第90話 『存在しない保険』



 診断結果は全治三週間とのことだった。



 腕にはガーゼの上に包帯が巻かれ、骨折した腕のようにアームホルダーはせずに袖の中に隠せる状態にして処置は終わった。


 先端が鋭いシャーペンが長さ三センチ、深さ二センチで刺さったものの、幸い大事な血管や神経には触れなかったため、完治すれば元通り動くとのことだ。


 さすがに手首や指を動かすと痛みが走って使えないが、外見は分からないから無理に動かさなければ気づかれはしないだろう。


 血で汚れた背広とシャツは政府職員が責任もってクリーニングするとしてランドリーへと持っていかれ、代わりに持って来てもらった私服の長袖のシャツを着て医務室を後にした。



「羽熊博士」


 通路にはSPのバッジを付けたSPが一人おり、出て来たばかりの羽熊に声を掛けて来た。



「部屋まで警護をさせていただきます」


「へ? いや、別に警護の必要はありませんよ?」


「いえ、総理の指示ですので警護をさせていただきます」



 拒否権はないらしい。


 狙われたのは鍬田で羽熊が狙われたわけではないのだが、屈強なSPを返すことは出来そうにない。



「こちらです」


 そうSPは先導を始めるが、その方角に羽熊の部屋はない。


「あの、私の部屋は逆なんですけど」


「こちらです」


「行き先を言ってもらわないと動きませんよ?」



 案内や警護をするとして拉致する話はフィクションでは定番だ。SPと話すのは今回が初めてだから、羽熊は警戒心を持って訪ねた。



「佐々木総理の自室です」


「総理が?」


「治療が終わりましたら連れてくるように言われています」



 昨日なら何も思わずにしたかったかも知れないが、今では素直に聞き入れることは出来ない。果たしてこのSPの言っていることが正しいのかも不明だからだ。



「失礼を承知で言いますけど、先ほどのことで敵味方が分からなくなりました。少し離れて歩いてもいいですか?」


「はい」



 SPは表情を変えずに返事をすると歩き出し、その二メートル後ろを羽熊は歩く。


 三分ほど歩くと左右にSPが不動で立つ部屋に前に着いた。



「どうぞ。総理がお待ちです」


「どうもです」


 SPはドアをノックする。


「総理、羽熊博士をお連れしました」



 中から「どうぞ」との声が聞こえ、SPがドアを開けた。


 総理の部屋はさすがに格式が高く、一般客室の倍の広さと豪華な家具が置かれていた。応接室も兼ねていてソファー一式もあり、そこに佐々木総理が立って待っていた。


 さらに天井と床の間の空間には、てっきり住居に戻ったと思っていたエミリル王女も浮遊していた。



「羽熊博士お待ちしていました。どうぞこちらに」


 総理の座る向かいのソファーを差し、会釈をして部屋へと入った。


「腕の様子はどうですか?」


 エミリルが訪ねる。



「全治三週間だそうです。痛みはありますけど大丈夫です」


「それはよかった。どうぞかけてください」



 総理に促されて羽熊はソファーに腰かけ、総理も座る。


 エミリル王女はリーアン用の浮遊する椅子が用意されており、それに腰かけた。



「博士、この度は警備不足から怪我を負わせてしまい、申し訳ありませんでした。そして、博士が身を挺して守ったおかげで日イ関係を守ることが出来ました。内閣総理大臣として感謝します」


「わたくしからも、非公式ながらイルリハラン王国を代表して謝意を表明します」



 佐々木総理とエミリル王女は深々と頭を下げた。



「総理、王女殿下、顔を上げてください。結果としてそうだったとしても、そこまで考えてはいなかったので礼などいりません」


「いえ、最悪日イ関係が終わっていたと考えたらこれでも足りないほどです」


「お願いします。お二人に頭を下げられたら申し訳なさでいっぱいになります」



 羽熊は立場や功績は上々でも精神は庶民だ。内閣総理大臣や王女に深々と頭を下げられたらかえって不安になってしまう。


 いやいやそれでもと二人は頭を上げてもらえず、押し問答を数十秒続けてようやく顔を上げてもらえた。


 緊張から全身から汗が再びにじみ出て、額からも汗が流れ落ちる。



「それで……私を呼んだのは先ほどのことですよね?」



 テロと呼ぶべきか、事件と呼ぶべきかあいまいな有事。


 エミリル王女が非公式と言った手前、イルリハラン政府にはまだ伝えてはいないのだろう。


 そもそもエミリル王女にどれだけの権限が付与されているのか羽熊は知らない。


 エルマの話では無理やり参加したらしいから、ここにいる事態が越権行為の恐れもある。


 とはいえこの有事をイルリハラン政府が知った反応は怖いから、独自の政治的判断でいるかもしれない。



「はい。先ほど実行犯の須川に聞き取り調査をしてもらったSPから、辛うじて目的を聞いてもらえたのですが、やはり狙いはエミリル王女だったそうです」



 佐々木総理は口の前で手を組み、重い口調で予想していた目的を話した。


 やはりこれは刺傷事件ではなく、国家レベルのテロ行為と言うことだ。



「須川は一昨日の夜に、最初に狙われた鍬田さんと話をして色々と煽っていたそうなので、逆恨みからエミリル王女の前に狙ったのでしょう」


「確か日本のことわざで、不幸中の幸いと言いましたか? まさにそれが起きたというわけですね」



 もし鍬田ではなくエミリルが狙われていたら、もう日本の転落は止められない。


 羽熊や総理の首が飛ぶ程度で済むなら奇跡ともいえて、最悪で日本は完全に孤立どころかイルリハランと戦争もあり得る。



「エミリル王女、今回のことはイルリハラン政府には……」


「伝えていません。あくまでこれは〝起きなかった〟事件ですので」



 超人ハーフの真相同様、闇に葬るのが得と見たようだ。


 どうして元々は一公立大学の言語学者だったのに、露呈出来ない世界の闇を次々と知っていくのだろう。秘密を知っていると知れ渡るだけで、聞き出そうと刺客が来てしまいそうだ。



「とはいえ狙われている以上、もう観光に参加することは出来ません。明日以降は後方から見させてもらいます。元々初日から今日まで皆さんと共に行動はしないはずだったので」



 何から何までわがままで参加して、そのせいで日イ関係を壊すわけにはいかない。自責の念からエミリルは離脱を表明した。



「総理、目的は分かりましたけど動機はどうなんですか? どうして日イ関係を壊そうと?」


「錯乱状態が続いていて分かっていません。辛うじて狙いはエミリル王女と叫んだそうです」


「私は裁判沙汰は人生で一度も経験をしていないので分からないのですが、錯乱状態で叫んだ証言に証拠能力はあるのですか?」


「錯乱状態では難しいですね。強要した自白と同じでしょう。まさかミスリードを狙ってわざとそう言ったと?」


「その逆ならアリですけど、この状況ならエミリル王女……というよりは王室かリーアンを狙ったと私は思います」



 日本人同士ならわざわざここで襲う必要はない。日本に戻って油断しきった時に狙った方が確実だ。今回のエミリル王女と須川が同じバスにいるのは全くの偶然だったのだから。



「ところでどうして総理と王女以外誰もいないんですか? 国家を揺るがす事件になりかけたと言うのに」


「わたくしが止めました。出来れば信頼できる人だけで話がしたかったので」


「羽熊博士は正真正銘ゼロから国交に尽力して下さったので、国交を妨害することはまずありません。なので博士に来てもらいました」


「もしかして身内に共犯者か二人目の実行犯がいると?」


「そう思えるだけ先ほどのが杜撰過ぎるので」



 エミリル王女の言う通り、確実に目的を実行するのなら須川を陽動にして二人目が動くべきだ。それが無かったと言うことは、須川一本の策だったか、これで終わりと思わせてより大きい本命を狙うかが予想される。


 そうなると一般客より王室に近づける政府関係者を疑うのは論理的だ。


 原則一般人側は王室と接点を持つことはない。日本人からすれば予備知識の少ない異国の王室と会ったところで、心情的には異星人の一人と会ったに過ぎないからだ。


 それに王室の一員であるエミリル王女がすでに初日から今日まで観光に参加している。



「我が国は王室と国民の距離が比較的に近く、内政が安定しているので数十年で危機を感じたことはありません。ですが、わたくしは立場上そうした暗殺や工作などの教育をされています。その上で言わせてもらいますと、星が違っても今回のことはあまりにも杜撰で、計画性の無さが出ています」


「そこで今回は陽動で、本命の二人目がいるかもしれないと思ったわけですか」



 ようやく本題に入る。



「総理、前提として一つ聞きたいんですが、今イルフォルンに来ている日本人は全員反異星思想は持っていませんよね?」


 友好の証での観光なのに、反異星思想の人を連れてくることはない。


「少なくとも意図的に選んだのは外国人籍の十人の枠だけで、全員コンピュータがマイナンバーを志望者からランダムで選び、その人らのネット上での個人情報を見て選別しました」


「それってプライバシーの侵害はないんですか?」


「ネット上で調べられる範囲です。統計学的に見て、反発思想を持つ人は何らかの情報発信をしていますからね。それらを調べて安全な人を当選させました」



 異星国家首都観光に応募する人が、必ずしも好意的な人達だけとは限らない。興味本位で見たいがために応募もすれば、反異星思想を行動に移そうとするために応募をした人もいただろう。


 それらは戸籍や行政上の書類では分からない。かと言ってプライバシーの侵害をするわけにもいかないから、個人自らが公にしているネット上の声を拾い上げて判別していったのだ。


 最低でも中立ならそうした問題は起きえないが、今回起きてしまった。


 政府関係者も同様だろう。


 しかし、SNSで発信した声が個人の全てではない。



「それは政府職員も同じですよね?」


 総理は頷く。


「須川のネット上での思想は知りませんが、一年前であればそうした反抗的な考えは持ってはいませんでしたね。一般と変わりません」


「そう言えば元カノでしたかな?」


「レヴィアン問題で去年別れて数ヶ月前に会いました。復縁を狙っていたのが分かっていたので、それ以来一度も会ってもなければメッセージもしてはいません」


「普段からこうしたことはしない人ですか?」


「別れるまではしませんね。でも別れてからは、好き勝手遊んで借金まみれになったり父親の知らない子供が出来たりと、大変な生活をして悪い方に改心してましたけど」


「参加者は百人全員調べてもらったが、やはり抜けがあったか……」



 総理はうなだれる。



「人の内心を完全に把握することは出来ませんし、してしまえばディストピアになりますよ」


「政府にとってはある意味理想ですけどね」



 エミリルは苦笑して答える。ディストピアの単語を良く知っているものだ。



「そもそもSNSを一切やらない人もいますからね。ネットだけではわかりませんよ。私もSNSは一切やりませんし」



 やらないのは興味がないのと、不適切な発言をして炎上するのが怖いのがある。


「表面上は誰も日イ関係を壊そうとはしないのに、今日突然起きてしまった。それが今回限りなのか、二度目があるのか……二度目があるなら誰になるか、ですね」


 要約するとそうなる。



「……これ、単純にスケジュール変更して王室との接点を無くしてしまえばどうです? 幸いスケジュール管理をしているエミリル王女がいますから、そう難しい話ではないでしょう?」


 少なくとも銃を使ってのテロは起こりえない。出国前に検査を受けるし、警護は全面イルリハランに委任しているから、SP含めて拳銃は所持していないのだ。


「もちろん実施する予定です。幸い明日以降も貸し切りでの観光ですので、私達リーアンと会う機会は少ないです。問題と言えば監督者のリーアンですね」


「文房具を凶器に使うことに関しては、安全保障の強化として武器になりえる物は携帯禁止で対処できます」


「もし政府関係者の中に第二の刺客がいたとして、監督者のリーアンに危害を加えたらどうなるんです?」



 先ほどのは日本人同士だから、羽熊が被害届を出さないことで終わらせられた。しかし片方が変わると諸々も変わる。



「傷害罪に公務執行妨害として逮捕、起訴はありえますが、イルフォルンを含め国内で日本人を収容できる施設はラッサロンしかありません。そのラッサロンも日本大使館なので、事実上日本に引き渡すしかありませんね」



 いくら法的に日本人を逮捕できても、逮捕後の拘留が出来なければ人権問題になる。


 それは日本側にも言えて、リーアンが日本で罪を犯しても国内で拘留は出来ないのだ。



「ならもうこれ以上することはないんじゃありません? 私がここにいる意味ありますかね」



 すでに答えが出ているのなら、羽熊がここにいる必要はない。


 エミリル王女を狙った動機は気になるが、話が通じないなら調べようがないし、憶測だけなら可能性は無尽蔵だ。話をするだけ無駄だ。


 時間は十時を過ぎており、本音を言えば自室に戻りたかった。


 鍬田の部屋に行くと今朝約束をしたものの、この腕では行けそうにもない。


 と、総理と王女の顔が曇っていることに気付いた。


 テロの動機は不明、いるかもしれない二人目の対処は実施済みで羽熊が口を挟む余地はなかった。


 まさか元カレとして羽熊に真相の調査をさせようとでも言うのだろうか。随分と肩を持たれているが、刑事ドラマでもあるまいし尋問などできるはずもない。



「……なにか、私にさせたいことがあって呼びました?」


「おそらく博士は怒ると思います」


 エミリル王女がそう前置きを添えた。



「そんな前置きをするってことは心構えをしてもするんでしょうね。なら単刀直入に言ってもらえますか?」


「それは……」


「エミリル王女、私が話します」


 王女が話そうとするのを総理が遮った。



「実は今回のことを受けて、鍬田美子さんが第二の刺客ではないかと私は疑っています」



 頭の片隅にも無かった、決して信じられないことを佐々木総理は言った。


「……は?」


 大変失礼な返答ではあったが、今回ばかりは平静を保つことは出来ない。



「総理、なにを言うんですか。鍬田さんが? いやいや、ありえないでしょ」


「彼女だけが二人目の刺客の条件を満たしているんですよ。本来存在しない旅行客。緊急参加だから事前調査をしていない。羽熊博士と親しく、エミリル王女の友人。真意を悟られずに近づくにはこれ以上の人材はいません」


「ありえませんよ。ありえない。俺は彼女のことを知ってるけど、そんな国交を潰そうとなんて考えたりしない」


「博士に取り入るための演技とは考えられませんか?」


「機密に関わることは何一つ話してない。いくら俺でも最低限の分別はしてる」


「気分を害してしまったことには謝罪します。あくまで可能性の話です」


「なら可能性なだけで疑われる彼女はどうするんですか」


「あなたがそれを言いますか」



 総理に諭され、今までひたすらに『可能性』に頼って進んできたことを思い出す。



「もちろん証拠がなにもなく、無理やり二人目を出すなら鍬田美子が当てはまるだけです。私も王女も、本気で二人目とは思ってはいません」


「ならどうして俺に言うんですか。まさか気づかれないように調べろとでも?」


「確認ですが、さっきのやりとりから羽熊博士と鍬田は交際関係でいいですか?」


「付き合い始めたのは一昨日です」


「なんとタイムリーな……」


「なんですかタイムリーって」



 普段温厚な羽熊も、交際相手を刺客と疑われて平静は保てない。


「仮に一万歩譲って鍬田が刺客だとしても、もうエミリル王女と会わなければ大丈夫ではありませんか?」


 いくら刺客だったとしても、ターゲットがいなければどうしようもない。


「なにより今ここに鍬田がいるのはたくさんの偶然が重なってですよ? ここに来るのが目的ならあまりにも可能性は低くいです」



 マルターニ語修学一期生に選ばれ、羽熊と親しくなり、ある程度喋れるよう努力し、日本好きすら知らなかったエミリル王女が無理やり来て、そのエミリルと親しくなる。


 鍬田がこの船に乗るためには少なくとも五段階の条件をクリアしなければならない。


 もし鍬田の背後に須川と同じく黒幕がいるとしたら、須川以上に低確率な保険を掛けたことになる。


 低確率な保険など、最早保険ではない。



「それにもし鍬田が刺客なら、どうしてこの瞬間まで何もしないんですか? エミリル王女を狙うならもう何度もあったと思いますが」


「博士は、須川以外刺客はいないと?」


「そうは思いませんが、論理的に考えて鍬田が刺客はまずないでしょう」



 須川の行動がずさんなのは認めるが、なら二人目が鍬田なのは納得できないのだ。


 まだ他の参加しやすい政府関係者のほうが説得力が出る。


「総理、王女、まずは目的を知るのが先決では?」


 今この場で三人が延々と話をしようと予測の域を出ない。


 事実を知るには実行犯を聞くしかない。



「話ができるか分かりませんが、私が須川と話します」


「本当ですか?」



 おそらくここまでのやり取りの本音はこれを羽熊に言わせることだったのだろう。


 本職からかけ離れたことをさせられるのは癪なので、羽熊も言いたいことを言わせてもらう。



「その前に、このことを鍬田に話します」


「それは許可できません」


「日は短くとも交際相手を疑われたんです。それを隠して生活してバレたらギクシャクして最後は破局ですよ? 旅行が終わっても関係は続くんですから、気持ちははっきりさせます」



 例え総理から禁止を言い渡されても、今回は羽熊は折れる気が無かった。


 これが後に致命的な選択になろうと現時点では最善の選択だ。



「鍬田が万が一第二の刺客であれば情報を渡すのと同じです。許可できません」


「なら私に情報を渡した時点で間違ってます。日イ関係のために動いてくれると思って話したのかもしれませんが、今回は聞き入れられません」



 今まで羽熊は日本政府、強いては佐々木総理の要望に応えるように動いて来た。だから今回も同じように動いてくれると見て話したのかもしれないが、羽熊も人間だ。イエスマンではなく反論はもちろんする。



「博士……」


「分かりました。話しましょう」


 意外にも羽熊を肯定したのは、狙われたエミリル王女だった。


「エミリル王女?」


「美子にはルィル上級曹長が護衛としてついています。なら説明するだけで博士と美子の関係は守られますし、刺客だったとしても疑っていると牽制が出来てルィルの警護で身動きが取れません。確か日本ではこれを一石二鳥と言うのでしたっけ?」


「ですが闇雲に情報の漏えいをするのは……」


「立場上こうした状況への教育はあります。敢えて泳がせて大本を絶つ方法もありますね。それに証拠もないのに勝手に疑って、二人の男女の関係を壊す権利は私達にはありません」


「……エミリル王女が言うのであれば私は何も言いません。博士、無礼をお詫びします」



 総理は言い終わると立ち上がり、深々と頭を下げた。



「須川と鍬田は私が何とかします。ですので総理は他の人をお願いします」


「分かりました。お願いします」


「では参りましょう」



 とエミリル王女は座った姿勢のまま椅子から離れ、垂直のポーズになって行った。



「どこにです?」


「美子の部屋です。わたくしも同席して説明します」


「エミリル王女、それはどうかと」


「博士を混乱させたのはわたくしたちのせいですし、博士は最初から反対していたと証言もしたいですしね。それに……」


「それに?」


「美子は異星人で最初の友達ですから、疑ったまま終わりたくないのです」



 エミリル王女も口では可能性と言って疑っていても、根底では無関係であることを望んでいる。元々テロをする機会はいくらでもあったのだからいまさらだ。



「エミリル王女、安全と分かってはいますがくれぐれも注意してください」


「ご心配なく。立場上警戒はしますが美子は刺客ではありませんよ。私には分かります」



 そう言って笑顔を見せると扉の方へと無音で移動を始め、羽熊もソファーから立ち上がった。


「……総理、先ほどは取り乱してすみませんでした」


「博士の心情を考えれば当然です。謝る必要はありません」



 羽熊は佐々木総理にお辞儀をして部屋を後にした。


「――エミリル王女、一つよろしいですか?」


 SPの警護を付けずにひと気のない通路を歩くエミリル王女と羽熊。立ち止まって耳を澄ませると何一つ機械音もしない通路で、羽熊は見上げる形でエミリルに声を掛けた。



「なんでしょうか」


「つい数時間前に襲われかけたと言うのに、こんなに献身的に動いてもらえるのですか?」



 いくら王室の一員からとは言え、外交上での権限は何一つ持っていないはずだ。今回の事案は全てイルリハラン政府に丸投げして避難しても当然だと言うのに、日イ関係堅持のため政治的判断を行っている。


 日本で言えば皇室が政治的判断を独断でしているのだ。憲法違反であり越権行為である。


 エミリル王女が当てはまらないわけがなく、羽熊は疑問を訪ねた。



「もちろん、イルリハランと日本の関係を壊さないためです。国家絡みの事業で反対勢力が出るのは自然のことですし、国家として関係を反故にしないのなら防ぐのは王家として当然の判断です」


「それがご自身に危害を与えることによるものでもですか?」


「はい。無理に参加した結果で反故となっては生涯の恥となります。王室の一員として、責任は果たさなければなりません」



 じゃじゃ馬娘でありながらも芯はしっかりしており、責任感も強い。


 精神年齢では羽熊より上かも知れない。



「お強いですね」


「そんなことありませんよ。おじさまや家族に迷惑を掛けたくないからなかったことにしようとしているだけです。強いのは好きな人のために怪我を惜しまず身を捧げられる人ですよ」


「日本人として、元カレとして恥ずかしいばかりです。手を差し伸べてくれた貴国を振り払おうとするなんて」


「国民の人心を統一するのは国家の悲願であると同時に不可能です。人の数だけ考え方があるのですから、中には反対意見を持つ方もいます。今回たまたま実力行使を出来る人が近くにいたんですね」


「たまたまで日本を滅ぼされたらたまったものではありません」


「そうですね。真相を実行犯の須川から聞ければいいのですが」



 その前に鍬田だ。きっと荒れ狂うだろう。


 羽熊とエミリルは無人の通路を歩き続けた。

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