SOL.8:奴の名はマアヒ・カヤール
「はじめーにバター♪刻んだニンニクまぶして〜♪」
トントン、ジュワァ
「香りがー出ーたらー♪タマネギにお砂糖すこし〜♪」
ジュワァ……
「飴色って言葉は別にー♪洒落ではないけど〜♪」
クルリン、ジュー
「そんな色になったら〜♪宗教に問題なければ豚ちゃん投入〜♪ イスラム教の子はダメですよ?」
ジュワァ〜
「赤ワインなんてオシャレに加えて〜♪
中火で一煮立ち〜♪」
ジュウゥ〜……!
「水を加えて15分〜♪」
コトコトコトコト……
「最後にカレールーを加えて〜……」
彼女が市販のカレールーを取り出した瞬間、ピタリと動きを止める。
瞬間、褐色の肌の指がカレールーを天高く放り投げ、ブワッ、と衣服や長い髪を巻き上げるよう回る。
突然のスポットライト。
照らされるは、南アジア系───インド風の美しい女性。
小刻みなオリエンタルなメロディーと共に見た目通りこなれた様子で腰を振り、腕を振るって戸棚を開く。
華麗に踊りながら掴むスパイスの入った容器。
ターメリック、コリアンダー、クミンシード、カルダモン…………
彼女が颯爽と舞い踊るその動きに合わせて、スパイスが次々と鍋へ放り込まれる。
巻き起こる春の旋風のような踊りと、香辛料の心地よい香り。
さぁ、と鍋の湯気を絶った湯気の下から、程よいとろみと作った主の肌のようなに美しく、美味しそうな茶色い色が現れる。
流れるような動きで電気釜からご飯が盛られ、鍋の中身が振りかけられる。
「完成〜♪
日本風カレーライスなのですよー♪」
そこにあったものは間違いなくカレー。
市販のルーは一切使っていないが、間違いなく日系人にとっては馴染みのあるあのカレーライスだ。
芳醇でスパイシーな香りは、辛口だという自己主張と共になんとも言えない旨味をもはらむ。
「待ちくたびれたよ……」
差し出されたカレーを見て、一人の男━━━━昨日から作業で一徹明けの晴人が微笑む。
「その匂いで寝れなかったんだ……食べさせてくれ」
「ごちそうさまでした……!」
気がつけば、3杯目。
今も口の中が辛いのに、晴人は満足を得ていた。
「ふふふ、その顔を見れば今回も最高の出来なのですね?」
「徹夜明けの空腹には最高だよマアヒ君」
晴人にそう言われた彼女───マアヒと言う名の南アジア系の女性が微笑む。
「やっぱり人類はもっとカレーを食べるべきなのです!
私のご先祖様のいたインド伝統のカレーから、日本のカレーライスに、ネパール、タイ、イギリス、こんなにあるのだから!」
「────自論を展開するのはいいとして、
ここは研究室なんだけど?」
と、感極まって立ち上がったマアヒの背後から、いつのまにか現れたヴィヴィアンが腕を組んで立っていた。
────BHI本社第3研究室。
専用コンピュータや3Dプリンター、併設の実験室などと共に
「あ、ヴィヴィアンちゃんおはようございます!」
「もう昼なのよね。というか晴人氏、心配してきてみれば何を楽しそうにカレーを食べているのかしら?」
「いや、申し訳ないと思うけど弁明させてくれ。
これは、夜中で終わるはずだった敵の破損データサルベージ作業の終わりに彼女の手伝いをした報酬なんだよ」
「手伝い?
っ、まさか、
「あ、そっちは昨日のうちに実機まで組んでるのですよー♪」
「ヴァッ!?」
機械音声が音割れするほどの声を思わずあげ、即座に社内の実機構築区画のデータを呼び出す。
「……おかしい……毎分変わるパスワードを4段階認証かつ私かブリジットの権限でしか開かないはずのプロテクトが……?」
「えっ、それだけなのです?」
「それだけ!?このプロテクトのパスの組み合わせは全部同時にやったとして私が本気をだしても5分かかるのよ!?どうやったの?」
「暗算で1分ぐらいだったのですよー♪」
「と゛う゛や゛っ゛て゛そ゛ん゛な゛量゛子゛コ゛ン゛ピ゛ュ゛ー゛タ゛並゛み゛の゛計゛算゛を゛人゛間゛が゛や゛れ゛ん゛の゛か゛っ゛て゛聞゛い゛て゛る゛の゛よ゛ぉ゛っ゛!!!!」
音割れするほど動揺するヴィヴィアン。
AIの限界を超える自体だった。
「ふふふ……だって私のIQは多分300ぐらいあるのです。
その程度は出来るのです」
「IQの上限は160でしょぉ!?このおバカァ!!
いやおバカって言えないことしているけどぉ!?」
「あのだねヴィヴィアン。
君がシンギュラリティを超えている世代のAIでも、
まず目の前にいるのは常識外の存在なんだ。
落ち着いて、まずは相手がマアヒ・カヤール・ラヌマジャンだってことを思い出した上で、起こったことだけを見るんだ」
ピキュイ、という電子音と共に、スッと表情が落ち着くヴィヴィアン。
「…………いけない、相手はマアヒ・カヤールなのを忘れていたわ……そんなのに思考ソースを割いちゃいけない……」
軽く頭痛を抑えるような仕草をし、ニコニコ笑うインド人を視界から外すヴィヴィアン。
「……そうそう、用があるのは晴人氏の方よ。
あちらの、軍人の方々が話があるそうよ」
「へー、あちらの…………」
そこにいたのは第502戦技教導隊の面々プラス1。
全員PDWやサブマシンガンを携えてこっちを見ていた。
「…………あー、急用」
「逃さないそうよ」
「せめて武器はしまってくれないかなって言ってもらえないか?僕は一般人だから───」
『────晴人、聞こえるか?』
ふと、背後でそんな声が響く。
窓際へ振り向くと、そこには両耳のようなカナードが伸びる凛々しい顔つきのBBB、
空裂、カリン用カラーの紫の姿があった。
「…………」
『私は悲しい。私を作った人間が裏切り者かもしれないだなんて。
私は疑われて撃たれかけた。弁明はあるか?』
「…………何を言えば?」
『下手なことを言えば頭部のバルカンが火を拭く』
嫌な汗はカレーのせいではない。
そう、晴人もヴィヴィアンも思っていた。
そして、マアヒはただカレーを食べている。
***
「誓って言わせて貰う。
僕は無実だ……!」
右脇に、首が切れるよう日本刀を構えるジャネットが。
そしてヴェロニカとシャルロッテにPDWの名作、P90の銃口を向けられ、目の前の机に肘を乗せ手の指を組んだルルが座り照明が向けられる。
「つまり、本当に偶然敵の新型の詳細データをインプットしていたと?」
「おうおう、ウソを言うとアタシのこの偏光サングラス並みのひどい目に遭うぜおっさん?」
「みんな10代、20代の可愛い女の子だと舐めてかかると骨まで折られますわよ?」
銃を構える二人は凶悪な笑みを浮かべる。
特にヴェロニカはさっきの一件で透明なUVカットグラスを割られたので、虹色の変えのサングラスをかけているせいか、玄人っぽさが強い。実際腕もいいが。
「嘘じゃない、もう勘弁してく」
一瞬、立ち上がりかけた晴人の真上をヒュンと刃が飛ぶ。
「動くと当たってしまうぞ」
「…………」
晴人は、魔女裁判という言葉を頭に思い浮かべていた。
徹夜で仕事をしただけで、なぜここまで暴力的な仕打ちを受けるのか。
「…………私達のやり方が理不尽なのは認めますが、
有沢晴人さん、もしも善意でも余計な情報をOSに書き込んだとすれば、それは大変よろしくない事です」
「よろしくない?なぜだね?」
「私達は前線で命を張っている。
なのに後方のあなたは、マニュアルに書かれていない仕様を付けた兵器を送ってしまった」
ルルは、比較的温厚な性格にしては珍しく怒っていた。
静かに怒気を孕む声に、ひと回り年上の男である晴人もたじろいでしまう。
「もし意図せずその仕様が働けば、我々のだれかが死んでいたかもしれない」
「暴発するような機構じゃないが?」
「それを私達に教えなかったことが問題なんですよ!!!
理解してますか!?!?!」
ダン、と机を叩いて叫ぶ。
思わず怯んだ晴人へ畳み掛けるように続けるルル。
「今回はプラスに働いたからなどと言う問題じゃないんです!!
新兵もいるこの部隊に、テスト部隊だとしても仕様にない事をされてもしもがあれば……!」
「…………」
「…………あなたの勝手な判断で兵が死ぬ。
私の上官も、他の皆もそれがわかっているからこの会社へ押しかけた。
せめて、OSに何が入れられていたかは、周知して欲しかった。
……カリンちゃん自身にまでなんで隠したんですか?」
「使えるかどうか分からなかったんだ。こんなに早く使うことになるとは……
だから、その時が来たら自動でデータが開示できるようにした。
君たちを騙すつもりは無かったんだ」
「結構。そこまで言うのならこの場は納めます。
武装解除!」
と、ようやくルルの指示で502全員が武器を下ろす。
はぁー……、という深いため息が晴人の口から勝手に漏れた。
そんな中ふと、ヴェロニカの隣でずっと作業をしているインド美人が一人。
「……あんたこの状況でよくリラックスしてるな?」
「え?別に私関係はないのですよね?」
「関係なくても銃弾は当たりますわよ?」
「あ……!」
「「えぇ、気づいてなかったのか……」」
「それがこのマアヒ・カヤールという人間です。
アホなのか天才なのか……」
「IQ500なのですっ☆」
「「すげぇ天才だ!?」」
「だからIQテストの上限は今は160だって言ってるでしょ!?
そしてなんで騙されるのよこのバカ共!?」
「しょーがねーじゃん、アタシ最近ようやく高卒資格とったもん」
「えっ!?わたくしまだ中卒資格試験の最中なのに!?速いですわよ!?」
「微分と積分、何言ってるか分かんなかったけど、全部砲弾の計算だったからよゆーだったわ」
「おのれ射撃が得意だからとー!ぐぬぬぬぬ……」
「そういう問題では…………グッ、AIである私が頭痛を……!!」
大分IQが低い会話に頭痛を催すAI、ヴィヴィアン。
そんな光景を尻目に、地味に高卒資格を最近取ったばかりのルルは内心「頭良いんだヴェロニカちゃん……」とやるせない気持ちは向けつつ、
「では、我々からは以上です。
今後は気をつけてください」
と締めの言葉を吐く。
「ようやくか……寿命が縮んだよ」
「重ねて言いますが、我々はその寿命が消えるかもしれなかったんです」
「……一応終わったんなら解放してあげてもらえませんか?
彼はAHIからの出向で、我が社としても客人ですので」
「分かりました。
凪さん、そっちは?」
と、今まで黙々と晴人の机の端末を弄っていた凪が顔を上げる。
「嘘ではないでしょうねー、この履歴やらデータ見る限りでは」
「ならとっと離れてもらえないでしょうか?
さっきからずいぶん変な所にアクセスかけているようだけど?」
「諜報部のサガってヤツなので許してヒヤシンス」
「却下」
「ちえー、顔以外可愛げのないAIガイノイド」
と、渋々と言った感じで離れる凪。
「あっ、そうだ!」
ふと唐突に、マアヒがそう声を上げる。
「せっかく502の面々が着てくださったのです!
今度お送りする新BBBパッケージの図面など見てもらいたいのですよー!」
「えぇ!?
あなた……そういう社外秘を平然と開示する?」
「こちらの乗ってもらっている方々は貴重な
ちゃんと意見は聞かないと!」
『待てや』
ごく平然と信じられない単語を口走ったマアヒに思わず502の全員+1が声を合わせてそう言う。
「?何かおかしいことを言いましたのです?」
「マアヒ・カヤールぅ!!
人間のことをなんだと思っているのよ!?!」
「ですから、貴重で変えの効かない、大切な実験台です!
命は尊いんですよ!?
私の作品の実験台のみなさんの意見も聞かないだなんて、そんな雑に扱う訳にはいかないのです!!
実験台なんですよ!?
大切にしなきゃ、ちゃんと稼働データがとれないじゃないですか!!」
『待てや』
肝心なところが全く変わっていない主張にまた声を揃えてそう叫ぶ。
「…………うぅ……!!」
ヴィヴィアンは、ガイノイドの顔を両手で覆い泣き出した。
人工知能でも泣くほどの事だった。
「ヴィヴィアンちゃんどうしたのです!?
どこか壊れちゃったのですか!?私が修理しますか!?」
『いやお前のせいだろ』
「なのです!?!」
どうやらルル以下全員が頭痛を訴えるほどのトンデモ人物だったようだ……
「まぁ、話を長引かせてもアレなのでさっそく構想中の機体を見て欲しいのですよ」
『なんだそのメンタル!?』
そして、タブレット端末片手に自分の要求は意地でも通してくるのだ。
「一応、3種類の新型と2機の改修プランです」
「見るけど何だこの勢い」
正直な感想は呟くが、まぁ自分たちが乗せられる物は見るべきである。
そんな訳で、一同はタブレットを覗く…………
***
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