第76話『両国の年末』



 エルテミア暦二一〇年、十三月二十九日、午前九時。



 日本国、茨城県神栖市、接続地域。


 史上初である十三月を迎え、あと三日で新年となる。


 波乱の四ヶ月短縮と一ヶ月延長を何とか過ごせ、国内では着実に新年を迎える準備をしていた。



 普段なら十二月二十四日のクリスマスから正月モードへと入るのだが、今回は異例中の異例のクリスマス後からひと月丸々開けてからの正月モードだ。


 当然例年の流れとは異なるので、事業者はスケジュールの変更を余儀なくされて苦慮をしたが、なんとかここまで来た次第である。



 ただ、やっぱり世間は今を年末と思う人は多くない。


 なにせグレゴリオ暦で言えば今は九月中旬だ。ズレが大きすぎるため総務省は転移初期からエルテミア暦に移行したが、短縮した期間を蔑ろにされるとしてグレゴリオ暦を維持する人は少なくない。


 よって国民の何割かは今は九月と主張しているのだ。


 この暦のズレは地球のアジア圏では旧暦としてあるから、グレゴリオ暦を旧暦として強制をしようとはしない。


 それでも国の方針としてはエルテミア暦なので、個人はともかく社会としては年末である。



 須田駐屯地では二十三日頃から休暇が始まり、訓練など課業は控えて実家などに帰郷する隊員が出始めた。


 さすがに国防軍との絡みがない羽熊は今回初めて知ったのだが、軍人である以上一般の会社と違って全員が休むことはしない。


 全員が休んでいる間に災害や有事が起きては何も出来ないからだ。よって最低限の活動ができるように複数のグループに分けて休暇を取るらしい。


 よって新年三日前にもなると基地の人数は減り、喧騒としていた生活音も著しく少なくなった。訓練も普段の隊員がいなければ意味が薄いのでしないようだ。



 廊下を歩いても見かける隊員の数は少なく、一番人が集まる食堂も空席が目立つ。


 駐屯地を離れるのは隊員だけではない。異星の地に安全で直接立ち入れられるため来ている研究者たちも、年末年始とあって帰郷する人は大勢いた。


 研究者は隊員と違って居残る義務はなく、様々な理由で残る人以外は帰郷していった。


 多くの研究者が転移してからこれまで異地を知ろうと日夜研究漬けだったのだ。この時期に十日近く休暇を取っても誰も責めやしない。


 そして累計労働時間で一番須田駐屯地で働いているであろう羽熊は、残留組として残っていた。



「博士は実家には帰らないんですか?」


「帰ると面倒そうだからここに残りますよ」



 須田駐屯地内には自由時間に隊員たちのストレス発散のため、各娯楽道具が置いてある娯楽室がある。テレビやゲーム台に本棚が置かれ、隊員たちは自由時間であれば自由に使うことができるのだ。


 羽熊はその娯楽室の椅子に腰かけて週刊誌を読んでいて、同じく居残り組の古谷一等陸曹の質問に答えた。



「面倒って、博士ってそんなに人間関係複雑なんですか?」


「いやいや、色々と周りから声が掛かって面倒なんですよ。テレビ取材や雑誌取材とか、家族や知り合いからもここのことを聞かせてほしいって催促が凄くて」


「まだそんな催促があるんですか? 異地の関連本とか色々と出ているでしょう?」


「そう言っても私の口から話してほしいってばかりなんですよ。転移して二週間くらいなら分かりますけど、もうかなりの情報が出回ってるのに止まらないんです」



 羽熊はそう言って自分のスマホを取り出し、画面を操作して隊員に見せた。


 受話器のアイコンには三桁を軽く超えて表示され、メッセージアプリでも千を超す数字がある。



「うわ、すごい数字ですね。これ全部?」


「グループ会話もあるので全部とはいいませんけど、私へのメッセージは大抵これですね。なのでもう既読スルーどころか未読スルーしてます」



 もちろん中には異地以外のもあるが、それを探すだけで疲れたから「当分読まないし返信もしない」と一斉送信して放置している。


 電話に関しては知らない番号からが多い。調べてみたら新聞社やテレビ局で、毎日数回は着信が来る。さすがに大学や内閣府とか『仕事』関連の電話は折り返しでするのだが、数十倍でそれ以外からの電話が多かった。


 一度インタビューに答えたら済むだろうが、羽熊にとって簡単な話ではないのだ。


 医学や物理学と言った話題性の高い学問なら、メディアのインタビューは普通なので慣れっこであろう。



 だが言語学はまず注目されない地味な分野だ。今でこそ異星の言語として大注目されても、培ってきた風格は変わらない。なのでただでさえ勝手に話題になっているのにさらに話題になるのは避けたいのだ。


 ただし、これは羽熊の考えであって地味を払しょくしたい学門側からすれば千載一遇のチャンスでもあり、インタビューに答えろと言う指示も幾度と来た。


 幸い内閣官房参与と言う職に就いているからそれを理由に逃げている。



「大方政府発表とは違う情報を引き出してスクープにしたいとか、SNSに投稿して話題にしたいとかそうしたいところでしょうね」


「あるいは興味本位か……」


「元々目立ちたい性格ではないので、正直なところ放っておいてほしい所なんですよ」


「気持ちは分からなくはないですけど、博士は注目をされておかしくない功績を残してるじゃないですか。聞いてますよ? 次の春の叙勲で史上最年少で旭重の授与が決まってることも」


「ああ、そう言えばありましたね。結構前の話なので忘れてました」


「忘れたって……大変な名誉じゃないですか」


「そうなんでしょうけど、なんか実感が湧かないんですよね。すごいのは分かってるんですけど」



 旭日章の中では二番目に位の高い、民間人では大変名誉ともいえる勲章だ。


 なのに実感が薄いのは短期間での実績だからだろう。


 普通は数十年単位で尽力したからこそ度の功績が認められて授与されるものであって、数ヶ月でもらえるものではない。例えそれだけの実績をしたとしても短期間過ぎて気持ちが追いつかないのだ。


 頭で分かって心が分かってない典型だ。


 いつか心が追いついて受け付けるのだろう。



「大物っすね」


「いやいや、小物過ぎて理解できてないだけですよ」



 そう謙遜して答え、雑誌を置いて本日の新聞を伸ばす。


 と、寸前のところで取られた。



「そこが羽熊さんの良い所ですよねー。良い人過ぎ」


「……君は帰らないの? 鍬田くん」


 新聞特有の音を鳴らしながら広げる鍬田に、羽熊はため息交じりに聞いた。



「異地が目の前にあるって言うのに堅苦しい家に帰りたくありませんよ。防衛省のキャリア官僚を親に持つと人の出入りは多い上に、酒に酔ってセクハラ発言は言われるんですもん」


「大変だね。一歩間違えたらネット炎上で辞任になったりするし」


「それ前に聞いたら天下り先は豊富だから平気って言ってました。良いかどうかは知りませんけど」


「それでこの基地に残り続けてるわけ。変わってるね」


「羽熊さんに言われたくはないです」


「若いのにカウントダウンイベントとか初詣とか行かないの? 晴れ着とかさ」


「じゃあ羽熊さん一緒に行きましょうよ」


「なんでそうなんの」


「……なんか俺おジャマっぽいですね。出て行きましょうか?」


「いやいや、出てく必要はないですよ」



 ここで二人っきりになったらなおさらグイグイと来そうだ。緩衝材としてでもいてもらいたく、古谷の肩を掴んで立ち上がるのをやめさせた。


 それでも立とうとするので、掴む腕に力を込める。



「面倒事に巻き込むのは困るんすけど」


「初めて一緒に異地に出た仲じゃないか、一人にしないでくれ」


「それは雨宮さんの仕事でしょ!」


「もういないし、彼の仕事じゃないでしょ」


「俺の仕事でもねー」


「わー、散々な言われようですね、私。そこまで嫌われているとは思ってませんでした」



 白熱する二人をよそに、ほぼストレートで厄介者として言われている鍬田は俯くようにして言った。



「あ、いやそういうわけじゃ」


「いえいいんです。私昔からストレート過ぎて周りからひんしゅくを買う時があるので。裏表がないって長所と思ってるんですけど、建前と本音を使い分けないから短所とも言われるんですよね」


 ちょんちょんと古谷は羽熊の脇を肘でつつき、目で「なんとかしろ」と訴える。


「羽熊さん、ひどい裏切られ方をして別れたから、私なんてどうかなーと思ったんですけど迷惑でしたね。親の力を使って色々としちゃってもいますし、重いっていうか面倒な女ですよね」



 俯きすぎて前髪が垂れて顔が見えず、泣いているのか長袖で顔を擦る動作をする。


 ストレスを発散する娯楽室なのに、異常なほど重い空気となった。



「いやいや、別にそこまで思ってはないよ。ただなんて言うか……」



 羽熊に限らず多くの男性に共通することだろうが、女性の涙は苦手だ。


 月並みな事であっても女性の涙は男性の心に無条件でクリーンヒットしてしまう。


 比較するのは失礼だが、須川も様々な理由で泣かれた時は大抵は羽熊が折れた。



「まだまだ大変な時期なのに、女性と現を抜かすのはどうかなと思うんだ。ここにいるみんな、日本を守るためにそうしたことはしないで働いてるしね」


「仕事中はそりゃ恋愛ごとは禁止ですけど、嫁問題は割と大きくて合コンとかはむしろ推奨してます」


「え、そうなの?」


「今は転移問題とか災害出動とかで注目されて、結構女からの受けはいいんすよ。副業が禁止だから海外でよくある個人の写真集とかはないですけど、やっぱ鍛えて体格がいいから人気はありますね。一応公務員ですし」



 女性側からみれば、安定した収入に格好いい体をして、災害や任務があれば長時間家を空かす亭主。


 いわゆる『亭主が元気で留守がいい』とも取れる。



「それに羽熊さんは国防軍の一員ではないので、ここの規則を守り過ぎる必要はないですよ。まあ敷地内でヤッちゃうとさすがにマズイですけど」


「いないでしょ、そんな人」


「なんであれ、羽熊さんは今フリーなんだからいいんじゃないですか? それに条件的に鍬田さんは羽熊さんと合ってますし」



 羽熊の名声を利用しなくてもよく、キャリア官僚の娘で政治や異地にも通じている。


 若くかわいく元気ハツラツと、内外共に条件としては優良物件と言えた。



「それは……まあ、でも気持ちとして……」


「ちょうど年末年始なんですから初詣デートとかして気持ちを確認すりゃいいじゃないですか。それでも気持ちがないなら断っても納得するでしょ?」



 こくこくと俯きながら鍬田は頷き、羽熊は嘘泣きだなと察する。


 本心から言えばまんざらでもないが、そうした気分でもないのも事実だ。


 しかし三十二歳を考えればいつまでも仕事のみと言うわけにもいかない。同級生らは半数以上が結婚して子供がいたりする。


 両親からも須川と交際していた頃から言われ続け、国土転移でその熱は再燃した。


 高齢な上に国土転移で未来が分からない以上、生きている間に孫の顔を見たいのだ。


 その催促と異地のことへの質問があるから連絡は最小限となった。



「んー、でも……」


「いい加減男を見せろよ」


 優柔不断な羽熊に対して古谷はしびれを切らし、ドスの効いた声を出しながら脛を蹴られた。


「分かった。じゃあ初詣に行こうか」



「うれしいです。それじゃ神社で年越しをしたいから大晦日の夜にここを出ましょう。場所はここからですとやっぱり鹿島神社ですね近いですし。テレビの話では暦のズレからお客さんはそんな多くないって話ですから九時頃行きましょう! ああ、服装は普通でいいですよ。運転してもらいたいですし、でも私はちゃんと晴れ着を着ますから期待しててくださいね! でもここは地球と違って寒くないから普段みたいな厚着はしないほうがいいですかね。そこはちょっと残念な気もします。やっぱりあの寒さがないと年越しをした実感わかないんですよね。だから今年は人は少ないってのもあるんでしょうけど、絶対に逃げないでくださいね! では準備のために失礼します!」



 了承した瞬間俯いしていた鍬田は矢継ぎ早に話しては颯爽と娯楽室を出て行った。


 その変化の差に羽熊と古谷は沈黙してしまう。


「……さーて、俺は部屋に戻ろうかなーっと」


 羽熊は無言で立ち上がった古谷の尻を蹴った。



      *



 十三月三十一日、午後五時。



 新年をあと七時間となり、イルリハラン王国を始めフィリア各国では年末年始で大賑わいとなっていた。


 イルリハランは年末年始の四日間が祝日とされ、親せきを含め家族一同集まって年を越すのがこの国の風習だ。


 過ごした一年を労い、新たな一年の活力となるべく食事は普段より豪華となり、去る一年のことと来る一年のことを話し合う。



 住宅浮遊都市に隣接する商業浮遊都市では、盛大なカウントダウンイベントや年末年始限定のセールなどで活気あふれ、多くの人が行き来して経済を大きく回す。


 これがイルリハラン王国の年末年始だ。


 そんな活気あふれる中、首都指定浮遊都市イルフォルンの宮殿でも風習に倣ってある家系が一堂に会していた。


 宮殿の中でもその家系でしか使用することを許されない特別な会議室がある。


 イルリハラン各州の州旗が白の壁に金で描かれ、天井には国旗が面積一杯に掛かれていた。


 さすがに汚れやすい床にはなんの画はなく、イルリハラン王国内の象徴が一部屋に集まっている。


 そんな特別な会議室に集まるのは、普段は国内各地で公務に就いているイルリハラン王家だ。



 正式名として『王室総会』と呼ばれ、この年末年始と王位継承時、臨時招集のみ王家は全員一ヵ所に集まることになっている。


 王位継承権は現段階で二人しかいないが、王室そのものは三親等までであれば含まれる規定がある。よって曾祖父が国王または王位継承権があれば男系でなくても王室とされ、エルマはハウアー国王の姉が母なので王室の一員となるわけだ。


 王室の人数は国王を含め二十人。その半数以上がお目付け役など権威はあれど権力はない名誉職に就いていて、エルマなど例外はあれ全国各地で国民の目に触れる生活を送っている。



 そうすることで王室は国民と共に暮らし、企業や組織の不正を抗えない権威をもって監視して腐敗を防いでいる。


 なので普段は全国各地で暮らしている王室は会う機会は少なく、一年ぶりに集合したのだった。


 ちなみに男女比は六対十四で女性の方が多い。


 この王室総会で話し合われることはこの一年で各々が過ごした報告、王室としての来年の方針、王家として重大な決定などだ。


 ただ、今年に限っては話す内容は一つしかない。



「今日は皆よく集まってくれた。全員怪我や病気も無くて何よりだ」



 ハウアー国王の挨拶から総会は始まる。


 総会とは言え雰囲気的には一家団欒なようなものだ。


 宮殿職員もメディアも来ない完全に王室のみであるから、民衆の前にさらすような品格は一旦脱ぎ捨て、ただの人として各々話し出す。



「本当ね。特にエルマはよく無事だったと言えるわ」


 そういうのはエルマの母。ハウアー国王の姉である。


「ありがとう。様々な事案はあったけれど、こうして未知の病気に掛かることも怪我をすることもなく無事に過ごせてるよ」


 普段は敬語で話すエルマも血の繋がった家族まですることはない。砕けた口調でそう返事をした。



「今回はぜひともニホンのことについて聞きたいわ。多分みんなもそう思っているはずよ」


 うんうんと周囲は頷きを見せる。


「私たちがニホンのことを知ろうとしてもテレビやネットだけなんだもの。現地で動いてる本人から聞きたいわね。まあ言えないこともあるでしょうけど」


 王室の一員だからといって知りたいことが何でも聞けるわけではない。中には一般人程度の知識しか得られない人もいる。


 ただしこれは政治的な意味であって、日本は王室絡みではなく政治絡みなので知らない情報の方が多いのだ。



「テレビではメンタリティは似てると言うけれどそれは本当なの?」


「本当だよ。さすがに日本人以外の人とは話したことがないから国別の国民性は分からないけど、日本人で限定すればメンタリティはかなり似てる。同じともいえるくらいだね」


「でも異星人で生活圏も違うし全く違う歴史を進んで来たのに、国民性が似る事ってあるのかしら」


「なにかしら類似するのが両国であったんだと思う」



 さすがにエルマは日本の歴史を隅々まで知っているわけではない。近代史でも世界規模の大戦があったことから断片的なことしか聞いてはいなかった。


 大使として日本のことには精通しておきたいところだが、大使の業務に加えて王室としての仕事も兼ねていると、勉強までの時間を割くのは難しいのだ。


 大使となって以来、エルマの睡眠時間は五時間程度でしかない。



「エルマ、ニホン人と接していて身の危険を感じたり、差別を受けたりはしたの?」


「全然。王室や大使レベルでの待遇を毎回してもらっているよ」


「まあそれくらいしてもらわなければ困るな」


 エルマの意識では接続地域にいる日本人はみな顔見知りで友人とも思っている。だが王室の一員であり大使である以上、その肩書きに沿う待遇はされなければ、日本はイルリハランを下位に見ているとして侮辱となる。


 十分な外交経験があるからこそ、そうした侮辱を一切させずに接することが出来た。


 これが発展途上であれば、自分たちがわずかでも上に立とうとするだろう。


 成熟した先進国だからこそ相手との立ち位置を気にせず礼節を保てる。



「エルマは日本の食事を摂っているんですか?」


 聞くのはエルマから見てハトコに当たる、祖父の弟の孫のエミリルだ。歳は来年で二十歳の大学生で、王位継承権とは無縁なので学力に合った希望の大学に自力入学している。


「摂っているよ。栄養素やアレルゲンの心配もなく、日本で一般的な食事を毎日ね」


 そう答えると、エミリルは目を輝かせた。



「一体どんな味なんです!?」


「んー、味の説明は難しいな。美味しいかどうかと言えば美味しいよ。味付けは少し違うけど合わないほどじゃない」


「いいなー、日本の食べ物食べてみたいわ」


「残念だけど今のところ日本の食べ物があるのはラッサロンまでだね。いつかは日本と共同の浮遊都市を建造するから、食べるならそこだね」


「一体何年後の話をしてるの。私は今食べたいの」


 言ってエミリルはハウアー国王を見る。


「叔父様、私は日本のことをよく知りたいです。ユーストルへの入域許可を貰えませんか?」


 ユーストルに入るには国の許可が必要としている。これは王室も例外ではない。


「すまないが許可はできない」



 民間人がユーストルに入ることと、王室が入ることとは意味が全く異なる。


 アルタラン決戦を終えて政治的に安定化したとしても、無限のフォロン結晶石があるユーストルは機雷源だ。軍人であるエルマはともかく、女性王族であるエミリルが来ている時に有事が起きては大事になる。


 それだけでなく護衛や従者など最低でも十数人は移動するから、ラッサロンの負担は大きくなるだろう。来たところで日本文化に触れて帰るでは徒労もいいところだ。


 メリットが一つもない以上、許可を出すのは道理的ではない。



「理由でしたらあります」


 しかしエミリルは引き下がらない。


「いま日本をよく知っている王室は叔父様を始め四人だけ、それも男性ばかりですわ。女性側でも日本と仲のいいところを見せるのは外交上有効と思います。それに日本にも王家があるではありませんか。今回は難しくとも、両国の王家が仲良くするのはアリと私は思います」


 日本には格式で王を超える皇帝と同義の天皇が在位し、イルリハランと同じく国民から愛されている。


 その両国王家で友好関係を築ければ、今後どんな妨害があろうと繋がりが絶たれることはない。そうした意味ではエミリルの言っていることは無茶とは言えないだろう。



「それにまだ国内では日本を警戒している国民は多くいます。ムルートの進路変更もありますし、ユーストル事情もあります。なら一人でも多く日本と接点を持てば国民も安心できると言うものです」


「……で、本心は?」


「日本行きたいです」


 素直なところがエミリルの良い所だ。


 エルマは口元に手を持って行って高速で思考を回転させる。



「叔父上、日本の皇室……えーと行政で言うと宮内庁に知り合いの職員がいます。公式ではなんなので非公式で学生による交流会と言う名目での入国を打診してはどうでしょうか。日本側も我が国と交流するべく学生らが勉学に励んでいるそうですので、イルフォルン観光の前に学生交流をしては?」


「調印式の時と似た段階を進むわけか」


 まだ日本と国交を結ぶ前にもメディア関係者交流会を言う行事を前段階で行っている。


「……いや、それは来年四月から運用が開始する国境検問所が稼働してからでいい。エミリルの気持ちは理解出来るが、不必要なわがままを通せば国民からの信頼を失いかねない」


 王家の傍若無人によってクーデターが発生して滅んだ歴史は多々ある。


 エミリルの意見は些細な事でも、積み重なれば重い手枷となるのだ。


「それに世界各国から日本との会談要請が来ているんだ。これ以上日本を独占するわけにもいくまい」



 日本政府は前々から対話の扉は開けていると言い、それを時期早々と言う判断からイルリハランが止めていた。


 しかし国交が樹立し、アルタランも事実上日本を認め、開発特区を邁進するとなれば他国から会談要請が来るのは必然だ。なおかつムルートをファインプレーで切り抜けた実績もあって先進国だけでなく新興国からも会談要請が来ている。


 まだ日本はイルリハランしかチャンネルがないから、日本に直接ではなくイルリハランを経由するしかない。



「国交上両国王家の交流は不可欠だ。その時まで待て、エミリル」


「……分かりましたわ」


 国交と言う一点に於いてはエミリルの言い分は分からなくもない。だが政治と交流会のコストを絡めると性急しなければならないことではなかった。


 ハウアー国王はそれを瞬時に思案してエミリルを諭す。


「約束しよう、時期は分からないが次に行く時は必ず参加させよう」


「ありがとうございます」


「だが王室としてではなく、学生としてだ」



 王室の規定で未成年での公務は原則禁止としている。エミリルはまだ未成年で大学生だ。継承権も持たないこともあってて世間への露出も極力少なく、王室としていくよりは学生で行く方が良いと判断したのだろう。それなら警備コストも減らせる。


「ではこの話は終わって、別の日本のことを教えてもらえる?」


「いいよ。ネットでどこまで公表されているのか知らないけど、日本側から止められてないことなら」



 ちなみに日本のネットだと無制限だが止められているのは軍事兵器と核関連施設、超人ハーフ程度で、民間レベルでは特に制限はない。


 イルリハラン人であるエルマからすれば超人ハーフ以外話していいのだが、出来れば控えてほしいと言われ、日本との関係を考えて自制することにした。


 ただ、出てくる質問の全てが生活環境など文化に留まっていて、エルマはそうした気疲れをすることなくすべての質問に答えていった。


 一つ気になるのが、日本に対して興味津々であったエミリルが、総会が終わるまで一つも質問をしなかったことだ。



 もうすぐ年が明ける。

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