第99話 『黒幕』
ハウアー国王は一人執務室の中央に佇んでいた。
政治的な貸し借りで恩を返す意味合いを込めて実施した異星人を招待しての首都観光。概ね成功していた中での拉致事件は、ニホン問題の隔離・農奴政策に次ぐ外交問題になりかけた。
しかし現場の即断、被害者の決断により、公になることなく無かったこととして終わる運びだ。
高度に政治的な判断ではあるが、大きな借りを日本に作ってしまった。
日本は性格的に誇り高く名誉を重んじ、他人を思いやるから図に乗ることはないだろう。
だが政治にとって他国に大きな借りを作るのは外交上の敗けと言える。
敗けの中では軽度なものだが、敗けは敗けだ。
国家元首として、敗けを作ってしまった責任は取らせないとならない。
その責任を負うべき者が直に来る。
最初に違和感を覚えたのはタイミングが絶妙過ぎるからだった。
拉致事件が起きる数時間前にニホン側で起きた刺傷事件が起きた。これもまた政治的判断から無かったこととしたが、そのわずか数時間後に拉致事件が起きるとはあまりにも都合が良すぎる。
たまたま重なっただけと言えばそれでも、実行犯の動きはあまりにも無駄がなく警備の穴を突いた見事なものであった。
ゆえに思ったのだ。誰かが情報を流して手引きしていたのではないか。
そこから調べるのは早かった。
まさかそこから偶発的にメディア交流会の妨害、ハウアーへの混合毒の服毒の手引きまでしていることが判明しるとは思わなかったが、論理的に考えれば違うとは言えない。
唯一ムルートの進路変更だけは証拠がでなかったことから、この件だけは無関係だろう。
日本との関係を妨害する数々を実行するには情報が欠かせない。それも一般には公表されない政府内での情報が必要なうえ、政府内でも自由な行動が許される者となる。
自由な情報取得と行動が許される人間は少ない。
その者の名前が出た時は「まさか」と口に出してしまい、同時にその者なら可能であり、客観的な証拠も出てきて怒りも湧き出してきた。
信頼していたのだ。学生だった頃からの知り合いで、妻にも言えない悩みを話しては助言をもらって判断材料にしていた。
親友と思っていた。
それが見事なまでに裏切られたのだ。
ならイルリハラン王国国王として、親友として、けじめを付けさせなければならない。
執務室のドアからノック音が聞こえた。
『陛下、フィルミでございます』
「入れ」
ハウアーの命令でドアが開かれ、妻より長い付き合いのフィルミが入ってくる。
「大事な用とのことでしたが、いかがなされましたか?」
「急に呼び出してすまない。フィルミ、今朝は緊張の嵐だったな」
「左様ですな。最悪あなたの歴史に大きな打撃を受けて汚点を残すところでした。しかしながらニホン人の度量には感服いたしました。我々と違い、空から飛び降りれば死ぬと言うのに腕に身に着けたレヴィロン機関に身をゆだねるとは……」
「それだけが生きて戻る唯一の手段だからな」
「それで要件とはなんでしょう?」
「今回の拉致はメロストロ合衆国の諜報機関と断定した。裏で外務省に探りを入れたが、見事にはぐらかされたがな。だが失敗した向こうは悔しさといら立ちを抱えているだろう」
「先ほどわたくしも聞きましたが、諜報機関が断定しやすい証拠を残すものでしょうか。知る限りでは複数の国々の物を用意してかく乱させるものと認識してますが」
「我が国のレーダー網を掻い潜るには最新ステルス仕様の軍用浮遊艇が必要だ。他国軍の横流し品では無理と判断したのだろうな。だが証拠はそれだけではない」
「そうなのですか?」
「装備品を突き付けても、横流しや書類の不備などと言い訳をして逃げるからな。だから別のアプローチで調べたよ」
「私は聞いておりませんが……」
「聞かれたくなかったからな。スパイであるお前には」
「スパイ? なにをおっしゃって……」
「ニホン人に身に付けさせた腕時計の信号へアクセス権は十人しかない。そして拉致が起きた時、信号にアクセスをしていたのはお前ひとりだ。それも、私からの指示として元々監視していた者を追っ払ってもいたそうだな?」
「そんなことはしておりません」
「そうか。なら誰かが密かに各個人に配布しているパスワードを手にし、網膜、指紋、手の静紋の偽装をしたということか?」
百人の異星人の位置情報を常に把握する都合上、監視する人間は少数に限っていた。そのアクセス権も政府内でも上位の人間に絞り、尚且つアクセスするには三つの生体認証を同時にパスする必要がある。
映画やドラマ等で偽装する機器はあれど現実には存在はしない。
仮に出来たとしても常にパソコンのある部屋の入口には監視カメラが死角を作らないようにあるのだ。本人以外にはいることなど出来はしない。
そして映像を含めてフィルミが拉致が起きる一時間前から、成功したと思われる時間から十五分後まで出てきてもいないことを確認している。
「お前は拉致が起きる前に起きたニホン側の刺傷事件のどさくさを利用して、メロストロに情報を流したのだろう。この混乱を利用して拉致を成功させろとしてな」
「濡れ衣です! わたくしはそんなことはしていない!」
容疑を掛けられたフィルミは大声で叫ぶ。
「ならお前の仮想通貨口座に振り込まれた四億セムはどう説明する!」
ハウアーは机に置いてある書類を手にして見せつけた。
その書類には世界的に有名な仮想通貨の口座記録が記されており、そこには四億セム相当の通貨が拉致された同じ時間に入金されていた。
闇相場でニホン人一人二億セム。二人で四億だ。
送金先はペーパーカンパニーだが、諜報機関シルビーの調査能力は世界でも有数である。どれだけ経由しようと出発点を探れ、フィルミの口座に入金されたのはメロストロ合衆国だったことが分かっている。
「プライバシーの侵害です」
「王命の範囲内だ」
勅令は憲法および法律違反でも勅令監査委員会を通過すれば合法として命令を強要でき、王命は憲法及び法律の範囲内なら最優先で実行させられる。
イルリハラン法では国家に対し重大な問題が発生した時、個人情報を確認する法律がある。それを使い、ハウアーは容疑者として挙がったフィルミの情報をシルビーに調べさせたのだ。
そして関連して信じがたい新情報も出た。
「まさか反異星人活動団体のクレイムとも繋がっていたとはな! 私に毒を盛らせるように調理担当を脅して金を得ていたとは言葉を失ったぞ。ましてや効率的に巨大動物を誘導できる位置を指示してメディア交流会を妨害をしようとしていたのもな。調べはついてる」
「陛下、説明を……」
「説明は聞かん。どんな大義名分がお前の中にあろうと、していることは国家反逆罪だ。失望したよ。お前には全幅の信頼を置いていたと言うのにな!」
「違う。私は反逆などしていない」
「ニホンを他国に渡すことのどこに意義がある。ニホンがいなかった現実はないのだ。ニホンにしかない技術、文化、資源を手にし、提供し、過去に例にない発展の権利を我が国は得ているのだ。それを妨害してなんの未来が待っていると思ってるんだ!」
「ニホンに依存すればこの国は亡ぶ! 私はこの国を守るために動いたのだ! 金などいらん! 陛下、あなたはニホンに肩入れしすぎる。確かにニホンが持つ資源や技術は更なる発展が望めても、それは依存という形で表に出る。いずれはニホン無しでは経済が成り立たなくなる。それを止めたかっただけだ!」
「すでに経済は他国に依存した形態になっている。今メロストロが消失しようと、シィルヴァスが滅びても同じだ。連動して我が国だけでなく世界経済も崩壊する。ニホンに依存しようとしまいとそれは変わらん」
「ニホンは国土転移した異星国家ですぞ。いつ元の母星に戻るかも分かりませぬ。それでも言いますか!」
「ならいつニホンが戻るか言ってくれ。三日後か? 一ヶ月後か? 一年後か? 十年後か!?」
「分からないからこそ距離が必要なのです」
「その間に他国にリードされることを良しとしろと言うのか。ユーストルの共同開発も始まる。それを他国に利権を渡せとお前は言うのか」
「ニホンに利用されていることになぜ気づかないのですか! 全てニホンの思い通りに進んでいると言うのに」
「その大義があれば私を殺すのも良しとするのか!」
「それは……」
「言ったはずだ。お前の中にどんな大義名分があろうと、お前がしたことは国家への裏切りだ」
ハウアーは机へと向かい、机の裏に備えられている呼集ボタンを押す。
「陛下、お呼びでしょうか」
一秒の間もなくドアの前にいたシークレットサービスが入る。
「フィルミを連れていけ。私に対し服毒を企てたことによる国家反逆罪容疑者だ」
「はっ」
手段を問わず王に服毒をしようとすれば無条件で国家反逆罪だ。
拉致は公に出来ずとも他の件では立件が出来るため、それを口実にフィルミを逮捕させる。
「陛下、あなたは間違っている。私はあなたと、この国を想って!」
「早く連れていけ!」
フィルミは持論を叫ぶも聞き入れたくなく、シークレットサービスによって速やかに執務室から連れ出されていった。
ドアが閉められ、再び静寂が訪れる。
数秒の間を開け、部屋中に大きく響くほどの打撃音がした。
ハウアーが自らの拳で机の天板を殴打したのだ。
それも一度や二度ではなく、何度も机を全力で叩く。
天板に赤い血が広がる。
政府の中では一番に信頼していた長年連れ添った親友だった。今後死去してリクトに王権が移譲しても相談役として残ってもらえればと思っていたのが、こんな形でいなくなってしまうとは腸が煮えくり返る。
「くっ……」
無論、この結末にニホンは関係ない。
ニホンはあくまで己の都合で動いたに過ぎず、我が国も己の都合で動いた。フィルミはその都合に不服を持って悪事に手を染めたのだ。
妻よりも長い付き合いだからこそ、親友が犯罪者として連れていかれるのはつらく、だからといって罷免をするわけにはいかない。
イルリハラン王国の王として、毅然とした対処をしなければならないのだ。
「さらばだ、友よ」
せめて相談を受けるだけでなく、相談をしてくれればこの結末にはならなかったかもしれない。または気づいてあげたら防げたのだろう。
だがこの世に『もし』はなく、そんな思想に気付けず国を想うあまり選択を誤ったのが現実だ。
これを最大の教訓として次に活かす。
政治に終わりはないのだ。この命続く限り異星国家の良きところを吸収し、他国にはない発展させてリクトに受け継がせる。
しかし胸からふつふつと湧き上がる悲しみには逆らえず、ハウアーは誰もいない部屋で誰にも見せられない嗚咽をこぼした。
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