第39話『異星国家間メディア関係者交流会(前篇)』



 異星国家間信任状捧呈式、条約調印式、両国首脳会談と言う歴史的なイベントの前日に、国籍を問わないメディア関係者をユーストルに招くことを決定した。その上でまず考えることは防犯だ。



 前回の記者会見の時は、単に日本に対する不安感からのテロを警戒するだけでよかったが、今回は日本とイルリハランが手を握ることを妨害することに主眼が置かれる。


 理想的には日本を悪役に仕立て、エルマでもハウアー国王でも凶弾に倒れれば、日本の悪の印象は永遠に消えはしないだろう。



 日本にその気持ちは一切なく、それはイルリハランも信用してくれているが、それ以外の国や一般市民は知る由もない。万が一凶弾が発射されたところで両国に亀裂は生じなくても、他の不特定多数の人はそうは思わないだろう。


 だからこそ一パーセントですら可能性を潰す必要があり、前回よりも念入りな検査をすることになった。



 入国での一般的検査に、最寄り浮遊都市であるマリュスの出入りでそれぞれ一度ずつ。さらに拠点となるラッサロン浮遊基地で二度の計五回と個人情報の照会と機材の点検をする。その上でラッサロンの兵は独自の判断で検査して五度のすり抜け防止を図る予定だ。



 機材の中に武器を隠すのはスパイ映画ではお馴染みだが、現実でもそうした隠し武器は存在するので、点検は細部に至るまで徹底的に行う。


 こうした隠し武器は大抵は手作りだ。一見すると武器に見えない上にバラバラに分解して機材の一部に紛れさせるか、機材の一部として使って気付かれない場合もある。



 その対処として、機材の全てをラッサロン浮遊基地が管理することとした。


 持ち主が触れるのは取材が出来る時だけで、一人になる場合は必ず兵士に預けなければならない。


 そうすればもし機材から部品を取り出して組み立てようとしても、人前でしなければならないから安全度が跳ね上がる。



 さらなる安全策として、明らかにメディア関係者とは似つかわしくない風貌の人物が来る場合、イルリハラン側の独断でいついかなる場合でも立ち退き出来る決定もした。


 もちろん本当にメディア関係者である可能性があるし、まさかと思う人が仕掛けることもあるので、デメリットの方が大きいのだが、わずかでも危険回避をするのであれば主観による判断も必要とされる。



 ただ、これでも絶対に安全と言えないのが、人間が織りなす社会生活だ。


 何重にも警戒して、やり過ぎと思うほどの対処をしても、なにかしらの抜け道を探し出しては策を講じてくる。



 結晶フォロンの大量発見によって、日本委員会は下手に決断を下せなくなった。


 歪でも潤滑だった経済と物流をかき乱す発言により、イルリハランを中心に世界各国、アルタランはその対応に追われた。



 その中でさらなる混乱を起こしかねない農奴化方針を決定してしまえば、世界中から反発が来るだろう。何もしない日本の事をダラダラと考える前に、目の前の混乱を落ち着かせるようにするのが世の心理だ。


 イルリハランは経済を混乱させると言う博打を行い、果たしてアルタランを黙らせることに成功した。



 しかし来る四つのイベントを利用して日本を悪に仕立てられれば、農奴化は未知数だがある程度の罰を下せるまでの世論は得られるだろう。


 何もしなければ未曾有の量の結晶フォロンが出回ると言うのに、一体何を持って日本を敵視するのか分からないが、何としても外部の介入を許すことなく物事を進めていきたい。



 日イで連日調整を進め、告知は十日前の十一月四日に行われた。


 すると案の定世界中から参加申請が届き、わずか一日で一万を超えた。



 一万人ではなく、一万件だ。テレビ局であれば少なくとも三人から五人は共に来るから、実質三万人から五万人、下手をするともっと来ることが予想され、それら全てを管理することは当然できやしない。


 そのため、一ヶ国に付き三局までにして選別はイルリハランが行った。これも無作為に選ぶことでリスクを減らすためで、その上で身辺調査をするから担当省庁は泣きを見るだろうが頑張ってもらう。



 日本側も人選には慎重だ。日本からのテロの心配は国家ぐるみの演技を除いて無いが、メディア関係者同士のトラブルが起きるとこれまた面倒になる。


 イルリハラン側と比べて楽と言えば楽でも、責任の重さは同じだ。


 結果、ユーストルに入域するのはそれぞれ千人となった。



 異星国家間メディア関係者同士の交流場所は、前回のラッサロン浮遊基地ではなく日本の接続地域側で前線基地が見渡せる場所だ。


 安全を優先すれば基地だが、それでは前回と変わらないし、日本の施設を見せるのも兼ねているので屋外となった。



 もちろん翌日の三大イベントは駐日イルリハラン大使の信任状捧呈式を除き、ラッサロン浮遊基地内で執り行われる。


 メディア関係者交流は一般人だからまだ爆弾テロやミサイル等を撃ってくることはないとしても、異星国家両首脳が来るとなると屋外ではまずできない。するならしっかりと防空体勢の整った基地でするべきで、これは日イ共々考える余地なく賛成となった。



 ちなみにラッサロン浮遊基地で式典をする際、イルリハランは日本を監視するようにしてある。


 これは万が一日本方面よりミサイル攻撃があった場合、日本から発射されたのか、日本を飛び越える形で発射されたのかを確認してもらうためだ。


 直接被害が出なくても、日本が撃った懸念を植え付けられるとこれまた日本委員会に有利になる。それを避けるため、イルリハランには証人になってもらうのだ。


 ここまで来るとガチガチになりすぎて柔軟な対応がしずらくなるが、潔癖が守られるなら多少は致し方ない。



 あとはこんなこともあろうかと、ここまでして突破してくる様々なケースを考え、日イそれぞれで対処策を講じ、世界経済混乱も合わさって三週間があっという間に過ぎて当日となる。



      *



 エルテミア暦二一〇年、十一月十四日、午前九時四十五分。



 イルリハラン王国、ミュリーア州、ユーストル。日本国、日本領ユーストル接続地域。



 三週間の準備期間によって、今まではただの平原だったその場所は様変わりとなった。


 三百メートル×二百メートルの面積に五メートルの高さを持つ舞台が出来ていた。



 時間が十分にあれば入出国管理施設である国境検問所を作り、その二階か屋上で交流とするのだが、さすがに三週間で作ることは法律を含めて出来ないので、建設と取り壊しが簡単にできるただっ広い舞台となった。



 地上から五メートルの高台なので、万が一足場を崩されても最悪骨折程度で済み、突貫工事であるため最悪崩れるかもしれないことはメディア関係者に伝えてある。


 すでに舞台には総務省が選別したテレビクルー、新聞、雑誌記者など千人が午前九時から待機し、テレビ局は特番を放送してイルリハラン人との初接触の時間が来るのを待っていた。



 ちなみに日本もイルリハランも、互いの言葉を詳細には公開していない。



 主に使う単語は公開しても、接続詞など細かい所はまだ互いが理解しきっていないため、間違った知識を広げるわけにはいかないから公開しておらず、互いのメディア関係者は誰も喋れない。



 本音を言えば、まだ日イの国交が盤石になっていない中で勝手に民間レベルで交流をされたくないからもある。


 そのため、日イ双方から合わせて少しでも喋れる人材を四百人と、その他の言語からマルターニ語に通訳出来るイルリハラン兵を三百人ほど用意した。


 羽熊やルィルなどペラペラに喋れる人は、他の手帳を使って喋れる人と比べて能力に違いがあるので、今回はトラブル解消要因として通訳からは外れている。



 取材も二人に関してだけは禁止だ。そうしないと双方で二人に集まってしまう。


 と、舞台に立つ日本メディア関係者は一斉にカメラを空へと向けた。


 高度二百メートルの位置に、五隻の駆逐艦級と戦艦級の飛行艦が来たからだ。



 五隻の内一隻は、ラッサロンが保有する最大級の飛行戦艦〝アクワルド〟。


 この五隻は万が一正体不明の軍事的行動があった場合のために待機している。なお、接続地域付近の海で常時警戒していたイージス護衛艦〝ひえい〟は、補給と整備のため横須賀に寄港している。これも〝ひえい〟から攻撃しないことを分かりやすくするための演出だ。


 ただ、現代の水上戦闘艦は目に見えない場所より攻撃するから、見えないからと攻撃をしないわけではない。



「視聴者の皆様、日本がこの星に転移してから来週で三ヶ月になります。約三ヶ月を経て、ようやく異星の地ユーストルに足を踏み入れる許可が出ました。ご覧ください。異地の飛行艦が上空大体二百メートルほどの高さで停泊しています。エンジン音のような音、艦体を浮かすような動作もなにもありません。飛行艦、天空島は日本政府発表と望遠による撮影で知られていましたが、今、我々の目の前にいます。大きさは実に三百メートルとありますでしょうか、原子力空母並みの大きさの乗り物が、自身の動力によって空に浮かんでいます!」



 この世界では人も人工物も空に飛ぶことは当たり前と知られていても、間近な上に生放送するのは初めてだ。そのため各テレビリポーターは興奮した様相で実況をする。



「本日はお互いのメディア関係者同士で取材をしあうと言う、例のない形ですが異星民間人同士が初の交流をし、明日、日本とイルリハランは正式に国交を結んで今まで以上の交流へと発展していきます。異星国家間による国交樹立は、当たり前ですが双方の歴史の中で初めてのことです。異星国家、異星文化が接触した先に、どのような変革が訪れるのか日本を含めフィリア社会が注目しているでしょう」



 九時五十分になると、五隻の飛行艦から続々と人が出てきた。



「今出てきました! 本当に空を飛んでいます! レヴィロン機関と言うフォロンとレヴィニウムを利用した飛行動力を体内に宿し、体温と生体電気によって彼らは気体フォロンで満たされるこの空を自在に飛んでいます。空を飛ぶ飛行艦、天空島も同じ方法を機械として人工的に作り出して浮いています」



 気体フォロンがあるのは地表から上空六万五千メートル(六十五キロ)。その高さであれば人工物はもちろん、熱さえあればリーアンも単身で上昇することが可能だ。


 飛行艦から飛び出した異地側メディア関係者はまっすぐ舞台に向かって降りて来て、舞台から二メートルの高さでそれぞれ止まった。さすがに民間人であるため軍人のような統率は取れてはおらず、ぶつからない間隔で舞台の面積に合わせて留まる。


 日本側一眼レフカメラなどを持つカメラマンは一斉に写真を撮り、お返しとばかりに異地側も写真を撮る。



 互いに互いを撮り合うと言う異色の光景であるが、印象に残る光景でもあった。


 異地側メディアも日本側同様、リポーターと分かる人がカメラマンに向けてマルターニ語で実況を始める。



「異地側のテレビ局でしょうか。我々に向かってカメラを向けて実況をしているように思えます。見た限りですが、科学水準、文明水準が同じとあって我々と大きな違いは見受けられません。リポーターがカメラマンの前に立ち、マイクを片手に実況をしています。あ、いま我々を見ました。光る頭髪、二本の脚が一体化した脚、服装は上半身はジャケットで下半身は男女関わらずロングタイトスカートのようなフィットしている服を着ております。足は一足のブーツのような靴を履いていますね。顔立ちはそうですね……地球人種で言えば白人のような印象を受けます」



 言葉が通じなく、段取りも取っていないのでまずは好き勝手な実況をする。



『えー、ご集まりの皆さん、一度こちらに注目をお願いいたします』


 拡声器を使っての声掛けを進行役政府職員が行い、続いて異地側メディア関係者と降りて来たイルリハラン政府職員が同じ内容をマルターニ語で話す。


『まもなく十時になります。これより日本とフィリア各国のメディア関係者同士の交流会を執り行いたいと思います』



 この交流は十二時から十三時までの昼食を除いて、午後五時まで行われる。


 日イの連日の協議によって、交流会の方法はお見合い方式を取った。


 日本と異地の同職のメディア関係者は三十分通訳を挟む形で、質問、撮影、握手など肉体的接触が行われ、時間が過ぎると他の人と交流する。



 ここで問題なのが、一般的には知れ渡っても異星であるがために知れ渡っていない情報の扱いだ。日本で言えば核兵器の原理、異地で言えばバスタトリア砲の原理だ。日本は放射性物質の存在は伝えても、核兵器の原理や原料のウラン235は伝えてはおらず、イルリハランもバスタトリア砲の根底であるレヴィロン機関は伝えても、力場の流動原理は伝えていない。



 しかしそれぞれの一般レベルでは簡単な説明は出来るくらいには浸透しているので、情報流出を防ぐため軍事関係の質問はしないよう厳命している。


 日本側は軍事関係を特定秘密の保護に関する法律を利用して喋らないようにした。


 軍事関係の話をしているとつい喋ってしまいがちでも、一切話をしないようにすれば避けられる。異地側はイルリハランの影響地域内であるため、イルリハランの法によって黙っているだろう。



 その保険としても通訳が挟むことで意図的に制限を掛けられ、言語を詳細に公開していないことが活かされてくる。


 だから話す内容は軍事面ではなく文化や政治に絞られる。



 ただ、互いのメディア関係者も『一般人』であるため軍事よりは文化に興味があるので、特に日本側から核兵器に関する情報が出る可能性は低い。


 あくまで一般人であれば、だが。


 舞台には位置分けをしやすくするように等間隔で円と番号がペイントされ、その円に沿うように日本と異地側のメディア関係者が立ち、間に通訳が挟まって交流が始まった。



 地上五メートルの高さにある舞台が一気に喧しくなった。


 二千人に加え、通訳として七百人が一斉に喋るのだからそら喧しくなる。


 カメラマンなど喋らない人がいたとしても、千五百人から二千人は喋るからやはり喧しい。


 それも無理もない。官製で提供される異星国家文明ではなく、自身で得られる生の異星文明情報だから真剣さが違う。



 さらに提供された情報に偽りがないかの確認もあって質問には熱がこもるから、双方に挟まれる通訳が気の毒だ。


 おそらく全世界でこの異様にして面白い光景が放送されているのだろう。



「さすがにどっちもがめつくいきますね」


 広い高台の隅で、通訳も取材も接触を禁止されている羽熊は苦笑しながら呟いた。


「民間人レベルじゃ初めてだからな。そらがめつくいくだろ。じゃなきゃ報道で食ってないさ」


 隣で羽熊の護衛をする雨宮一尉が答える。



「一応俺も民間人なんですけど」


「この期に及んで民間人で通す気か?」


 肩書きでは民間人だが、誰が見ても羽熊は立派な政府側の人間だ。


「冗談ですよ。そんな揚げ足取ったって意味ないですし」


「ふっ……」



 この会話で分かるように、ひと月近く前の羽熊が爆発した件については解決している。


 そもそも多大なストレスを抱えていたところで爆発させてしまったわけで、羽熊に非はない。その上で羽熊は暴言を吐いたことを謝罪をして、雨宮と木宮もそれぞれ煽ったことを謝罪しているから、この問題に関しては完全に解決していた。


「それで、軍人から見てどうです? 俺はもう全然分かりませんけど」


「ん? ああ、アレのことか? さすがにそっちの知識はないから分からないな。ルィル曹長かリィア大尉に聞かないと」



 軍人であれば見極められるかと思ったが、さすがに異星人レベルで違うと分からないそうだ。羽熊も注意深く見てはいてもはっきり言って違いが見えない。


「本当にありえるんですかね?」


「向こうからすればそうするのが自然だからな。どこかしら抜け道を探して潜り込ませているだろ」



 日本側から見れば羽熊達がそれに該当するからメディア関係者を疑うつもりはないし、会社レベルでは到底できない。


 逆に異地側では国主導で出来てしまうから、何人でも潜り込ませられる。



「……ちょっとリィアさんのところに行ってきます」


 通訳に対してトラブルが起きない限り羽熊がすることはない。はっきり言って暇で自由なので、別の場所で同じく待機しているリィアのところへと歩き出す。


 間違ってもルィルの方に行く気はしない。


 日本でも異地でも、相変わらずファーストコンダクター同士のロマンスはありえると信じて疑わず、ただ話をするために近づくだけでも逢瀬と騒ぎかねない。


 だからルィルから離れて待機するリィアへと向かった。



「リィア大尉」


 羽熊がリーアンに気さくに話しかけるだけで近くのカメラマンは気づいて撮影をする。


「あ、カメラ向こう向けて。いま日本の羽熊博士が、イルリハラン兵でしょうか。近寄って声を掛けております。一体何を話しかけようとしているのでしょうか。近寄りたいところですが、規約で止められているため出来ません」



 こういう場合、一度でも例外を出すと一気になだれ込んでしまう。そうなるとトラブルに繋がり、強制的にメディア交流会は終わってしまう決まりとなっていた。


 メディアは貪欲で、天災で苦しんでいる人を構わず取材して邪魔をしてはネットでマスゴミと言われてしまう彼らであるが、その貪欲で強制終了させられては一生ものの後悔となる。だからかその貪欲さを我慢して、遠目で実況するに留まっていた。


 羽熊もそれを知っているから、周りを気にせず声を掛ける。



「羽熊博士、どうしました?」


「することがなくて」


「油断は禁物ですよ。といっても羽熊博士は事が起きてもすることありませんか」


 何かが起きても対処するのは軍人。政府側でも言語学者の羽熊に出来ることはない。むしろ何もしてもらわない方がいいほどだ。



「それで我々に何か?」


「いえ、前にそちらが提示してきた可能性が本当にあるかどうか気になって」


「ああ、そのことですか。ええ、予想の通りですよ。もう見本市ってくらいにそれ系の人々ばかりですよ」



 三週間前にこの日を計画してから、様々な可能性を議論した。


 その中で、厳重にチェックをしてもすり抜けてくる可能性が浮上し、リィアはそれを証明した。


「じゃあフィリア側のメディア関係者の多くは……」


「その国の諜報員ですね。分かっているだけで三分の一、下手したら半数以上が各国の諜報機関の職員でしょう。それも見た目で分からない人ばかりを選出しています」



 起こりうる可能性として日本とイルリハランはともかく、その他の国はメディア関係者経由でしか情報はえられない。それでいて民間は軍事面よりは文化面に興味があるから、各国政府や軍関係者が知りたい情報は多くは得ないだろう。


 ならばどうするか。メディア関係者に見た目では分かりにくい軍人や諜報員、政府関係者を紛れ込ませるはずだ。



 武器に関しては一度機材を分解してまで調べるので持ち込みは難しいが、人を紛れ込ませるのはそんなに難しくない。


 テレビ局や新聞社が単独で外部の人間を、自社の人間として紛れ込ませることは偽造罪に当る。しかし国主導では戸籍、経歴を偽装してあたかも長年働いたように偽装することはできるから、主観で排除できるとしても無理やり政府関係者を連れて来ると踏んだのだ。



 対処策として、一年以上前から一度でも写真又は映像で映っている人に限るとする手もあったが、さすがに調べる量が膨大過ぎて人手が足りない。それに仮にそうしたところでそこも偽装してイタチごっこになるため、ならいっそのことそこは受け入れてしまおうと判断したのだった。



 少なくとも諜報活動のためにメディア関係者に紛れ込ませたとしても、日本人を攫うことも暴行をする心配はない。三千人近い人がいて、長距離移動手段が飛行艦しかない見晴らしのいいここでは何もできないからだ。


 逆に各国がどう考えているのかを探る糸口にもなるので、これは日本とイルリハランにとっても悪い話ではなかった。



 そして技術的観点からして濃密なレーダー網を掻い潜り、攫うために飛行車から飛行艦を待機させることは不可能だ。もしそれが出来るなら、レーダーと視覚含めて完璧なステルス機を完成させないとならず、地球でも不可能なシステムであるため同技術水準であるフィリアでもありえないとなる。


 実は数世代先の技術が密かに開発されていたとしても、異星人とはいえ民間人を拉致するために運用するとは、費用対効果を考えるとありえない。あまりにもリスクに対してリターンが少ないからだ。



 急がずとも得られる知識を、少しだけ早く得たくらいでは国際的有利は得られない。


 ただ、軍事的奇襲を考えれば運用する価値はあり、そのために五隻の飛行艦が待機して日本とイルリハラン双方で厳重に監視を続けている。


 もっとも、各国諜報員が数百人も混ざっている中でそんな愚行はしないだろうが。



「よくもまあ堂々と紛れ込ませましたね」


「イルリハラン以外で初めて他の国が異星人と会うと言うのに、それが政府関係者でなく民間人では侮辱にしか感じませんからね。そら紛れ込ませようとしますよ」


 この考えは当初からあったが、責任が強く頭が頑固な各国政府上層部より、無責任で柔軟な民間人を味方にするほうが良いと言う判断で、各国政府を飛び越えて各メディアを呼んだ。



 これはPR合戦に近い。



 国際的主導力を持つアルタランを黙らせるため、アルタランを構成する国の主権となる大多数の国民を味方にする必要があるのだ。アルタランも農奴政策を推し進めるため、日本を悪にしようとすでに動いているかもしれない。


 だから調印式や信捧式の前にこうした面倒なことをしている。



「でも害はないですよね?」


「出来ないでしょう。互いに映像として証拠を残していますし、間に兵も挟んでいますから」


 ガチガチに周囲を固め過ぎてしまったばかりに遊びが無く、決まったことしかできない。しかしこれが狙いだから日イ側としては上々だ。



「……イルリハラン軍から見て、このまま終わると思います?」


「終わればよし。何かするなら適切に対処をするだけです」


 軍人らしい言葉だ。さりげなくフラグも立てていない。


「よろしくお願いします。では失礼しますね」


 羽熊はそういって会釈をすると、リィアも会釈をし返して日本陣営の方へと戻る。



「どうだって?」


 戻るや雨宮は聞いてきて、羽熊は交流会場を見ながら答える。


「かなり紛れ込んでいるみたいですね。けど工作員はいないみたいなので泳がせるみたいです」


「さすがにこれだけ大っぴらにしては手は出せないわな」



「レーゲンのメディアは来ないので、最悪レーゲンのバスタトリア砲が来る可能性がありますけど、それしたらさすがに全世界を敵に回しそうですしね」


「政府は一切関与しないと言うのが諜報活動のお約束で、こんなんで死なれちゃあ大金掛けて育てた意味がなくなるからな。それを理由に例の政策を後押しする可能性はあってもしないだろ」



 つまりは自作自演。



「国連でも自作自演はしませんからね。そこのところは安心です」


「……了解。羽熊博士、すみません。B‐15ポイントの通訳から応援連絡です。政治の話をしているらしく、通訳が仕切れないそうです」


 そこに、別の隊員の無線から連絡が入って羽熊に話しかけて来た。


「わかりました」



 通訳の正確さにバラつきがあることは十分に伝えてある。よって多少の誤訳は仕方なく、今後で違う訳になっても問題にならないよう配慮してあった。


 それでも羽熊の力を必要とするのは、通訳の実力が乏しい中で高度な会話をしている場合だ。政治は特に高度な言語力が必要とされ、羽熊は円と円の間を縫うようにしてそのポイントへと向かった。



 舞台の喧しさはどんどん大きくなっていく。

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