第23話『参考人招致(後編)』
異地の飛行艦に初めて足を下ろした羽熊は、その静けさに強い違和感を覚えた。
この星に転移してからはオスプレイに何度も乗り、転移前でもフィールドワークとして海外に行くため飛行機にも乗った。地球の乗り心地はそれなりに知っているが、ソルトロンはそれと全く異なる。
ラッサロンも厳密には同じなのだが、向こうは乗り物と言うよりは建造物なので気にならなかった。しかしソルトロンは見た目は潜水艦でラッサロンと比べたら小さいので印象からも違和感を強めさせた。
空に飛んでいると言うのに揺れが一切ないのだ。エンジンの振動もなければ風にあおられて揺れることもない。平たく言えば高層マンションで立っているような感覚だ。
今回初めて詳しく見るソルトロンは保護色として機体は空色で、形状は潜水艦によく似ている。航空力学を無視できるとはいえ空気抵抗は意識しているので全体的に流線的だ。
地球の潜水艦なら人が立つための場所が用意されているところ、床につかずに入れるため立つような場所がない。入り口は艦体側面で梯子も足場もなかった。足場はともかく梯子の概念も階段同様ないだろう。
入り口の大きさは大体高さ三メートル半程度。平均身長で二メートルを超すのであれば扉も当然大きくなる。
地球基準なら甲板から艦内と言うところ、異地では直接艦内入り口から床へと降ろされた。
「ハグマサン、スミマセンガ撮影ハシナイデモラエマスカ?」
「分カリマシタ」
出来れば軍関連の情報は持って帰らせたくないと考えるのは皆同じだ。
「雨宮さん、ラッサロンと同じで艦内の撮影はご法度でお願いとのことです」
「まあ当然ですね。軍人を入れることも抵抗があったかと思います」
異国の、それも異星人に軍関連のものを見せたくないのは当然だ。記者会見のためにラッサロンに来た時も撮影の禁止はもちろん、開きっぱなしのところには兵士がいて見られないようにもしていた。
オスプレイにルィルたちを乗せて戻るときも抵抗があったのだからどっちもどっちと言える。
「床の清掃は手抜きみたいですね」
木宮が呟く。空に生活圏を置き、例え空中にいても床への抵抗感を持てば床の掃除は大雑把になるのだろう。埃で足あとが出来て所々ゴミも見える。ラッサロンでは前もって来ることが分かっていたから掃除をしても今回は数十分前だ。掃除が出来ていないことに文句は言えない。
羽熊達は掃除に関しては何も語らず、ルィルたちの案内で艦内を進む。
「木宮さん、考える時間をほとんどもらえないまま来てしまいましたけど、地球でもこういうことってあったんですか?」
「普通はありえませんね。特に外交は国際問題を回避するため綿密な打ち合わせや調整を長時間続けて行います。こうした国家の命運をかけるような選択を、政府との打ち合わせ無しでするなんてことはまずありません。例え時間が無くても政府が対応するところなのに現場レベルでするのは初めてです」
「よく佐々木総理が許可しましたね」
「ちょうど安全保障会議をしているところだったので、佐々木総理と飯田大臣に話が出来たのが大きかったです」
本来なら外務大臣か総理が十分な準備をもって望むところを、五分と時間を貰えずに参考人招致に来たのだから今頃首相官邸では大慌てだろう。
「でもこれって相当な日本への侮辱ですよね?」
「ええ。こちらの都合を無視してのことなので失礼にもほどがあります」
しかし、状況を考えると受け入れるしかないのも事実だ。国家承認へ前向きな姿勢を見せているのに文句を言ってはいけない。
「まあいま日本は国家として承認されていないので、同等と見るわけにはいかないのもあるかもしれませんが」
「臨機応変である程度は受け入れる形で行くしかないんですね」
「とにかく例外のオンパレードですからね。時には理不尽に耐えることも必要です」
もっともこの上ない理不尽で言えば国土転移であろう。もっと言えばレヴィアン落下か。
日本はいつも理不尽が立ちふさがってくる。
羽熊達は乗員のイルリハラン軍兵士に見られながら進むと、天地で吹き抜けの通路に差し掛かった。
生活圏が空にあれば、必然的にエレベーターやエスカレーター、階段と言う昇降に必要な設備がいらない。であれば吹き抜けとして通路を作るのは当然だ。
もう一つの当然として、重力に逆らえない羽熊たちは向かいの通路へも上階と階下に行くことも出来ない。
下を覗くと艦体を貫いているのか艦底まで届くくらいに深く、上部は防火扉かシャッターが閉まっていて小さな扉だけが開いていた。幅は二メートルで跳べないことはないが、木宮がいるのと失敗が怖いのでエルマたちに運んでもらった。
「ソレデ私タチハドチラデ議会ト?」
「通信室デス。コチラモ準備ガ出来テナイノデ、ソチラデオ願イスルコトニナリマス。アト少シデ着キマス」
あと少しということで木宮はスマートフォンを取り出して電話をかけ始め、耳にイヤホンマイクを掛けた。幸い接続地域から数十メートルの位置だから電波が届いている。
「木宮です。はい、もうすぐ始まるので掛けました。今ソルトロン内の通路で、もう議会と話す通信室に入ります」
「ココデス」
右手にある扉の前でエルマたちは止まり、一人が扉を開けると他の兵士たちによって持ち上げられて部屋の中へと入る。
艦と言うこともあって地球基準で見ればスペースを確保するために最小限の大きさになるのだが、こちら側では一回りほど広い作りになっていた。
二次元ならまだしも三次元では静止が出来るとしても大きくしないと大変なのだろう。
通信室はテレビで見るような壁際にびっしりと取り付けられたモニターや機械が並び、椅子が壁から延びた支柱に支えられていた。
通信兵であろう常駐する兵士は異地式の敬礼をした後席を離れ、代わりにエルマとリィアが席に座ってモニター越しに話を始めた。
「総理、あと数分です」
「ハグマ達はこの椅子に座ってください」
ルィルが通信室の外より支柱に支えられた椅子ではなく自身が空中に浮かぶ椅子を持って来た。
「それと参考人招致についてですけど、ニホンとユリアーティに議員から質問が来ます。いつまで続くかは分かってませんけど質問には全て答えてください」
「キノミヤサン、政府ノ代弁ハ大丈夫デス。記者会見ト同ジデ、ニホン語デ答エテマルターニ語ニ通訳シテクダサイ。画面ニ向カッテ喋レバ大丈夫デス」
「分カリマシタ」
羽熊と木宮は用意してもらった浮遊式の椅子に腰かける。
「椅子ノ右側ノ裏ニレバーガアリマス。横ニハ動カナイケレド上ニ引クト上ニ、下ニ引クト下ニオリマス」
そこは地球のキャスター付きの椅子と同じだ。上下はレバーで移動して横は足で移動する。あくまでその場で静止するだけで、移動には別の力が必要だ。
ラッサロンではルィルたちにしてもらった昇降を、説明の通りに座席の下にあるレバーをゆっくりと上に引いて自らが行う。
ガス圧とは違い、感触も音も何も感じず椅子はゆっくりと上昇して床から足が離れる。
それでも静止に関しては相当注意しているのだろう。上下に移動はしても斜めに傾くことは一切ない。常に水平だ。
壁に取り付けられたモニター類の機器の前で上昇を止めると、モニターには地球人で言えば六十代だろうと思われる男性が映し出されていた。
こういう場面だから一瞬国王かと思ったが違った。
資料で見させてもらったハウアー国王ではないが、風格からして地位のある人物と分かる。
「私ハ、イルリハラン王国議会議事堂、右院議長、ハーウィット・スー・ロート。マズハ議会ヲ代表シ、無礼ナ招致ヲシタコトヲオ詫ビシマス」
そう画面の向こうでハーウィットは話すと頭を下げた。
羽熊はここで、「謝罪するの?」と疑問を過らせる。ノータイムでしかも政府の意向をはっきりと聞かずに呼ぶのだから謝罪は当然と考えても、国家として承認していない上に異星人に対して謝罪をしていいのかと思うからだ。
国王ではないにしても議事堂の議長がするのはまずいはずだ。
「今ハテレビ放送ヲシテイマセンノデ、コノ謝罪ハ非公式デオ願イシマス」
さすがに公には出来ないから非公式で謝意を伝えて来た。
羽熊はその言葉通りに木宮へと伝え、イヤホンマイク越しに総理たちに伝える。
「……日本政府はイルリハラン王国の考えを理解し、謝意を受け入れます、と伝えてもらえますか?」
羽熊は間違えないようゆっくりと画面に向けて通訳する。
「コレヨリ質疑応答ヲ行イマス。同時ニテレビ放送サレルタメ、注意ヲオ願イシマス」
イルリハラン側も異例尽くしの事案だ。普段通りの段取りとはいかず、こうしたギクシャクしてしまうのだろう。
羽熊と木宮がそろって頷くと、数秒間を開けてハーウィット右院議長は語りだした。
多少分からない単語はあれ、言わんとしていることを理解し解釈をしてすぐに日本語へと訳す。
『ドウヤラニホンヨリオ馴染ミ言語学者ノハグマ博士、外交官ノキノミヤ女史ガ国家承認ノ参考ニスル質疑応答ノ準備ガ整ッタヨウデス』
画面はハーウィット議長から大勢の人々へと切り替わった。特に説明はないが、いま羽熊と木宮の映像がそのまま議会と議会中継で放映されているとして、二人は深々とお辞儀をする。
「イルリハランノ議員ノ皆様初メマシテ。コチラハ日本国外務省、外交官ノ木宮静香。私ハ言語学者ノ羽熊洋一ト申シマス。先日ノ記者会見デオ話ヲシマシタガ、本日モマタヨロシクオ願イシマス」
そう羽熊はマルターニ語で説明してもう一度お辞儀をする。
「コレヨリ日本ヲ国家承認スルカヲ参考ニスル質疑応答ヲ行イマス。此度ノ質疑応答ハ証人喚問デハナイタメ返答ノ真偽ハ問イマセン。シカシ国家承認ノ重要ナ参考ニスルタメ、ソノコトヲ理解シテオ願イシマス」
ここで都合のいい嘘の返答をすれば、今はよくとも交流が進むにつれて気付かれ、日本とイルリハランの関係は必ず悪化する。かと言って不利になる返答ばかりすれば国家承認はするべきではないとなって見送られ、戦争は続き日本は死に絶える。
突発的であってもまさに日本が生きるか死ぬかが問われる。
羽熊は生唾を飲み込んで質問に耳を傾けた。
Q1 本日、日本の国家承認を議論することを知っていたか?
A1 知りませんでした。
Q2 そのことを知って日本の長はどう受け止める?
A2 大変うれしく思うと同時に、多くの責任と義務を負うものと受け止めています。
Q3 現在起きている戦闘についてどう思っている?
A3 早期終結を強く望みます。
Q4 可能であれば日本も参戦したいか?
A4 それ以外に選択の余地がなく、選択をしないことで市民の生命と財産に大きな被害が出来ることが確定しているのであれば、必要最小限度の戦力で活動をするか議論をします。
Q5 したいかしたくないかの二択では?
A5 状況により選択は変えなければなりませんが、原則戦争は避けるのが我が国の方針です。
Q6 それは昔からか?
A6 方針転換したのは七十年ほど前からです。
Q7 日本が戦争を決意する条件はどんなものがある?
A7 我が国に武力攻撃の脅威が迫り、国民の生命と財産が根底から危ぶまれ、解決の手段が他にない場合、必要最小限度の戦力で対応します。
Q8 それは法的拘束力があるのか?
A8 我が国の憲法、法律により明記されています。
Q9その条文を全てマルターニ語に訳してほしい。
A9 日本国憲法第二章、九条によって定められています。
憲法九条。日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
第二項。前項の規定は国権の発動としての戦争は放棄するが、自衛権の発動を妨げるものではない。
その二。我が国の平和と独立、国民の生命と財産を維持するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
第二項。国防軍は法律の定めるところにより、国会の承認及びその他統制に服する。
第三項。前項に定めるもののほか、国防軍に関わる全ての事項は、法律で定める。
第四項。国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
その三。国防軍は、主権及び国土を守る以上の戦力を保有してはならない。
これが我が国が制定している安全保障の内容です。
Q10 戦争の放棄とは、日本から戦争を起こさないと言う解釈でよいか?
A10 それを含め、同盟国と連携して他国への武力攻撃も行いません。我が軍は、攻めてくる敵軍の排除または撤退までの防衛のみとし、相手国の都市への攻撃は禁止しています。
Q11 憲法九条の三の主権を守る以上の戦力は持たないとは、どれほどの規模を指すか。
A11 他国を武力を持って攻め、統治し維持する戦力を指します。
Q12 なぜわざわざ憲法に明記をする。軍事力に限度を持たせるとは非常識だ。
A12 憲法に明記することにより、際限なく軍拡することを防ぐためです。これには我が国の歴史からの教訓が関わってきます。
Q13 その教訓とは何か?
A13 教訓を語るには我が国の百年近い歴史を語らなければならず、一日では語れません。
Q14 話を聞くだけではどうしても一国家の常備軍とは思えない考え方だ。
A14 地球でも日本のような防衛組織を持つ国はありません。数年前まで、我が国の軍は軍とすら呼べませんでした。
Q15 軍とすら呼べなかったとは?
A15 国際的には軍の立場でしたが、国内では防衛組織であって軍ではありませんでした。その矛盾の解消、そして国際情勢を踏まえて憲法を改正して常備軍となりました。
Q16 日本は軍事侵攻はありえないとみていいのか?
A16 憲法、法律、世論、その全てで自衛以外の武力行使を認めていません。政府としましても軍事侵攻を容認する考えは持っておりません。
Q17 しかしイルリハランが日本を国家として承認せず、貿易も行わなければいずれは食料、資材等が枯渇するのでは?
A17 最後まで我々は平和的な生存を目指します。武力によって食料、燃料、資材を手にしようと、信用を失っては意味がありません。時として資源より信用が大事であることは理解しています。輸入が叶わない場合は、可能な限り国内で対応できるよう尽力します。
Q18 なぜ日本はそこまで消極的なのか。
A18 武力による問題の解決は最も簡単に始められ、最も難しく終わらせられません。我が国には一億二千万人もの国民が住み、直ちに母星に戻れない以上、半世紀一世紀と安全を確保する方法を探ります。それが政府として譲れない方針の一つであります。
Q19 例え話として、日本を国家承認する代わりに、人材や情報等を無償に近い提供を要求した場合はどう判断をする?
A19 無償による承認は考えておりませんが、奴隷に近い条件による承認であればお断りします。
Q20 その判断によって国民が大量死してもか?
A20 そうならないよう、我が国は全力をもって行動をします。
Q21 なら地球の最強兵器の情報に限定した場合は?
A21 ありえません。地球の最強兵器が流出して製造され使用された場合、最悪この星には誰も住めなくなります。我が国が滅ぶ以上の被害を与える兵器の情報提供は出来ません。
Q22 日本だけがその最強兵器の情報を独占し続けると?
A22 それがこの星の秩序と安全を守ると考えます。例え最強兵器を独占していても、分かっていれば対処が出来ますが、世界中に拡散されては防ぎようがありません。広がったものを消すことは出来ませんが、広がることを防ぐことは出来ます。
Q23 アルタランが情報の提出を求めても拒否をすると?
A23 兵器の危険性を十分に説明をした上で拒否をします。我が国はあくまで独占をしたいではなく、流出させたくない意図で拒否をします。
Q24 地球でその兵器は使用されたのか?
A24 七十四年前の戦時中に二度我が国に使われ、それによって六十万人近い民間人が亡くなりました。二発で今日までで六十万人です。
Q25 たった二発で六十万人。嘘ではないのか?
A25 国家承認の参考にする質疑応答で嘘は語れません。いずれ分かります。
Q26 六十万もの死者を出した戦争。日本は使用された戦争には勝ったのか?
A26 敗戦しました。そしてその戦争は先ほどの教訓の一つであります。
Q27 その話が事実とするのなら、情報提供に否定的なのは理解できる。
A27 この兵器がこの星で製造可能なのか不明ですが、情報が万が一漏えいし世界中に拡散、研究、開発、製造、保有する国が増えれば増えるほど、文明の寿命が縮まります。我々の星も、幾度とその間際にまで立ったことがります。
Q28 日本の今後の方針を話してください。
A28 母星である地球への帰還方法を研究すると同時に、国土、国民の生命と財産を守り、イルリハランを始め国交を結んでいきたいと思っています。
Q29 イルリハランはともかく、他の国々も日本と国交をしたいと思っていますか?
A29 イルリハラン王国の領土にある日本であり、イルリハランが日本を国家として承認してこそ国交が出来ます。そのことを理解した上で国交はしたいと思っています。
Q30 二千キロも離れていないところにレーゲン共和国がありますが、国交は結びますか?
A30 我が国は常に対話の扉を開けています。レーゲン共和国が望むのであれば話し合いは行いますが、然るべき筋は通してもらいます。
Q31 然るべき筋とは具体的にはどういうものですか?
A31 転移当時、我が軍は調査のためユーストルを移動していました。その時初めてイルリハラン軍と接触したのですが、レーゲン共和国の飛行艦に警告もなしに攻撃を受け最悪捕らえられるところでした。不法入国である以上受け入れざるを得ませんが、それはユーストルがレーゲン共和国の領土であればです。我が国はユーストルはイルリハラン王国の領土である認識であります。よってまずはレーゲン政府より攻撃の謝罪をした上で、改めて国交の協議をします。
Q32 日本はユーストルの領土はイルリハランであると認めるのですか?
A32 そう認識しています。
Q33 日本は日本の文化をフィリア社会全体に広める考えはありますか?
A33 異星の文明が広まったとき、どんな影響が生まれるのか未知数です。逆にイルリハラン王国の文化、フィリア社会の文化が日本に流れた時の影響も同じく未知数であり、安易な文化の輸出入は控えるべきと考えます。
Q34 しかし貿易を行えば文化もまた広がります。その対処は考えてありますか?
A34 我が国には海から空を飛ぶのに欠かせないフォロンがありません。貿易を行う都合上、ユーストル側に港または都市を建設しなければなりません。予防策と社会実験として、日本とイルリハランの文化がどのような変化を行うのかそこを利用して検証するべきと考えます。
Q35 日本は今後レヴィロン機関を研究しますか?
A35 この星で活動を強いられる以上、必要不可欠と考えます。
Q36 レヴィロン機関を研究すればバスタトリア砲が出来ますが、保有の意思はありますか?
A36 現段階ではないと言わせてもらいます。今は強力な兵器より信用と資源が必要です。防衛力を考えるのは、最低限の国民の生活を守れた後で十分です。
Q37 天皇と話をすることはできますか?
A37 天皇陛下もそのご意思を示されております。そのためには様々な調整が必要ですので、準備が整い次第と今は答えさせていただきます。
ここで日本への質問が終わり、今度はルィルたちの番へと変わる。
回答は全員かエルマが代表としてすると思ったが、議会が意外な人を代表として指定した。
ルィルともう一人いる女性のティア・セル・フランミアだ。
なぜかとリィアが聞くと、報告書の中で彼女は一番中立性が高いとのことで、いつもの三人は日本を擁護しかねないので参考にならないと考えたかららしい。
確かに交流でもティアが国防軍の隊員と話をしているところは見ない。少し離れたところで警戒をしているだけで、隊員が声をかけても高度を取って逃げていた。
交流に積極的に参加しないからこそ中立で客観的な答えが出せる。
羽熊たちの横の席にティアが座り、画面越しで議員たちから質問が来た。
「ティア・セル・フランミア一等兵、君ニハ我々ノ質問ニ答エテモラウノデハナク、君ガ初接触カラ今日マデ至ルマデノ日本ヲ語ってくれ」
「日本ヲ語ルデスカ?」
「ソウダ。モチロン君ガ話スコトガドンナコトデアレ、評価ニハ一切影響ガナイコトヲ保証スル。純粋ニ君ガ見テ来タ日本ヲ語ッテクレ」
「……分カリマシタ」
「私が日本が転移してきた時の気持ちは、侵略しに来た異星人の国と思いました。あまりそういった映画は見ないんですけど、やっぱりそういう印象が根付いていたので。けど、実際に会うと拍子抜けしました。何と言いますか……とにかく不安をあまり感じませんでしたね。異星人への固定概念から出会ったらすぐに殺し合うんだと覚悟して周辺を調査して、今ここにいる羽熊博士や雨宮大尉と接触しました。見たことのない大地を走る乗り物、人としてはありえない地に付く人種、光らない黒い髪、どれをとっても異星人と分かるのに、いざ会ってみると攻撃の意思を見せないようにして、なんとかコミュニケーションが取れないかジェスチャーをしてきました。もちろん油断させて攻撃をするかもと警戒していたのですが、一切その素振りは見せませんでした。
その後、レーゲンの浮遊艦が来ていることで、戦力不足から撤退を余儀なくされましたが、日本はやはりレーゲン軍の浮遊艦を相手にしても撃墜をすることはありませんでした。
その初日を経験して、私が思ったのは異星人どころか外国人だとしてもどこか変であると。
我々を油断させるための作戦としての演技とも考えましたが、今日にいたるまで初日とほとんど変わらない対応に、その考えはないと判断しました。
いくら作戦だったとしても、いえ、作戦であればもっと我々を信用させようと良い部分を売り込んでくるものです。でも日本はそれをしない。壁一枚隔てているような姿勢で、淡々とやるべきことをするだけ。国家承認をすれば売り込んで来るでしょうが、今の質問で答えたようにユーストルどころか日本周辺から出る考えも持っていない。
良い見方をすれば謙虚。悪い見方をすれば臆病が当てはまります。
日本が語った実情がすべて真実であれば、生きるために必死だから謙虚になるのは分かります。けど……異星人が謙虚になるのは全く見たことないことなので、時々相手にしているのが誰なのか分からなくなります。
ひょっとしたら知らず知らず日本に毒されているのかもしれないけれど、異星人だから侵略しにきた、戦争が起きる、と言う考えは今は持っていません。
ですが、彼らの母星にある最強の兵器を考えると油断は出来ません。日本にはまだ殺人物質を貯蔵した施設があり、まだどんな知らない兵器や施設があるかもしれません。
いつ日本しか持たない、我々の常識外の兵器を使って寝首を掻く気持ちがあるのか分かりません。でもそれは隣国の本音が分からないのと同じです。いえ、隣人の本音も分からないのでそこは同じでしょう。日本としてもイルリハランがどんな考えを持っているのか分からず不安ですから。
なので私はこの半月で見聞きした日本をまとめるなら、新しい外国と見ます。
私は警護で直接交流には関わっていませんが、遠目から日本人をずっと観察していました。
ここでも異星人のイメージが大きく覆されましたね。
フィクションで異星人とくれば化け物や怪物で、人の姿をしても角が生えたり肌の色が青とか赤とか、とにかく区別をつけるためですかね、私たちの姿とは大きく違ったりしています。日本人も私達とは違いますけど、それでも違い過ぎではないです。空に立てなかったり、脚が二股に別れてたり、髪が光ってなかったりと違いはあっても、どこか似ている雰囲気があります。
元々私たちは地に付いて二本足で移動していましたし、肌の色も同じです。まあ髪の発光は毛髪に寄生しているバクテリアが原因なのでひょっとしたら日本人でも生活し続けたら光るかもしれませんが、外見での違和感はあまり感じませんでした。
言動は謙虚で誠実。さっき言いましたように壁一枚隔てるように誤解を生まないような接触をしています。もっと言えばはれ物に触るような。
おそらくは異星人の立場を弁えているからだと思います。
特に注目するのは昨日のレーゲン軍の奇襲でした。普通であれば異星人でも外国でも基地が襲われれば射殺も視野に対応するところ、日本兵は一発も撃ちませんでした。軍隊としてはあまりにもありえない腰抜けと言われても仕方ないことですが、異星人としてさらに未来を見ての事と思います。
建物を壊され、非浮遊機を破壊され、日本兵は無抵抗で殺されかけたのにもかかわらず、保身より国の未来を見ての行動は一介の軍人から見ても練度が高く統率の取れた軍隊と見ます。
一般市民は羽熊博士と他の学者、木宮外交官以外では分からないので答えられません。けれどメンタリティーに違いはほとんどないと言えます。善人もいれば悪人もいる。異星人だからと全く違うと決めつけるのは尚早であると、私ティアは交流を後方から眺めて思いました。以上です」
『……質疑応答ハコノ辺デイイダロウ。キノミヤ女史、ハグマ博士、ティア一等兵、ゴ苦労様デス』
質疑応答が始まって二時間が過ぎ、議長のハーウィットは止めさせた。
こうしている間にも戦火は拡大して、両軍で被害を生み続けている。
おそらくこの議会はアルタラン本部でも見ているはずだ。国家承認からアルタランでの休戦要請の時差がどれくらいあるのかは分からないが、一日も掛からないだろう。
『コレヨリニホンノ国家承認ノ採決ヲ執リ行ウ。国王陛下、右院、左院ノ議決ニヨル多数決ニヨッテ、我ガ国イルリハランハニホンヲ国家トシテ承認スルカガ決マル』
日本を果たして国家として接して問題がないか。これが質疑応答の真意だ。
日本は出来る限り誠実に質問に答えた。あとは国民に選ばれた議員たちがどう受け止めるかだ。
それによって日本の未来とユーストルで起きている戦争の結果が変わる。
『今回ハ特殊ニシテ異例ノ表決デアル。ヨッテニホンノ使者ハソノママ結果ヲ見テモラウ。国王陛下ハ既ニ可決ト出シテイルタメ、可決ガ一ツアレバイルリハランハ、日本ヲ国家トシテ認メル。デハ採決ヲ始メル』
すると画面の向こう側で議員たちはテーブルに向かって腕を動かした。
「ルィルさん、議会の議決ってボタン式なんですか?」
「それと浮遊起立です」
立つ仕草を見せないところを見ると今回はボタン式らしい。
「ハー、緊張シター。マサカ私ガ議員ニ向カッテ喋ルナンテ思ッテモマセンデシタ」
思いがけない大役を果たし、ティアは先ほどのような堅い語りから一遍、柔い口調へと変えて席を離れた。
「良イ演説ダッタト思ウヨ」
「軍曹ニソウ言ッテモラエテ恐縮デス」
時間にして三十秒だろう。その四倍は掛かった感じがしつつ、モニターの右側にマルターニ語で数字が表示された。
「百三十八と百五十九?」
まだマルターニ語はほとんど触れていないが、数字だけは早々に見せてもらって覚えている。アラビア文字と同じで十進法だから羽熊でもすぐに読めた。
「はい。けど賛成が百三十八人で、反対が百五十九です」
「では否決ですか?」
木宮の質問にルィルは静かにうなづいた。
掴みはよかったかと思ったが、中々うまくはいかない。
国王は国家承認の議題を出したから票の一つは確定でも、議員たちは自分たちそれぞれの意思で是か非かを考え、結果否決が上回ってしまった。
『右院ノニホンノ国家承認は反対ガ過半数ヲ超エタタメ、反対ト可決シマス』
あともう一つ否決されたら日本はイルリハランに国として見られなくなる。
「左院の結果も出たみたいです」
モニターの左に左院で採決した数字が映し出される。
「一〇九と一〇四? ルィルこれは可決した?」
「その通りです。五票差で国家承認可決です」
その言葉を聞いて日本側は小さな歓声を上げた。
『左院ハ賛成ガ過半数ヲ超エタタメ賛成デ可決。賛成二、反対一デイルリハランハニホンヲ国家トシテ承認スル』
「良かった……両院の総合じゃあ否決でも可決は可決。総理、いま決まりました。イルリハランは日本を国家として承認する議決を取りました」
『キノミヤ女史、ハグマ博士、ニホン政府ノ皆サン、見テノ通リ、我ガ国ハニホンヲ国家トシテ議会及ビ政府ハ認メルコトニナリマシタ。コノコトニヨル調整ハ後日トナリマス。ニホン側モ準備ヲシテクダサイ』
「ワカリマシタ。本日ハ、アリガトウゴザイマシタ」
ハグマのあいさつの後、通信は途切れて画面は暗くなった。
画面が暗くなったのとを見て羽熊は思いっきり背もたれに体重をかけた。
さすがに疲れた。記者会見と比べても、それとは比べ物にならないくらいに精神的に疲れた。
なにせまさに国の命運にかかわる事に直接参加したのだ。政治とは無縁な羽熊がここまで深く関わるとは一切思っておらず、慣れていないのもあって今までにないほどの疲労感である。
まだ初めてルィルたちと交流をした時の方が楽と言えた。
「もうこんな通訳はご免ですよ」
「すみません羽熊さん、いつも重要な通訳をお願いして……でも……」
「分かってます。分かってますよ。国交樹立の調印式や調整でしないと行きませんもんね。あ、まさか天皇陛下の通訳まで行けとか言わないですよね?」
「それまでに羽熊さん並の習得が出来ればですが、叶わないときはお願いすることになります」
「いやいやいやいや、いくら何でも天皇陛下の通訳は出来ませんよ。身分が違いすぎます」
「そんなことありませんよ。もう羽熊さんはかなりの有名人ですよ? 地位で言えば閣僚クラスでも通じるくらいに」
「なんで閣僚クラス?」
「日本とイルリハランの橋渡しに最も重要な人材となっていますからね。例え他の人でマルターニ語が使える人が増えても、羽熊さんの地位は変わりませんよ。いわば異地交流担当大臣、みたいな」
「みたいなじゃないですよ」
そう言えば大臣は民間人でもなれると聞いたことがある。よもや現場で潤滑に働かせるために閣僚の一員にさせるようなことはないだろうか。
羽熊はあくまで言語学者として異地の言葉を理解して、後続の人々に教えられるよう教本化するのが仕事だ。だったのに今していることは通訳兼交渉に近いことをしている。
一体どうしていま自分はここにいるのだろうと羽熊は内心思った。
「ところでルィル、日本とイルリハランの国交樹立の調印式は後日だけれど、アルタランが多国籍軍へ休戦要請を出すのはどれくらいなの?」
「一時間も掛からないと思います。この中継はアルタランでも見ているでしょうし、休戦要請は安保理の議長国が出すから安保理そのものを開く必要もないですし」
「今ここは世界で一番注目されているから、迅速な行動が取れると言うことですね」
「はい」
「ルィル、ハグマサン達ヲニホンニ帰スゾ」
用が済めば長居は無用だ。浮遊椅子のレバーを引いて高度を下げ、足が地面に触れるところで下降を止めて立ち上がる。
「羽熊さんやりましたね」
下で見守っていた雨宮が笑顔で肩を叩いてくる。
「はい、五票の差でしたけど、向こうのルールで止められそうです」
「それじゃあ日本に戻りましょう。あ、くれぐれもフラグ的な発言はしないようお願いします」
一瞬雨宮が何を言っているのか分からなかったが、すぐにこの戦争が終わったらのフレーズが出て静かに頷いた。
「そのフラグ、私も聞いたことありますが本当に起きうるんですか?」
「なめない方がいいですよ。漫画とかゲームだけのことでなく現実でもフラグはありますから」
「ハグマ、フラグって?」
「それは今度教えます」
羽熊もそんな死亡フラグを言って実際に起きるとは思っていないが、フィクションの出来事が現実に起きている以上、起きている前提で動く方が安心できる。
もっともすでに雨宮はそれ的なことを言ってしまっているが、いま言わなければ問題ないだろうと思い、イルリハラン軍兵士たちに担がれて通信室を後にした。
一時間二十二分後、世界連盟安全保障理事会議長国は多国籍軍に対し、即時休戦要請をしたとルィルたちが来て教えてくれた。
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