第22話『参考人招致(前編)』



『洋一、あんた本当に大丈夫なんでしょうね?』


 電話の奥から聞こえてくるのは年老いた女性の声だ。



「大丈夫だよ。心配なことにはあっても危ない目にはあまりあってないから」


『あまりってことはあるんじゃない』



「それは他の陸自の人たちも同じさ。覚悟の上で参加してるから」


『はぁ……なんで相談しないで勝手に決めるの。隕石が落ちて死ぬって時も帰らないし』



「仕方ないだろ。琴乃が来るかもしれなかったしさ」


『それで戻ってきたの?』



「いや、戻ってこなかったよ。着拒してるのか電話もSNSも繋がらないし」


『エスエヌエスとか分からないけど、繋がらない相手の事なんて忘れなさい未練がましい』



「はいはい。未だに連絡が来ないから、レヴィアン落下に怯えて自殺とかしたのかもしれないね。それか連絡しずらいかだけど」


『そうそう、自殺と言ったら二軒隣の鷹摸さん、一家心中したらしいわ』



「え、そうなの? うわー、そうなんだ残念だね。けどまさか国土転移なんてとんでもない現象が起きるなんて誰一人考えなかったろうから仕方ないかもしれないけど。母さんのほうはそんなこと考えなかった?」


『どうせ苦しいのも一瞬だろうから普通にしてたわ。でも噂で安楽死薬が出回ってるとかあったわね。それとどうやったら苦しまずに死ねるとかそればかりよ』



「……」


 羽熊は母との電話で言葉を失った。


 国土転移をする前の日本は絶望に支配されていた。島国であるため脱出も出来ず、その手段も早々に閉鎖され、しかも地球の裏側に逃げようと被害は免れない。



 であれば物理的に逃げる意味はなく、別の意味で逃げるよう考え出したのが自殺だ。


 国土転移してから二週間以上が過ぎ、警察や消防の活動が活発になって少しずつ国内情勢が見えて来た。



 秩序は先の会見で言ったように、転移に伴う物理的現象が一切なかったことから秩序は平時と変わらず保たれ、暴動のような活動は小規模程度しかない。



 逆に絶望視してからの自殺は多く、分かっているだけで三千人も発見していた。


 中には死後数日のもあるため、レヴィアンだけでなくこの世界で生きることへの絶望感からも死を選ぶ人は多いそうだ。



 それも当然だ。生きていても経済が復活しなければ訪れる結果は同じだ。借金や物価の高さから食料が手に入らず、配給も間に合わなければ餓死してしまうから、なら自ら死を選ぼうとしてもおかしくはない。



 羽熊も前線で活動しているとはいえ料理は保存食が多い。全くないわけではないが国防軍も食料の仕入れは難航しているのだろう。


 政府は備蓄があと半年程度としているが、果たしてあとどれくらい持つか。



『洋一、うちに帰ってこれないの?』


「無理。こっちは原住民と接触してるから検疫の問題で敷地から出られないんだ。一応血液検査を毎日して、今もなんともないから大丈夫だろうけど一ヶ月は様子を見るように言われてる」



 血液検査、体温検査などで引っかかった人はだれ一人いない。風邪のような症状もなければ怠さなどを訴える人もいないので、おそらくは十分に今ある免疫能力だけで雑菌くらいなら大丈夫なのだろう。


 さすがに重症化するインフルエンザや日本脳炎級は無理だろうが、早急に研究施設を建設は出来ないから中々にして先には進めない。


 いくらなんでも接続地域で活動する国防軍で人体実験をするわけにもいかない。



「落ち着いたら一度帰るよ。けどなにをやってるのかとか言えないけどね」


『分かってるわよ。洋一、あんたちゃんと休んでる? いくらしなきゃいけない仕事でもしすぎちゃだめよ?』


「いましっかりと休んでるよ。することなくてね」



 国防軍でさえミサイル迎撃しか動きようがないのに、言語学者の羽熊が出来ることはさらになかった。戦闘が起きていると言うのに久しぶりに八時間と眠れたのは不思議と言いようがない。



 いま羽熊がいるのは接続地域からより内陸にある神栖市立の小学校だ。ここら近辺も緊急事態宣言による避難命令によって住民は無人で今は防衛省の管理下にある。出来るだけ元のまま残そうと言う考えで、浜に置けない資材は学校の敷地や空き地に置き、学者ら一般人はレーゲンの奇襲もあって学校へと避難していた。



 緊急避難だったためパソコンや書類を持ち出す余裕がなく、仕方なく応接室のソファーに座ってテレビを見ていたところ母から電話が来て今に至っている。



『あ、いまお父さんに代わるわね』


『洋一? 私だ』



「父さん、元気してる?」


『なんとかやっとるよ』



 やややつれた声。レヴィアン落下前から今日まで心労が重なることがあったのだろう。


「多分大丈夫だろうけど気を付けてよ。なにがきっかけで暴動が起きるか分からないんだから」


『こっちのことは心配するな。いくら終末が来ようと静かに逝くだけさ』



「そのいくって悪い方のいくじゃないよな?」


『とにかくお前はお前にしか出来ないことをやれ。だからそこにいるんだろ?』



「帰れなくて悪かったね。まあだからすぐにこっちに来れたんだけどさ」


『まったくだ。最期の時は家族で迎えるのが当たり前な考えだろ』



「検疫の問題がクリアしたら一度は必ず帰るよ」


『頼むからセイレーンか? お前とよくいる女エイリアンを連れて来るんじゃないぞ』



「セイレーンじゃなくてリーアンね。リーアンって日本語だと人、人類、人種の意味だから」


 異地の言葉(マルターニ語)のことはすでに政府が発表しているので、これくらいのことは話しても何の問題もない。



『そんなことも分かるのか』


「まあ朝から晩まで真剣に分かろうと話をしたからね。間違いはあるだろうけど、意思の疎通は出来るよ。それで連れて来るなんて絶対に無理だよ。彼女は僕の事なんてなんとも思ってないだろうし、なにより国が許可しないよ」



 まだリーアンが大地を拒絶していることは公表していないためその理由で来れないことは言わない。


『映画じゃ恋に落ちるとかよく言うからな』


「映画と現実は違うって。生活圏が違うから仮に結婚するとなっても相当大変だよ」



『私は生でリーアンだったか見てないから何とも言えんがやめてくれよ? ただでさえお前が最前線で働いているからテレビ局から取材が来るんだからな』


「気を付けるよ。少なくともベタなことだけは起こさないから」



『またいつでも電話しなさい。待ってるからな』


「うん、ありがとう。それじゃあね」



 受話器の向こうから切れる音が聞こえ、通話終了の文字を見ながら携帯電話を閉じた。


 消音にしていたテレビの音量を上げながら羽熊はソファーの背もたれに寄りかかる。テレビでは防衛省が公開する最小限の情報の元で軍事評論家などを交えながら話を繰り広げられていた。



 現在公開されている戦場の情報は限定的で、艦級は伏せてその数だけで何対何と表記しているだけだ。丸一日たってもその数は減らされていないが、隊員から聞くと両方何隻か落されているらしい。



 ミサイルを用いた戦闘が起きたことで国内での民間ヘリの離陸は全面禁止になった。よって高高度からの望遠による撮影は出来ずに可能な限りの高台からの撮影となる。


 空気が澄んでいるから雲さえなければ見えても詳細には見えない。



 テレビ画面が切り替わり、東京湾沖からの望遠撮影として戦場を映しているが、黒い点が見えるか見えないかのようなのしか映っていなかった。


 それでも時折多国籍艦隊からミサイルが飛んできて、護衛艦〝ひえい〟や元太平洋側に展開する護衛艦からミサイルが発射されて迎撃するシーンは近場ともあって撮影されている。



 資料映像でしかない護衛艦からのミサイルの発射は圧巻だ。


 同時に映画のような接近戦がないため緊迫感もない。遥か遠方での戦いであるがためにあっけなさもまた覚えてしまう。



 おそらく国内にいる多くの人々は大したことがないと思うだろう。しかし現場を知って、飛行艦の脅威を知っている羽熊からすれば不安でしかない。


 日本が原因であるにも関わらず、日本が関与できない戦闘とはなんというもどかしさだ。



『このイルリハラン王国と多国籍艦隊の戦闘は、日本がこの地に転移したことがきっかけと言う見方がありますが、日本がイルリハラン王国を後方支援または援護することは出来ないのでしょうか?』


 似たような考えを女性キャスターが軍事評論家に聞く。



『現状では難しいでしょう。多国籍艦隊が日本に対して宣戦布告し、大規模な攻撃を仕掛けて来るのであれば自衛権の行使として防衛出動は可能です。ですが日本への攻撃は牽制程度の小規模で、主な戦闘はイルリハラン王国の艦隊では国外への展開は出来ません』



『集団的自衛権の行使も含めてですか?』


『集団的自衛権は文字通り集団的に自衛権を行使することですが、日本とイルリハラン王国は法的な国交樹立と安全保障の確立を行っていません。さらに連携をする訓練もない状況ではむしろ足の引っ張り合いになってしまうでしょう』



『では日本は静観するしかないと言うことですか?』


『イルリハラン王国としましても、戦争の原因に援助を受けたとなればメンツが立ちません。終戦または休戦へ日本を利用することはありえますが軍事力としては使わないでしょう』



『ありがとうございます。昨日核兵器に関する電話回答による世論調査をしたところ、核兵器配備を容認するが四十%、容認しないが五十三%、よくわからないが七%と出ております。このことから何か読み取れることはありますか?』



『状況が大きく変わったことにより、国民が持つ核兵器の意識が大きく変わろうとしていることが挙げられますね。平時であれば核兵器アレルギーと、日米安保によって核の傘が機能していましたが、その傘の下から日本は離れました。核兵器はいつの時代でも我々人類の最強の兵器でしたが、孤立の状態ではどうしても防衛力や抑止力として必要とする考えが出ます。考え方を変えますと、核兵器は日本にとって玄関の鍵の役目になろうとしているのかもしれません。鍵が強固で強靭あればあるほど侵入は容易ではないので、少しでも安心しようと容認の考えが出るのでしょう』



『現実的な観点から今後日本が核兵器を持つことはありえますか?』



『日本が法的に核兵器を持てない根拠として、核拡散防止条約、日米原子力協定、原子力基本法がありますが、前二つの国際条約は日本が異地に転移したことによって効力を失いました。



 原子力基本法は第二条に平和の目的に限りとあるのですが、その平和をどう定義するかによって保有するかどうかが分かれます。おそらく多くの方が全面的な平和を考えるでしょうから、その考えでは当然大量破壊兵器である核兵器はもてません。しかし、日本の平和のためとするのなら防衛力の観点から開発と保有は可能です。



 ただ、法的根拠をクリアしただけではまだ保有には至れません。核兵器を持つためには非核三原則撤廃を国会で採択しないとなりません。非核三原則は法的根拠がなく、あくまで歴代政府の方針なので法改正は必要ありませんが、その方針の撤廃は不可欠です。



 そして核兵器そのものは必要最小限戦力として認めるのかを議論も必要ですね。あくまで自衛でのみ使用するとすれば攻撃的使用ではないので、憲法九条や武力攻撃事態関連法の違反はありません。製造に関しても材料と技術で言えば不可能とは言えません。



 よく都市伝説で一ヶ月や数ヶ月で作れると言いますがそれは誤りです。核と言う不安定にして絶大の威力の兵器を、安易に作れるはずがありません。少なくとも数年来の時間が必要ですし、莫大な製造費も必要となります。



 いかに沖縄振興予算や米軍への思いやり予算が失礼ですが丸々無くなったとはいえ、疲弊している国内に振り分けないとなりません。国民あっての国であり防衛力ですので、国民を無視して核開発はしないでしょう。それでも核開発するかしないかは国民投票に近い国民的判断が必要で、国会の決議だけでは国民の総意は得られないと思いますね』



 特に日本は戦時中に二発を落とされ、原発でも大小さまざまな危機が訪れた。核に対するアレルギーは相当にあると同時に必要ともわかっている。


 この矛盾を国民に委ねずに決断するのは無理なことだ。



『佐々木総理は核兵器の開発保有に前向きな意識が急上昇していることに対し、早急な判断は時として良く、時として取り返しのつかないことになる。我が国を取り巻く状況を深く考え、国民の声を幅広くとらえて答えを出したいとコメントをしました』



 画面の右上にテロップで浮遊技術についてと出る。



『今後の展望として、日本がこの星で活動することを考えると浮遊技術の獲得が必要となってきますね』


『そうですね。すでに向こうでは確立した技術ですので、技術供与を受けられれば日本でも製造は半年から一年程度で可能――』



「羽熊さん、よろしいですか?」



 二回のノックの後声が聞こえ、羽熊はテレビを消して返事をする。


「はい、どうぞ」



 ガラッと引き戸を開けて入ってきたのは国防軍の隊員だった。


「お休みのところすみません」



「いえ、それでなんでしょうか? まさかここにミサイルが来てるとかですか?」


「ミサイルではなく、ソルトロンがラッサロン天空基地より向かっているようなのです。なので通訳をお願いしたく……」


「ソルトロンが?」



 脳裏にレーゲン軍分隊が奇襲を掛けて来た昨日を思い出す。



「また奇襲でも来たんですか?」


「いえ、いまのところ奇襲はありません。あってもミサイル攻撃くらいです」


 あってはならないミサイル攻撃をあたかも当たり前に言うあたり、それだけ発射されて防いでいるのだろう。



「じゃあ受動的じゃなくて能動的に動いていると言うことですか」


「雨宮一尉と木宮さんはもう向かっていますが、羽熊さんの方がマルターニ語が分かるのでお願いできますか?」


「もちろんです。それが仕事ですから」



 羽熊はすぐに身支度を整えて応接室を出た。


「ソルトロンは元々オスプレイを止めていた異地側の離着陸場へと誘導します。距離は約五キロなのですぐに車で向かえばちょうどいいはずです」


「発光信号とかはなかったんですか?」



「ありません。異地側の無線機からもないので、なぜ来ているのか分からない状況です」


「来ると言うことは来なきゃならない事態が起きたってことですよね?」


「その確認をお願いします」


「そりゃそうですね」



 羽熊と隊員は校舎を出るとグラウンドに停まっていた高機動車に乗り込む。


 校舎入り口から異地方面の空を見ると数百メートルの高度で一隻の飛行艦が見えていて、人影が飛び出すのが見えた。



 小学校から浜までは百メートルから二百メートルしかない。ただ着々と進む駐屯地化に、浜と道の間には金網のフェンスが立てられている。無断で侵入してきた人が乗り越えられないように有刺鉄線で上部を守っている徹底ぶりで、車はそのフェンス沿いを進んで簡易な入口から須田駐屯地へと入る。簡易とはいえ見張りがいるから、ひょっとしたら侵入者がいるのだろう。そういう防犯のことはあまり話してもらえないため羽熊はよくわかっていない。



 異地との境まで数メートルのところで車が止まり、降りて徒歩で境を越えた。


 実はまだ日本と異地の境を国境とは呼称していない。誰が見ても国境以外にないのだが、いつも通りの法と主権絡みで国境とは呼べず、接続地域や境界、境と呼ぶようメディア関係に国交省は通達している。


 すでに境から十メートルのところには木宮と雨宮を含むマルターニ語がある程度理解できる隊員が到着していて、三メートルから四メートルのところにルィルたちいつものメンバーがいた。



「雨宮一尉、羽熊博士をお連れしました」


「ご苦労さん。羽熊さん、急ですみません」


「いえ大丈夫です。まだ話は?」



「羽熊さんが来るのを待ってからしようと思いまして」


「分かりました。ルィル、コンニチワ」


「コンニチワ。マタ突然デゴメンナサイ」


「レーゲンガ何カシテ来マシタカ」



 イルリハラン軍が来るとなればそれしかないので聞くと、意外にもルィルは首を横に振り、背後にいるエルマと変わった。



「ハグマサン、キノミヤサン、ニホン軍ノ皆サン、今回ハ議会ノ命令デ来マシタ。現在、国王陛下ト議会デハ、ニホンヲ国家トシテ承認スルベキカ議論ヲシテイルトコロデス」



 このエルマの言葉に強く反応したのは、羽熊を始めマルターニ語が分かる雨宮を含む隊員数名だ。


 羽熊は失礼ながら手の平を出して喋るのを遮って木宮に振り向く。



「木宮さん、今国王と議会で日本を国家承認するかで議論をしているそうです」


 それを聞いた木宮は目を見開いて驚きの表情を見せると、すぐさま平静な表情に戻した。



「そうですか! すみませんが詳しい話を聞いて貰っていいですか? その間に上に連絡をします」


「はい。スミマセン、続キヲオ願イシマス」



「昨日、ハウアー国王ガ勅令トシテニホンヲ国家承認スル議論ヲスルヨウニ議会ニ出シマシタ。今朝ヨリソノ議論ヲ行ッテイルノデスガ、記者会見デモ議員ノ方ハ来テイナイノデ、ニホンノコトヲ深ク分カッテイマセン。ソレデ議会ハ、我々ユリアーティ偵察部隊数名ト、アナタ方ニホン人ヲ参考人招致スルコトヲ決メマシタ」


「参考、招致……」



 羽熊はエルマが言ったことをほとんど正確に聞き取っていた。


 イルリハラン王国は日本を国家として認めるか参考にするため、参考人として日本人とルィルたちと直接会話をしたいと言うことらしい。


 これは紛れもない良い方向と言える。


 けれど対応を間違えたら深い谷底へと蹴落とされてしまうから慎重に当たらないとならない。



「ソレデ質疑応答ハイツデスカ?」


「今デス」


「……ハイ?」


「気持チハ察シマス。政府ガ中心ニ行動シタイコロデショウガ、ツイ二十分前ニ要請ヲ受ケ、スグニ参考人招致ヲシタイノデス。議会デハ国王ヲ始メ議員ガ待ッテイマス」



 個人であればノータイムで要求を突きつけてくることはよくあるが、よもや政府と調整する時間すら与えないのはありえない。


 いくら羽熊でもそれは日本を過小に見て侮辱していると分かる。


 またはそれだけ時間を掛けたくないか。


 羽熊は内心溜息を吐きつつ再び振り返り、電話途中の木宮に話しかける。



「木宮さん、電話中すみません。至急話さないとならないことがあるんですが」


「ごめんなさい。今飯田大臣と話をしているところでして……」


「日本を国家承認するかどうかに当たって、今すぐ参考人招致をしたいんだそうです。今」


「え、今すぐ?」


「はい、向こうの議員たちが待っているようでして、今すぐです」


「……二分だけ時間を下さい。もしもし? すみません、実は今……」



 日本の運命を決めかねない参考人招致に、政府との一切の準備無しで参加するなんてありえないことは羽熊も分かる。


 木宮は思考を数秒巡らせ、スマートフォンの先にいる大臣と話を始めた。


 羽熊はもっと詳しく聞こうとエルマと話をする。



「エルマ殿下、モット詳シク聞イテモイイデスカ?」


「ハイ。トハ言エ、私モ急デ深クハ分カッテハイマセンガ」


「イルリハラン行政府ハドウシテ準備時間モナク参考人招致ヲ?」



「私モ詳細ハ聞カサレテイマセンガ、間違イナク戦闘ヲ早期終結サセルタメデショウ。コチラトシテモ、準備ヲサセズニスルノハ間違ッテイルト分カッテイマス」


「今、日本ヲ国家トシテ認メルト、早期終結スルンデスカ?」


「国際慣習法デ、一ヶ国デモ国トシテ独立ヲ目指ス地域ヲ承認スルト、安全保障カラアルタランデ議論ヲシマス。ソノ議論ノ間、当該地域デハアラユル戦闘行為ガ禁止サレルンデス」



 要約すると、内紛または戦争を強制的に休戦にする方法として国家承認する手が慣習法であるようだ。様々な経緯があれ、ある地域を国として承認すると劣勢だろうが優勢だろうが止めなければならないらしい。


 その場合、攻めている側が攻めている国の一部を国として承認するとしても休戦になるのか気になるが、慣習法としてあれば細かい疑問点は改善されているのだろう。



「ソレハ、国トシテノ条件ヲ満タシテイナイト無理デスカ?」


「ハイ。国トシテノ条件、独立ヲ支持スル国民、領土、国家トシテ維持出来ル経済力等ヲ満タシテイルト、承認シタ国ヲ保証国トシテアルタランデ安全保障会議ガ開カレマス。ナノデ、攻メテ来タ国ガ、無理ヤリ他国ノ領土ヲ国家承認シタトコロデ意味ハアリマセン」



 そう言う考えであればエルマの言う国際慣習法に日本は全て当てはまる。


「戦火を拡大させないため、いずれやらないとならない国家承認を前倒す方がいいと考えたわけか」



 はっきり言ってこの戦いは不毛だ。しなくていい戦いを敢えてして、大なり小なり犠牲者が出てしまっている。それを素早く強制的に止めるにはありなのかもしれない。


 何を理由でレーゲンを含む多国籍軍が攻めて来るか分からないが、二ヶ国間の外交では数ヶ月や数年、ひょっとしたら永久に解決しないことを考えたら、国際組織を巻き込んで黙らせる方が速い。本当に止まってくればだが。



「コノ終戦方法ハ、国家承認ニヨル安全保障会議以外ニアル?」


「アリマセン。コノ方法ハ、新国家ヲ保護スル観点カラ生マレタ物デ、普通ノ戦争デハアルタランニヨル自制要請カ世界軍ニヨル介入トナリマス」



 体力が乏しい生まれたばかりの国を国際社会が守り、成熟して常備軍を持つ国々の戦争はそれぞれの外交で解決しろということだ。


 だがそこで一つ疑問点に気づく。



「ケレドソレハ多国籍軍ト未承認ノ日本ガ戦争シテイル場合ジャナイト該当シナイノデハ? 実際ハイルリハランダカラ当テハマラナイト思イマスケド」


「エエ、ギリギリ外レルノデスガ、幸カ不幸カニホンニモミサイル攻撃ヲシテイマス。ソレガ十分ニ戦争ヲシテイルト含マレルノデ、少ナクトモ国際部隊ハ武力行使ヲ全面的ニ止メナイトナラナインデス」



 その説明では確かに不幸中の幸いと言える。牽制か日本からの攻撃を触発させるためなのか分からないが、多国籍軍は日本に向けてミサイル攻撃をして、海の上で迎撃している。


 日本政府としては戦争の言葉は使いたくないだろうが、事実上の戦争状態と言えなくはない。であればエルマの説明の通りに止めなければならない。



「お待たせしました。羽熊さん、参考人招致許可でました」


 時間にして三分から四分くらい経っただろうか。木宮が電話をしまいながら近づいて来た。


「不本意でありますが、電話を常に通話状態にして政府の代弁者としてなら許可が下りました」


 本来なら外務省のトップクラスか首相が出てくるところを、なんとか政府の声を出すことを優先するとそうなる。



「こっちのパソコンに総理を映してまたカメラで議会に映すわけにも行きませんもんね」


「それと国王陛下を始め議会の議員を待たせるわけにもいきません。待たせれば待たせるほど心象が悪くなりますから」



 向こうからの急な要請だから悪くなる筋合いはないと思うが、早急な対応が出来ると印象付けられればそれはそれでありだ。


 こうしている間にもイルリハラン側の飛行艦が撃ち落とされているかもしれない。一分一秒の短縮は無理でも、数時間半日一日と短くできればそれだけ人命が助かる。


 羽熊はマルターニ語で木宮が電話越しに代弁者となることを伝えた。



「失礼ヲシテイルノハコチラデス。私ガ何トカソレデ通ルヨウニ話ヲシマショウ」


 と前向きな返事をもらって羽熊はホッとする。


「ソレトエルマ殿下、コチラカラハ何人マデ行ケバ?」


「キノミヤ外交官、ハグマ博士、アトハニホン軍ノ方数名デスネ。本当ニ皆サンヲ待ッテイルノデスグニソルトロンヘ来テモラエマスカ?」



「雨宮さん、三人ほどソルトロンに行く人を選んで貰えますか? 本当に時間が無いみたいで。服装ハ気ニシナイデ大丈夫デスカ?」


「大丈夫デス。我々モコノ軍服デ出マスノデ」


 話はここで終わり、羽熊、木宮、雨宮含む計五人がイルリハラン軍兵士に抱えられてソルトロンへと運ばれた。

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