SOL.2:とりあえずダベってればそこそこ仲良くなる

 メガフロート基地内の移動は、基本的に動く床の上に乗ることで行う。




「つーかアンタ、『リディ』って随分男っぽい名前だわな」


「あんたその顔で英語圏みたいなこと言うのね」




 ルル達、集められたBBパイロット5人は指定の場所へ移動中だった。


「いや、アタシ親がそもそもどこ系人か分かんなくって、拾ってくれた親代わり曰く、振られた娼婦の名前と、中国人っぽいからリーって苗字にしたんだってよ。

 ぶっちゃけ英語と日本語以外喋れねぇ」


「へぇ……まぁならそう思うわよね」


 リディア……本当はリディという、数日前の戦いで突入したルル達を助けた空戦機パイロットは、メガネ姿のヴェロニカの質問にそう答える。


「てか、なんで通信じゃ『リディア』だったんだい?」


「フランス語、喋れる人間少ないのよ火星じゃ。

 アンタみたいに男っぽいって事で、『リディア』って呼ばれてるの。

 まぁ嫌いじゃないけどね」


 5人は、流れる通路に乗せられて長い道を移動させられていた。

 目的地までだいぶ遠いために他愛のない会話をしているわけだった。


「へぇ〜……まぁここのドイツ系みたいに覚えにくい名前みたいなもんか」


「そういう反論できない事言わないでくれます?」


「悪いな、クーゲルシュライバー女」


「あ、それたしかドイツ語のボールペン?」


「そっすよ大尉。無駄に言いにくい」


「かっこいいと思うな〜、私は」


「日系人って何故かドイツ語好きよねぇ?」


「響きがいいんだよね……

 大神中尉はどう思います、か?」


 ふと、ルルは背後にいた人物へ話しかける。


 途端、さっきまで話していたヴェロニカも含めて全員がその人物へ視線を向ける。




 そこにいたのは、長身の女性だ。

 やや癖のある白く長い髪の間から、氷の彫刻のような整った顔と切れ長の目を持ち、何処か近寄りがたい雰囲気を醸し出している。




 彼女の名は、大神おおがみ なぎ


 階級は、中尉。


 つまりは…………




(マジかよ大尉……諜報部のヤツに話しかけるのかよ……!?)




 ───SSDF諜報部は嫌われている。


 ほんの少しの違反でもかぎつければ骨の髄まで調べ上げられ不名誉除隊。

 そりゃその兵のせいといえば終わりだが……やり口がどうにも気にくわない印象を受ける。


 拷問は当たり前、いざとなれば同階級でも上になる権威をもち…………


 とにかく、あまりいい印象を与えない場所から、突然やってきた相手なのだ。




 そんな曰くある人間の一人である凪に、周りは割と警戒していた。


「…………」


 その本人も、質問に対し黙ってただ此方を見るだけで口を開かない。


「…………特務中尉殿はどうもこの話題は好きじゃないらしいっすねぇ?」


 と、何処か挑発するようにずれたメガネの位置を直しながらヴェロニカが言う。

 死にたいのかこいつ、という顔をリディアとシャルロッテがむけたその時、









「えっ、あっ、いやそうじゃなくって、自分その話題になると、その、あの語りすぎると言いますか古の14歳の頃の時代の心の古傷が、あっ……」






 ………………




「………………ごめんなさい、黙ります…………」




 一瞬、信じられない早口で答えたのち、ポカンとした顔をみてそう彼女は黙った。


 よく見れば、その顔は無愛想というより、居心地が悪くてどんな顔をしていいかわからない末の無表情とでも言うべき顔だった。






「───いや、せっ……自分、諜報部が嫌われているのは重々承知でありますというか〜、

 何を話していいか分からんでござるというか」


「なんで旧世紀ゼロ年代あたりのネットスラング口調なのよ」


「なんで知ってんだよフランス女」


 とても長い目的地までの移動通路の中、凪中尉は見た目に似合わない妙な早口で語る。


「いや、その……徴兵前までは地球で引き篭もりだったと言いますか、ずっと古の16ちゃん……かつては2ちゃんなどと呼ばれていた掲示板のデータを寝そべって読み漁る毎日だったと言うべきか……いや二十歳の今でもそんなものでして…………」


「歳上だったんですね……」


「「4つ違いか……」」


「え、歳下?」


「「え?大尉歳上??」」


 ルルの言葉にヴェロニカとシャルロッテがそう呟き、二人ともまだ16歳だと知った。


「え、16ちゃんねる、って5ちゃんねるじゃなかったの?」


「それは一回変わった時っす……」


「だからなんで知ってるんだよ」


「うっさいわね!フランスと日本はアニメ姉妹よ!?

 メジャーなポケモンから、なろう系アニメまで見てるし、一回薄い本出したわよ!!」


「だからそんなにテンプレなツンデレでして?」


「うっさいわねぇ!?見た目だけやたら強キャラかクールキャラの癖して!」


 リディアは、一言多かった凪の頭へヘッドロックをかける。


「うわ、レンジャーなのにヘッドロック食うやつ初めて見た……」


 へ、とヴェロニカ以外の全員が驚いた顔で固まる。


 凪の制服の、自己主張の激しい胸のあたり、


 よく見れば……金色の月桂冠とワニを模した徽章がつけられている。


「「「れ、レンジャー!??」


 それは、紛れも無いSSDFレンジャー徽章。

 それも、教官クラスの最高の兵士に贈られる金のレンジャー徽章。


 見た瞬間、ルル達3人はつい敬礼をし、ついでにヴェロニカも面白そうに敬礼を向ける。


「休めぇーッ!?

 そういうの良いですからーっ!!


 やられたところで、なんか申し訳ない気持ちになるだけですからぁ……!!」


 そして、はぁ、と全員が疲れたため息をつく。


「…………凪中尉、レンジャーなの?」


「昔、休暇を盾にレンジャー訓練やらされて……

 それはそれは地獄でした…………

 地球の密林やら極地やらに連れ回され…………


 …………あらゆる手段を使い逃げて良いって言われた最後の訓練で命からがら逃げ帰ったらこれが贈られてきたでござるの巻」


 それはそれで凄いとは思うが、トラウマなのかずっと凪は引きつった表情でガタガタ震えていた。







「つーか、あんた何しにこの部隊に来たんだよ」


 5分後、

 階級は下なのに、ヴェロニカにもすっかりそんな口調で話される凪だった。


「あー、やっぱり気になります系?

 いや、それがちょっと奇妙な任務でございましてー」


  等の本人も、すっかり打ち解けている。


「私、何故かBHI社のコンプライアンス違反の有無を調べろって言われてるんすよー」


「「「「コンプライアンス違反??」」」」


「って、何ですの?」


「知らねーのかよシャル」


「私も分からない…………なんなの、凪中尉?」


「要するに、会社が何か法令や規則を守ってねーと上層部は思っているんですよ大尉。

 一応は諜報部の仕事でもあるんですが……」


 と、言いかけて凪は、移動通路の先に視線を向けて何故か黙る。


 4人も振り向くと……




「───へぇ〜、コンプライアンス違反されてるだなんて思われてるんですねぇ、我が社は?」




 そう言ってやってくるビジネススーツの美人。

 そう、BHI代表のブリジット・ボールドウィンその人だ。



「ボールドウィン社長!」


「たまたま、BBBの売り込みに来ていたら随分面白そうな話ですねぇ?」


「しかし、コンプライアンス違反をしていると思われているとは心外かなと思います」


「フィーネさんまで!」


 ブリジットの背後から、いつものメガネと作業服のフィーネがひょっこり現れる。

 ところでなぜかその手にはペナント手旗とでもいうべきものを握っていた。



「言っておきますが、そりゃ言えないことは多くても、SSDFそちらにとっては不利益なことはしてはいませんが?」


「そりゃどうも。ただそれを判断するには実際に色々近くで見てからとは思いますが」


 凪へ向かいそう言い放つブリジット。

 しかし、凪もそこそこ手慣れた言い方────カンペでもみながら何度も練習したかのような感情のこもっていない言葉を返す。


「テンプレ返答どうも!

 こちらはあなた方のためにせっかくこの子達連れてきたのに」


 と、ブリジットが顎で支持を出し、皆の前へペナント手旗を振りながらフィーネが数人ほど進ませる。


 びしり、と必要以上に肩肘の張った気をつけの姿勢。

 4人の少女…………日系二人、背が高い方と小さい方、そして金髪と栗色の髪のまだ小学校出たばかりほどの女の子二人……


「あっ!」


 ルルは急いで軍用データパッドを取り出し、画面のアプリボタンから人事ファイルを開く。


「ええと……左から、加藤かとう 志津しづ准尉?」


「は、はい!」


 背の低い、ツーサイドアップのクリクリした大きな目の日系人が答える。


「隣が、堀内ほりうち …………萌愛もあ?准尉」


「はい!」


 その隣、背が高く手足の長いスタイル抜群のボブカットの少女が答える。


「そしてこっちが……ブーステッドの、ジョアンナ・リリィ准尉とフェリシア・リリィ准尉」


「「はいっ!!」」


 最後に、まだ小学校に通っていそうな子供二人、栗色の髪のツインテールの子と金髪ストレートの子が元気よく答える。


「あぁ…………ようこそ、今日結成したての第502戦技教導隊へ。私が隊長の穂乃村ルル大尉。


 といっても、うち二人は同い年だよね……よろしく」


 えぇ、とルルの言葉に背後の皆があんぐりと口を開ける。


「こいつら新兵かよ、隊長!!

 しかも准尉!?あー、昇格しててよかった!!」


即席士官准尉だなんて……まぁなんと言いますか……」


「なによ、揃いも揃って100時間BB登場訓練したか怪しい顔だし……」


「リアル幼女は犯罪ですって……!!」


「はいストップ!!新兵たちが困惑してる!!」


 まぁ酷い言い方だが、仕方がないことである。


 新兵は、生き残る数が少ないご時世である。


 ここにいる人間はその悪夢の新兵期間を生き残ってしまい、今立っている人間たちなのだ。


「あの……私達何かしちゃいました……?」


「ごめんね、私達貴方たちと同年代だった新兵がみんな死んでるとか、あるいはもっと幼い兵が死んだ横にいた人間達なの。


 ……改めてようこそ。

 まぁ……実戦は少ないはずのやや後方の部隊だから、」


「あれ?もう火星圏も安全じゃあないですよ確か〜?」


「社長黙ってて!!


 ともかく……あんな嫌な顔しているみんなも、君達が嫌なんじゃないの。


 君達が死ぬのが嫌なの。


 こんな任務に最初から当てられたってことは、みんな短い訓練の中でもBBの操縦は上手かったか、特筆すべき部分があったってことなのは理解しているから。


 ただ、それでも新兵。


 それにこの部隊は実戦も無いわけじゃない。


 後1年、もしも生き残れたらきっと今日の後ろの上官たちの顔の意味がわかると思う。


 訓練は厳しくいくけど、まぁ仲良くやろうね」


 そういって、その新兵たち4人を招くルル。

 言葉の重みが違うな、と後ろの4人は隊長であるレディエースその人を見ていた。


「あ、えっとよろしくお願いします!」


「あっと、アンタが志津准尉だっけか?

 本当に年上かよ、ちっちぇし顔幼いねぇ」


「あう……」


「あの、僭越ですけど、人のこと身長とか顔で見るのはどうかと思いますが、えっと」


「あたしゃヴェロニカ・リー少尉。ヴェルでもよし、少尉は付けろモア准尉。

 あのな、BBパイロットは体格と顔は結構重要なんだよ背高のっぽ」


「背……体格はともかく、顔って……!」


「はいはい、人間はみんな平等だの見える範囲の事で差別しないだの、そういう良い子ちゃんポエムは良いの。

 残念ながらこのエセ眼鏡のいう事通りよ。

 あんた達みたいな顔つきじゃあ、戦場で4秒持たないわよ」


 と、ヴェロニカを遮り、背が高い萌愛に近づくリディア。


「アンタみたいな一眼で地球出身の、戦場のストレスの蓄積が薄いふにゃふにゃ顔じゃね」


 プニプニ、と頬を挑発的な笑みで突くリディア。

 当然、見下ろすモアの顔はムッと抗議の色になる。


「おっと、何を言いたいかは分かるわよ。だから言わなくてよし。

 いい?悪いとは言わないけど、早々にそういうストレスに慣れてもらうようミッチリ訓練はするわよ。

 どうせ、汎用機の触りしかやってないだろうし、空戦型の訓練はゲロ吐くまでやってやるわ」


「ボクは空戦機の過程を受けましたのですが?」


「あっそ!!ちょうどいいわ、じゃあ1G下で空間失調バーティゴ何度も繰り返すほどアンタのことこき使ってやるわよ、ビッチ!」


「ストップ!

 リディア中尉言い過ぎ」


 流石に剣呑な雰囲気はまずいと仲裁に入るルル。

 ふん、と言ってそそくさと離れるリディアを見て、抑えていた萌愛に視線を戻す。


「ごめんね。彼女大体の人間にああなの。

 ネコに噛まれたと思って」


「誰がネコよクソエース!!」


 フシャー、という表現の似合う怒り方をするリディアを放っておき、ルルはこう続ける。


「まだそりゃ新兵だから、今すぐ歴戦のパイロットになれとかは言わないから安心して。こっちも分かってるから。


 まずは、この先の船に乗って基地へ。

 みんな、早ければ午後にはBBBの慣熟訓練に入るよ」


 了解、と色々な顔を見せて言う皆。


 ふと、その頭上を影がさす。


「あ!!アレって!?」



 グレー色の、その名の通り『骨格ボーン』のような機械の巨人。

 クレーンやフォークリフトより素早く、正確にコンテナを運べる2足歩行型汎用重機────ボーンだ。

 それも、



BビルドBバスターBボーンの素体版……!?」



 思わず叫んだルルの背後から、ドヤ顔のブリジットがやってくる。


「その通り!


 そもそもBBBトリプルビーは、換装によってあのような作業用重機からあなた達のための戦闘用に姿を変えるものなのですよ!


 だからこそ、汎用重機である素体部分は一般業者に広く販売することを想定してあります!!

 お陰であの性能でコスト安いですし売上も良し!!


 そして今日が、そのロールアウト日!

 だからもう、あんな風に普段使いとしては活躍し始めているんですよ〜♪」


 ほう、と感心して説明を聞いているうちに、移動床は目的地へと皆を運んでいた。



「スンスン……あ、全員荷物持って!!」


 と、ルルは鼻孔をくすぐる強い潮風の匂いと、変わった空気にそう指示を飛ばす。


 移動床の終点と、目的地はすぐに見えた。


 作業用BBBが荷物を運ぶ先、そびえるように海水へ浮かぶ青い


「おぉぉぉぉぉ!!!!」


「すごいおっきい……!!」


 思わずぴょんと跳ねながら一歩前に出たジョアンナとフェリシアが、年相応の嬉しそうな顔でそれを指差して見て声を上げる。


「たしかに大きいな……」





 メガフロートの一角に進水しているのは、


 全長にして約1.5km

 排水量61000t

 その鋭角な艦首から艦尾のデザインは、上から見ればイカともあるいはその艦名通りの『剣』とも取れる形であった。

 後部の『主翼』───異星人の反重力機関を模したものの上には、バスターボーン用の発信甲板が備えられ、

 中央、文字通り鉄の城と言うべき艦橋ブリッジの下、そして背後にはシャッターが下されているが、おそらくは『砲塔』の入る部位がある。


 最新の技術で作られた、旧世紀の産物。


 これぞ、現代に蘇りし『戦艦』。


 命名規則通りなら、これは地球の神話の武器の名がつく。


 この艦の名は、SSDFエクスカリバー級宇宙戦艦2番艦、




「アレが、ガラティーンか……!」




          ***

 

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