SOL.3:新型戦艦ガラティーン

 アリア・N・ウェルズリー

 年齢は20。階級は大尉。


 彼女は自他共に認めるエリート女性士官だった。


 裕福な軍人の家庭に生まれ、自身も飛び級で軍大学を出る天才である。

 その上抜群のスタイルで美人、気が強いところはあるが常に冷静。


 そんな非の打ち所がない彼女は、新型戦艦であるこのガラティーンに配属されて数日、


 いよいよ処女航海が迫る中…………ため息が出る事態に直面していた。





「あ、副長〜!ラムネ持ってきましたよ、飲みます?」






「…………はぁ……」


 原因は、目の前のまだ垢抜けないセーラー服の少女にあった。


 名を梧桐ごどう吹雪ぶぶき


 屈託のない笑顔で、500年前から変わらない形のラムネ瓶を向け、勤務中堂々と持ってきたポテトチップスを食べている彼女こそ……






 今は、任務中ですが?」




 自分を差し置いて…………もとい、一応はその実力を評価されてこの艦の艦長になった人間である。


「ええ、だからまずは糖分と炭水化物を補給して備えないと……!」


 このキリッとした顔でもっともらしいことをのたまう田舎娘が、艦長の梧桐吹雪少佐である。


 ……もとい、とアリアは頭痛を抑え表情をひくつかせて向き直る。


「少佐はまだ士官学校出たてで知らないでしょうが、まず一流の軍人はボロボロこぼれ油まみれになるようなジャンクフードを艦の操舵をあづかるこのブリッジで食べることはあり得ません」


「え゛っ゛!?!?!」


 心底驚く事でもない、と一発ぶん殴ってやろうかと拳を上げたアリアの目の前で、艦長の吹雪はそんな顔のまま正面の操舵席へ向く。


 操舵担当、シュラア・マックス中尉はハンバーガー片手に固まっている。

 隣の火器管制官のマーシア・レーベ中尉も同様にコーラ片手に固まってこっちを見ていた。


 カタリ、と音がした方向を見れば、索敵担当官である芦田あしだ のどか准尉が持っていた『きりかぶの聖剣』というチョコレート菓子を落とし、


 壁にいたオペレーティング担当官3人、右からアン、ドゥエ、サン各伍長達も、凄い目で震えながらそれぞれ違うビスケット菓子を片手にこちらを見ていた。





「お前らぁ───────ッッ!!!!


 それでも星を切り開き進む栄えあるSSDF艦隊の一員かァ───────ッッ!?!?!」






 ウィーン


「失礼します。第502戦技教導隊、現時間を持って着任し────」


「あ゛ぁ゛ん゛!?!?!」


「ひっ!?」


「あ!し、失礼したわ!!」


 と、ついやってきた例の戦技教導隊の隊長と思わしき女性士官がやってきたが、アリアはつい怒りのまま返事をしてしまい怯えさせてしまう。


「ええと、貴官が穂乃村大尉ね?私が、この艦の副長のアリア────」





「えっ!?穂乃村ってもしかしてルルちゃん!?!」


「その声はブッキー!?」


 と、声を上げた吹雪とルルは一気に近づき、お互い手を取り合って飛び跳ねる。


「久しぶり〜!!エウロパ以来だよね!?」


「そっちこそ!!あ、昇進おめでとう!!」


「いやいや〜、面倒な仕事押し付けられただけだって〜お互い様に」


「おっと、仕事といえばー……穂乃村ルル大尉以下、第502戦技教導隊、この艦へ着任しましたっ!」


「はい、ようこそルル大尉!!我らが戦艦ガラティーンへ!!

 梧桐吹雪少佐以下、だいたいみんな歓迎します!」


 お互い敬礼しあい、ニッコリと笑う。


「……あら、二人はお知り合いだったようですね?」


 こほん、と咳払いと共にアリアが二人に話しかける。


「ああ……ルルちゃん、こっちは副長のアリア・N・ウェズリー大尉。すごく優秀なエリートお姉さんだよ」


「はわ……!?

 はじめまして、穂乃村ルルです……!

 お手柔らかに……!!」


「お噂はかねがね聴いているわ、レディエース?

 会話から察するに二人はエウロパで戦った中、という事かしら?」


「そうなんですよ〜♪

 同い年だからなんか話があっちゃって〜」


「階級もその時は一緒だったんです。

 それで……エウロパ奪還作戦の時に、ブッキ……梧桐少佐には助けられちゃって」


 その言葉に、アリアはどうしようもない苛立ちを覚えてしまう。





 梧桐吹雪。当時宇宙BB母艦───西暦だった頃の名残で『空母』と呼ばれる艦艇───の一隻、ヴァルハラ級2番艦『トール』のブリッジ勤務だった。


 成績は優秀だが、勤務態度不真面目との評価があった。それはアリア自身さっきまで感じていた事だ。


 所が、自体はエウロパ奪還作戦の時起こる。


 偶然被弾したトールのブリッジ。人員がだいぶ消し飛んだ瞬間、最先任士官が彼女だけになってしまった。


 この時トール以外の空母も撃沈や中破という事態になっており、一時は戦線を維持できない事態だった。


 しかし…………吹雪は即座に『艦長代理』として行動を起こし、無事BB部隊を着艦、補給、最発進させ、エウロパ奪還に大きく貢献した。


 その功績は、3階級特進には充分だった。







(なぜこんな気の抜けたやつがそんなことを出来たの……!?)


 もっとも、アリアはあまり納得いっていなかったのだが…………



「そういえば、そっちの部隊はどうしたの?」


 ふと、アリアの思いもつゆ知らず、吹雪はルルに尋ねる。


「1G介護中」


 と、その短い答えに、吹雪もなんとなく聴いていたアリアも納得した。



          ***


「グギギギギ……!!」


「重い……自分の荷物なのに!!」


 萌愛と志津は、自分の荷物をまるで数十キロの物かのように背負い、重い足取りで一歩ずつ艦内を歩いていた。


「ったくよぉ、お前らの星のGだろぉ?

 0.4Gの火星人様に体力負けしてどーすんだよ!!」


 その前で二人を待ちながら、ヴェロニカ達は何の苦労もなくもっと重そうな私物を抱えて歩く。




 ───異星人が現れる前より、地球の科学は重力操作技術や新エネルギー源を手にして宇宙へ旅立っていった。


 火星がテラフォーミングされもう長い時代である今、忘れがちだが火星は地球より半径が小さく、重力は地球の40%しかない。


 通常、軍艦の人工重力は地球の重力に設定している。

 おそらく火星に来て火星の重力に慣れてしまっていた彼女たちは、このように急に地球の重力に来た影響でこのようになっているのだ。


「じょ、上官殿達は……平気なんですかぁ……?」


「お前らも地球重力1G訓練が基本だったろ?

 アタシらは地球のGでも動けるようにいつも重い荷物背負って走ってんだよ」


「さぁさぁ、さっさと荷物を纏めて今日は走るわよ!

 300mはある飛行甲板を10周!!」


「「げぇ!?」」


「げぇですって!?

 ちゃんと体力をつけなきゃBBは……おっと、BBBは乗れませんわよ!」


「「イエスマム……」」


「「「声が小さい!!」」」


「「イエスマァムッ!!」」


「ほら、あのちびっ子どもの元気を見習え」


 と、指差した先では、ジョアンナがフェリシアを肩車して、ちょっと高い位置にある窓の外を覗いている。


「チビども!元気があっていいな!!

 このだらしのねー姉ちゃん供連れて部屋で動きやすい服になったら左舷甲板集合!!


 訓練だ、走るぞ!!」


「あ、はい!了解です少尉殿!!」


「少尉どの!何時まででしょうか!?」


「今は13:45ヒトサンヨンゴーか……出港は14:00ヒトヨンマルマルだから、14:30ヒトヨンサンマルまで左甲板だ!!寄り道しなかったら飴やるよちびっ子ども!」


「「イエスマム!!」」


 と、二人は並んで姿勢を正し敬礼して言う。

 微笑ましいな、と3人が思っていると、何と二人は後ろで息を切らしている二人の方へ近づき、ひょいとその体を持ち上げる。


「うわ!?」「きゃ!?」


「じゃあ、部屋まで『自主訓練』しまーす!!」


「この二人には要救助者役になってもらいまーす!」


 そういって、自分より大きな身体を抱えて走っていった。

 荷物ごとである。


「…………怒るに怒れないことするんじゃねーよ……!!

 ちぇっ……ひきづられた方は、2週追加だな」


「……しかし、眩しいぐらい良い子な子ですわ……遺伝子操作が抜きでも、あれは……」


「味方の盾になって死ぬタイプね……」


 最期のリディアの言葉に、溜息をつくヴェロニカ。


「そうならないように、盾のやり方をみっちり教えないと行けないじゃねーかよ……」


 そう面倒臭そうに言うと、抱えたバックを少し開いて中から地球から続く伝統のお菓子───ラムネを取り出して食べた。


「一個もらえます?」


「同じく」


「ガキ供の分まで取るなよ、ほら」


 ぴゅーい、と円形の穴と内部の空洞のあるお陰で出せる音を出してから、そのままヴェロニカはラムネを噛む。


「死なねーような訓練はみっちり与えてやらなきゃな」


          ***


 再び話はブリッジに戻る。


「艦長、荷物の積み込みが全て完了したとの報告です」


「了解。予定より早いですね……」


 取り出した、懐中時計型の端末のアナログ時計、そして液晶に映り出すデジタル時計の「14:50」を見て言う。


「出航を早めますか?」


「ではそうしますか。

 あ、ルルちゃんそこの取っ手掴んでて?」


「了解」


 と、ルルが近くの計器の取っ手を掴むのを見て、ウンとうなづき、オペレーターの方を見る。


「機関室に通信を」


「了解。インカムに繋ぎます」


「……こちらブリッジ、艦長の梧桐です。

 機関室どうぞ、コピー?」


『はいはい、こちら機関室ー、リタ・ウィッチ大尉だよー。コピー?』


          ***

 光り輝く石の入ったカプセルを入れ、耳の無線に指を当てながら妙齢の美人な赤毛の女性がその場所から操作盤へ移動する。


『荷物の積み込みが終わりました。

 エンジンの調子は?』


「うちの子の寝ている時並みに大人しく、いい感じ。

 吹雪ちゃん少佐よりもおてんばじゃないしねぇ?」


 画面のコンソールを指で操作し、指導準備を手早く進める。


『うーん、我ながら分かってしまうのが辛いですよぉ〜……

 ではぐずらないうちに、エンガウィウムジェネレーターの始動を』


「了解。外部電源遮断準備。主機、エンガウィウムジェネレーター始動しまぁす!!」


 コンソールでロックを解除し、アナログレバーのハッチを開けレバーを基底から始動の位置までゆっくり上げていく。


 グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……!!


 唸りを上げるエンガウィウムジェネレーター。

 人類が火星で初めて見つけた超エネルギー元素『エンガウィウム』が特殊崩壊を起こし、直接電力へ変換していく。


          ***


「発艦ベルを」


「了解。発艦ベル、鳴らせぇーっ!!」


「了解!艦内、発艦ベル鳴らします」


 ジリリリッ!!


 艦長から副長へ、そしてオペレーターに流された命令とともに、艦内にベルが鳴り響く。

 いよいよ発進である。


「エネルギー、伝達確認!亜光速エンジン、出力開始!」


 操舵担当のシュラア中尉の操作で、艦後部にメイン2基、補助2基がそびえる亜光速エンジンが光を放ち始める。


「艦長、基地より抜錨命令が下りました」


「了解。

 ガラティーン、抜錨!!」


「艦長より命令!!ガラティーン抜錨!!微速前進!!」


「ガラティーン抜錨!!微速ぉーく、前進ぃぃん!!!!」


 基地から伸びた固定アームが全て外され、亜光速エンジンの出力が少し上がる。


 全長1.5kmの巨大な剣のような船体が、火星の海へと進み始める。


「これより我々は、クリュセ平原海を抜けて、BHI本社のある第18基地へ向かいます!」


 港を抜け、火星にすっかり馴染んだウミネコを見上げてテラフォーミングされた海を進むガラティーン。

 大海原を切り裂くよう、威風堂々とした航海の始まりだった。


          ***

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