SOL.2:新兵器あります

 信号は青だが、その先の信号がまだ赤のため進まず、気がつけば赤に変わる。


 そして生み出される大量の車が停車したかのように動かない道……







「だァァァァァァァァァァッ!!!

 だから日系居住区って嫌いなんですねぇ、この渋滞ぃぃぃぃぃぃぃッッ!!!!」







 ブッブー!!


 側面に『BHI』のロゴマークを持つ大型軍用キャリアトラックが、全く進まない道路のクルマ達へ苛立ちのクラクションを鳴らす。



「ふざけやがりましてクソ愚民野郎どもがぁぁ!!

 お前らの年収の40年分の価値がこのトラックとわ・た・し!にあることを理解してやがるんですかぁぁ!?!?」


 クラクションを鳴らす主は、なかなかの美女でありスーツとピンヒールの格好でトラックのハンドルを握って怒り心頭で叫んでいた。

 首元には、社員証の顔写真と『BHI CEO ブリジット・ボールドウィン』の文字がある。



「社長、とはいえ彼女を直々にスカウトしようと言い出したのは貴女です」


 と、助手席に座るメガネと作業着の少女が、手元のタブレットを操作しながら言う。

 彼女の首にも社員証が『BHI 研究主任 フィーネ・フライデイ』と書かれてぶら下がっている。



「それを阻んでいるクソ共が多いからブチギレてるんですよぉフィーネくぅん!?

 この!私の!!貴重な時間を!!!

 この便秘みたいな詰まる具合の無能な車どもの群れに削られてるのがぁ!!」


「我慢ならないのは分かりましたが、動き出しました。

 進みましょう、社長」


 ちぃ、と進み始めた道路を、大型キャリアトラックを走らせ始めるブリジット。


 幹線道路を降りて、目的地へ続く『火星道4号線』と日本語で書かれた通りを進む。


「……ったく、これで入れ違いだったらキレますよ私?」


「もうすでにキレてます、社長」


「で?穂乃村ルル中尉、でしたっけ?」


 ブリジットに言われて、タブレットにルルの略歴を出すフィーネ。


「はい。彼女は『Hi-BOS』のデータ取りには最適です」


「しっかし、この戦果……マジで人間のやる数ですかねぇ?

 遺伝子改造ブーステッドなし、ってマジですか……?」


「ブーステッドでもおかしい戦果です。

 毎度一回の出撃で、エースの条件をだいたい満たしている計算ですね」


「旧世紀のロボットアニメにありがちな進化した人類とかじゃなく?」


「ただの人間です。

 そして本人は軍を辞めたがっています」


「辞めたらウチで引き取り、辞めないとあらば意地でも出向させる……!

 こんな逸材手放しますか、ってんですよ!!」


 グォオン、と曲がる大型トレーラー。

 目的地はすぐ近くだ。


 と、



 バシュウ!!



 一瞬でハンドルを切らなければ、その空からの光にコンテナが撃ち抜かれていた。


「何!?」


「今のは……!」


 窓を開けて、フィーネは空を見上げる。


 黒い、雲母というか水晶と言うべきか、そんな素材の装甲と、各部分に光る紫の水晶が見える。

 そんな体表の人型が浮かび、腕に内蔵された光る砲口を向けている。


「ベリルです!!ENEMY:012 ベリル!!」


「なんで数ヶ月前木星より先まで追い払った相手が火星にいるんですかねぇ!?」


 バシュウ、バシュウと降り注ぐシースルー兵器の光が、舗装路を破壊しながらトラックへ迫る。


「これ狙われてるんですかねぇ!?」


「いえ……ならとっくに蒸発させられてます」


「ちぃ!!荷台に当てでもしたら八つ裂きにしてやる!!」


「八つ裂きにされそうなのはこっちです!!

 ……あ!」


 と、変な声をあげるフィーネ。

 その視線を追ったブリジットは、思わず目を見開く。


「おほー!!何という棚ぼた!!!」






        ***






「最悪ぅ!!このままじゃ死んじゃうよぉ!!」


 降り注ぐ破壊を避けて、なんとか最寄りのSSDF基地へ急ぐルル。


 ギュルルルルルッ!


 と、大通りに出た彼女の前に、巨大なキャリアトラックが迫る。


「え!?」


 キキィーッ!プシュゥ……


 止まるやいなや、助手席側の扉が開く。




「こっちへー!!!急いでくださーい!!!」


「やった!!」


 誰かは知らないが、自分の足より頑丈そうなトラックだ。

 それも見慣れた軍仕様の上、横に書かれているBHIの文字は、『ボールドウィンヘヴィインダストリー』の意味。

 これもなんども見た、BBの製造元の会社だ。


 と思っている間にもうルルは、現れた作業着の同い年ぐらいの少女のいる助手席ドアから、その背後の狭いドアへ滑り込む。


「よっ!」


「じゃあ発進!!」


 すぐにトラックは進み始めた。

 ふぅ、と皆揃って安堵のため息をつく。


「ありがとうございます……BHIの方々ですか?」


「方々、というより、私がBHIのトップですよ〜?」


 ルルの目の前で、運転席の女性がそう言って首の社員証を見せる。


「え……!?」


「驚くのも無理はありません、穂乃村ルル中尉」


「私の名前を!?」


「知ってますって、レディーエース?

 あなたの上官のギリアム准将ともそこそこ付き合いはありますしねぇ?」


 二人の言葉に驚くままのルルに、助手席のメガネの少女が握手の手を差し出す。


「私はフィーネ・フライデイ。社長の下でBB開発の研究主任を任されています」


「ど、どうも……穂乃村ルルです……」


「それで、本題なんですが……こちらを」


 と、渡される一枚の紙。





 ───辞令


 穂乃村ルル大尉


 貴官を、BHI社新型BBのテストパイロット兼戦技教導隊の隊長へ昇格と共に命ずる

 これは、辞令を受け取り次第直ちに適用されるものとする





「えぇぇ!?!?!


 ご丁寧に階級まであがってるぅ!?!?」


「おめでとうございます大尉」


「嬉しくないです!!私!!」


「辞めたら辞めたで、ウチで働きません?

 テストパイロットで!」


「どっちにしろ私乗るって事ですかぁ!?」


「そのために、あなたの上官にまで手を回してるんじゃないですか〜♪

 むしろ、辞めさせない口実が出来て嬉々としてこれ書いてましたよ?」


 みるみる、目の光彩がなくなり、しおしおと萎れたように猫背になってその紙を見つめるルル。


「せっかく高校もちゃんと卒業したのに…………!」


「あなたの技術が必要なんですよ、これの後ろにある新型には!」


 と、その一言でハッとなり、ルルは座席の背後を見る。


「まさか……これに乗ってるんですか……!?」


「まさか、デモンストレーションの後に本社に運ぶ途中でこうなるとは、おっと!」


 バシュウ、と道路を貫く光を避ける。


 思わず、ルルは周りを見回す。




 ───さっきまで、おそらく一緒に卒業式を受けていた学生が、その家族がまだ逃げ惑っている。


 いや、それだけじゃない。

 火星圏への襲撃は、これまでも郊外が大気圏外ほとんどで、こんな大都市は初めてのことだった。


 一瞬で、平和な日常は崩れ去り、皆理解が追いつかない顔で逃げている。





(……おばあちゃん…………逃げてるよね……??)




 ……たとえ、軍を辞めたいと思っていても、




「ったく、SSDFは何をやってやがるんですかねぇ!?」


「……多分、兵の休暇と同時に、空戦型とか主要な機体のオーバーホール中で……

 出れたとしても、ローズシリーズなんかの鈍重な陸戦型だけで……すぐ来れる機体は、多分無いです……」


 す、とルルはそう言って背後を見る。





「一番近い機体は、背後のこれです」





 え、と言うフィーネの横で、ほうと口の端を曲げていうブリジット。


「乗って来れちゃうんですかぁ?」


「乗ってもいいなら、今私にあそこにいる民間人たちを助けさせてください」


 一瞬で、穂乃村ルルは『穂乃村ルル大尉』になった。


 その眼差しも、顔つきも、軍人のそれだと二人は理解できてしまった。


「……いいじゃないですか、好きですよそういうこと言う人」


 キキィーッ、と乱暴な音と動きで、頑丈な建物の陰に入るトラック。


「……燃料、弾薬、共に戦闘には十分な量です。

 まぁ、そんなに使パッケージですが」


 オーライ、と運転席からスイッチを入れる。


「じゃあルルちゃん大尉!パイスーは座席のそっち側にありますんで、よろしくお願いしますね?」


「はい!」


 すぐに、ルルは軍制服を脱ぎ始めた。


 外では、ウィーン、と音を立てて、アンカーを下ろしているトラック本体から繋がる荷台部分は横へ傾き、縦へ回転していく。





「じゃあお見せしましょうか。


 我が社の新製品、『BビルドBバスターBボーン』の、全てを!!」






            ***

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る