第114話『二択の消去法』



 あくまで未検証、未確認情報ではあるが、テロの犯行方法が物質転送ではないかと言う仮説が浮上した。


 映像を含む物証がないため書類上では『可能性』と付けられているが、説明できる犯行方法がそれ以外に該当せず、それを裏付ける映像と計算。さらに事象の前例があることから日本とイルリハラン、双方が信じることにそう抵抗はなかった。



 むしろこれが事実であれば極めて危険な状況とも言えて、両国の首脳陣は頭を抱えた。


 物質転送、日本国内では転移技術で定着しているがその概念の歴史は古い。


 あれば便利の代表格であり、多くの創作物で取り入れられるほどだ。


 当然ながらほぼ全てで移動手段として使われ、移動する時間と距離と手間を省いている。


 しかし、転移技術の真価は移動や物流だけでなく兵器転用にあった。


 ターゲットに気付かれることなくピンポイントで爆発物ないし兵士を送りつけられれば、民間人や施設に被害を与えずに攻撃をすることが出来るからだ。


 転移技術が確立されれば、転送を拒否するシステムが出来ない限り軍は陸軍の少数で済んでしまうだろう。


 究極的な軍縮を果たせる代わりに、いつ攻撃を受けるか分からないディストピア社会にもなってしまう。


 相互破壊保証は辛うじて機能するだろうが、迎撃が不可能なことから核兵器よりも脆いことは確かだ。


 だから日本とイルリハランはこの公表を先送りすることにした。



 これが公表された場合、確実に全世界でパニックになるからだ。


 もしかしたら自分が狙われてしまうのかもしれない。家族が狙われるかもしれない。


 特に知名度の高い人達の反応は過激になるだろう。


 経済の混迷に紛争の引き金と、その余波は計り知れない。


 よって日本とイルリハランは転移技術については語らずに捜査中で統一することにした。



「当然ながら捜査本部は私たちのところを含めて困惑中です」


「私のところも同じだよ。文字通り見えない敵とどう立ち向かえと悩んでる」



 羽熊とエルマは同室で互いのことを言い合う。


 場所は境界線から数十メートルと離れていない星務省所有の施設の一室で、オンラインで会話を避ける都合から互いが歩み寄ってバーニアン会議を行っていた。



「取っ掛かりでも見つけてくれたことには感謝ですけど、どう先に進むべきか……」


「今この場に爆弾が送られてもおかしくないから冷や汗が止まらないな」


「ですね。なのでデジタル記録が残らないように来ています」


「私もETCカードを使わずに現金で高速の料金所を通過して来たよ」



 移動や通話記録を残さないのは二人の独断による杞憂だ。


 バーニアンの真相を知る人間は暗黙の了解で三十人以上いたので、その一人から漏れ出ても何ら不思議ではない。


 だが、事前に知ることの出来なかった羽熊とエルマが生き残っていること、闇に葬ると誓った情報が漏れ出たことから、通話などから情報が漏れていると疑っている。


 何一つ確証がないので警戒しすぎるとその分疲弊してしまうが、判明するまでは警戒を怠ることは出来ない。


 漏れてしまった情報の回収は出来ないのだ。


 羽熊とエルマがオンラインではなく対面で話すのもそのためだ。



「とりあえず私はリィア達が見つけた考察を信じます」


「いつものように確証はないけれど、私もルィルさんたちの考えを支持するよ」



 毎度ながらこの手の問題に確証を持って解決に向かうことがなく、情報を元に確度の高い可能性を見つけて先に進んでいく。


 ただ、羽熊自身手に入れた情報を元に考察するとそれしか思い浮かばなかった。



「ではその前提で話すとして、どうやって探します?」


「……ない」


 現代科学の限界である。


「映画なら転移した座標の空間の揺らぎとか波長? とか何らかの痕跡があって追跡したりするけど、獲得していない技術で使われてどうやって追跡すればいいんだってことになるしね」


「そうなんですよね。映画みたいにご都合なことはありませんしね」


「転移技術は日本……というか地球で便利なシステムで使われるけど、あまり兵器に使うのってないんだよね」


「ストーリー上、それを使われると盛り上がりに欠けますからね。白けると言うか」


「それにそうした世界だと追跡機器があったりするからストーリーは進んで行くけど、現実になるとここでストップしてしまう」


「また何か別の取っ掛かりを探ってもらうしかありませんね」


「あとは方向性だけでも自分たちで考えるか……」


「捜査の方向性……今ある情報だけで行けますかね」


「とりあえず消去法で考えていこう」


「消去法?」


「前提を間違えたら意味はないけど、ここ最近ずっと引っかかってることがあるんだ」


「何ですかそれは」



 羽熊の「引っかかってる」にエルマは食いつく。



「エルマがテロが起きた翌日からずっと異地にいるのに命を狙われてないことだよ」


「それは私も気にはなってはいました。いくら他の人を巻き込まないようにキャンピング用浮遊艇に乗っていても、大使としての仕事はしないといけないのでネットには繋いでいましたから」


「私もアドバイザーとして公式に首相官邸に出向いているから、敵からしたら場所は丸分かりなんだ。なのに何もしないからそこから考えることは出来る」


「それで消去法ですか」


「今日話すのもこれがしたくてね」


「……では二択形式で行きますか。どうして私たち二人、情報の根元が生かされているのか」



 エルマはさっそく羽熊の意図を察して提案をする。



「生かすと殺す。生きているから生かされているだね」


「ではどうして生かされているか」


「殺さないか殺せない……か。この場合殺さない理由がないから殺せないになるかな」


「テロで一網打尽にしたのに、敢えて生き永らえさせる理由はありませんからね。見逃している線はありませんか?」


「ない、とは言えないけど、向こうだってバーニアンを前提に捜査をしてると考えるだろうから、時間を置くだけ不利になるならすぐに殺したがるだろ」



 羽熊が犯人役としてその前提で動くなら場所が分かればすぐ狙う。



「けど今もこうして生きてるなら、向こうも殺したくても殺せない状態だと思う」


「これ、希望的観測もありますよね」


「うん。だからあとでルィルさん達にも聞いてくれる? さすがにこっちは気軽に総理になった若井に話せる立場じゃないから」


「分かりました」



 正直、保身に向けた考えをしていないと言えばウソになる。つい先日に待望の子供が生まれたばかりの新米父だ。家族のため、自分の命惜しさに前向きな考えをすることを誰が責めよう。


 そうした先入観もあって見落とした考えもあるかもしれない。


 そのためにも第三者の意見が必要だ。



「じゃあ私たちを殺したいけど殺せないと仮定して、どうして殺せないかですけど、それだと転移技術が使いたいけど使えないになりますかね。または使う前に敵側になにかあったか」


「さすがに二回目を使う前にどこかの国の捜査機関に壊滅されたら大々的に報道されるだろうし、これだけのことをした直後で内部で問題も起きるのも考えにくい」


「では使いたいけど使えない?」


「そう願いたい願望もあるけど、私たちが生かされている理由って他のあるかな」


「……殺したと思ってる?」


「それはないよ。お互いに参加予定だったのに生存してるってネットやテレビで報道されてたから」


「あとは殺す理由がなくなった……も不自然ですね。または若井総理やルィルさん達に秘密をばらしたことで殺す意味が無くなったとか」


「世間に公表されたら私たちを殺す理由はなくなるけど……ルィルさん達には守秘義務を徹底してるんだよね?」


「それはもちろんです。人数を十人に絞ったのもそれが一番の理由ですし、厳命していたので大丈夫です」



 そこは王族であり元軍人であり、六年近く全権大使をしているエルマだ。心から信頼できる仲間を揃えているだろう。


 ネットでも一般検索であるサーフェイスウェブでは



「だとすれば使えない理由は、転送機器の故障か始動キーを誰かが持ち逃げしてるか」



 映画なら敵側で内部分裂などがあって転送機器のキー的な何かを奪取して逃亡中がある。


 ともすればこの状況の説明は出来るが、敵側の内情が一切不明となると判別は困難だ。なによりそうした可能性は無数にあるから絞ること自体現実的ではない。



「その二択ですと故障だと思います。現実的に考えてスパイにしろ裏切りにしろ敵内部の誰かが転移システムの始動キーを盗み出すのはないでしょう」


「ストーリーとしてはありなんだけど」


「ですね。でもそれは見ている観客の視点なら楽しめますが、当事者から見ると分からないから怖いです」



 フィクションなら味方も敵も両方を視聴者に見せてくれるから知ることが出来ても、現実で当事者になると敵側の動きが分からないから不安でしかない。



「転移システムの故障……テストは行ってるだろうからぶっつけ本番じゃあないでしょう。だとすればテストよりも大規模転送を行ったことで想定外の不具合が起きたか……」


「またはロケットみたいに使い切りタイプか……」


「故障と使い切り。私としては故障だと思う」


「はい。ロケットみたいに何かを切り離して消費するタイプではないでしょうね。それに転移の存在が確認されたのが六年前。公式にはどの国も研究を行っている段階なので、十分にテストをする時間は無かったのなら予期しない不具合があってもおかしくはないです」


「まあ机上の空論だから可能性はピンキリだけど、現状のみを考えたらそれらが妥当だろ」



 フィクションを参考にするなら転移システムは据え置きタイプだ。


 大抵は広間に設置された円形の門や、四方に設置したビームなどを照射して対象を送る。


 ならば使い捨ては考えにくく、大質量で同時に多数の場所に転移させたことによる予期しない不具合で致命的な破損が起きたと考えるほうが合理的だ。



「……エルマ、異地にもSF映画はあるよね。転移システムとかあったりしない?」


「あります。こうした爆弾を送り付けるのは見たことありませんが、近未来とか遥か未来の世界観では使われますね」


「じゃあ初めて転移システムを稼働するシーンを見たことは?」



 エルマはハッとした顔をする。



「ひょっとして、始動実験定番のトラブルのことを聞いてます?」


「地球でもそうした実験シーンはあるんだけど、まあ成功した試しがなくてさ。大体が建物を吹き飛ばすような大爆発が起きてる」


「もしかしたら、テロで起きた爆発に合わせて転移システムがあった場所も爆発事故を起こしているかもしれない、と?」


「空想の域を出ないけど、雲を掴むような相手を狙うなら合理的と思うところは虱潰しでいくしかないよ」


「そうですね。あくまでそうだったらいいなって考えに偏っている自覚はありますが、見えない敵を相手にするんですから有利不利に関係なく少しでも合理的な所から潰して行かないと行けませんね。その案なら犯行当日の事故を大小関係なく調べることが出来ます。」



 現状、犯行方法は分かっても追跡する術がない。


 そこから追跡するのだから、どんな先入観があるにしてもありえそうなところから探るしかないのだ。


 まさに人海戦術が求められる。



「少なくともいちテロ集団に出来る代物ではないから、間違いなく国家が絡んでる」


「それと高名な科学者も関わっていますね。転移の存在が判明しても、それを再現するのはまた違いますから」


「ええ。そう言えば日本ではどれくらい研究は進んでます?」


「テレビで報道されているくらいだけど、年間で十億円は研究予算として計上されてる。けどどれくらい進んでるかまでは」



 ちなみに、転移技術がレヴィロン機関の果てであることは日本国内で留まっている。


 レヴィロン機関は時速0から七百キロまで加速ができ、最強の巨砲であるバスタトリア砲は秒速三百キロから三千キロまで加速が出来る。


 日本はかつての会議で、レヴィロン機関とバスタトリア砲の間に空白の速度を埋める別の機関があり、バスタトリア砲の先に瞬間移動を果たす転移技術があるのではないかと憶測を立てた。


 イルリハランを含め異地社会がそのことに気付いているのかは分からないが、ネットで調べる限りではそうした可能性が記された記事や論文はないので、日本はアドバンテージの一つとして秘密にすることにしたのだった。


 極めて友好的な関係を築いているイルリハランに重要な情報を隠すのは外交上軋轢を生んでしまうが、日本が独自で気づいたことに対して話す義務はない。


 イルリハランもまた日本に秘密にしていることはあるだろうから、何でもさらけ出すことが信頼構築とはならないのだ。



「国家や研究機関が絡むならやはりシィルヴァスとメロストロですね。その二ヶ国はユースメミニアスに批判的なので」



 先入観で疑うのは決して良くはない。ないが目星を付けるなら先進国は無視できない。


 シィルヴァスとメロストロは経済も軍事も世界有数で、同様にフォロン結晶石も輸入している。一応独自の産地を持っているらしいが、ユーストルと比べれば万分の一とも言われている。


 即ち二ヶ国からすればユースメミニアスは目の敵であり、産出量の四分の三を独占する日イを許せないのだ。


 動機も基礎もある。完成させるかは分からないが、容疑者とする要件は十分満たすだろう。



「とりあえずその方向性から捜査をしてみましょう。どうせ何もわからないんですから、これかなってところから行くしかありませんね」


「ええ、ただ国家が絡むなら大っぴらにはいかないな。容疑を掛けられるだけで相手からしたら不快でしかない」


「そうですね。特に我が国はソレイが対応しますし、外交なんて出来ないから国際問題は避けなければなりません」


「日本も同じだよ。国外より国内で総理も動けないでいるし」


「互いに辛いですね。政府は存続できてもその中身が継承出来てなければ存続できてないのも同じですし」


「野党はこれを機会に政権を奪おうと画策ばかりしているしな」


「ソレイには判断できないから『王の意見』は王室総会に掛けられるんでしょうけど、ハウアー陛下とリクト王太弟がいなくなったことで好き勝手にするんではないかと言う危惧があります」


「若井総理も言ってたよ。権力を持つのってかなりの忍耐力が必要だって。それがないとあっと言う間に腐ってしまうって」


「もう心労で倒れそうですよ」



 へへとエルマは乾いた笑いをする。


 自分の命に大使の仕事、別動隊の監督にソレイの補助と今の羽熊より並行でする仕事が多く、心労は想像以上に重いことだろう。



「私と違ってエルマは政治にも絡むからな。無理にでもどこかで溜めたものは吐き出したほうがいい。じゃないとちょっとした怒りで爆発してしまうから」


「ですね。まあ羽熊さんとこうして愚痴を零すだけでも楽にはなります」


「私でよければいくらでもサンドバックになるよ。今の私は昔と違ってそこまで仕事は忙しくないから」



 羽熊はあくまでアドバイザーの立ち位置なので、政治判断に深く関わる場所にいない。六年前のような激務からは解放されているからエルマより心に余裕があった。


「こればかりはお言葉に甘えます。ひとまずは今日みたいに週一で会って情報共有と行きましょう」


「ここに爆弾が送られないことを願うだけだな」


「ですね」


 こうして短いながらも誰にも話すことが出来ない会合が終わる。


「では名残惜しいですけどこれで戻りたいと思います」


「境界線までは送るよ」



 エルマは今リーアン用の車いすに乗っている。電動化されて片手操作で労せずに移動できるが、羽熊は自分で車いすを押して境界線へと向かった。



「……多分、リィア達は私のこと良い目では見てないと思うんです」


「それは巻き込んだことで?」


「いえ、リスクは私と同じなのに、私はキャンピング用の浮遊艇に身を隠して仕事をしているので、自分だけ安全な所にいるんではないかと思われていないか」


「それはないでしょう。エルマは大使としてオンラインで仕事をしているんだから、ルィルさん達と比べたら狙われるリスクは高いんだから」


「そう言って貰えると助かります」


 車いすを押しながら星務省の施設を出たところで、エルマが体をまさぐった。


「失礼、連絡がきました」


「どうぞ」



 イルリハラン製の携帯電話を取り出して通話を始めた。


 そよ風が肌を撫で、境界線に立つポールに掲げられた日本とイルリハランそれぞれの国旗と、ユースメミニアスの旗が靡く。


 ユースメミニアスの旗の意匠は、太陽を中心に日光が十六本広がる旭日旗の赤色を緑色にした形にしている。


 緑はイルリハランの色で、日本が来たことで発足したことから二国間の親和を現していた。


 今は喪に服しているので半旗をしている。



「ナンダッテ!?」



 突然の大声に羽熊はビクついた。


「ワカッタ。スグニ日本政府ト連絡ヲ取ル。随時情報ガ上ガレバスグニ連絡ヲ寄越シテクレ」


 マルターニ語でまくし立てるように指示をするエルマ。言語を理解しているからこそ、羽熊は何かが起きたことを察する。



「羽熊博士、すぐに日本政府と連絡をさせてください。緊急事態です」


「テロ関係ですか?」


 大使としてのエルマを見て、友人としてではなく公人として敬語で返す。


「アルタランの安保理で、ユーストルの管轄を我々から取り上げようとする議案が出たようです」


「やっぱり来ましたね」


 おそらく来るだろうなと思っていたが、いざ来ると思うと不安や焦燥が込み上げてくる。


「ですので、今すぐにでも対処を政府間でしなければなりません。ソレイや総会だけでは不安があるので、私が窓口となります」


「分かりました。東京に行きましょう」



 六年前の経験から、こうした事態は何より時間が重要であることを熟知している。


 一日の遅れが一ヶ月、三ヶ月の後退をするから、何を置いても優先しなければならない。


 羽熊は踵を翻し、エルマにとって苦痛でしかない地面の上を移動して東京へと向かった。



      *



 羽熊の運転でエルマと共に東京に向かう最中、様々な追加情報が届く。


 地球の国際連合に相当する世界連盟ことアルタランは、地球の国連の課題である民主主義を成し遂げた組織だ。


 地球の国連の安保理は五ヶ国の理事国が常任と言う、資本主義を現す形で鎮座し、拒否権と言う大権を持って世界の使命から国益を重視して逃げ続けている。


 アルタランはその愚考に反する形で、安保理でも常任制は採用せず他薦のみで理事として活動している。


 他薦とはいえロビー活動や外交等でされやすいのが難点であるが、二期連続で居座ることが出来ないから国連よりは世界の安全保障に貢献できた。


 そして史上最悪のテロを受け、アルタランの安保理ではユーストルの安全保障の議論が行われていたのだ。



 当該国である日本とイルリハランはアドバイザーともオブザーバーでも参加が出来ず、一方的に議題が上がったらしい。


 経済と秩序の弾薬庫であるユーストルのことを第三者が考えるなら国際的に中立の立場が管理する方が良いとする考えはある。


 だがそれは、主導権を握れない外部の考えの都合であって今日まで切磋琢磨した国々の努力を無視するものだ。


 日本は命がけで努力をしていまの立場となり、イルリハランも危険なバランスを巧みに進んで勝ち得た。それを第三者が平和だ経済だと語って横槍を入れるのは筋が通らない。


 なによりユーストルの主権はイルリハランが持ち、その一部を日本も持っているのだ。


 二国の話もなしに強引な強奪は許されることではない。



「日イともに内政が弱体化した今を狙いましたね」


「特に我が国では弱体化が酷いですからね。外務長官に頑張ってもらわないと……」


 政府の若返りは高齢化が常の政界にとっては良い刺激でも、経験が浅すぎると失敗を招いてしまう。今回のような主権が絡む場合は尚のこと経験が求められる。



「羽熊博士、まさかとは思いますが、テロの犯人が絡んでいる可能性はありますか?」


「何とも言えません。漁夫の利を狙った理事国の考えかも知れないし、ユーストルの基盤を揺らがせるために煽いだ考えも出来ます」


 この二択ではどちらが有力なのか、羽熊の直感を持ってしても情報不足で判断できない。


「まずは情報収集するしかないですね。それとこればかりは私ではなく若井総理と話をなさらないと」


 今の羽熊の立ち位置では、テロ事件には関与できても外交には関与できない。友人として雑談なら出来ようとエルマは大使で公人だ。おいそれと影響を与えかねない発言は出来ない。



「そう言えば今期の理事国はどこなんです?」


「シィルヴァスとメロストロは今期の理事国にいますね。議長国ではありませんが」


 胡散臭さが倍増する。


「何も考えなければシィルヴァスかメロストロが犯人かと疑うんですけど、ミスリードを考えると……」


「少なくともユーストルを日イから奪い取りたい考えはあるんでしょうから、全くの無実ではないでしょ。そこを含めて防戦をするしかないのでは?」


 ユーストルがイルリハラン固有の領土であり、イルリハランが実効支配しているのは紛れもない事実だ。


 それをテロの被害に遭ったことを利用して、批判なく奪取しようとしている。


 日本とイルリハランとしては、外交的な防戦を余儀なくされる。



「ユーストル争奪戦、再びですか」


「これがテロ犯人の目的の一つで裏で国と繋がっているのか、便乗しているのかは分かりません。けど、ユーストルが狙われているのは確かです」


「本当に六年前と同じですね。何一つ分からない事から手探りで一つずつ分かって物事を解決していくのは」


「ええ、けど前回と違って日本も黙ってないでしょう」



 六年前は主権獲得のためにとにかく非殺傷を絶対としてきたが、主権を獲得した今では国防軍としての本領を発揮することが出来る。


 海上自衛隊と航空自衛隊は天上自衛隊として生まれ変わり、陸上自衛隊も浮遊技術を積極的に取り入れ異地社会に対応を続けていた。


 具体的にどこまでできるかは専門外の羽熊には分からないが、六年前と違うのは確かだ。


「……イルリハランのニュースサイトでもアルタランの情報が来ましたね」


 国際情勢の情報は早い。携帯電話のサイトでもホットニュースとして浮上したようだ。



「無尽蔵の世界戦略物質であるフォロンが眠るユーストルを二ヶ国。それも一ヶ国は異星国家に管理を一任するのはあらゆる側面から危険だ。その結果がテロを未然に防げなかったと好き勝手に書かれてますね」


「異星国家って差別語は便利ですよね。大抵それを言えばヘイトも許される側面を持ってますし」


「便利な言葉であるのは事実ですね。いい意味でも悪い意味でも」


「まあ日本も敢えて使ってたりするので、今更使うなとは言えないです」



 差別ではなく区別として異星国家の名称をしている。商売でも製品名で採用されたりしているから、日本としてはむしろ使用禁止の方が困るほどだ。


「……ただ、アルタランが管理するとしてもアルタランは各国の集合体だ。結局各国の思惑が入り混じって混沌としないか?」


 国連でも同様だ。安全の基準は各国で異なるから賛成と反対がある。安保理がいい例で、米中ロで拒否権を度々発動させている。アルタランでも同じことが予想された。



「表向きは中立としてもその裏ではその国々が手綱を引きますからね。国の手引きのない組織はさすがに……」


「そんな聖人のようなのは無い中で、アルタランはどうするのか」


「動向を注視しながら即応するしかありませんね」


 車は東京都に入る。

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