第77話『異星での初詣』

 決して判明することのない問題が、転移直後よりある分野から出ていた。



 人の霊魂はどこに行くかだ。


 そして神様は転移した日本列島と共に来ているのか。



 転移以前でも度々疑問視されるのだが、天国や地獄、霊界に冥界と言うものは星単位であるのか、宇宙単位であるのか問われることがある。


 フィクション上の世界ではその星単位で扱われて、他の星で死んだ霊が出てくることはない。


 合理的に考えるなら冥界も宇宙単位で広大で、冥界の地球や冥界のフィリアがあってその星で死んだ人はその星の冥界に行く。


 では惑星フィリアに転移した日本で死んだ霊魂は、地球の冥界ではなくフィリアの冥界にいくのだろうか。



 死ななければ分からない問題ゆえに答えは出ない。


 神様も同様に答えが出ることはない。当然ながら神様が人前に出て言葉を出すことはなく、いると信じるしかないからだ。


 ここで困るのが世界は一柱の神で創造されたとする唯一神を信仰する宗教だ。


 そうなると地球にいる人だけでなく、まだ判明していない何光年と離れたこの星までその神は見ていることになり、説明するにしては無理が出る。



 地球のみを創造したのであれば、フィリアに転移した日本にいる唯一神を信仰する信者は見捨てる考えとなり、創造した地球人だからどれだけ離れようと見守られているとするにはさすがに距離があるからだ。


 日本にある唯一神を信仰する宗教団体は、ここで見捨てられたとは言えないので信者からの問いかけにはあいまいな表現で逃げている。


 輪廻転生はもっとややこしい。


 星単位であれば地球で生まれて死んだら地球で新たな命として転生をする。


 ならフィリアで死んだ地球人は、リーアンとして生まれ変わるのかそれとも地球人として生まれるのかとなる。



 そう考えると宗教と言うのは実に自分勝手な概念と言えた。


 ただ、神と付かず離れずの付き合い方をする日本人からするとあまり気にしない。


 本気で神を信じているわけではなく、かと言って神社に参拝や初詣に出かけて願掛けをしたりする程度には信じたりする。


 天から神が見ていると言うよりは、土地に神がいる考えから無意識に地球に置き去りと言うよりはともに来ていると認識しているのだろう。


 それ故に年末年始の神社には人が来る。



「やっぱり少ないと言ってもたくさんいますね」


「なんやかんや言って年越しだからね。日付がズレても祝いたいんじゃないかな」



 茨城県鹿嶋市。接続地域がある神栖市の隣街にあり、神栖市ほどではないが異地から二番目に近い街として全国から注目を浴びている。


 工業の街と知られ、異地から輸入した資源の幾分かはそのまま鹿嶋市に運ばれて加工されていた。


 土地や資金など様々な理由からこうした工業は地方で操業するのだが、接続地域が地方にあるばかりに時として恩恵が巡ってくるから不可思議なものだ。


 その鹿嶋市には一つ歴史的な場所がある。


 鹿島神宮と呼ばれる関東地方では最古の神社の一つで、その歴史は初代天皇である神武天皇即位の年まで遡る由緒ある神社だ。全国にある鹿島神社の総本社でもある。


 テレビでも初詣では度々テレビ中継されるほど認知度が高く、実に六十五万人以上が参拝しに来るほどだ。



 全国でも二十位以内に入る人数である。


 事前情報として暦のズレと生活的余裕のなさから参拝客は少ないとされるが、分母が大きければ半分になろうと多いものは多い。


 駐車場はほぼ満車で、鳥居から楼門までの参道も参拝客でいっぱいだ。


 由緒ある大きい神社だけあってご利益を得て来年も頑張ろうと考えているのだろう。


 はたまた大した思いはなく、日本人として参拝をしようとしているか。考えることは人それぞれだ。


 ちなみに羽熊は初詣は行かない派である。



「全然進みませんね」


「新年まであと一時間。みんなここでカウントダウンをしたいんでしょ」



 腕時計で時間を見ると午後十一時を過ぎた頃だ。さすがに新年を前に帰る人はいない。


 風景だけを見ればテレビで見るような年末年始だが、違いは色々とある。


 一つは気温が高いことだ。


 地球時代の日本であれば気温は0℃近いが、今の気温は十二℃で昼は少し高く十四℃。これは日本が転移した場所はフィリアの赤道近くだからであり、地軸のズレが少ないことから一定した気温が保たれるのだ。



 地球の赤道と比べて木星並に巨大なフィリアの赤道の気温が低いのは、地球と太陽と比べて距離があるからである。


 よって北極と南極はマイナス百℃近く低く、当然生物も人も住んでいない。


 なので普段の真冬の服装では少し暑く、秋や春の服装で十分な暖を取ることが出来た。


 羽熊のとなりにいる鍬田も、いくらするのか見当もつかない豪華な着物を着ているが防寒としての羽織は着ていない。元々何枚も重ねるため羽織まですると暑いのだそうだ。


 その上に人との距離が二十センチも無ければその場の気温はさらに上がる。



「鍬田さん暑くない?」


「大丈夫ですよ。むしろちょうどいいくらいです」


「冬であまり寒くないって言うのも変な気分だ」


「アパレル業界とか暖房器具を売ってるところは大変ですよね。売れないんですから」


「その分雪の心配はないけどね」



 転移して以来、度々雨は降っても雪は富士山級の山々のごく一部しか降っていない。北海道でも全く降っていないのだから、雪まつりなど雪を題材としたイベントは悉く消滅した。


 半面雪のせいで行動が制限されることも、雪かきと言う労働も無くなったのは朗報だろう。


 寒さが必要な冬の作物はまた別であるが。



「あっ」



 話ながら進んでも人それぞれ進む速さは違う。よって鍬田の斜め後ろにいた人の肩が当たってよろめいてしまった。


 反射的に羽熊は鍬田の鎖骨部分に手を動かして受け止める。



「ありがとうございます」


「気を付けて。着物だけじゃなくて草履を履いてるんだから」


「やっぱり歩き辛いですね。靴の方が良かったです」


「けど、そこまで立派なのを着て靴はちょっともったいないかな」


「ですよね! こういう時は楽するよりは成りきらないとですよね!」



 またよろめき、羽熊は鍬田の腕をつかんだ。


「……羽熊さん、腕掴んでもいいですか?」


 人ごみを利用して抱き付く算段かと脳裏に過る。



「そうあからさまに嫌な顔をしないでくださいよー。いいじゃないですか十も若い女の人に抱き着かれるんですよ?」


「あからさますぎると裏があると思うんだよ」


「大丈夫です。私は直球なので」



 鍬田が嘘を言っていないのは分かっているが、完全に信頼することは出来ない。これは羽熊に限らず全ての人が抱く心理だ。


 とはいえ騒がれても困るから、右腕を広げると鍬田はそっと腕を絡めた。


 言葉とは裏腹に本当に自分を支える程度の強さだ。それでいて胸は押し付けてこない。



「……鍬田さん、いま楽しい?」


「楽しいですよ」


「そう」


「好きな人とこうして初詣に来てるんですよ? 楽しくないわけないじゃないですか」


「好きな人、ね。俺に憧れてたのは初めて会った時に聞いたけど、どうして十も年上の俺のことを?」


「初めて会った時は憧れでした。レヴィアン落下で死ぬってところで国土転移して、その後すぐに異地に出て異地語を知ろうとするって普通は出来ませんよ。でもそれを普通の仕事のようにしたじゃないですか。そういう志の強い人ってすごいなーって思ってたんです」



 それを言うなら国防軍もと言いかけてやめた。


 それとこれとは別だ。そう言って逃げるのは卑怯であり卑屈過ぎだ。



「で、会ってみたらもう顔を含めてドストライクで、あとはもう知っての通りです」



 さすがにそこまで言われて悪い気は起きない。


 むしろ照れ臭かった。


 生まれてこの方三十二年。グレゴリオ暦では半年後、エルテミア暦では三月に三十三となる羽熊は一度もストレートに好意をぶつけられたことがない。


 元カノである須川でも、それらしい空気から羽熊から告白した。


 だからそうした受け身は慣れておらず、照れくささから背中が熱くなる。



「でも返事は求めないです。いま断られたら泣いちゃいそうですし、せっかくの新年を失恋で迎えたくないです。せめて私が接続地域を離れる前くらいで返事をください」



 正直、羽熊は答えを出していない。いい子だとは思うし、言語学者で内閣官房参与である羽熊を利用する立場でもない。その背後に立つ父や関係のある国会議員と疑えば切りはないが、彼女本人で言えばないだろう。


 そうした意味では断る理由はないのだが、どうも警戒心が先に出る。


 もっと精気盛んな二十代であれば先より今を考えて即OKとしていただろうが、保身を考える今となると慎重になってしまう。


 優柔不断と言われても仕方ないが、再スタートはもう難しいのだ。であれば即決は出来ない。



「分かったよ。答えは必ず出す」


「それでいいです。なので今は楽しみます」



 言って鍬田はギュッと羽熊の腕を強く抱きしめられ、合わせて着物に隠れた胸が肘に押し付けられる。押し付けているつもりでの抱きしめだろうから、何も言わずに微動する列に身を任せた。



      *



『十、九、八、七、六、五、四、三! 二! 一! ハッピーニューイヤー! 新年おめでとう!』



 日本が惑星フィリアに国土転移してから約一六〇日が過ぎ、フィリア社会は新年を迎えた。


 しかし気温は十一月並で従来なら九月中旬なので、新年を受け入れる人としない人がいるが、そこは日本人と言うものだろう。


 イベントなど祝い事には積極的に参加する性分から、二つの暦があろうと日本はそれを祝う。


 鹿島神宮の境内には隙間なく人が集まり、一つの新年を盛大に迎えた。



「異星の新年を日本が祝うなんて夢見たいですね。漫画とか映画の世界に来たみたいです」


「日本列島ごと来たからちょっと感じにくいけどね。でも空を見たらそう思うよ」



 境内で鍬田と共に新年を迎え、周囲の空気で年越しを感じつつ空を見上げる。


 都市圏では排気ガス等によって一部の星しか見えないが、都市から少し離れると等星の低い星々も見えるようになる。


 一時期車の利用が緊急車両や物流車両限定になった頃は都市圏も空気が澄んで、一面の星空が見えたらしい。経済が復活しつつある今ではまた見えなくなったものの、地方では変わらずに夜空が良く見えた。



 見えるのは天の川であろう星々が密集した光の一帯だ。


 文字通り無数の星々が見上げれば一面に散りばめられ、美しさと同時にその途方もない距離からくる儚さを覚える。


 この無数の星々の中に、日本を照らし続けた太陽があるのだろう。


 だいぶ前に佐々木総理は会見で、暫定的にこの星の位置を太陽から四十光年離れた所と公言したが、JAXAの更なる調べで間違っていたと謝罪会見があった。


 なにせ太陽系を客観的に探さなければならず、距離も分からないから地球から見た星図とフィリアから見た星図が合わせにくいのだそうだ。


 以前の公表ではいくつかの恒星の位置が一致したから暫定的に決定したが、後に矛盾点が多く出て否定する結果となった。



 低予算ながら正確な仕事をするJAXAがしたミスとして話題になるも、炎上することはなかった。


 もっとも正確な地球の位置が分かっても、最短の恒星で四光年は掛かる。


 地球に電波を送信して返信を貰うには準備を含めても十年は掛かろう。


 転移技術の取っ掛かりを見つけた程度では、距離と方角が分かろうとさして意味はない。


 だが人々の中に希望は生まれる。


 せめて今年中に正確な地球の位置が分かれば、下を向きかねない今、多くの人が上を見て歩こうと思うのだが。



「確か日本ってロケットを打ち上げてましたよね? フィリア用の人工衛星を打ち上げたりはしないんですか? GPS用とか気象衛星とか」


「まだ難しいね。地球基準のロケットじゃフィリアの周回軌道に乗せるだけの推力が足りないみたい」


「そうなんですか」


「数年以内には打ち上げられるとは思うけど、まだ先だろうね」



 さすがに仕様の違いから日本の衛星をイルリハランのロケットで打ち上げることはできない。


 レヴィロン機関を搭載しても既存のロケットでは無理だろうから、完全新規で開発するしかないだろう。



「羽熊さん、おみくじ引きましょう」


「その前に参拝をしてからね」



 神社まで来て参拝をしないわけにはいかない。神様が共に転移してきているのか分からないが、来ていると信じているのが重要だ。


 神様の証明など永遠に出来ないのだから、いると信じて向き合うほかない。


 新年を迎えてから一時間と微動しながら拝殿へと進み、月並みのご縁があるように五円玉を賽銭箱へと投げ、鈴を鳴らして二拝二拍手一拝をする。



 これはテレビで知った驚きの情報だが、神様に願い事をする際には住所も考えるのだそうだ。


 そうでなければ願いの届け先が分からないと言う。人ではなく住所を聞くとは何とも身近な神様である。


 そして羽熊が考えることは一つ。


 去年以上に日本が危機的な状況になることなく、このフィリア社会で生きていけるように、と。


 いや、もう一つあった。


 気疲れしないように、も追加する。


 去年散々頑張ったのだ。ささやかな二つ目くらい聞いてもらいたいものだ。



「それじゃおみくじ行きましょう」


「そんなにおみくじ好きなの?」


「そりゃ今年一年の運勢を占うんだから気になりません? ここで二人そろっていい運を引ければいいじゃないですか」


「女の人は占いとかそういうの好きだね」


「好きですよ。何もわからない未来より、こんな未来があるかもしれないって分かる方がやる気が出るじゃないですか」



 事実を言ってくれるならまだしも、可能性の範囲では男の羽熊はどうも信用なれない。


 占いを楽しむ鍬田や他の女性には悪いが、裏付けのない考えにはどうにも賛同できない。


 口合わせをせずに百人の占い師が全員同じ答えを言えば別だが。


 ただ、女性が占い好きなのは分かっているし、運試しと言う言葉もあって人に運勢を言われないおみくじ自体は嫌いではない。


 それ以前に、実体のない神に参拝する時点でとやかく言う資格はない。


 羽熊と鍬田は社務所へと進み、本職かバイトの巫女にお金を渡しておみくじ箱を振るう。


 出た数字と同じ数字の書いた引き出しから一枚受け取り、二人そろって広げた。



「あ、大吉」


「吉……うれしいけど……凶よりはいいけど、吉かー」


 誰しも一番良い運勢の大吉を望むもの。それ以外を引いて鍬田は手で目を覆った。


「これも運だよ」


 大吉の総括にはこう書かれていた。



『今までの苦労は報われます。これまでの苦労を帳消しになるほどの幸が訪れ、今までの苦労を忘れさせてくれるでしょう。真実を偽らず、本心に身を委ねればその幸福は続きます。しかし、自身の活動に慢心して驕り、欲に走ればたちまち幸福は不幸へと転化するでしょう。』



「……大変だった分報われるか」


「じゃあまさに羽熊さんにとってのクジじゃないですか」


「そうなったらいいけどね」


「恋愛運は……積極的に出れば吉」


「鍬田さん、勝手に人のくじを覗かないで」


「いいじゃないですかちょっとくらい。それで積極的ですか、私相手なら積極的はどんと来いなんですけどね」


「はいはい」



 旅行:旅行中に利益に結び付くものと出会えます。


 縁談:あなたの心の奥の声に従いましょう。あまりに一方的に高ぶるとダメになる。


 争い事:心静かに状況の流れに従うのがいい。


 これらのことが何らかの啓示にならないことを祈るばかりだ。



「ちなみに私はですねー。恋愛は相手のことを冷静な目で見てみましょう。他人にやさしく、正直で素直な人ならば吉、ですって。正直な人なら吉、なんですよ」


「世の中正直な人はたくさんいると思うけど」


「いやいやいやいや、私、羽熊さんくらいしか他人にやさしくて正直な人知りませんもん。それにこれ、縁談はあなたの迷いに注意。他人の言動に迷わされず、自分で心を定めましょうですよ? これって今の気持ちに突っ走れってことじゃないですか」



 よりにもよってどうしてこのタイミングでそんな内容が出る。



「神様のお墨付きなら文句ないでしょう?」


 そう言いながら笑みを浮かべる鍬田。だが羽熊から見ると餌を前にした肉食動物に見える。



「それでこのおみくじ、結んだ方がいいんですかね」


「出た種類に関係なく結んでも持ち帰ってもいいらしいよ。大吉でも凶でも、結ぶことに意味はないんだ」



 スマホのネット情報を見ながら羽熊は答える。



「そうなんですか? てっきり凶なら少しでも良くなって、大吉ならよりよくなると思ってました」


「大事なのは出た内容を見てどう活かすかだって」


「じゃあ持って帰ってもいいんですね?」


「らしいよ」


「じゃあ記念に持って帰ろっと」


「ならお守りとか買ったら? 恋愛成就以外で」


「むしろ恋愛成就以外何買うんですか」


「健康祈願とか金運上昇とか」


「それは恋愛成就の先です」



 どう話を逸らそうと無理やりでも方向修正されてしまう。



「甘酒売ってるけど飲む?」


「飲みましょう。初詣と言ったら甘酒ですよ」



 うまく話を逸らせたかなと思う羽熊であったが、しっかりと恋愛成就のお守りを鍬田は買っていった。



「おいしいですね。やっぱりこういうところで飲むからですかね」


「場所や雰囲気で食べ物の味は変わるよ。海の家で食べるラーメンとか、縁日で食べる焼きそばとか」


「あと好きな人の隣とか?」


「……君はそう言うことよく恥じらいもなく言えるね」


「お父さんの教えでもあるんですよ。心の整理は選択をしてからしろって。不安とか心配とかは選んで実際にそうなってからしないと、ただただ気疲れするだけで何も始まらないって」


「案ずるより産むが易しね」


「なので失敗の心配は考えないで、失敗したらその時に考えようって決めたんです」


「いいんじゃない? 若いうちは取り返しのつく範囲で失敗は重ねたほうが良いし」


「だから、羽熊さんにフラれることも考えないで突き進むんです」



 目をキラキラと光らせながら鍬田は羽熊を見つめながら言う。


 この日のために化粧をしっかりとしたのか、普段よりは大人っぽく見える。



「……若いってすごいな」


 言って甘酒を飲む三十代。


「日本を救った羽熊さんが何を言ってるんですか」


「意外とね、その時はあまり気にしないんだよ。で、終わってから実感が来るんだ」


「ああ、がむしゃらってやつですね」


「または無我夢中、かな」


「じゃあ、私は羽熊さんに無我夢中ってことですね」



 何を言ってもそっちに行く。



「甘酒飲んだら帰ろうか」


「羽熊さんの家にですね」


「鍬田さん、しつこいと嫌われるよ?」


「じゃあやめます」



 素直なところは彼女の長所だ。



「……でも不思議ですよね。こうしてると今、地球じゃない他の星にいるって分からないです」


「実際、国民のほとんどは異星にいる実感はないよ。接続地域付近は目に見えるから実感するけど、他の海岸沿いじゃ海が邪魔でユーストルが見えないからね。テレビやネットくらいしか見る機会がないと実感はしにくいよ」


「私もそうでしたね。親のコネはありましたけどここに来て、初めて異星にいるんだって実感しましたから」


「でももうすぐ色々な人が実感するよ。日本の領土となったユーストルには開拓や資源採掘で人が住むようになるだろうし、イルリハラン側での大規模な掘削作業もするだろうしね」


「でもいくら日本領って言っても、海やフォロン有効圏みたいな物理的な区切りはないじゃないですか。拉致とかテロとか起きるんじゃありません? 空に連れ去られたらどうしようもありませんよ」


「もちろん治安の確立が見込めたらだろうね」



 さすがに今の日本の状況で、対空治安は確立できない。今年中に日本製レヴィロン機関が出来れば何とかと言ったところだろう。


 日本の各企業もユーストル進出は自社だけでなく日本経済の命運を握っていることは分かっているから、昭和の高度経済成長期ばりに色々なものを作り出すかもしれない。



「その先駆けってわけではないでしょうけど、今度イルリハランの首都に行くんですよね」


「官民揃っては多分史上初だろうけど」


「なんか史上初が連発しすぎてレア感ないですね」


「まあね。さすがにこればかりはコネを使っても鍬田さんが来るのは難しいかな?」


「はい。そこは素直に応募します。あ、でもでも配偶者がいれば同行できるみたいですよ?」


「それじゃ帰ろうっか」


「ああん、冗談なんですからノッてくださいよー」


「あの、すみません」



 お互いに甘酒は無くなり、そろそろ帰る頃合いのところで声が掛けられた。


 顔を鍬田から声のする方向に向けると、いるのば神社いにいるには不釣り合いな背広を着た男だった。



「突然ですみません。私はこういう者なのですが、言語学者の羽熊洋一博士でしょうか」


「ええ、そうですが……」



 突然現れた男は、羽熊が反応をするよりも前に一枚の名刺を手渡してきた。


 名刺には衆議院国会議員、友和党、村田一郎と書かれている。


 あの頭がお花畑で、政府批判しかしない口だけ野党議員だ。


 国会議員と見て、羽熊は村田の背広を見ると確かに国会議員バッジを左胸に付けていた。



「お時間は取らせませ」


「お断りします」


 言い切らせる前に羽熊は両断する。


「あの」


「今日は見ての通り年末年始の休暇中なので、仕事がらみの話は受け付けていません。もし話があれば正式なルートでお願いします」


「以前話を通そうとしたら多忙を理由に断られたので」



 国会議員の権力は知らないが、フィクションを見る限りではごり押しでもアポは取れても不思議ではない。それでも出来ないのであれば政府側が止めているのだろう。



「ええ、そうですね。睡眠時間も数時間しか取ってません」


「なので今お話をしたいんです」


「なんであなたが私の行き先を知っているのか時間が掛かりそうなので聞きませんが、あなたはその多忙の中でようやくの休暇、それも新年を迎えた直後で政治かなんかの話を突然してきてるんですよ? 非常識にもほどがあると思うのは私だけですか?」


「それは分かっています」


「なら後日に正規のルートでお願いします。今は異地関係で深刻な事が起きなければどんな仕事もしませんので」



 こうした話が来るから駐屯地の外に出たくないのだ。


 羽熊は甘酒の入っていた紙コップを握りしめて近くにあるごみ袋へと捨て、鍬田の手を握って立ち上がらせた。



「では失礼します。さ、帰ろうっか」


「え、あ、はい」



 今は言語学者でも内閣官房参与でもなく、一個人の羽熊として来ているのだ。


 仕事に関わる話は一切するつもりはない。


 羽熊は村田議員の話を聞くことなく、帰路に付く参拝客の流れに乗った。



「……羽熊さん、そのごめんなさい。私が無理に頼んだから……」


「鍬田さんのせいじゃないよ。時と場所を無視した向こうが悪いんだ。それになんだかんだ言って初詣楽しかったしね」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


「だからと言って良いムードを作るつもりはないけど。さ、帰って寝ようか」


「チッ、ここまで来たら一気に行くもんでしょ。ヘタレ」


「ヘタレで結構」


「まあいいです。手、握ってくれてますし」



 そう言えばさっきから手を握りしめたままだった。


 しかし、咄嗟に手を放すことなく参道を歩き続けた。



「……見てろよ」


 そんな羽熊達を、村田議員は睨みつけながら呟いた。

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