第40話『異星国家間メディア関係者交流会(後篇)』



 メディア関係者から見て異地は特ダネの宝庫だ。



 異地の人間にとっては普通のことすべてが、日本にとって異星のネタになる。ユーストルの草から、リーアンの浮遊、呼吸まで彼らにとっては世間一般に報道するネタになり、転移当初から強く取材を日本政府に要請し続けた。



 しかし返答は全て『安全が確立されておらず、支配国家が存在している現状では、法的根拠を持ってメディア関係者をユーストルに案内することは出来ない』だった。



 その上、日本領である須田駐屯地の敷地内にも安全から近づくことが許されず、無数の特ダネがあると言うのに三ヶ月近く待たされた。



 おそらく生活やお金ではなく、この仕事がしたくてしている人達であれば全員と言っていいほとんどが、誰よりも早くこの地に来たかったことだろう。



 JHKに所属する栄田一成も、幼いころから世間に情報を届けるアナウンサーを夢見て努力してきた人間だったため、可能であればすぐにでも異地に足を踏み入れたかった。


 日本政府から総務省経由で、メディア関係者のみによる交流会の話が来た時は率先して行くことをアナウンス局局長に直訴した。栄田はJHK所属のアナウンサーの中でも中堅で、若く顔立ちやテレビ映りが良く、他局と比べても人気のアナウンサーだ。



 JHKは民放ではないから、視聴率を他局と比べてそこまで気にする必要はない。だからといって蔑ろにするわけにもいかないから、局長は栄田を異地に行かせることにした。


 日本側は異地側と違って一ヶ国で千人が招待出来る。JHKを含む在京テレビ、大手新聞社に出版社から何チームと選出され、大手だけで七割近くが枠を埋めた。


 そこはやはり大手と中小だが、万が一トラブルが起きた時の事を考えると致しかたない結果だろう。



 来る異星国家間メディア関係者交流会当日、栄田は興奮のあまりほとんど寝付けなかった。それは小学生が遠足前日、興奮で眠れなかったかのようにだ。


 それでもアナウンサーと言う不規則な生活をする上に一流のプロと言う自負から、睡眠不足など感じさせずに仕事をした。



 政府間ではすでに接触をして三ヶ月だが民間人では初めてだ。睡眠不足で愚かなミスをしてしまえば末代までの恥となろう。栄田の仕事を期待して選任した局長や局の顔に泥を塗る事にもなる。


 ただ、ミスをするのとアナウンサーとして過剰な興奮をするのは違う。


 文字通り目と鼻の先にまでやって来た空飛ぶ異星人。


 重力と言う不変だった縛りから解き放たれ、空を自在に飛ぶことができる人種に、興奮しない地球人はいないと言って過言ではないだろう。



 栄田も例にもれず、アナウンサーと言う職業を忘れ、初めて直接見ると興奮してしまった。


 そしてその興奮は相手も同じだった。空を飛ぶのが当たり前だから、重力に縛られて地面に立つ人種すら珍しく、異星人を直接会えるのだから興奮しないはずがない。


 状況、心情を詳しくリポートするのと同時に、相手も同じく現地語でカメラに向かって話をしているのが分かる。



 そこで栄田は、日本政府のメンタリティーが似ていると言う発表が正しいと悟った。


 男女共々身長二メートルを超え、脚が一体化して空を飛び、頭髪も黄緑色に輝いていると地球人とは似ても似つかないが、その中身である精神面はよく似ている。


 名刺交換と言う文化まであるのだから、前情報として知っていても内心笑うしかない。



 外国人的異星人。これが栄田がインタビューをしながら感じたリーアンの印象だ。


 ちなみに禁止であろうと思っていた名刺交換は意外にも許可されていて、交流開始から午後二時までに、十数枚もの読めない異地語で書かれた名刺が名刺入れにある。


 最初こそ初めての会話に緊張の色を隠せなかったが、これまでに六度も入れ替わって話をすれば慣れもする。



 そして六度目ともなれば初歩的な話や複雑な質問はしなくなった。三十分と言う限られた時間で、しかも通訳を挟むのを考えると出来る質問は多くても互いに十個前後だ。その上通訳の腕前次第では多くも少なくもなるから、する質問も経験を重ねたことで単純なものになる。



「この星では球技はないんですか?」


 栄田は少しばかり驚いた顔を作って通訳の言葉を復唱した。


 国防軍の通訳が疑問形にして球技がないと返すと、スポーツ記者のリーアンは話す。



「レヴィロン機関を搭載したボール的な玩具はありますが、それを利用したスポーツはないそうです。日本では色々なボールを使ったスポーツが?」


「世界大会行われるほど人気のあるものから、最新技術で生まれたばかりのものと数多くあります」



 考えてみれば当然で、リーアンは生体レヴィロン機関によって重力の縛りから解き放たれても、ボールなど無機質は自然的には浮かない。


 重力の縛りを受けるなら球技が発達しないのは頷けた。卓球など卓上球技も同じだ。グイボラと言う地中の猛獣に苛まれた結果、地面を避けるようになったのなら地面に落ちるスポーツは生まれないだろう。



 グイボラの発表は重力の縛られる地球人からすれば重大な不安を与えるのだが、一世紀も前に絶滅して研究個体すらおらず、地面に近づけない元凶となれば、一匹発見するだけで世界規模のトップニュースとなって即駆除だ。


 そもそも栄田達はグイボラの姿すら見たことがなく、且つていたと言うだけでは恐竜のようなものだ。


 人食い巨大地中動物が昔にいたとしても、今いなければ特に抵抗はなかった。



「それはいいですね。フィリアでスポーツと言えば、格闘技と……障害物競走のような浮遊走競技くらいです」


「浮遊走競技……陸上競技のようなものですか?」


 これは国防軍通訳に聞く。



「あ、はい。短距離、長距離、障害物、妨害と徒競走ばかりですが陸上競技と類似した競技があります」


「フィリア社会では空を飛ぶと言う生活環境から、スポーツも独特の発展をしているのですね」


 リーアンの記者が何かを話す。



「地球では世界規模の大会はありますか?」


 単純な質問であれば国防軍の隊員が話した方が時短になるのだが、これはメディア間交流なので基本のことでも通訳は訳す。


「はい、オリンピックと言いまして、四年に一度世界中のスポーツ選手が参加します。最後のオリンピックは日本の東京オリンピックです」



 そう訳すと記者は驚いて、手帳にペンを走らせる。


 この人とはオリンピックのことで時間が終わるか。


 腕時計をカメラには映らないようにチラ見して、残り時間からこの先を予想する。


 と、周囲が一斉にある方向に向くことに気づく。



「どうしたのでしょうか。周囲の人々がある方向を見始めました。カメラさん、あっちを」


 マイクを持ちながら実況し、周りが向く方にカメラを誘導する。


「あれはなんでしょうか。地平線に黒い何かが見えます。動いているので……ひょっとしてあれば巨大動物ウィルツでしょうか。すみません、あれはなんでしょうか?」


「少々お待ちを」



 国防軍の隊員は左肩に付けているマイクに手を伸ばして細々と何かを話し始めた。


「これは交流会の一環ではないようですね。国防軍、イルリハラン軍が動き出しています」


 地面に立つ日本国国防軍と宙に浮くイルリハラン軍は、地平線に現れた黒い何かを見かけると、無線機に手を掛けたり持ち場を離れる隊員も出た。


 メディア関係者は何かあったと悟り、行動を映そうとテレビ側はカメラで隊員を追わせ、写真カメラマンはパシャパシャと周囲を撮る。



「すみません。問題が発生したため、交流会は一時中断とさせていただきます。ご心配なく、危険はありません」


「一体何があったのですか?」


 中断と聞かされても報道は諦めない。栄田はマイクを隊員へと向ける。


「ユーストルに生息する巨大動物が、ここに向かって移動し始めているようです」


「その数は?」


「具体的な数は測定中ですが、数十から百はいると思われます」



「情報では巨大動物は浮きこそはしないものの、レヴィロン機関で自重を支えているとされており、その多くは草食とのことです。度々すみません、巨大動物はよくここに近づいたりするのですか?」


「頻繁ではありませんが近づいてくることはあります。ですが気体フォロンのない海に入ったり、接続地域に近づくことはありません」


「本能で日本には入れないと分かるのでしょうか?」



「そこまでは分かっていません」


「ではどうして巨大動物が今日、ここに近づいているんですか?」


「分かりませんが、ご安心ください。皆さんの安全は保障します。避難の必要もありません」



 黒い塊となって近づいてくる巨大動物はどんどん大きくなっていく。


「ですがこの会場は気体フォロンの中なので、このまま近づけば大変危険では?」


「会場をフォロン有効圏内にしたことで、その危険性は想定しています」



 そこに会場全体に聞こえるように、スピーカーで異地側メディア関係者になにやら声をかけ始めた。


 すると異地側メディア関係者は一斉に日本側の空へと上がっていった。



「これはいったいどういうことでしょうか。リーアンの方々が一斉に空に上がりました。それも真上ではなく、会場から日本よりに移動しています。あの、これは避難しているのではないのですか?」


「これからの対処で、万が一リーアンの方々が巻き込まれては大変なので、彼らだけ避難していただいているんです。我々はこのままで大丈夫ですよ」



 国防軍の隊員は言う通り動こうとせず、ポケットからスマートフォンを取りだすと操作を始めた。



「もしかして空にいる飛行艦から攻撃をするのですか?」


「そんなことはしません。殺傷させず安全に巨大動物を遠くへと追い払うんです。ああ、撮影はそのままで大丈夫ですよ」



 軍事行動の撮影は防衛機密の観点から止められやすい。アピール用の映像でもひどく限定的だから、巨大動物の排除の撮影許可はアピール用でも驚きだ。


 会場のユーストル側の角と中央には布がかぶせられた何かがある。


 布の中身について説明は一切なく、尋ねても答えてはくれなかった。



 その布に国防軍隊員たちが集まり、その布をひっぺ返した。


 出てきたのは厚さの薄い円形の機械だ。三脚によって支えられ、平面はユーストル側の地平線を向けている。



「あれは、LRADですか?」


 LRADは非破壊・非殺傷と言うことで、現代戦で使用されている近代兵器だ。


 重火器はどうしても物を壊し、人を殺してしまう。且つてはどうやって効果的な破壊をするのかを模索し、果たして核兵器が生まれた。


 音響兵器はその逆をいくもので、人に対して強い不快感を与える音を大音量で出し、集中力や戦闘意欲を散漫させて撤退させやすくする。



「そうです。あれで巨大動物を追い払います」


『栄田さん、栄田さん、国防軍はなにかしようとしているのですか?』


 右耳に掛けたイヤホンから、JHKのスタジオにいるアナウンサーから質問が来た。


「あ、はい。詳しいことは分かっていませんが、何らかの理由でユーストル内の巨大動物がここに近づいているらしく、排除するために国防軍はLRADと呼ばれる音響兵器を使い、音で動物たちを遠ざけようとしているようです」


 栄田はスタジオの声で我に返ってカメラに向かい、実況を再開する。



『リーアンが空に避難したのは、その音響兵器の被害を受けないためですね?』


「そうだと思います。LRADは普通のスピーカーとは違い周囲に広がらず、任意の方向へ一直線で音を進ませることが出来ます。ですが宙に浮くリーアンが万が一被害を受けてしまうと、地面に落ちる可能性があるので、装置とは反対の方向に避難させたのだと思います」



 精通とまではいかないが、軍用兵器について知っているため隊員に聞かず自前の知識から説明で来た。



『LRADが設置してあると言うことは、巨大動物に対して有効と言うことですか?』


「そうだと思われます」


 でなければ重要なイベント会場に設置したりはしない。


『栄田さん、そのLRADはどれくらいの距離まで届くのか分かりますか?』


「詳しい距離は分かりませんが、四キロほどと言われています」



 会場から動物まで、大よそで五キロから七キロと言うところだろう。目標が大きく、途中で比較対象がないから大よそでしか分からない。



「遠いので良く見えませんが、政府発表の食用にもなる巨大動物ウィルツの他、三種類ほど形状の違う動物が見られます。ほとんどは四足動物ですが、二足歩行するのも見られます。あれは……怪獣……特撮映画で目にする怪獣によく似ています」



 それは日本の二大怪獣映画の、亀をモチーフとした怪獣に似ている。


 二足歩行でがに股のようにして歩き、背中には甲羅のように肩幅よりも広い甲殻が広がっている。見た目ほど亀ではないが、日本人の感覚から似たものを探すとなるとそれが連想する。


 おそらく二大怪獣映画を一度でも見ていれば、誰でもそう連想するだろう。


 あれで自重を支えるだけでなく、回転しながら空を飛べばまさにそれだ。


 火球はさすがに吹かないだろう。



「あ、いまLRADを使用したようです」


 国防軍隊員が叫び声を上げ、開始と言う言葉が聞こえる。


 出来れば近づきたいが、さすがにそれは止められるだろうと栄田は動かない。


 数十秒して迫ってくる巨大動物の一部が動きを止めた。



「LRADの効力でしょうか。何体か動きを止めました。さらに少し距離を開けて他の数体も悶えているように見えます」


 テレビカメラではズームで見ることは出来ても、栄田は双眼鏡を持っていないから裸眼での目視だ。それでも図体が大きいため、大体であれば動きを見ることが出来た。



「ああ、いま悶えた動物が引き返しました。どのような音を出しているのかここからは聞こえませんが、LRADは巨大動物に効いているようです」


 巨大動物の引き返しを確認すると、わずかにLRADは角度を変える。距離があればほんのわずかな角度で十メートルと変わるからだ。


 次々に迫ってくる巨大動物たちが悶えて踵を返していく。しかし三台だけでは時間が掛かかる。



「あ、音に反応して引き返した巨大動物が、また戻ってきているようです」


 音響兵器はあくまで音による精神的ダメージしか与えられない。いくら大音量の不快音で踵を変えさせても、音がなくなれば戻ってくるのはありえないことではなかった。


 日本でもそうだ。農作物を食い荒らす害獣を音で追い払っても、肉体的危険が無ければすぐに戻って来てしまう。


 おそらくこのLRADは、数体近づいてくることを想定して設置していて、数十から百体以上は想定していなかったのだ。



「あの、これは避難した方がいいのではないでしょうか?」


「ご心配ありません」


 まだなにか兵器があるのかと思うと、今度は上空の飛行艦が動き出した。合わせてLRADを国防軍は止めに入る。


『栄田さん、栄田さん、何が起きていますか?』



「あ、失礼しました。国防軍が用意したLRADは、ある程度の効果は出しましたが、完全には至らず、巨大動物は依然と近づいてきています」


『避難指示は出てはいないのですか?』


「国防軍は心配ないとしており、他の報道関係者も移動していません」



 カメラは一周して、他の報道関係者と国防軍通訳は動いていないことを映す。



「いま、空に滞空していた飛行戦艦アクワルドが移動を始めました。もしかしたらミサイルまたは艦砲射撃をするのかもしれません」


 しかしそれは、世間にただ近づいてきているだけの巨大動物を軍艦が殺す画を流すことになる。これまでの交流で、フィリア社会は地球社会と同じく公序良俗を重んじていることは分かっている。生放送である以上、撮影を止めないと言うことは駆除はしないはずだ。


 一体どうするのか、栄田は興味を持ちながら飛行艦の動きを細かく実況する。



「情報では飛行艦の戦闘力は地球の軍艦と大きな違いはありません。イージス護衛艦のように固定パネルのレーダーを備え、ミサイル攻撃に艦砲射撃も行えます。巨大動物の外皮が地球の野生動物位であれば、駆除するのは簡単かと思われます」



 そう実況して、もし攻撃をするのであれば画面を切り替えることをディレクターに示唆させる。どんな動物でも命は一つだが、時として大きさで命の大きさを計る節がある。


 特撮では倒されるべき相手でも、異地の巨大動物は進化の過程でなった普通の野生動物だ。攻撃によって血しぶきを映してしまっては、迫力はあっても視聴者の精神的ショックは大きく、社への非難になる恐れが高い。



 おそらく他のテレビ局も同じように警戒はしているだろう。同時に、重要な飛行艦の攻撃が間近で見れるとして、カメラマン以外でカメラの視界に入らないディレクターやADはハンディカムカメラやスマートフォンを準備する。


 アクワルドは上空三百メートルほどから降下を始め、地表から十メートルまで降りて巨大動物へと向かう。


 さらに他の駆逐艦級飛行艦もアクワルドを追った。



「これは、飛行艦は自身を壁として移動を妨害しようとしているのではないでしょうか」


 巨大動物たちはなにも横一列で動いているわけではない。群れとなって近づいているから、五隻を横に並べば十分壁になるだろう。


 アクワルドが横を向き始め、他の四隻も横を向いて栄田から見ると壁となって、巨大動物は全て見えなくなった。


 これではもし攻撃をしてもグロテスクな映像は映らない。が、空に避難したリーアンからは見えているはずだ。



「異地の飛行艦隊は巨大動物の群れの前で壁を作ったようです。これは、壁となることで駆除せずに止めようとしているみたいですね」


『確か異地の飛行艦の建材は木材が主と聞きますが、巨大動物に触れて大丈夫なのですか?』


「そうですね。飛行艦の総重量は分かりませんが、巨大動物の動きに合わせて触れれば損傷は少ないと思われます」



『なぜイルリハラン軍は攻撃をしないのですか?』


「すみません。どうしてイルリハラン軍は巨大動物に攻撃をしないのですか?」


 今日が初対面なのに、イルリハラン軍の考えを知ることなんて出来るはずがない。栄田は動かずにいる国防軍にマイクを向けた。



「巨大動物は怪獣ではなく野生動物なので、極力殺処分は避けたいのです」


 国防軍隊員は律義に答えてくれる。もしかしたら、こういう質問にも答えるように命令受けているのかもしれない。


「なぜ巨大動物はここに向かい出したのか分かりますか?」


「いえ、それは分かっていません」



 巨大動物が動き出してから五分から十分だ。近づくことすら稀なら、それだけで分かる方が無理な話か。


「では、誰かがこの交流会を邪魔しようと差し向けた可能性はありますか?」


「それも分かりません」


 知ってか知らずか隊員は答えず、追及しても答えは変わらないだろう。


 巨大動物たちは飛行艦の壁に阻まれたのか動きを止めた。普通なら水上艦が波に押されて揺さぶられるように飛行艦も揺さぶられるはずが、びくともせずまさに『壁』として一キロ以上に渡って防ぎ続ける。



「ご覧の通り、イルリハラン軍の飛行艦は、何らかの理由で近づいてくる巨大動物の移動を防いでいます。いつまで続くのか分かりませんが、このまま放送を続けたいと思います」


 放送を続けると言う言葉はカメラマンの背後にいるディレクターのカンペからである。


「あ、いま壁の端から一体巨大動物が出てきました。ですが先ほどLRADを使用したような悶え方をしております。外から出てくる動物に対し、LRADを使用したものと思われます」



 あふれ出て来た巨大動物は国防軍のLRADによって悶え、飛行艦の陰へと隠れていった。さらに二度三度と出てきても、三台のLRADが的確に狙って引き返させる。


 絵的には迫力の薄い光景だが、緊迫な空気は十分にあった。


 時間にしてどれくらい経っただろうか。五分から十分と飛行艦と動物たちの押し合いを続けると会場の下、つまり地面で国防軍の高機動車が走り出すのが見えた。さらに上空では会場を飛び越える形で、五人のイルリハラン兵が移動しだした。



「あ、新たな動きです。国防軍の軍用車とイルリハラン兵数名が、巨大動物の方角へと移動を始めました」


 カメラは地平線にある飛行艦から、会場の縁から顔をのぞかせた高機動車に向ける。


「一体国防軍は何をしようとしているのですか?」


「分かりません」


 さっきと同じ言い方に、しつこく聞いても意味はないとこれも追及を諦めた。



 高機動車とイルリハラン兵は会場にほど近い平原で止まり、車から隊員が降りて来た。


「いま軍用車から隊員が降りてきました。そこに何かあるのでしょうか」


 隊員は地面に向かって作業を始め、何かを取りだした。


「あれはなんでしょうか。何かを国防軍隊員は掘り出しています」


 双眼鏡が無いのがもどかしい。


「カメラさん、何を掘り起こしているのか分かりますか?」



「……正方形の箱みたいなものです」


「詳しいことは分かりませんが、国防軍とイルリハラン軍は、地中からなにか箱のような物を掘り起こしているようです」


 その掘り起こした箱は高機動車の屋根へと置かれ、その箱にイルリハラン兵が近づく。


「どうやら、地中にある箱はイルリハラン兵では掘り起こしにくいため、国防軍隊員が代わりにしたようですね。そして掘り出した箱をイルリハラン兵が調べています」



 少ししてイルリハラン兵は高度を上げた。箱は高機動車の屋根に置き去りとなり、それを国防軍隊員が手にして車内へと収納する。


「あ、地中から掘り出した箱を車内に回収したようです。一体なんの箱なのでしょうか」


 当然隣の隊員は一言もしゃべらない。


「国防軍の車が引き返してきました。イルリハラン兵も同じく引き返すところを見て、地中に埋まっていた箱を掘り起こすために向かったようです」


 車はノンストップで移動し続け、会場の縁の陰へと隠れていった。



「一体何が起きているのか、説明がないため分かりません。しかし巨大動物の接近からの行動を考えると、その箱は何らかの関係がある可能性があります」


 地中から箱を回収したところで新たな動きはすぐには見せなくなり、動いたのは十五分ほど経った頃だった。


「――カメラさん回して回して。今、巨大動物の移動を遮っていた五隻の飛行艦が高度を上げ始めました」



 箱を国防軍が回収したところで事が動かなくなったことで、交流も一時中断のままなので中継もまた中断していた。


 だが番組はそのまま続行だったので待機していると、飛行艦が動き出してすぐさま中継を再開した。



「どうやら巨大動物が近づこうとしなくなったために高度を上げたようです。巨大動物の群れが引き返していきます」


 飛行艦は十秒百メートル前後で上昇していき、引き下がっていく巨大動物の後ろ姿が見えた。あの怪獣に類似した巨大動物も同じく引き返している。


「まだ発表はありませんが、先ほど国防軍が掘り返した箱が原因で巨大動物が近寄って来た可能性があります」


 飛行艦の動きに合わせ、今度は日本政府側進行役が声を発した。



『えー、ご来場の皆さま、巨大動物の接近による対処のため、交流会を一時中断させてしまい大変申し訳ありません。イルリハラン軍の報告により、接近中であった巨大動物は全て離れて安全が確認されました。接近の原因は現在調査中で、分かり次第発表したいと思います。これより交流会を再開いたします。なお、中断した時間は四十五分ほどではありますが、申し訳ありませんが延長は致しません」



 元々規約でトラブルが起きて中断したとしても、その分の延長はしないことは前もって伝えられている。世間がそれをどう受け取るかは分からないが、報道側は素直に受けるしかなかった。


 空に上がっていたリーアンたちが避難前にいた場所へと戻り始める。


「交流が再開されたことにより、空に避難していたリーアンの方々が降りてきました」


 カメラは空を向け、移動を始めた異地側報道関係者を映す。


 目の前に、先ほどまで話をしていたスポーツ記者が降りて来た。


 スポーツ記者は通訳に話しかける。



「突然の事で驚きましたね」


「はい。我々からは見えなかったのですが、飛行艦は巨大動物に向けて攻撃は行いましたか?」


「していません。ただ壁として移動を妨害していました」


「一体どうして巨大動物がここへ来たのでしょう」


「何かで誘導されたのかもしれませんね。さっき国防軍が回収した箱に惹かれてきた可能性が高いです」



「巨大動物は何かに惹かれるんですか?」


「よく分からないです。詳しくないので」


 動物の専門家ならまだしも、スポーツ記者にこの質問は適切ではないか。


「ありがとうございます」


 巨大動物の事についての考察はスタジオに任せるとして、栄田は気持ちを切り替えて再びスポーツ関係の質問を始めた。



 その後中断になるようなトラブルは起こらず、午後五時で異星国家間メディア関係者交流会は終わった。

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