第21話『議会』



「増援はまだつかないのか?」



 ハウアー国王は苛立ちを覚えさせながら防務省長官に尋ねた。


 九月五日、午前八時十五分。



 首都指定浮遊都市イルフォルンのどこかに設置された集中指令所では、ハウアー国王を始め関連省庁の長官とお目付け役として行動する王室が集まっていた。



 百人は優に入れるその部屋には巨大モニターが壁三面で設置され、現地から送信される戦況状況がリアルタイムで表示されている。


 部屋の高さは三十メートルあり、三段階でテーブルが浮遊して職員たちがパソコン操作をしていた。


 その最上段でハウアー国王を始め閣僚が戦況を見守っていた。



「フーロット浮遊基地より出航した増援十五隻、到着予定まであと四時間です」


「フレアン浮遊基地から出航したバスタトリア砲搭載の駆逐艦型偽装特務艦セレンティアも、増援艦隊十隻の一隻に紛れて移動中で、到着予定は二十八時間後です」



 国際的な慣習としてバスタトリア砲を搭載した特務艦には決まった名前はない。これは艦種を安易に特定されて集中攻撃を受けることを防ぐためで、任期満了ごとに配置を変えるのだ。そして配備の数を合わせるために、配備先のある駆逐艦の艦名と艦番号を入れ替えている。元の駆逐艦は入れ替わる際に秘密裏にドッグ入りして、バスタトリア砲搭載特務艦の任期が満了するまで表には出てこない。



 今期バスタトリア砲搭載特務艦が配備されていたのは、ユーストルから真逆の北地で最大時速七百キロで航行してもまだ一日以上は掛かる。もちろん艦名のセレンティアも、北地にあるフレアン浮遊基地に所属する純粋な駆逐艦で、バスタトリア砲搭載特務艦が配備されるに合わせてドッグ入りしている。



「国際部隊にバスタトリア砲搭載の特務艦がいるのか分からないか?」


「特務艦はその構造上ミサイルが発射出来ません。それにより攻撃をしない駆逐艦を探して特定するのですが、現在一切攻撃をしていないのが五隻あります」



 バスタトリア砲搭載特務艦は船体全てで一つの砲として機能している。それゆえ速射砲を始め垂直発射管が搭載できない。よって長時間攻撃をしなければバスタトリア砲搭載特務艦の可能性が高くなるが、数隻と同様に攻撃をしなければ正確には分からなくなる。



 その攻撃をしない駆逐艦に固執しては被害を受けるため戦術として厄介なのだ。その反面攻撃をする艦が少ないとするメリットはあれ、いるかもしれない考えは艦隊行動に遅れを取らせる。



「五隻の内一隻か、または0かか」


「それも全て後方ですので、前方艦との交代として待機している可能性もあるため、いると断定は現時点では出来ません」


 そう防務長官は答える。



「戦況としては五分五分か」


 ハウアー国王の前にある巨大モニターには、現在戦闘に参加しているラッサロン艦隊全てのステータスが表示され戦艦五隻、駆逐艦十二隻の内、駆逐艦三隻が赤い表示と×のマークが付けられていた。


 グリーンであれば正常であるのに対して赤で×は轟沈した印である。



 すでにラッサロン艦隊は三隻の駆逐艦が地に落とされているのだ。


 その逆に国際部隊は七隻の駆逐艦が轟沈または戦闘不能となっていた。


 これは艦載ではない単機の戦闘機四十機が艦隊として行動しているのが大きい。



 国際部隊は配備上、整備は整備可能の艦内で行わなければならないが、ラッサロン艦隊は浮遊基地に戻れば艦内以上の精度で整備が出来る。そのため戦闘機の数と質に違いが出るのだ。さらに艦載機の戦闘機も含めれば戦いではこちらが有利で、多くの空対空ミサイルを当てることが出来た。



 イルリハラン軍が保有しているのはシィルヴァス共和国と共同開発した最新戦闘機パム‐15。レヴィロン機関による姿勢制御にジェットエンジンの推進機関。ステルス性の機体と、円環ミサイルシステムにミサイル十六発を装備している。逆にレヴァン国際部隊は一世代前の非ステルス戦闘機。ステルスだから必勝ではないが、機体性能を考えても空中戦ではイルリハラン側が有利だ。例えミサイルを撃ち尽くしても、基地に戻れば戦艦にもない一括装填装置で一気にミサイルをフル装填して戦線復帰できる。



 それでも三隻もの駆逐艦が落とされてしまった。


 駆逐艦一隻に乗るのは二百五十人。被弾した場合すぐに脱出できるよう規則と設計がされているが、それでも百人から二百人は間に合わず、おそらくイルリハラン側は五百人近い兵が戦死しただろう。


 国際部隊が何もしなければ死ななかった兵士たちだ。軍人たるもの死は覚悟して任務に望まなければならないが、不要な戦いによって死んだ者たちの魂はどこに向かう。


 ニホンが転移しなければと文句を言えても、遅かれ早かれ起きた事態だ。そして戦争を起こさぬよう尽力してきたニホンを責めてはイルリハランの品位が問われる。



 全ての要求を無条件で飲めばもちろん戦死者は一人としてではしないだろう。だが、それでは国防のために日々過酷な訓練をした兵士たちへの侮辱以外にない。


 国家の元首として、国としてのプライドまで渡してしまえばそれこそ売国奴だ。


 彼らの死を悲しもうと撤退の選択肢はない。



「あいつらニホンにもミサイルを撃っているな」



 現地からの報告に、レーゲン軍分隊による奇襲後から計二十発もの空対空ミサイルアルワ‐24を撃っている。そしてニホンはその全てをニホンの海で撃墜していた。


 ユーストルで撃墜しないのは主権絡みであろう。つくづくニホン政府は低姿勢であり誠実だ。



「おそらくは反撃を狙っての事でしょう。記者会見時の発言とは異なることをすれば侵略の印象を強めたいと思われます。さすがにこれは強引と言わざるを得ませんが」



 いくら異星国家の肩書きに侵略のイメージが付きまとうとはいえ、向こうから仕掛けて返したら侵略云々と語るには無理がある。抵抗と侵略は全くの逆だ。


 レーゲンは気づいているのだろうか。侵略と主張しているレーゲンが実際に侵略行為をしている矛盾に。


 おそらくは気づいていて己の大義を理由として突き進むつもりだろう。



「外務長官、レーゲン外務省からの返信はあるか?」


「はっ、依然としてユーストルを領土とする正当性を主張しております。おそらくこの戦争が終わるまでは終わらないかと……」


「一体何のための外務省だ。もっと強気に交渉をしろ」


「はっ、申し訳ありません」



「なにかいい情報は来ていないのか?」


「外務省経由ですが、周辺諸国が我が国に対して同調する意思を示しております。意思を示すだけで静観する様子ですが」



 それはそうだ。ニホン問題はイルリハランだけのことだ。ニホンを突いて何が出てくるのか分からないのに積極的に出て痛い目を受けたくはない。それをしているのがレーゲンであるからなおさらだろう。



「シィルヴァス共和国からはなにか来ているか?」


 シィルヴァス共和国は大陸が違うため直接関わりはしないが、あらゆる面で世界一の国である。動向だけは掴んでおきたい。



「はい。此度の紛争が起きたことは残念で、早期平和的解決を望むと来ております。軍事介入の意思は示しておりません」


「アルタランはどうだ?」



「アルタランは国際機関ですので、他の国が軍事介入が早期解決と可決されれば……」



 安全保障理事会は議長国一ヶ国と理事国六ヶ国で行われる。六ヶ国は三大陸から他薦のみで選ばれ、議長国は三大陸外の国から選出されて構成されている。


 民主主義を目的として多数決による決議を採用したが、数ヶ国による多数決ではやはり波紋を呼ぶため、拒否権を導入してはどうかと議論に上がったが非民主主義としてはじかれてしまった。


 こういう時に拒否権があれば、例え六対一であっても否決にすることが出来た。


 ないことを悔やんでも仕方ないが、何としてもアルタランに介入されて、ニホンを含めユーストルを平和維持を目的としてアルタランの管理下に置くことだけは避けねばならない。


 国際組織に委ねるのは楽な選択肢であるが、制御可能な問題に対して採択するのは国としてのプライドをずたずたに引き裂くのと同じだ。



「なんとしても軍事介入はさせないよう根回しをしてくれ。私の考えが正しければ、ニホンもアルタランの介入は避けたいはずだ」


「陛下、なぜそう思われますか?」


「ニホンにも国際組織があるのならその問題点を知っているはずだからだ」



 国際組織が完璧な組織であるはずがない。国内でも利害や考えの違いから完全な理解をした決定が下せないのに、国が違えば余計に理解なんて出来ない。なんとか妥協点を見つけ、わずかでも国益に繋がる決定を下す。人が多ければ多く、力が強ければ強いほど決め事は難しい。


 安保理で色々と平和を主とした議決をしても、真の意味で理解をして行動をしたのはグイボラの絶滅のみだ。



 ニホンの母星では二百近い国が加盟しているのなら、理解した議決なんてまずとれまい。詳しいことは知らないがほとんど形骸化していると言えよう。


 けれど世界を象徴とした民主主義として形は必要だから仕方ないが。


 それゆえに複数の考えが渦巻くアルタランより、一ヶ国の考えの方がいいに決まっている。



「陛下、たったいま我が方の駆逐艦が被弾したとのことです。現在ダメージコントロールをしております」


 官僚が一人防務長官に紙を一枚手渡して報告する。


「沈んだのか?」


「沈んではいないようです。航行は可能ですが戦闘は絶望的かと」



 艦隊司令であればすぐに基地に返すだろう。戦えない船を置いたところで意味はない。


「どれがやられた? いま映っているどれかか?」


「少々お待ちを」



 防務長官は官僚に目を向け、官僚は急いでパソコンを操作する。


 被弾したのは艦隊の中で左中央に位置する駆逐艦だ。ある光点が点滅して知らせてくる。


 詳しいことは分からないが、ミサイルが艦隊防空網をすり抜けて被弾を受けたのだろう。



「少しずつ押されている……こうしてはいられないな。至急ニホンを国家として承認し、間接的にもこの社会の一部に食い込ませなければ」



 そうすれば異星国家の肩書きを持とうとフィリア社会の一部になればニホンの不当性が紛れ、一層レーゲンを含む三ヶ国の信用が下がってニホンも行動がしやすくなる。もちろん異星国家をわずか半月で国家と承認するとして信用悪化はあるだろう。しかしここで下がって、ニホンとの交流権と建国から領土であるユーストルを失うわけにはいかない。



「議会を開き次第すぐに議論に移る」


 勅命でニホンを承認しろとできれば楽なのだがそうはいかない。王政でありながら民主制を採択するイルリハランでは、強制的なことには必ず勅命監査委員会によって阻止されるのだ。



 よって勅命は基本少し手前の事しか言えない。


 けれどそれによって王としての独裁を防ぐのだから、国民にとってはよいことだ。


 権威は必要であっても傲慢であってはならない。


 ハウアー国王と閣僚らは議事堂に向かうべく集中指令所を後にした。



      *



「国王陛下、突如現れたニホンを国家として承認するというのは、いささか早急ではないでしょうか?」



 同日午前九時四分。


 イルリハラン王国首都指定浮遊都市イルフォルン、議会議事堂、右院会議場。


 一人の議員が演壇に立ち、玉座のように立派な装飾をされた椅子に座るハウアー国王に質問を投げかけた。


 現在議会は通常の議会を行わず、昨日にハウアー国王が出した勅令に従い『異星国家ニホンに対する国家承認』の議会を行っていた。



 他の王政と違い、イルリハラン王国では議会の中に於いて国王の決定権は二つある院の決議と同等だ。最終決議は国王、右院、左院それぞれの決議の多数決で決まり、例え国王が反対しても両院が賛成すると賛成となる。


 例外で一般会計に関しては国王に拒否権が与えられ、両院が否決しようと王が拒否権を発動すると強制的に可決される。



 今回のニホンの国家承認の議決も変わらずで、国王と右院左院三票による多数決で決まる。ここで否決されると来期まで類似した議題は提出できない。


 よってニホンにとってある意味運命を決める会議と言えた。


 質問を投げかけた議員は自分の席へと戻り、ハウアー国王が演壇へと向かう。


 会議場は半円で席は段差となって宙に浮いている。演壇もまた宙に浮き、その前にハウアー国王が立つとマイクに向けて顔を近づけた。



「早急な事態が起きたからこそ早急な判断を必要としている。知っての通り、ユーストルではラッサロン浮遊基地の総戦力とレヴァン国際部隊が戦闘を行っている。すでに我が方は浮遊駆逐艦三隻が落とされ、一隻が戦闘不能の状態だ。近隣基地より増援が向かっているとはいえ、戦闘が長引けばそれだけ多くの兵士が戦死していくだろう。それを回避するためにも、ニホンの国家承認は早期決着に不可欠なのだ」



「しかし陛下、異星人ですぞ? この長いイルリハラン……いえ、フィリア全体で土地ごと来た異星人を国家として承認するなど前例がありません。フィクションでも私の知る限り視聴した試しがありません」



 国王だからこそ穏便な言い方だが、もし他の議員が言えば罵詈雑言だっただろう。


 国と言うのは一切前例がない事例を扱うのをとにかく嫌う。全てが手探りで進めなければならず、どこに任せ、どう法律を調整または改正し、誰を責任者にするのか分からないのだ。書類だけで山のように溜まり、国内外で手回しをしなければならない。


 要は面倒事はご免だし責任は負いたくないのだ。



 まだ検疫問題も今のところないだけで完全に解消されたわけでもない。ニホンの情報を深く得られるラッサロン浮遊基地や政府内ではニホンを信用しても、議会や国民はまだ多くを知らない。それで半月しか知らない異星国家を正規の国家として承認するのは無茶もいいところと言えた。


 それにレーゲンとの問題は外交だ。ならば外務省、外務長官、国王が解決をするべきであって、ニホンを国家承認して解決するのは筋違いとも言える。



 ハウアー国王はもちろん承知している。伊達に長年国王をしていない。


 少なくとも正攻法では短期解決は不可能なのがハウアー国王の認識だ。何を狙ってかは不明でも、ユーストルのために国際部隊をぶつけてくるほどだ。余程の決意がなければせず、普段のやり方でやればすさまじく時間が掛かってしまう。



 ではどうすれば長期を短期にするのか。予想外のことをするしかないのだ。


 大幅な譲歩も手だが国家元首としてそれは出来ない。何も失わずに傲慢な相手を黙らせるには、相手の想定を上回る手でないとならないのだ。



「どんな事例にも必ず初がある。今では全世界で成しえたグイボラ絶滅も、シィルヴァス共和国が提言した時は多くの国が嘲笑をした。我が国とてそれは同じだった。しかし不可能と言われた天敵であるグイボラを我々は成した。それもまた前例のないことではないか?」



 数十万年もの長きにわたり苦しめたグイボラの絶滅。当時では誰もが口をそろえて不可能だと言った。グイボラを多大な犠牲を出して殺した事例はあっても絶滅までは誰もが考えしなかった。



 しかしリーアンは成した。異星国家を正規国家として承認するのが初なら、百年前に達成したグイボラ絶滅もまた史上初である。


 そういう意味では初か初ではない議論に意味はなかった。



「確かに時間は短い。知らないことは多い。危険があるかもしれない。この選択の果てになにがあるのか分からないが、何もしない選択は最も愚かなことと考える。逆を考えてほしい。ニホンは異星で栄えた先進国家だ。同等の文明とはいえ、レヴィニウムもフォロン結晶石もない星の文明は我々社会に想像もできない成長をしているのかもしれない。空に立たず、地に付き、地下資源をふんだんに利用するのも我々には出来ないことだ。それらの情報を得て活かせれば、どれだけの変化がこの閉塞した社会に起きるだろうか。生物学的にも全く異なる遺伝子情報を万単位で得ることができる。既存の医療とは根本から違う方法をニホンは採用しているかもしれない。確かに我々はまだニホンの事を深く認知していない。だがそれはこれから知っていけばいいのだ」



 政府として敗けることは決して言ってはならないが、決着の一つとして考えなければならない。ニホンは文字通り宝の山だ。しかもイルリハランに対して友好的な態度を示しているのに、限定戦争に敗けてユーストルを実効支配されてはどう終着するのか予想も出来ない。



 ニホンは自衛しかしないとはいえ、存続の危機に立たされれば身を守るために動くだろう。そうなるとレーゲン軍か国際部隊の衝突となり、最悪全滅もありえていつか放射性物質がまき散らされる。少なくとも殲滅を表明するレーゲンがニホンと交易をして活かすとは思えない。



 地下資源採掘のためにニホンを植民地にするだろうが、いくら立場上低姿勢をしなければならないとしても屈辱を快く受け入れる国はない。


 その余波はマルターニ大陸だけでなく、エルデローやユリタシア大陸に広がるだろう。


 この初動こそが良し悪しの時代に向かう分かれ道なのだ。



「陛下、ニホンを国家承認して済むのは我が国の問題ではありません。一ヶ国でも地域を国家として承認すれば、国際的な安全保障の議論を余儀なくされてアルタランへと引き上げられます」



 慣習的にある国が自国内の地域を新国家として承認した場合、安全保障の概念から国際的な議論が行われる。その新国家は元国家とはもとより他の国とも貿易や外交を結ぶため、必ず行わなければならない。



 ニホンを国家として承認する場合、異星が付こうとその手順は変わらないため軍事行動の議論とは別に議論をされるのだ。


 レーゲンが恐れているのはこの慣習が変わらず行われ、安保理のあいだ軍事行動を止められることにある。そうでなければ無理やりな国際部隊による侵攻は行わない。



 イルリハランもアルタランが軍事的に行動をするのは避けたいが、国家承認に関する安保理議論は休戦を促進する意味も兼ねて推奨していた。


 現状、国際部隊の攻撃を早期で防ぐには旗艦を落とすかアルタランからの要求以外にない。



「陛下のお気持ちは国家承認をアルタランへと引き上げ、安全保障から一時休戦をさせることにありましょう。ですがアルタランの安保理で国家承認を否決された場合、ニホンだけでなく我が国も国際的に信用を失います。そのことにつきましてはどうお考えでしょうか?」



「確かに選択肢を誤れば全てを失うだろう。ユーストルはレーゲンに奪われ、ニホンは滅んで殺人物質が巻かれる。そして国際的信用を失えば経済的損失はすさまじいだろう」



 そう。選択を誤ればイルリハランは且つてないほど窮地に立たされる。国家存続とまではいかないが、ここ数十年は修復困難な事態にはなろう。


 国は出来る限り天秤を傾けない運営をしなければならない。一個人であればよくとも、政府が抱えるのは七八〇〇万人だ。急激に傾けすぎて修復不可能な事態だけは決してあってはならない。


 が、時として国は正負どちらかに大きく傾けなければならない決断を強いられる。



「後悔は先には訪れない。今ここでニホンを見捨て、将来的に擁護をするべきだったと考えたところで遅い。厄災がニホンの中に燻っていようと、あると見て行動をすれば十分に制御可能だ。医療省、技術開発省等の省庁も警戒しつつもニホンとの国交を望んでいる。突然とはいえ訪れたこの歴史の分岐点に我々はいるのだ。安易な結論ではなく、未来を見据えての議論を望む」



 提案した以上は国王の考えは国家承認だ。右院と左院はそれぞれ議論を行い、多数決によってそれぞれで可否を決めて総合による可決を取る。


 こればかりは王の命令で可否を決められず、否を選んでも議員への処罰は法によって認められない。あくまでハウアー国王はニホンと国交を結んだ際のメリットを語るしか出来ず、あとはニホン国家承認賛成派と懐疑派で議論が広げられ、落ち着いたところで多数決を取る。



「陛下、しかし我々議員とて一般以上のニホンの情報はそう掴まされてはおりません。一般公開している程度の情報のみで議論をするのはさすがに困難かと」


 一人の議員が厳しい表情で国王に訴える。



「現在メディアに公開している情報は、ユリアーティ偵察部隊が入手した情報を一部控えているだけである。まだ公開していない情報も時期を見て発表するが、その情報を発表したところで議論に影響はないと考えている」



 ここで秘匿しているのは主に向こうの文字と数字、秘密裏にニホンとやり取りをした決め事だ。これは時期を見て別の機会で得た情報としてするとして、文化的なことはそのまま公開している。必要とはいえフォロンの有無から殺人物質をそのまま公開しているから提供する線引きは比較的高めだ。



「陛下、いかに国家承認を議論せよと言われましても、詳しい情報無くして正しい選択は出来ませぬ。どうかユリアーティ偵察部隊、強いては対象であるニホンの政府関係者と話をさせてはもらえないでしょうか?」



 もちろん戦地、検疫と治安の関係から対面しては出来ない。するのであればモニター越しでの会話となる。



「陛下、議長としましてまずは議論を行う前にこの要求による決議を両院で行うのが極めて重要と考えます」



 右院、左院は議長を中心に議論を続け、挙手により議員が口を開いて提案や持論を展開し、議長がまとめ上げて決議に移る。一日に行う議題は両院共に同じで題数によって議論の時間が異なり、基本的に両院議長以外は情報のやり取りが出来ない。



 つまり、どちらかで予定とは違う上に有力な提案をすると、議長を通じてもう一つの院に伝わって等しく議論をするのだ。


 ここではニホン国家承認の段取りとして、当事者と当事国の声を聞きたいと提案した。よって右院がそのことで議論を開始すると右院議長は左院議長にこのことを伝え、強制的に議論に移され決議を行う。当然国王もこのことによる決議を決めなければならない。



「……よかろう。決議を取り給え」



 言ってしまえば記者会見の延長線だ。あの場ではテロ対策から議員を始め閣僚も言っていない。記者たちが代弁したとしても自分の意思で聞かなければ意味がない場合もある。


 今は時間が惜しいが、必要とあれば回り込まなければならない。


 ハウアー国王はすでに認めることを決め、おそらく両院ともに可決するだろう決議を静かに見守った。



      *



『国王陛下、右院、左院、三決議全てにおいて《ニホン国家承認をするために参考人を召喚する決議》は賛成となりました』



 テレビの中で左院議長が決議結果を報告する。


「リィア隊長」


「議会で決議が出た以上は従うしかないな」



 九時五十五分。ラッサロン浮遊基地多目的室にて議会中継を見ていたルィルはリィアに声をかけた。


 戦闘開始から二十四時間が過ぎ、ルィルたちの待機もレーゲン軍分隊の奇襲以来待機が続けられていた。



 今までの報告書を含め奇襲の報告書も終わり、いつ命令が出るか分からずひたすらに時間だけを浪費していた。戦いに参加したい気持ちはあれ、適材適所で自分の役目を果たすためと気持ちが昂る度に一度深呼吸をして気持ちを整える。



「私たちは大丈夫でしょうけど、ニホンとなるとキノミヤですよね。となるとまたニホンに向かわないと」



 議会の決定と言うことは王の意思もあるから絶対だ。テレビ通信による議会とのやり取りならば、ラッサロンか最低でも巡視船以上の浮遊艦内でないとならない。間違いなく迎えるためにこちら側からニホン前線基地へと向かうだろう。



「今回は国の指示だからな。一昨日や昨日みたいにこそこそせずソルトロンか他の巡視船で堂々と向かえる」


「ですがニホンへの意思伝達はどうしますか? 発光信号で近いのがありますか?」



 イルリハランとニホンが秘密裏に決めた発光信号による意思伝達。色々とな場合に備えて決めたとあるが、その話に参加していないルィルはどういう内容のを用意したのか分かっていなかった。



「堂々と言っただろ。発光信号は秘密裏にするためなんだから無駄に使って感づかれる必要はない」



 ひょっとしたらニホン側からラッサロンに発光信号を送ったことを見られた可能性がある。一度だけなら意味不明でも、ラッサロンからニホンに送って見られると何か意味があるとすぐには分からずとも指摘をされるかもしれない。


 今回は国から暗に行けと言われているから、リィアの言う通り事前通告は不要だ。



「これは個人的な愚痴ですが、そのままニホンを国家承認してしまえばスムーズに進みましたよね」



 これはルィルの勘だが、恐らくどう動いても議会はニホンは国家承認する。通常ルートの外交ではエルマ曰く絶対に向こうは折れない。かと言ってイルリハランも折れないから戦力を投入し続け戦火拡大していくだけだ。早期に向こうの意思を折るのなら立場上上位となるアルタランに言ってもらうしかない。



 いかに建前として聖地奪還と異星国家殲滅の大義名分で動こうと、フィリアの国家として議論をするのであれば一考を余儀なくされる。ここで強行すればいよいよ世界軍が相手となって、本音かもしれないフォロン結晶石が大量に埋蔵したユーストル支配は困難となろう。



「この一週間を考えたらそうだろうな。だが来年、五年、十年を考えるのが政治家だ。目先の事ばかり見て考えたら、おいそれと国家承認は出来ないだろ」


「やっぱり検疫ですか?」



「それと技術や文化の浸食だろ。単に地下資源の大量供給なら発展で済むが、ニホンの文化や技術が広まって収拾がつかなく制御が出来ないのは恐れるかもな」


「そのことでの決着は、ユーストルに一つ試験的浮遊都市を建設することで着けるでしょう」



 目の前にエルマが来て微笑みながら話してきた。


「それはニホンの文化を試験的に受け入れて、どう変化をするのかを検証する浮遊都市ということですか? 異星文明の流出をユーストルで留めるために?」



「そういうことです。ニホンと繋がることでどんな変革を起こすのか、真っ新な浮遊都市で実験を行い、問題の有無を見定めて広めれば安全に変革を広げられるでしょう。幸いユーストルは世界一のクレーター、流出防止には打って付けの地形です」



「それはもう政府の考えなのですか?」


「いえ、これはまだ僕の考えです。ですが、合理的に考えるとそうなるでしょう」



 確かに理に適っている。無制限に流出してしまっては惑星外外来文明として制御不能の汚染として広まってしまうが、制御の有無を見定めるために敢えて汚染させる浮遊都市を設置すれば済む。


 ここユーストルも見方によっては天然の檻だ。監視しやすく御しやすい。



「まあニホンとしても無制限の流出はしないはずです。今のニホンのアドバンテージはこの星にはない文明の保持ですから。全てを流出されては地に付くニホン人以外カードが無くなってしまいます。出すとしても少しずつで重要な部分はまず出さないでしょうね」



「……ということは、ニホンの活動範囲は転移区域からユーストルに広がる?」



 エルマの案を考えるとそうなる。少なくとも変革推移を図るためにイルリハランとニホンはユーストルの共同開発をしないとならない。地下資源の調査と採掘のために進出するし、貿易のための港もニホン側は作らないとならないだろう。


 主権こそイルリハランとはいえ、ニホンのユーストル進出を認めるのは安易に想像できる。



「ありえますね。いちいち出入国手続きをする手間を考えたらある程度は緩和するかもしれません」



『ユリアーティ偵察部隊に出動要請。先ほど議会にしてユリアーティ偵察部隊及び異星国家ニホンより参考人を数名テレビ通信への召喚命令が出された。ユリアーティ偵察部隊は直ちに浮遊巡視船ソルトロンにて状況を説明、了解を得てラッサロン基地へと案内すること。繰り返す――』



 出動要請が出たことで一日ぶりにユリアーティ偵察部隊は動く。


 出来ればこれが最後で、明日には気を落ち着けることを願って。

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