出られれば君達を救えたかもしれない」
「え、何、何を……?」
「ボクは、戦ってこの悲劇をなるべく止めたい。
それができるならしたいんだ」
瞬間、ぐい、とその襟を掴まれる萌愛。
「ふざけんな!!
お前……萌愛!!
お前が死んだら……お前まで死んじゃったら……!」
「その時はごめん」
「ごめんじゃねーよバカ!!
収録に遅刻したみたいな謝り方で済むか!!」
「心配、してくれるよね……
ボク達、生まれは違うけど、同じグループで歌って踊ってラジオも出た」
「当たり前だろぉぉ!?!
なぁ、なんでだよ!!!
なんで、なんで……!!!」
「───だって、こんな事させたくない人もいるじゃないですか、誰にだって」
ふと、二人より小さな場所から聞こえる声。
「それに……地球に守りたい人はたくさんいますもん!」
志津は、そう言って笑って見せた。
「守りたい人……?」
「……今日、いえ今、死を目のあたりにして、私は地球の弟を思い出したんです。
加藤
聞いたことあります?」
その名前は、二人とも知っている名前だった。
「誠……って加藤誠!?ボクシング王者の!?」
「ええ。ウェルター級とライトミドル級の。
2歳も離れてるくせに大きくなっちゃって……」
「試合見てた……凄かった……」
「本当、一撃狙いのバカが格好つけて「俺はピンチの時に逆転するのが好きなんだ」っていつも言ってて……
徴兵の話が来た時も、こんな図体だけデカいバカが兵隊さんしてもすぐ死んじゃうでしょ、って変わってあげたんですよね〜」
「「え……?」」
やれやれ、と言った言葉はあまりに重いものだった。
「……あのバカには……きっとこんな事耐えられない……
私が辞めたら、弟の誠が来させられるんです。
辞める訳にはいかないんです」
「…………」
「……志津ちゃん、君は……」
「……気にしないでください!
私は気合で生き残ります!
…………気持ちだけじゃ無理かもですけど……」
少しだけの空元気を見せる志津。
ただ、その姿は間違いなくこの場の誰よりも勇気のある物だった。
「…………強いな、君」
ふと、絞り出すようにラナがそう呟く。
「うーん……ただ、ちょっと周りを見てください。
きっと、皆さんだってこんな風に折り合いを付けられる人なんて稀有なんですよ。
きっとみんな……ラナさんの言い分の方の側です」
しかし、そう言って志津は周りに視線を向ける。
大の男の屈強そうな兵士が、涙を流したまま祈りの姿勢で死体の前で動かない。
ある者は、どうすればいいのか分からない様に体育座りの姿勢で項垂れる。
「だから……あなたを引き止めたりはしない。
だってそれが当然だから」
優しく、志津は意思を言葉に載せる。
あくまで、選択肢はラナにあるのだ。
「…………そうか……でも……」
「あー、あの盛り上がってるところ悪いんだけど、」
と、そのタイミングで横から声をかける。
見ると、何やら大荷物を背負ったリディアがいる。
「あんた達、たしか……プリンステラ、で会ってたわよね?
ちょっと頼みがあるの。助けて欲しいんだけど」
***
「『これは現実か?それとも幻なのか。
雪崩のように、現実なら逃れられない……』」
オペラのようなイントロの歌に続き、どこか優しい、ピアノのメロディが流れる。
「『ママ。人を殺してしまった。
頭に銃を突きつけて、引き金を引いたら死んでしまった』」
その歌詞はどこか示唆的で、それでいて掴みどころのない歌。
優しい声と共に紡がれる、一人の人間の懺悔か?
やがて、現れたリディアが、赤いギターを片手に現れる。
柔らかなタッチで紡がれるギターパートを経て、
小刻みで楽しげなリズムへ変調する。
「『スカラムーシュ、スカラムーシュ、ファンタンゴを踊ってくれるかい?
───雷と稲妻、凄まじい恐怖だ!』」
突然始まるオペラパート。
軍人達が揃って声を合わせて歌い上げる。
「『魔王ベルゼバブが僕を始末するために悪魔を用意しているんだ。
僕のために、僕ために──────』」
そして訪れるロックパート。
「『僕に石をぶつけて目に唾を吐きかけようとしているんだな』」
ある種爽やかに、逃げた人間への追い討ちを歌い上げる。
これ以上にないほど、オペラ調のパートが信じられないほどロックに。
「『どうでもいいんだ……僕にはね……』」
やがて……物悲しいメロディと共に音が終わり、
「『どうせ、風は吹くんだ…………』」
最後にドラが叩かれた。
直後、まばらな拍手が周囲を包み……歌い上げた黒人兵士が、眼鏡の奥に涙を滲ませて天を仰ぐ。
「聞こえたか……クソッタレ……!
これが、俺の聴かせたかった本物ロックだぜ……!
馬鹿野郎……馬鹿野郎、先に逝きやがって……!!」
直後、上半身裸にネクタイという『フレディスタイル』のまま泣き始める。
リディアが貸したベースを持つ兵も、オモチャの割にいい音のピアノの前の屈強な彼も、ドラム缶を叩いていた彼も。
彼の前には死体袋があった。
小銃とヘルメット、遺影替わりの笑った写真。
軍服の袖の部隊章…………ロックバンドを模したカートゥーン調のマークは、彼らと同じだった。
「…………」
「………………彼も新兵だったのよ」
引っ張り出してきたギター…………知る人ぞ知る『レッドスペシャル』のレプリカを下げ、『ディーキーアンプ』を一旦止めるリディア。
「優秀で勇敢、ただ音楽の趣味が合わないらしくっていつも喧嘩してたんだって」
茫然と、間に合わせと思えない良い演奏をした兵士たちを見ていた萌愛やラナに語りかける。
「だから、聞かせたかったのよ。
彼らのロックと……死ぬ前にロッカーに閉まっていた物を」
ふと、歌っていた兵士が、涙も拭かないままにあるCDを見せる。
ハッとなる萌愛とラナ。
それは…………自分達、プリンステラの、
それも、ちょうど自分達のソロ2枚組。
「頼む。
奴が迷わず天国へ行ける手伝いをしてくれ」
───耳コピと思えない完璧なギターイントロから入る、失恋と青春の歌詞。
火星の空に響くアイドルソングは、失われたただ一人のファンの為。
小さなライブが、戦士達を弔う。
「……なぁ、萌愛」
「なんだい?」
「…………火星にも、ファンがいたんだな」
「……そうだね」
歌い終えた二人は、背中を突き合わせて少し笑う。
「…………まだ辞めとくよ」
「何を?」
「除隊」
「…………上は任せて」
「お前も死ぬなよ……本当」
───夜は更けていく。
火星の夜の長さは、死者を弔うにはちょうどいい…………
***
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