第51話『超国際会議(中篇)』



 超国際会議は混迷を極める。



 許諾するはずのない、先進にして異星国家である日本の武装解除要求。



 日本の核兵器保有宣言。



 リクト国王代理によるラッサロン天空基地撤収命令。



 その命令に呼応する形で、ハウアー国王発の勅令によりラッサロン天空基地指揮系統独立。



 一時間にも満たない会議の中でその内容は目まぐるしく変わり、どう着地をするのか分からなくなっていく。


 さらにアルタランの農奴政策も控え、会議は一切収拾のつかない事態になりかねない。


 しかし、羽熊はその先を考えていた。


 農奴政策に進めるためにはアルタランはある一言を出さねばならず、出た瞬間仮説は仮説ではなくなり、一気に主導権を握るどころか核兵器をも上回る政治的カードとして利用することができる。



 どういう形で出すかは不透明であるが、羽熊が思い付いた仮説は一つに集中する。


 もし仮説以外であれば致命打は与えづらくなるが、思いもよらないラッサロン指揮系統独立が援護射撃となって仮説が正しくなくても日本側に傾きだす。


 ただ、この仮説が外れてしまうと政治的決着が対話から戦争へと向かってしまう。



 しかもハウアー国王の勅令に従ってであるが、ある意味異星人に寝返るのだ。日本以上にラッサロンの立場が危うくなるだろう。


 もちろんこのことについては何一つ日本は知らされていないから、事が終わった後に責任を追及されても困るが。



「ハウアー国王は条件が揃った時にある勅令が発動するよう準備をしていました。最後の条件であったラッサロンの撤退を公の場で発言をするが、いま果たされたためラッサロン浮遊基地の指揮権は防務省、最高指揮官から限定的に私に移りました。もちろん永続的ではなく、ハウアー国王の復帰か、イルリハランと日本の国交条約が結ばれそれを遵守する時、私の意思に関係なく指揮権は元に戻ります」



 エルマは書類をリクト国王代理に手渡す。おそらく勅令の書類だろう。


 それをリクト国王代理は目を通す。定番であればグシャと書類を握りつぶしてしまうが、法的拘束力のある正規の勅令の書類であればそうはいかない。


 仮にも王位を務め、服毒に一切関与していないならしないはずだ。



「確かにラッサロン独立の勅令は事実だ。勅令である以上、私も従うしかないな」


 リクト国王代理は身勝手なフリをしながらも一応筋は通している。


 勅令が正規の手順を踏んでいる以上、それは飲まざるを得ない。



「で、エルマ、ラッサロンを手に入れてどうする。この会議の場で指揮権離脱してニホンの味方をしようものなら、世界から敵視されるぞ」


「ハウアー国王はその覚悟を持って指揮権移譲の勅令を出しました。私がこの話を聞いたのは勅令を出した後であり、勅令に関しては一切関わってはいません。私はハウアー国王の意思を尊重し、日本とは対立姿勢ではなく友好関係のまま進展していきたいと考えます」


「ニホンが牙を向けたらどうする」



「その時はラッサロンの全戦力が日本に向かうでしょう。申し上げておきますが、ハウアー国王も私も日本に心を売ってはいません。先進国レベルに達し、立ち入り困難である日本への武力行使は得策とは言えず、互いに痛みを負うより互いに理解しあった方がよいと言う判断です」



「エルマ大使、今は全ての前提を抜きにして話させてもらうが、安保理としてもラッサロンの独立は看過できない。それはつまりラッサロンは大使の私設軍となり、国の統制は一切ないことになる。先進国の常備軍、それも主力基地全てが私設軍になればニホンに匹敵する脅威だ」



「そこをハウアー国王は考えたのでしょう。どんな事情であれ、リクト国王代理が政権を握ればここラッサロンを撤収させる恐れが出る。けれど撤収してしまえば日本の行動は未知数です。現に日本は核兵器の存在を明らかにしました。ここで日本だけを攻めれば、自国を守るために自滅覚悟の行動を起こしかねない。それを止めるためにもラッサロンを残さなければならないと考えたのです」



 日本とラッサロンがいれば、軍事面で言えば強大と言えるだろう。連携の訓練をすれば掛け算に出来ただろうが、していなくても足し算にはなる。



「まず誤解から解いていきましょう。このラッサロンの最高指揮権は私にありますが、それを私的な利用をする意思はありません。すでにホルサー司令官には、イルリハラン軍として常軌を逸した命令であれば幹部数名による合議制により棄却するよう指示もだしています」



 個人が大権を持てば暴走しがちになる。現にリクト国王代理も、王権を利用してスムーズな流れをかき乱したから、それを踏まえればアルタランが警戒するのは当然だ。


 しかしエルマも見抜いているようで、抑止力はしっかりと用意している。



「私にラッサロンの指揮権が移った目的は一つです。イルリハランと日本、アルタラン含む全世界の利益になるよう導く抑止力とすること。日本はともかく、私は世界に宣戦布告する意思はありません」


「……抑止力か。会議の最初に戻るな」


「だからこそお互いに軍を持ち、お互いに被害を受けるから、お互いに攻撃をしない状況となります」



 それが抑止力。



「そうそう、抑止力ついでに言わせていただきますが、先の国際部隊との戦闘の援護のため応援に駆け付けた、バスタトリア砲搭載特務艦を旗艦とする艦隊はそのままラッサロンに編入されています。よってバスタトリア砲も私の指揮下にあります」



 まるで簡単なことを言い忘れたことを伝えるかのように、とんでもないことをエルマはさらっと言った。


 その衝撃は十分前のラッサロン独立宣言よりもはるかに大きく、会議場全体が騒然となった。


 当然だ。核兵器同様使えない兵器が、国ではなく個人が管理しているのだ。政府や国際関係と言う縛りを抜け出して自在に使えてしまうかもしれないのなら、安保理として動くには十分な理由となる。


 日本側も唐突な秘密兵器の宣言に唖然としてしまった。



「エルマ大使」


 騒然となる会議室。その中でモーロットはエルマを見据えて問う。


「ラッサロン浮遊基地の指揮権移譲も十分脅威だが、バスタトリア砲搭載特務艦の指揮も可能となれば、話は無条件で安保理へと引き上げられる」



 こればかりは日本も同意だ。


 最強の兵器が安易に使用可能となれば国際社会が受ける衝撃は甚大だ。


 エルマが安易に使用命令を出すとは思えないし、言っていることが正しければ基地の幹部が止める。しかしそれを踏まえても安保理が動くには十分だ。


 ましてや日本とラッサロン、核兵器とバスタトリア砲両方が使えるならば、アルタランの世界軍に限らず世界中の軍隊が協力して動く恐れも出る。


 つまり世界大戦に発展してしまう。



「ラッサロン浮遊基地、そしてバスタトリア砲搭載特務艦。イルリハラン王室であり全権大使であろうと、指揮官として容認することをアルタラン安保理は出来ない。即刻イルリハラン政府に指揮権を戻すことを要求する」


「もちろん指揮権を政府に戻す意思はあります。この指揮権独立は対話を促すための苦肉の策ですので、いつまでも独立し続ける気持ちはありません」



「話は指揮権を戻してからだ」


「それではまた会議の最初に戻りますね。異星人と言う立場を利用して日本に武装放棄を求め、丸裸にして一切の抵抗力を奪う。武力放棄の対価として安全を保障するとしても、保証に掛かる経費はどこが出すんですか?」



 安全保障と言うのは簡単だが、その維持には莫大な費用が掛かる。日本の安全保障は国防軍だけでなく経済でも関与していて、極論を言えば一般会計がそのまま安全保障と関わる。


 レヴィアン問題が起きる前の日本の一般経費は百兆円前後。あくまで極論で、防衛費に限っても五兆円以上は掛かる。



 アルタランが日本の安全保障を肩代わりするとしても、どの範囲までを保証するのかは分からない。自国で賄える保証を世界が担うのだから出し惜しみはするだろうし、出したとしても何十分の一か何百分の一だ。


 日本もラッサロンも、次にアルタランが言うことは分かっている。



「ニホンの安全保障費用は、割譲されたニホン領ユーストルで採取されたフォロン結晶石で賄う」


 分かりやすく例えれば、日本は芸をして金を作れるペットでアルタランはその飼い主。ペットが稼いだ金を飼い主が搾取して代わりに世話をしてやると言うようなものだ。


 事実上の農奴政策となる。


 ついにこの騒動の核心をモーロットは明言した。



「モーロット議長、我が国が自分で賄える防衛手段を自ら放棄してアルタランに任せ、その費用を自分で捻出せよ、と受け取ってよろしいですかな?」


「一国の安全保障に掛かる費用をアルタラン加盟国から用意することは難しい。だが現ニホン領には膨大なフォロン結晶石がある。今後採掘が安定して価額が安くなるとはいえ、費用に用いるには十分だろう」



 これをアルタランの安全保障理事会の議長が言うのだから、呆れを通り越して笑いが来る。



「それを我が国が受け入れると? 二百年の歴史を誇るアルタランが、そんな不条理の条件を異星国家とはいえ先進国家が受け入れると本気でお思いか? もしそうであるならば、この社会に於ける国際組織の認識を大幅に低く見なければなりません。歴史が違う以上、同じ基準で見るわけにはいきませんが、我が母星の国連でもそんな判断はしませんね」


「……まあ受け入れないだろうな」



 さすがに理不尽な要求をアルタランも飲むとは思っていないようだ。



「例え日本委員会としてではなく、安保理として決議をしたところで我が国は武装解除はしません」


「仮に武力放棄決議をすれば、ラッサロン浮遊基地は全力で日本擁護に動きます」


「エルマ大使、君はなぜそこまでニホンに肩入れをする」


「簡単です。日本と仲良くすれば全世界が得をするからです」



 簡単で分かりやすい答えだ。



「強制的に利益を搾取することと、仕事として接して利益を生み出すこと、一体どちらが合理的であるかは一目瞭然です。日本は仕事として地下資源採掘を意思を転移当初から示していて、その能力はすでに皆さんはご存じのはず。それを力でねじ伏せ、強制的に採取させても従来の採掘量が出るはずがありません」



 日本人に強制労働をさせるとしても簡単にはいかない。物理的に日本に立ち入れない以上、外部から圧力を掛けて出させるしかないからだ。武力で都市を攻撃してもただ死人を出して作業者を減らすだけで、資源を条件に出させようとしても確実ではない。


 そこで羽熊が思い付いた仮説が出てくる。


 日本委員会は可能であれば強制労働をさせたく、出来なくても構わないのだ。


 真の狙いは別にある。


 羽熊の考えが正しければ、必ず仕事として接するのではなく、強制労働させたい理由を出してくるはずだ。



「それはあまりにも日本人の人権を軽視しています。異星人だから人権を与える必要がないと言うのは傲慢では?」


 違う。軽視しなければならないのだ。


「なぜイルリハランと日本が利害はあれ手を握り合おうとしているのを、外部が邪魔をするのですか。邪魔をしなければならない理由があるのですか?」


 うまい誘導の仕方だ。自然な流れで武装放棄と安全保障と言う農奴政策から、別の理由へと向けた。



「無論ニホンが異星国家だからだ」


「それは前提であって理由ではありません。現在進行形で創造的異星人として、日本がユーストル全域の実効支配を軍を使って行っていればそうなりますが、日本は平和的な外交しかしていません」


「我が軍の小隊を取り押さえておきながらよく言うわ」


 ここで初めてレーゲン大使が口を開く。



「宣戦布告もなく、突然我が国の施設に対し武力行使を行えば、当然我が軍も制圧に動きます。当時は国として承認されておらず、立場と国防軍の特殊性から無傷での確保を行いました」


 狡い呟きも佐々木総理は凛として返す。


「異星人に捕らえられたとして、帰還した兵士たちは強い心的外傷を負った」


 軍人たるものPTSDは免れず、それを覚悟して入隊しているはずだ。


「責任でしたら、そうなることを理解した上で命令を出した軍上層部または政府にあります。日本に非はありません」



 ここで腰が引けたら負ける。


「モーロット議長、安保理の皆さん、我が国が転移して紆余曲折しながらも今こうしてテーブルにつくことができました。問題の解決と未来の展望についてはっきりさせましょう。せっかく意思疎通が出来る間柄なのですから、力ではなく対話による解決を目指すべきです」


「ラッサロン浮遊基地とバスタトリア砲、一国丸々の軍事力を持つ日本を相手に、戦闘……いえ、戦争となれば双方ともに甚大な被害を受けるでしょう」



「我が国の核兵器は、使い方によっては一発で直径二千キロ以上の範囲にある電子機器を破壊します。レヴィロン機械は精密機器によって浮遊しているので、もし範囲に首都の天空島があれば墜落は必至でしょう。対策をしていれば別ですが」


「核兵器は爆弾と聞いていたが?」


「直接は爆弾ですが、研究の結果電子機器のみを破壊する方法を発見しました。地球でも、核兵器の脅威は爆弾そのものではなく電子機器破壊にあります」



 現代は電子機器失くして成り立たない。それが軒並み破壊されれば、一瞬にして百年単位で生活水準が落ちてしまう。放射能もはるか上空で爆発させるからその心配もなく、攻める側は放射能の心配もなく、爆発で生まれた瓦礫に悩まされずに進軍ができる。


 電磁パルス自体は核兵器でなくても発生するが、範囲が狭く精々数百メートルだ。電磁パルス対策も事前に贈与された三種の電子機器からされていないのが分かっている。


 レヴィロン機関は心臓部だから施したとしても、天空島の機能不全は間違いないだろう。



「……それが事実なら甚大な被害を出すが、証拠がなければ信じられはしないな」


 核兵器の威力は映像で見せられても、電磁パルスは映像としては残せない。範囲が広すぎるのだ。だから爆心地からこの範囲までは停電した、と言う記録しか残っていない。


 よって口でしか第二の効果を言えず、当然原理の理解が不十分な異地側は安易な受け入れをしなかった。



「日本政府として核兵器の威力はご説明しましたので、受け取るかどうかはそちらの問題です。我が国も積極的に核兵器を使う意思はありませんが、最後の手段として使用する可能性はありますので、十分な検討をすることを期待します」


 あまり日本政府の外交に触れないから、地球時代の態度は知らない。イメージとしてはアメリカの機嫌伺をするから気弱な感じがしていたが、ここではかなり強気だ。


 後ろ盾が無く後が無いともなれば強気な態度も必要か。



「日本としては戦争、戦闘は絶対に回避したい。戦争は確かに頂点を確立出来る方法の一つですが、代償として多くの命を失います。それとも、アルタランは異星国家に戦争を仕掛け、勝利してその地位をより確立したいのですかな?」


「不敬だぞ!」


 さすがに癇に障ったようだ。モーロットは声を荒げて佐々木総理を指さす。


「突然異星から来た国家が、二百年の歴史を誇るアルタランを侮辱するな」


「ではエルマ大使がお聞きしたように我々からもお聞き願いたい。侵略行動を行わず、平和的な交流を続ける日本をなぜ恐れるのです?」



 日本側も真の核心を聞く。


 モーロットは頭に上った血を下ろすためか、テーブルに肘を置き手を握って一分黙った。


 全員が静かにモーロットの言葉を待つ。


「ある研究機関から、決して楽観視できない情報を得た」


 モーロットは一度つばを飲み込み、言った。


「我々リーアンと、ニホン人の間には子を成すことが出来ると言うことだ」



「!!」


 言った。言ってくれた。一番聞きたい言葉をはっきりと口にしてくれた。


 この瞬間、羽熊の仮説は正しいことが裏付けされた。


 今まで真っ白なパズルだったのに、その一言のパズルをはめた瞬間、一つの絵として完成する。


 羽熊はすぐさま両腕を振り上げて大喜びを表現したかったが、全力で踏ん張ってモーロット議長の言葉を聞く。


「遺伝子検査の結果、遺伝子構造がほぼ誤差がないことが分かり、子を成すことが分かったのだ。つまり異星人同士の混血種が生まれると言うことだ」



「ハーフ、ですね。日本側ではまだリーアンのヒトゲノムの解析が終わったところで、我々とあなた方の間で子孫が出来るかはまだ分かっていませんでした。その情報は確実なのですか?」


 異星人交配と言う科学史を塗り替えるほどの事実だが、佐々木総理は冷静に返す。


「確実だ。ニホンがこのまま居座り、イルリハランでもどこの国とでも国交を結べば人同士の交流が増え、いずれは恋愛へと発展するだろう。思考が似ているなら愛情も違いはない。そうなれば、二十年三十年後には混血種が生まれる可能性が高い。空と地で生活圏が違ってもだ」



「ですと人種差別問題が出ますね。今のところリーアンと我々でそうした差別は起きてはいませんが、交流が盛んになれば問題が起き始め、ハーフとなればより顕著になるでしょう。ただ、それだけで日本の行動を制限するには理由が弱すぎでは?」


 国際結婚でハーフが生まれることは地球では当たり前のようにある。天地生活圏で違いがあり、異星人ともなれば差別は起きるだろうがそれでは弱い。国レベルで抑制する必要はないはずだ。



「検査したところ、リーアンとニホン人の混血種はそのどれもが能力値が高い結果が出た。知能、精神、運動能力と全てだ。分かりやすく言えば我々にとっての天才が百人中百人生まれると言うことだ」


 ここは仮説の中でももしかしたらであったが、向こう側からわざわざ正解を言ってきてくれた。


 逆にここまで正解なので怖くなる。



「もっと言えば超人が必ず生まれると言うことですか」


「リーアンとニホン人の遺伝子が交わると、必ずと言っていいほど優れた状態になるそうだ」


「……能力や才能が優れたハーフが生まれる。恐らくは空も飛べるのでしょうね」


「それだけではない。最新の遺伝子学で調べた結果、この超人の遺伝子は次の世代でも必ず引き継がれるのだ」


 羽熊は身震いする。ここも正解だ。


「ササキ首相、そちらも長い歴史を持って大自然の弱肉強食を勝ち抜いて来たのなら、この意味は分かるだろう?」



「ええ、もしハーフが生まれ、それがリーアン社会であれ日本社会であれ子孫を増やしていけば、必ず第三の人種として勢力を伸ばしていく。しかも能力が優れているのなら、劣る我々を排除しようと動くでしょう」


 かつて、能力で勝っていたホモサピエンスがネアンデルタール人を絶滅させたように、優秀な人種が増えれば自然と劣る人種は滅ぼされる。


 いわゆる自然淘汰と言うものだ。



 優性遺伝を超えた絶対遺伝が、日本人とリーアンのハーフを始祖として起こりうるのなら五百年後千年後には楽観視できない勢力になりうる。


 日本側は敢えてスルーしているが、現代遺伝子学では提供した遺伝子サンプルだけで二世代先の遺伝情報を把握することは出来ない。



 それ以前に次世代でさえ実際に作らなければ分からず、実験と失敗の繰り返しで遺伝子組み換えは発達してきた。


 いま日本を支える寒冷対策を施した作物も、二十年近い研究を続けてなんとかギリギリここでも育てられるようになったのだ。異地側の研究成果が嘘と言うのは日本側は見抜いている。


 ならなぜ異地側ははっきりと非公開とはいえ国際会議の場で言ったのか。



『実例』がすでに実在しているからに他ならない。



 日本人とリーアンの間でハーフが生まれると言った時に、仮説が正しかったと確信した理由はそこにある。


 アルタランが日本を農奴化しようと一致団結したのは、この実例を見せられたからだ。


 もちろんその『実例』に日本は関わっていない。


 リーアンの妊娠期間は平均九ヶ月と地球よりは短い。しかし転移してすぐに仕込んでもまだ生まれてはいないのだ。



 なのにその『実例』は存在し、それがアルタランを動かす根拠となっている。


 仮にアルタランが作った捏造だとしても、中長期的に第三者が再度確認を取るからいずれはばれてしまう。よって『実例』は真実でなければならない。


 なら『実例』はどこからやって来たのか。


 そこで以前無理やり状況から導き出したあの仮説が絡んでくる。


 それは七十年近く前に突如失踪した中国軍三千人。または世界各地で度々起こる失踪事件の被害者だ。



 可能性として高いのが、軍行途中に突如失踪した中国兵三千人がこの星に転移し、紆余曲折してハーフを作ったことだ。


 そして、そのハーフはアルタランに近寄れるだけの地位を持っている。地位を持てると言うことは、ハーフと言うハンデを覆すほどに優秀である裏返しとなる。


 または、アメリカのエリア51のような完全な極秘施設で、実際に何世代と子を作らせたから分かった可能性がある。それだと日本は不利なままだが、ある人物の存在で逆転出来る。



「総理」


 羽熊は通訳しきった後に佐々木総理を見て頷く。


「分かりました。行きましょう」


 羽熊の仮説は、穎原に伝えたあとに総理と外務大臣、官房長官にだけ伝えてある。


 そして仮説が正しかった場合、政府の言葉として羽熊が喋る段取りをつけていたのだった。


 と言うのも、いちいち総理の言葉として訳すより、羽熊が直接言った方が早いことが挙げられる。正直言って言う内容は分かっているのにいちいち訳すから無駄に時間が掛かるのだ。



「なるほど、後顧の憂いを絶つために、我々の行動を著しく制限して、制限する際の費用を結晶フォロンで賄う。それがアルタランの本音でよろしいですかな?」


 モーロット議長は答えない。


「否定しないなら肯定と受け取ります。証拠がない分、我が国はモーロット議長の言葉を信用するしかありませんが、まあ事実と受け取りましょう」


 ここでようやく、農奴政策の先をメンバー全員が理解しあう。


 もし超人ハーフ説を閃かずにここに来ていたら、より後手に回って起死回生の一手が打てなかっただろう。



 現時点において、日本は引きこもりを余儀なくされる。


 日本人が外に出て各国と交流し、もし子を成してしまえば後々に大問題となるから、一歩とて外には出さないだろう。その監視として世界軍かイルリハラン軍が動くだろうから、その維持費として日本人に地下資源を採掘させ、可能なら広範囲にさせる。


 ならば日本に自由はない。国内でこそ関与できなくても、国としての行動は著しく制限されるし、農奴政策の解消もされない。


 この包囲網を打開するのは一つ。アルタランの持つ『実例』を攻めるのみ。



「ルィルさん」


 佐々木総理はルィルを見据えて声を掛ける。


「今から話すことをマルターニ語に訳してもらってよろしいですかな? 羽熊博士が私の意に反して話していないことを皆さんに知ってもらいたいので」


「え、あ、はい。分かりました」


 突然の指名にルィルは一瞬戸惑うも、すぐに佐々木の要求に応える。


「これから羽熊博士が話すことは、日本政府の承認によるものです。羽熊博士の言葉はそのまま日本政府の言葉として聞いてください」



 ラッサロン側にもハーフについては話していない。情報の共有は大事だが、政変によって離れると思っていたからしていなかったのだ。


 だからハーフを知って、納得と戸惑いの両方をイルリハラン側はしている。


 それでもルィルは佐々木総理の言葉をマルターニ語へと訳した。



「ではお願いします。全責任は日本政府が負いますので、好き放題言ってください」


「ありがとうございます」


 大事な話なので立ち上がって話したいが、宙に浮いているため足は宙ぶらりんだ。よって座ったまま話す。



「アルタラン安保理の皆さん、日本委員会の皆さん、いま佐々木総理が言われたように、日本政府からお話しすることがあります。回りくどいことは抜きにして進めたいと思います」


 羽熊の考えではアルタランの手札はこれで全部のはずだ。いや、もう一枚持っているがそれはジョーカーで、日本側も同じカードを持っている。


 アルタランにしてみればここまでで日本の戦意を削ぎ、超人ハーフと言うカードで引き籠り状態にして、事実上の農奴政策をさせようとしたかった。


 さすがに研究機関で分かったと言うのは嘘と見抜いているが、超人ハーフが生まれることは理解している。証拠は無くても国家機関が公言した以上、真実でなければならないからだ。


 それがジョーカー。



「実のところ、日本側は数日前ですが日本人とリーアンの間でハーフが生まれると予測していました」


 羽熊の告白に、アルタラン側は互いの顔を見合う。


「最初に気づいたのは、ラッサロンより提供してもらったあなた方主要各国の顔写真を見ていた時です。ある一人に目が留まりました」


 羽熊は大使たちの顔を見る。明らかに動揺の色を見せていた。


「……エルマ大使、ルィル曹長、お聞きしたいことがあるのですがいいですか?」



「はい、なんでしょう」


「私たちの髪の毛は黒ですが、みなさんは黄緑色に光っていますよね? それはなぜですか?」


「私達の髪には発光バクテリアが寄生していて、髪の毛から養分を得ることで生きて、代わりに大気中の極微小のフォロン結晶石を吸収してくれてます」



 気体フォロンと違う、流動性の超微細の結晶フォロンが大気中にはある。それを髪の毛がキャッチして体内に取り入れ、代謝で排出される結晶フォロンを代わりに取り入れているのだ。そのキャッチして体内に入れるのが、発光バクテリアだ。


 リーアンと発光バクテリアは共生関係で、それがないと飛べないことはないが不調になりやすいらしい。日本人的に言えば怠くなっていく。


 もちろん食べ物から摂取でカバーできるが、効率が数倍と違うらしい。



「ありがとうございます。ではリーアンの中ではファッションでも髪を全て剃る人はいませんね?」


「いないですね。怪我や病気でする人はいますが、それでも保険適応の植毛などで生やそうとします」


 膨大な資料の中で、リーアンには禿げることがないとはっきりと記されている。髪の毛と言うよりは発光バクテリアが重要で、生きることに欠かせないから禿げることがない。


 よってこの疑問が出てくる。



「ではなぜ、レーゲンのウィスラー大統領には髪の毛がないのでしょうか?」



 羽熊が見てきたリーアンの中で、男女関係なくスキンヘッドは一人といない。


 前髪が後ろに後退することもなければ、一部が薄くも無くなることもない。全員がフサフサなのだ。


「スキンヘッドは滅多にいないがいないわけではない。少ないからとして問題にすれば立派な差別だ。なによりそれが何だと言うのだ」


 レーゲン大使がすかさず噛みつく。



「それは理解しています。私たちの中でも大衆とは異なる感性を持つ人はいますので。問題なのはそうする考えです」


「……まさか!」


 ここまで来れば何を言いたいのかは分かってくる。裏事情を知っているアルタランメンバーと違い、一切知らないイルリハラン側は驚愕の表情を見せた。リクト国王代理もだ。



「禿げることがないのにわざわざスキンヘッドにする理由は、髪の毛を生やしたくないから。おそらくケアをしなければ黒い髪の毛が生えて来るのではないですか?」


 ここから先は一歩も引けない。日本の命運を賭けた大博打を行う。


 羽熊はこの大役はしたくなかったが、ここまで来て逃げるのも嫌だ。



「私、羽熊洋一と日本政府は、現レーゲン共和国大統領、ウィスラー・バルランムは、地球人とリーアンのハーフと疑っています」



 これが羽熊が見出した、日本の一発逆転の切り札。


 アルタランにとって動機であり最悪のジョーカー。


 この札の扱いの果てに、和解と戦争のどちらかがやってくる。


 一か八かの大勝負が始まる。

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