第115話『エルマの奔走』
「転移技術の存在に加えての農奴問題の再燃……。笠原さんや佐々木さんがどれだけ軋轢を生まないように注意をして、国民も問題を起こさないようにしてきたのに、どうして周りが問題を持って来る!」
総理執務室。まだ前任者であった笠原前総理の装飾が残っているなかで、エルマ全権大使の話を聞いて若井総理は項垂れた。
ここに他の職員がいれば決してすることはないだろうが、ここにいるのは羽熊を含めて三人だ。友人同士ゆえに本音をさらけ出せる。
「今のところ問題を提起したところなので可決されたわけではありません。それに今は我々が絡んでいませんが、当事国を無視して可決は出来ないので時間稼ぎは出来ます。ですがいずれは何らかの決は採るでしょう」
「最悪の決はユーストルの国際管理か」
「これにテロ犯人が絡んでいるのかは不明ですが、少なくとも主導はシィルヴァスとメロストロでしょう。世界各国の中でフォロン結晶石を一番欲しいのはその二ヶ国ですので、生産量の四分の一を奪い合っている現状は何とかしたいはずです」
「我が国も外貨獲得として貿易として八割近くを売りには出していますが……」
「こちらでは三割を備蓄、残りを流通に回しています。日本はその風土からフォロンよりはレヴィニウムでしょうけど、我々側ではフォロンの含有率は国力とも言えますので」
つまるところ、日本とイルリハランは全体の産出量の中の半分以上を流通に回していたのだ。
付加価値や関税と言う形で日イは黒字を出してはいるが、フォロン独占という意味合いでは語弊があった。ただ、それを理解する人々は多くなく、四分の三を二ヶ国が手に入れている点を攻めてきていた。
そして日本にとって結晶フォロンは価値はあれど、社会基盤からすれば熱を電気に変換するレヴィニウムに軍配が上がっている。
その理由は日本の領土内でレヴィロン機関を活かせるところが限られているからで、軍用なら需要はあっても民間は少ないのだ。
なので外貨を獲得するためにもフォロンを輸出していた。
逆にイルリハランは結晶フォロンはどれだけあっても損にはならないから、今後のことも考えてため込むのは自然な発想だ。大量に持っているだけで経済や外交のカードにもなる。
だからこそ半数以上を独占していることが各国の不満となり、それがユースメミニアス式典のスピーチに反映された。
「自分の領土から採掘された資源である以上、その流通量の匙加減は領土国にあります。日本は採掘事業の全般を担っています。なので他国にとやかく言われる筋合いはありません」
「だからこうやって正義の味方をしながら奪い去ろうとする」
「外交の常とう手段です。正義をしているように見せながら悪事をしているのは」
「ええ。その通りです。我が国ではいつもそれで損をしてきました」
第二次世界大戦の敗戦国と言う肩書きにより、どれだけ経済を発展して世界に貢献しても最終的には損な結末を迎えている。
外交的敗北という意味では日本は十分経験していた。
「ですが先ほど申したように時間稼ぎは出来ます。その間に出来ることを進めるしかありません」
「しかし、テロ捜査が進展したところでユーストルの国際管理から逃れることは出来るんですか?」
「もし主謀国がテロ組織と繋がっていればそれをネタに封じ込めができます」
問う羽熊にエルマは簡潔にして否定しきれない案を出す。
「もちろん便乗しているだけを望みますが」
と注釈を入れるが、想像の域だけで言えばどちらとも言えてしまう。
そこはルィルたち別動隊の捜査に委ねるしかない。
「それでは若井総理、お忙しい中直にお話をする機会を作っていただきありがとうございました」
「もうお戻りに?」
「はい。大使としても監督官としても業務がありますし、万が一ここに爆弾が送られてもしたら困りますので」
「確かに」
気を紛らわすように冗談ぽく言うが、転移技術が確実であれば危険だ。
「ただ、推測の域を出ませんが転移技術による第二次攻撃はしばらくない考えがあります。それは羽熊博士から聞いてください」
「分かりました。大使の護送は公安にさせます。羽熊博士はそのままテロ事件と今回の農奴化再燃対策に助力願います」
「今回は日本の寿命じゃなくて自分の寿命のためですからね。精一杯がんばります」
六年前は日本をこの星で生き残らせるためにがんばった。今回は自分の命だ。
帰りを待つ妻と子を泣かせないためにも生き残らなければならない。
こうして日イの秘密会談は終わり、とんぼ返りする形でエルマ大使は須田町へと戻っていった。
*
「――中々ぶっ飛んだ考えですね」
エルマから恣意的な推察を聞いたルィルはそう感想を述べた。
「確かにありえる話ですけど、可能性の中の一つでしかもそうあってほしい考えが全面に出てます」
エルマと羽熊は犯人側からすれば公となっているバーニアンを知っている人間だ。ならば現在進行形でルィル達に情報が漏れることを危惧して早期に息の根を止めたいだろう。
それでもエルマと羽熊が生きていることを考えると殺したくても殺せず、ではなぜ殺せない理由を考えればその手段が消失してしまっているのは合理的な考えだ。
だが、それは現況からそう考えられるだけで確定ではないし、仮にそうだとしてもいつ復旧するかも分からない。
確定情報が無さすぎる。
それを言うならば転移技術の有無もまた可能性が高いだけで確実ではなかった。
「荒唐無稽なのは自覚はしています。ただ、何一つ確証が得られないならアリかナシをしらみつぶしでしていくしかないんです。それは皆さんの方がお判りでしょう?」
「……分かりました。テロ当時で起きたテロ以外での爆発事故の洗い出し、ですね」
確率が低いと否定するのは簡単でも、なら進む道があるかと言えばない。
ルィルたちは気持ちを切り替えて検索を始めた。
シルビーのサーバーにアクセスすれば、シルビーが収集した世界中のあらゆるデータを検索することが出来る。権限が必要な機密情報は無理だが、一般レベルの情報ならピンキリで検索が可能だ。
無論一切情報が出ていない情報を知ることは出来なくとも、テロ当日に関してはシルビーの総力を挙げてありとあらゆる情報の吸出しをしているだろう。
「エルマ監督官」
別動隊メンバーであるニーシャが訪ねた。
「もし敵がデジタルでの情報収集に長けているなら、我々がネットで調べていることも知られてしまうのでは?」
「最大級に警戒をするならデジタル機器はすべて使わない方がいいです。ですが、それでは大事な速度が得られません。ここはシルビーのセキュリティの厚さを信じましょう」
「そもそも敵がどこまで情報傍受しているのか妄想の域を出ませんしね。無駄に敵を強くし過ぎて身動きが取れない方が危険か……」
「それにシルビーとのやり取りは国内なら普遍的に行われているので、バーニアン関連が絡まなければ危険度は低いでしょう」
バーニアンと言う呼称はイルリハランだけでなく、最初に名付けたテロ組織の仮称として世界中に広まっている。
ネットで検索するだけでヒット数は数十万を超えるから、捜査機関が検索したところで大海の一滴に過ぎない。しかし、捜査機関が調べていると分かれば妨害工作としてここに爆弾を送り付ける可能性はなくはない。
エルマはそれがない理由として、現在転移システムは使えないとしているが確証はないのだ。
恣意的な憶測による行動が果たしてどこまで有効なのか、緊張は途絶えない。
それを知るためにもまずはテロ当日に不自然な爆発か事故があったかを調べる。
シルビーのサーバーに接続して検索を始める。
防務省に所属するルィルたちが情報省と他省のシステムを把握しているわけではないから、十全と活用は出来なくとも検索項目は細かいので調べるだけなら苦慮はしない。
検索を掛けるとイルリハランをトップに国別で爆発及び事故の情報が表示される。
事故、事件、テロ、軍事、実験と様々なタグが付帯され、その件数は全世界で千件を超えていた。全世界でたった一日に大小に関わらず千件と爆発事故が起きていることに驚く。
そのうちの三十件以上にテロとあり、被害者は当時のアルタラン安全保障理事会理事国の大使及び要人と記載されていた。
「千件か……手分けして見ていくしかないな」
しかもこの中にあるかどうかも不明だ。それ以前に実際に爆発が起きたのかも分からないのだから、文字通り砂漠に落としたケアを一粒を探すかのような確率と言える。
「……あと誰でもいい、ソーシャル・ネットワーキング・サービスも調べてくれ」
リィアが指示を出す。
「通報や記事にされてなくとも民間人がネットにこういうのを見たとか書き込みをしてる可能性もある」
「じゃあそれは俺が調べます」
答えるのはマンローだ。
「頼む」
そうして始まるネットサーフィン作業。
カチカチとマウスのクリック音だけが部屋に響き渡り、今この場面だけを見ると本当に捜査チームなのかと疑いたくなるほど画が地味だ。
ただ、派手なのは現場だけであって本部は総じて地味である。
千件以上と数は膨大でも、マンローを除く九人が調べれば一人当たり百数十件だ。時間は掛かっても二日も掛からない。
大小や原因の有無、場所の人口比に関係なく取り決めた地域ごとに一件一件読み漁っていく。
浮遊艇の整備不良による爆発事故。ガス管の老朽化による爆発事故。
ガソリンスタンドに操作ミスで衝突しての爆発事故。殺害目的によるガソリンを撒いての点火による爆発事件。
世界各国で様々な爆発が起き、それだけ人々が死傷している。
どれもが明白に原因が判明していて、何らかの実験のトラブルとは考えにくい。
秘密裏に生まれた世界初の転移システムだ。携帯出来るほど小さいはずはなく、浮遊艇ほどの小型化も初代では不可能だろう。
それこそ中型の浮遊都市規模の構築になっても不思議ではない。
日本が国土転移をしたことを考えてもそのエネルギー量はすさまじいはずだ。
直径三キロになるレヴィニウムが秒速二十キロで衝突。レヴィニウムの質量は鉄と同等だから生み出した位置エネルギーはどれほどのものか。
今回の転移はそれよりもはるかに小規模で済むとは言え、人類の常識外のエネルギーは必要だろう。
空間内の連続とした移動ではなく、座標から座標への転移なのだから法則そのものが違う。
フィクションからイメージが引っ張られてしまうが大間違いではないだろう。いともたやすくできるならすでに民間レベルで技術が出来ていなければ不自然だ。
リーアンが生み出したエネルギーで膨大なのはバスタトリア砲による運動エネルギーで、地球が生み出したのは核兵器による爆発エネルギー。
どちらも膨大だが持続時間は極めて短い。が、国土転移もまたエネルギーは一瞬だったはずだから再現は可能だ。
「……もしかして」
転移システムは常識外の事象であっても科学であることには変わりない。
学生の頃に習ったことがある。科学は客観性と再現性があってこそだと。
客観性は第三者が見ても同じことが起こせ、再現性は誰がやろうと手順が正しければ必ずなることを。
国土転移が大質量のレヴィニウムが音速を超える速さで迫ったことで起こったのなら、その再現をしている可能性は高い。
ただ、バスタトリア砲はすさまじい威力を持つため、科学実験としてでも再現するための試射は許可しない。日本もイルリハランも当然気づいてはいるだろうが、威力故に実験した話は聞いていない。
だが、それに目を付けて海外で、バスタトリア砲の許可申請が緩い国ならありえなくはない。
それなら転移システムが破損をしてもおかしくはない。
しかし、ならばそれは使い捨てとなって複数用意するから、使いたくても使えない条件は満たさなくなる。
「とりあえず調べてみるか」
爆発関連の資料の閲覧に合わせて、もう一つ検索を掛ける。
バスタトリア砲試射、と。
リーアンが作り出した人工物である以上、作って終わりとは行かない。
試射をして兵器として問題なく使えるか確認する必要があり、それは各国独自の采配で行うことが慣習法として許されている。
イルリハランも定期的に試射実験をしているから、秘密裏に転移実験をしてもいいのだが規模が大きすぎて出来ないのだ。
テロ当日にバスタトリア砲の試射を行ったのは二ヶ国と一企業。
保有国であるシィルヴァス共和国とメロストロ合衆国。
民間企業で唯一バスタトリア砲の製造と整備が認められている、国に属さない軍事企業チャリオスだ。
バスタトリア砲は世界最強の兵器なため、製造は各国の技術力次第となっている。構造そのものはシンプルなので出来ないことはないが、基礎技術がなければ暴発してしまう。
そのためバスタトリア砲を保有している国は二十ヶ国程度に留まっているが、それを無視するのが国に属さない企業であるチャリオスだ。
民間企業がバスタトリア砲の製造技術を持っているのは、生産と整備を格安で行うからと世界中に顧客がいることを利用して例外的に認められたものだ。
もちろん保有国以外への販売は例外なく禁止され、整備や更新生産は自力生産した場合のみとしている。
バスタトリア砲はその威力から砲身が短命な上に整備の手間や予算が掛かる。チャリオスがそれを行うことで四割減出来るので保有国からすれば願ったりかなったりであった。
テロ当日に試射したのはどこかの国の整備か製造によるものだろう。
バスタトリア砲を装備した特務艦のスケジュールは完全な極秘となっているが、試射に関しては国際慣習法から日と場所の告知が義務付けられている。
試射時間が分かればさらに絞れるのだが、そこまで告知義務はなかった。義務としても違反したところで罰則は特にないから、そもそも告知をせずに試射する国もある。
そもそもバスタトリア砲の仕様は世界共通でそれ以上もそれ以下もないので、試射場面を見られたところで特に脅威ではない。問題は砲身ではなく進化可能な砲弾だ。
ルィルはまずは決めた地域を放棄し、三つの国と企業に絞って調べることにした。
だがすぐに断念する。
「……どれも近いわね」
さすがに試射地域内での爆発事故の記録はなく、あっても地域外数百キロと離れている。
バスタトリア砲からすれば十数メートル先の的を拳銃で狙うかのような至近距離だが、市街地だ。衝撃波や破砕物の被害を考えると考えにくく、なにより最寄りの爆発現場では被害者が出ていない。
チャリオスの試験海域では爆発事故記録がない。
転移現象を再現するのにバスタトリア砲の利用は有効と思うが、それを結びつける確証にはいたらない。
「いい線行ってると思ったんだけど……」
常識的に考えて転移システムの爆発情報を事故として公表するはずがなく、軍事兵器実験地域ともなれば情報統制はしやすい。
仮にあったとしても記録にすら残すまい。
「……なぁ、ちょっとこの書き込み見てくれ」
マンローが何かに気付いたのか皆を読んだ。
「アマチュアの気象研究者の書き込みなんだけど、テロ当日の気象で不自然なところがあるって」
不自然な事であれば関係なくても知りたくなる。チーム全体がそうした思想に満たされており、ルィルを始め全員がマンローのパソコンをのぞき込んだ。
画面にはマルターニ大陸と東に位置するエルデロー大陸の間の南方海域が映し出され、漂う雲の中で円形に穴が開いている雲があった。
円の直径はユーストルよりも大きい目算五千キロ。
台風でも精々数百キロ。史上最大でも千キロほどだ。その五倍も大きい綺麗な円形の目を自然に発生させることはまずない。
「これ、映像で確認できない?」
不自然な事には興味を強めるメンバーの中、ルィルだけいち早く食らいついた。
ひょっとしたらひょっとするかもしれないからだ。
「どうすかね。海の気象データってあまり必要ないから」
地球みたいに船がなく、嵐が吹き荒れてもその上を移動できるフィリア社会では、公海上の気象データは特に必要がなかった。
「……調べても十五分おきの衛星写真しか出ないっすね。つかこの一枚しかないです。その次のにはなくなってますし」
「その時間は何時?」
「テロのあった時間に近いですね。写真と写真の間の空白の時間にテロは起きてます」
「よし、よし、よし!」
メンバーの中でルィルだけ、情報がパズルのようにガッチリとハマったことで歓喜の声を上げる。
「ルィル、またなにか分かったのか?」
ルィルの発想の良さにリィアは気体の眼差しを送る。
全員がルィルを見る。
「その台風の目のような雲の穴は爆風で開いたもの。その海域に当たるところでその日にバスタトリア砲の試射を行ってる記録があったわ」
「バスタトリア砲だと?」
「日本が転移した原因がレヴィニウムと秒速数十キロの運動エネルギーからだとしたら、バスタトリア砲は打って付けの発射装置だと思って調べてみたの」
「バスタトリア砲の砲弾をトリガーに転移システムを起動したってことか!」
荒唐無稽ながら前例を元に合理的な説明ができることにメンバーが騒めく。
「エルデローから数万キロは離れてれば数千キロの爆発でも人的被害はないな。人目にもまずつかない」
「……その雲の穴がある場所に低気圧もないですね。台風の目でもないはずです」
「だが……海の上だと証拠は海の底だ。どれだけの深さかは分からんが残骸を調べるのは無理だろうな。そこからどうやってどの国の特務艦かを調べるか……」
「バスタトリア砲搭載艦を保有してる国はウチを除いて十九ヶ国ありますしね。試射以外極秘裏の特務艦の動きをどう追います?」
「いえ、実はどこなのか分かってるの」
「なに?」
「もしかしたらと思ってこの日に試射を行ってないか調べてみたら、丁度その海域で試射実験を行ってる記録があったの」
「ルィルお前、担当地域無視してそっちを調べてたのか」
「ごめんなさい。けどエルマや洋一みたいにあれこれ考えてみたら思いついてしまって」
それとマンローの発見が大きく進む要因となった。
「それでどこの国なんだ?」
「軍事企業チャリオス」
ルィルの発言に別動隊メンバーは何とも言えない顔をする。
納得する者もいれば、まさかと見せる者もいる。
「もちろん確証が何一つないから、全く関係ないかもしれない」
しかし条件が色々と揃うのも事実ではある。
そうあってほしいと言う願望はあるし、直接ではなく外部の観測による推察だ。いわば地図から世界を見ていて生身でその世界を見ていないようなもの。
地図の上からはあれこれと想像できても実際に目にする事実は異なるのと同じだ。
チャリオスが試射と称して発射したレヴィニウムが転移システムに干渉することで爆発物を送り、転移システムを壊すと同時に爆発が起きた。
転移システムそのものがなくなったから第二次攻撃がない。
辻褄こそ合うが、それでは壊す前提のシステムだから予備が必ず用意される。一発勝負でバーニアンを知る者を一斉に葬れるとは犯人も考えないはずだ。
第二次攻撃がない自然的な流れが止まった以上、その考えに全力を注ぐわけには行かない。
「秒速三百キロが生んだエネルギーで転移現象を起こすのは前例はある。けどそうなるとシステムは必ず壊れるから次があるはずだ」
「ええ、さすがに一発本番で成功させるとは私も思えない」
「…………あの、ちょっと思ったんですけどいいですか?」
ニーシャが挙手する。
「思うことがあれば何でも言ってくれ」
「転移システムってもし完成してたらすごいお金を使いますよね?」
「まあ数十億から百億は軽くいくだろうな」
開発費を含めれば一千億セムでも驚かない。
「だったら出来る限り使いまわすようにすると思うんです」
「いや、さすがに壊れるだろ」
「要は衝突した際のエネルギーを取り出せればいいんですよね? もし衝突用の的を用意して、的はそもまま吹き飛ばしてシステムには干渉しないようにすれば、衝突エネルギーは得ながらシステムそのものはある程度守られると思うんですけど……」
ニーシャはコピー用紙とペンを手にして、紙の中央にトンネルを描いてその右側に大きな箱を書く。
「このトンネルに的を用意して弾を当てて貫通させて、そこで生まれたエネルギーをこのシステム本体に送れば連発は出来なくても低コストで使えません? それで不具合が起きて大爆発が起きた、とか。ああ、トンネルは衝撃波にも負けないくらい頑強なやつです」
「……それでも支持するには乏しいな。貴重な材料だらけで一台しか作れないならそうでも、俺たちみたいな存在を出さないためにも二回目の攻撃は必ず用意しているはずだ」
「ならいっそのことチャリオスを偵察してみるってのは?」
誰かが呟く。
「そうね。捜査の一環、というよりは防務省経由で視察って形なら行けるかも」
「明らかに容疑が掛けられてるって向こうは疑うだろうな。犯人だったら最悪戻ってこれないぞ」
「憶測の上にさらに憶測をかけただけだから危険度はかなり低いわ。それにここまで確証が一つもないんだもの。確証を手に入れるならとにかく飛び込まないと」
「……分かった。じゃあエルマ監督官と相談して防務省を動かしてもらおう。動くかわからんが」
「…………」
「無言の圧力をかけるな。行きたいのは分かってるから」
「チャリオスは六年前にヘッドハンティングされたことがあるから他の人よりは探れると思う」
もう一人勧誘を受けていたのティアは異動でラッサロンから離れてしまっている。
「とりあえず視察が出来るよう進めよう。もちろん他に何かないか調べながらな」
「捜査は根性とは言うけど、これってそんなレベルなのかしら」
「さぁな。どうせ素人集団だ。手堅い捜査は本職に任せて俺たちは素人だから出来る柔軟な考えで行こう」
別動隊メンバーは再びパソコンへと向かった
捜査は不確実の中で次の段階へと入る。
*
「はぁ……」
ソレイは王執務室で何度漏れたかもわからない溜息をもらす。
内政に外交。単語で言えばその二つであってもその内約は数百倍にも膨れ上がり、新人の王にはあまりにも荷が重かった。
もちろん全て一人でこなしているのではなく、大半以上を官僚や各長官に任せて主にしているのは王が必ずしなければならない行事や署名だ。
王として国を守るため、長官や閣僚が暴挙に出ないように効力を発揮する署名をする際は書類は細かく目を通すようにしている。
母を含む王室の皆の助力もあってなんとか現状維持出来ている。が、現状維持が限界なのが今の状況でもあった。
王たるもの先見の明を持ってこの国をどのように発展するのか考えなければならないのに、発展どころか荒廃させないようにするので精いっぱいだ。
その中で頭を悩ませるのが、アルタランで挙がったユーストルの国際管理下に置く議案だ。
中学生であるソレイでも分かる、ユーストルをイルリハランから引き離してアルタランの管理下に置こうとする略奪案。
要はフォロン結晶石を独占させるのが嫌だから、テロで治安が揺らいだことを口実に奪おうとする。
当然そんな要求は断るが、ソレイの発言力と影響力で跳ね返せるか。下手すれば世界軍が来るかもしれない。
自分の決断次第で国と七千八百万人の生活に影響が出るのだから、それを長年務めた挙句日本問題を終わらせたハウアー前国王の大きさがうかがえる。
「どうすればいいんだ」
今この場に母も側近もいない。だからこそ弱音をぼやく。
答えは決まっているのに、覚悟とやり方が生まれない。
正直に言えば逃げ出したい。急に降りかかった背中の荷を振りほどいて少し前の学生の身分に戻りたい。
今はまだ同情心から官民共々支えようとしても、今回のことや他のことで失敗を積み重ねたらどうなるか想像もしたくなかった。
母はよく、「新しいことを突然するのだから上手くいかないのは当然。それを乗り越えれて普通になれば苦労はなくなる」と話す。
何もかも新しいから不安で戸惑いがあるのだから、それが過ぎて当たり前となれば不安も戸惑いもない。
「その新しいことが大きすぎるよ……」
この七千八百万人が住む国で、たった一人しかいない国王。
あまりの巨大さに心労で潰されてしまいそうだ。
そこに執務机に置いてあった携帯電話が鳴った。
固定電話であろうと携帯電話であろうと、電話恐怖症とも言えるくらいにコール音には敏感になってしまっている。
恐る恐るディスプレイを見ると、心の拠り所とも言えるエルマの名があった。
「もしもし、エルマ兄ぃ?」
『ソレイ、いま電話大丈夫かい?』
「死んでるところ」
『……分かるよ』
その一言で少しばかり心が洗われる気がした。
そして電話をしてきた理由も、なんとなく察する。
「電話を掛けて来たのってアルタランの事?」
『さすがに分かる?』
「うん」
『ソレイ、国王として一つ仕事をしてほしいんだ』
「ユーストルのことで断固拒否しろってこと?」
『いや、その少し手前だ。時間稼ぎをしてほしい』
「時間稼ぎ?」
『断固拒否したところで大国二ヶ国が安保理にいる以上、はいそうですかと諦めるはずはないし最悪世界軍が出るかもしれない。完全な食い止めは難しいから時間稼ぎをするんだ。もちろんこのことは外交長官と別で相談してもらっていい』
自らソレイを傀儡にしないようくぎを刺す。
「それがイルリハランのためになるの?」
『分からない。けど無駄にはならない』
「分かった。何をしたらいいか教えて」
ソレイはエルマの話すことをメモ書きする。
『今言ったことをするしないは王の判断だ。色々な人と相談して決めてくれ』
「うん。相談して決めるよ」
『けど言いなりにはなるな。提案とか相談とか受けたりしても、最終的には自分で決めるんだ。要請を持ちかけたばかりで説得力はないだろうけど、一分でも良い。自分で考えて受けるか受けないか決めろ。断ることも必要な時はある』
「ありがとう。それでもエルマ兄ぃの言ってるのは間違ってないと思うから、やる方向で進めてみるよ。でも約束は出来ないから」
『それでいいよ。とにかく丸飲みだけはやめてくれ』
「それは大丈夫。こればかりは僕も同じだから」
言いなりより断る方が大変なのは十分わかっているが、ユーストルに関しては決して言いなりにはなれない。どう非難をされようともだ。
『それじゃ頑張って。辛くなったらいつでも電話するんだよ。いくらでも愚痴を聞くから』
「その時はお願い」
そうしてエルマとの通話が終わる。
「ふぅ……とりあえずアルタランはこれで行こう」
時間稼ぎは決して良い事ではないが、イルリハランにとって良い終わり方を迎えるには今すぐの結論を避けなければならない。
エルマが率いる別動捜査チームでも正規でも、テロ事件が解決するまで時間を引き延ばすのだ。
ここは卑怯でも、幼い上に成り立ての王の立場を利用する。
ソレイは提案こそ受けたものの、自分の意思ですると決めて固定電話の受話器を手にした。
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