第59話『アルタラン決戦⑤ 敵と悪の違い』
「突然の異星人の案に乗せられるとは……史上稀に見る愚かな判断だ。先人たちはさぞ嘆くだろうな」
さっそくウィスラー大統領は嫌味を言い出した。
「ウィスラー大統領、あなたの案が通らなかったからと僻みはしないでもらおう。この判断はリスクとリターンとそれぞれを各国が考えた末のものだ」
「だから愚かな判断と言ったのだ。お前たちは自らリーアンと言う種の絶滅を選んだのだ」
「それはあまりにも先走り過ぎです。そもそも、隔離案でも完全なハーフ防止には繋がりません。意思に反して封じ込めるだけで、根源的な解決には至ってません」
「封じ込めている間により効果的な案を考えればいい」
「ならば特区案でも同じことだ。法規制、不妊手術以外にハーフ発生防止を考えても問題ない」
「ハーフの有効性を知れば至る所から異星人を狙ってくる。開発特区だと? 人が増えれば管理が行き届かなくなる。そうなれば拉致されても気づかれないぞ。逆にフォロンのない奴らの国に押し込めておけば、立ち入られないから拉致の心配はない」
地球でも人の不法入国を完全に防止することは不可能だ。
それをするなら人類全員に小型発信器を取り付け、衛星か地上センサーで監視しないといけない。人権が絡むのとコストが膨大であるためまず出来ず、同じようなことをユーストル限定とはいえ出来はしないだろう。
「……それは今日決めなければならない事か? 少なくともハーフが生まれる可能性は何年も先だ。焦ることはない」
リクト国王代理が反論する。
法など外部的規制に関係なく、異星人同士すぐにくっつく可能性は著しく低い。
外見の違いや天地生活圏の違い、言葉の違いと地球の外国人と交際するのとはわけが違う。
特殊な環境化だった日イ両軍は別として、市民同士が出会ったとしても肉体関係に至るまでは何年と掛かるだろう。
いくらハーフは皆天才であることがいずれ知られるとしても、生まれない限り知りようがないのだから対処に用いる時間はたっぷりある。
種の絶滅にしても五百年後や千年後の話だ。
「リクト国王代理、貴殿は一部とはいえ隔離案に賛同していたはずだ。華麗な手のひら返しだに感服するよ」
「私が懸念していたことの全てが特区案では解消される。解消されるならば反対をする意味はないのでな。私は特区案を支持する」
リクト国王代理は時間と国際関係を念頭に国交条約を中断した。
この特区案は時間も国際関係もフォロン採掘も限りなく円満に出来る。
粗はあるし、各国の利益のため始まるまで時間は掛かるだろうが、一番平和的な争いはこれしかない。
ここに来てリクト国王代理が日本側に付いたのは僥倖だ。
一時は日本とラッサロンのみだったけれど、特区案によってイルリハランもアルタランも味方に来てくれた。
あとは一番厄介なレーゲンだけだ。
「残念だ。非常に残念だ。ではこちらも先ほど宣言した通り、リーアンを守るためユーストルに進軍する」
この場に安保理メンバーがいても、今は委員会としてだから別途で安保理を開いて答えを出すだろう。だがすぐに答えが出るわけではないから、その間にユーストルの戦火は拡大を続けるだろう。
何としても宣戦布告をこの場で撤回させなければならない。
「それは果たしてリーアンを守るためでしょうか?」
ウィスラー大統領は会談がまだ途中なのに退室しようと動き、それを止めるように佐々木総理が口を開いた。
ウィスラー大統領は睨みつけるように佐々木総理を見る。
「ウィスラー大統領、先ほどあなたは委員会が特区案を選択した時、愚かな判断と申しましたが、あなたのその宣戦布告は素晴らしい判断と言えるのですかな?」
「なんだと?」
「史上初である異星国家を滅ぼし、放射性物質でユーストル全域を死の大地に仕立て、無尽蔵の結晶フォロンの採掘する機会を数万年後にまで引き延ばす。その引き換えにハーフと言うコントロールが可能な事案の抑止では、釣り合わないと思いませんか?」
「リーアンが絶滅するか、ハーフによって管理を受けられるよりはマシだと思うがね。皆さんはどうだ? グイボラを絶滅にまで追い込んだ誇るべき人種が、異星人が来なければ生まれなかった新人種によって動物のように管理されることを受け入れられるのか?」
「その結果、十年で三十年分は発展できるはずが三十年停滞を余儀なくされる。まだあなたしかいないハーフを恐れてです」
「私が恐れの象徴だ。私は自力でこの地位に就いた。いや、就けてしまうのだ。他の国々でもハーフが生まれ、適切な教育を受ければトップになることは不可能ではない。私はリーアンであることに誇りを持っている。大統領と言う地位に成ろうと、ハーフとして動いたことも動こうとも思ったことはない。だがな、他の元首となったハーフはどちらにつく? リーアンか? ニホンか? ハーフか? 何にせよ、国のトップがハーフになれば大変危険だ」
「ハーフであるあなたが言えば説得力はありましょうが、すでにハーフの存在は世界が知りました。外見的特徴も後に公表すれば、少なくともハーフが秘密裏に国家元首に立つのは困難でしょう」
外見的特徴の公表の際、ウィスラーも特徴に当てはまるため噂は立つだろうが、経歴を聞くと頭は病気で脚は軍に従事ていた時に欠損したと記してある。
ハーフと公表しても天才性は伏せるから、偽証でも嘘と言えばそれで沈静化するだろう。
いまさら偽証罪は恐れられない。ウィスラーがハーフであることは次世代に引き継がせるわけにもいかないのだ。
最大級の秘密を闇に葬るのだから、それくらいの覚悟を全員がしている。
「ウィスラー大統領、仮にあなたの大義が成されたとして、その次の世代はどうします? 史上最大の大鉱脈である結晶フォロンを自らの国の大統領が、国民の同意なく軍を動かして数万年に渡り立ち入り禁止にする。各国から責任を追及されるでしょう。特にイルリハランからは天文学的な賠償を求められるでしょうね。それではあなたを信じて大統領にした国民が報われません」
レーゲン軍はアメリカ軍海兵隊のように大統領直属で、閣議や議会の承認を無視して全軍を動かすことが出来る。
迅速な行動が出来る反面、第三者による抑止力が働かない。そして大統領の判断でも責任は国にと不公平さが目立つ。
つまり、一人の身勝手な判断が国全体に影響するのだ。
他国の領土にして最大の価値を持つユーストルを立ち入り禁止にさせれば、歴史的な賠償金が発生するだろう。
「大統領、国は貴方の代で終わることはありません。次も、その次も続くのです。あなたに子孫はいませんが、レーゲン共和国には八千万人もの国民がいるのです。その国民たちの子孫に負の遺産を残すのですか?」
日本も第二次大戦で負の遺産を抱えて現代まで続いて来た。
戦争責任の重さは十分すぎるほどに理解している。
「その子孫が根絶やしにされるのだ。多少の重荷は背負うべきだ」
フッ、と佐々木総理は笑う。
「多少、ですか。ウィスラー大統領、私は貴国の歴史を深く知りませんのでお聞きしますが、貴国は過去に戦争で敗戦したことは? いえ、国家総力戦で敗北したことは?」
「我が国に敗北などない」
「ササキ首相、我々の歴史では国家の総力を挙げた戦争は一度も発生していない」
モーロット議長が補足する。
国家総力戦、地球では第一と第二次世界大戦が相当する。
「我が国は七十年以上前の国家総力戦で敗戦し、転移する直前まで影響は続いてきました。禍根は七十年以上経とうと根強く残り、国民の尽力もあって賠償は解決しても問題は解決しきれず、国民には大きな負担を掛けてきました。ウィスラー大統領、ユーストルに進軍をすれば間違いなく、七十年どころではなく、数百年から千年以上と続く禍根を国際社会に残すことになります。ハーフの脅威はありますが、自国を千年後まで苦しませる選択を下しているのです」
日本はまさに苦い経験を続けてきた。だからこそその言葉には重みが出て、その重みを伝えられるように羽熊は必死に表現をする。
「私がわざわざ言わなくても、もうそうした未来しかないことは予測出来ているはずです。そしてそれだけのことをしたところで日本人を全滅させる確証もありません。大勢亡くなるでしょうが、少なからず生き残ります」
放射能は確かに人体を貪って死に至らしめるが、必ずではない。
原発を何基も破壊されて放射性物質が撒かれれば、大量死は確実でも生き残りは出るだろう。人は脆弱だが時としてゴキブリ並みの生命力を発揮する。
そうなると日本人を管理することが困難となり、今以上に拉致などの危険性が増してハーフ発生もありえてくる。
「これは何度も言っていますが、戦争は最も簡単に始められ、最も簡単に終わらせられません」
佐々木総理の明言が出た。
「さてウィスラー大統領、これでも自分に大義があり、正しい判断と胸を張って世界に言えますか?」
「……」
さすがに反論の言葉が見つからないのか、ウィスラーは何も言わない。
もしウィスラーが絵に書いた小悪党の『悪役』なら国民や国を軽視し、佐々木総理の言葉も無視して軍を動かすだろう。
逆に心の底から強い決意を抱いた『敵役』で、羽熊達が想像するような人物であるならばそうはならない。
相手に対して『悪人である悪役』と『対立する敵役』は違う。
ウィスラーは日本にとって立ちふさがる人ではあっても、悪意を振りまいてはいない。
日本委員会も日本にとって対立こそしても悪意はない。
今この場に敵はいても悪は一人もいないのだ。
佐々木総理はそこを狙ってウィスラー大統領を説得する。
羽熊はウィスラーの手を見ると、図星を突かれたからか、怒りをこらえているのか、握り拳を作って小刻みに震えていた。
ここで追い打ちをかけると暴走しかねない。追い込まれた人は正しい判断より間違った判断をしがちだ。
「……大統領、星も歴史も違いますが、あなたほどの指導者を私の星の社会でも見ることはありません。大変素晴らしい方と認識しています」
羽熊は訳しながら一体何をと佐々木総理を見る。
「あなたの生い立ちは我々の理解を越えた壮絶なものだったでしょう。生まれてから今回に至るまで、どれだけ信用できるとしても秘密を言うことが出来ず、リーアンの未来のために人であれば自然に抱く恋愛感情を抑え込み、その天才的な心身を持てば億万長者になることも不可能ではなかったはずです。ですが、あなたは誰もが羨む生活を望まなかった。大統領と言う国を率いる苦難の道に身を投じ、秘密裏にハーフの対処を引き継いだ。まさか前大統領もハーフが大統領になろうとは予想だにしなかったと思いますが」
ハーフの資料によれば、研究施設の墜落直後からユーストルの実効支配を隠れ蓑にしてハーフ調査を開始している。それが現在にまで続いているから、最低でもハーフだけは政府内では知られているはずだ。
ならば外見的特徴の合うウィスラーが大統領になればもしやと思ってもおかしくない。
ただ、まさかハーフが大統領として当選するとは当時の政府も想像すらしていないか、偽証で巧妙にかわしたかだろう。
「あなたは国を率いながらご自身でもあるハーフ発生防止に尽力した。そうした指導者は早々にお見えはしません」
「説得の次は褒め言葉か。芸が薄いな」
「欲のないあなたには心に訴える以外にありませんからね」
気のせいか、ウィスラーの声質が明るくなったような気がする。
「大統領、私は本心として日本人を絶滅させる意思はないと感じています」
そう話すと会場内がざわつく。
宣戦布告と言っていることが逆なのだから同然だ。
「なぜそう感じる」
「日本とユーストルを可能な限り残す意思があるからです。ウィスラー大統領は、我が国が転移した瞬間からあなたの父の星から来たのだと察したでしょう。そして断固としてハーフ発生を防ぐ意思があるのであれば、初動は情報収集に費やしたとしても多国籍軍で進軍した際に全軍投入してもおかしくはなかったはずです。我が国が国家として認められたところで、慣習を無視する理由はあなたにはあった」
佐々木総理の言う通り、絶対な殲滅を願うならラッサロンと多国籍軍が戦っている時に援軍を出さない理由がない。バスタトリア砲の使用もハードルは低かったはずだ。
「隔離案も同じです。不平等ではあっても不当に国民を滅ぼす内容ではない。あなたはハーフ発生を防止しつつ、その発生源の保護をしようと動いています。大統領、先ほどおっしゃった宣戦布告、本当に本心ですか?」
言われてみれば総理の言う通りだ。
ハーフ防止を狙うなら、ハーフと言う考えが世に出る前に攻める方がリスクが低い。
「……」
「これらは転移してから今日までの経験による想像です。どこまでが真実なのかは大統領しか知らない事ですが、偵察初日から今日までで私はそう感じました」
一言で言えば矛盾。
しかしどんな真実があろうと、その行動こそが事実だ。
口では殲滅としても、行動だけを見ると必ずしも殲滅を願っているとは思えない。
リーアン側のハーフであっても、少なからず父の母星への想いとこの星の発展を考えてこうなったと信じたい。
「さすがは向こうで先進国をしていると主張するだけあるか。良い洞察力だ」
暗にウィスラーは佐々木総理の感想を認めた。
「そう言えばササキ首相、先ほど貴殿は私は一人ではないと言っていたが、それはどういう意味かな? まさか、片割れの血であるチキュウ人が来たからとでも言うつもりか」
羽熊が思ったことと同じことを言われた。
「ご両親は他界して結婚も子供もいない。まさに天涯孤独のあなたですがいるじゃないですか。私利はあっても、あなたの覚悟と決意を受け入れて隔離案を推し進めた日本委員会の方々、そしてあなたを大統領として支持するレーゲン国民ですよ」
血筋では天涯孤独だけれど、心までは一人ではない。佐々木総理はそう言いたいのだ。
「大統領、レーゲン共和国の大統領は同じ人が就けるのは累計で十五年らしいですが、いま何年目ですか?」
「十三年目だ」
「十三年と長い在任期間を過ごされていると言うことは、それだけ国民に支持を受けていると言う証明です。もちろん、そうした裏工作がないとは限りませんが、それでは隔離案を日本委員会が支持するのも不自然なことです。力をなによりとする国是であっても、大統領と言う権威だけでここまではこれません。大なり小なり、貴方を信頼して支えられているからここにいるのではありませんか?」
地球の歴史でも、支持なき国家元首は信用されないことが大半だ。
例え強権を使って国民の支持を得ようとその強権は国外までは作用しない。
だから十三年と長時間大統領をし、一時とはいえ日本とイルリハラン以外の日本委員会の同意を得たウィスラー大統領個人は信じられると言えるのだ。
あくまでこれは見方の問題だが、支えられずに今こうしていることは出来ない。
仕事として、友人として、市民として、同じ目的として、利害として、何らかの形で多くの人がウィスラーと関わっている。
一人ではないとはそうした意味としてだ。
「……フン、よくもまあそんなきれいごとを並べられる」
「客観的な感想ですよ」
言って佐々木総理は微笑む。
ハーフとしてのカードは使えないし、保身や利益を求めないから脅しも利かないだろう。
反撃を覚悟した上で宣戦布告をしているのだから核兵器も無意味だ。
もう日本としては情に訴えるしかない。
「ウィスラー大統領、新参者にして原因である我々が言うのは頭が高いことですが、これは個人の問題ではなく世界の問題です。あなた一人が抱えることではないでしょう?」
訳していて思う。これは原因側が言うべきことではない。
他の委員会も思っているはずだ。
「貴方は十分努力した。もう、その努力を特区案で周囲に負担させてはいかがですか?」
「今日初めて会ってそんなことを言わされるとはな。初めての経験だ」
「それはこちらも同じです。長年政治家をしていますが転移してから今日まで、初めての事ばかりです」
だんだんと雰囲気は和やかな状態へとなっていく。
このまま無事に宣戦布告を撤回に持っていけるだろうか。
「ウィスラー大統領、どうか宣戦布告の撤回を」
「……モーロット議長、あくまでニホンの案を受け入れるのか?」
「細かい調整に何年と掛かるだろうが、ハーフの管理と経済発展は隔離より特区のほうがわだかまりは少ない。ウィスラー大統領、あなたの心を理解するのは到底出来ることではないが、単純に考えれば比べるまでないだろう? どちらが人が死なないか」
「すぐ目の前の被害と、リーアンの存続と比べてか?」
「時間的猶予が同じなら別だが、少なくとも五年から十年は猶予がある。つい数時間前までは特区案すらなかったのだ。半年、一年後にはより平和的な案が出ることも十分あり得る。ウィスラー大統領、任期の間にこの問題を終わらせたいところ、少し時間を貰えないか?」
誰もが戦争を望んではいない。争わずに終わらせられる方法が出た以上、アルタランもその方法を汲もうと動く。
「今ここでユーストルを戦場とすれば、ニホンが今言ったようにレーゲン共和国はグイボラに次ぐ世界の敵として認識され、どれだけ償おうと迫害を受け続ける。大統領、ハーフでありながらもリーアンの思想で、レーゲンに住む国民を想うのであれば考え直すべきだ。例えニホン発の案でなくても我々は意見を変えただろう」
「…………」
ウィスラーは腕を組み、瞳を閉じた。
会議場は静かになり、三十秒ほどして目を開けた。
「いいだろう。そこまで言うのであれば先の宣戦布告は撤回する」
撤回の言葉を聞いて、委員たちからは安堵の声が出る。佐々木総理も羽熊も胸をなでおろした。
「しかし」
間を置かずにウィスラーは逆接を言って、再び緊張が満ちる。
「一つ条件がある」
人差し指を上げて、言った。
「レーゲン共和国は、宣戦布告の撤回の条件として、チキュウの最強の兵器である、核の完全撤廃を求める」
「っ!?」
説得によって日本に向かって流れが変わり、ようやく終わりが見えたところで一発逆転を図られた。
これで世界対レーゲンから、世界対日本に逆戻りとなる。
さすがと言ったところか、何というファインプレーだ。
日本委員会は全員、佐々木総理と羽熊を見た。
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