第15話『それぞれの思惑』



「ウィスラー大統領、ご冗談、ではないのだな?」

『ハウアー国王、いくらなんでもそんな冗談を言うわけなかろうて』


「だがニホンも黙ってはいまい。いや、我が国もだ」

『これは決定事項なのだよ。我が国は同盟国と共にユーストル奪取のため向かうことを決定した』


 九月二日、午後五時より急きょ執り行われたイルリハラン、レーゲンの首脳テレビ会談。しかしその内容は平和とは程遠いものだった。


 ハウアー国王の目にあるモニターに映るのは、背広を着る初老で髭を生やし髪の毛が一本もない男性。第十五代レーゲン共和国大統領、ウィスラー・バルランム。


 性格は実にレーゲン国民と言えて、欲しいものは力によって手にしてきた。力は腕力から始まり地位や権力、時として男としての立場でも『力』として。


 そんな男にとって最高の名誉であり力の権化と言えば言わずもがな。国家元首だ。


 だからこそウィスラーはレーゲン共和国大統領最大の特権である直属軍を使い、国教の聖地であるユーストルの確保に躍起していた。


 実効支配しているイルリハラン軍の目を掻い潜り、何とかして実効支配の権利をレーゲンへと移そうとする。戦争をすれば簡単でも聖地を戦場にしたくないことから穏便にしてきた。


 しかしニホンと言う存在によって大きく考えを変えてしまったようだ。

 おそらくきっかけは外務省経由で突き付けたニホンへの謝罪要求だろう。


「そこまでしてレーゲン政府はニホン政府の謝罪には応じたくないと」


 ニホン政府による謝罪要求は至極全うだ。交渉の決裂の果てであればまだ理解の余地はあれ、一切の対話もなく他国の領土に侵入した上で攻撃をしては、レーゲンはそもそも発言権すら与えられない。


 イルリハランも断固とした非難を表明し、制裁として一部の貿易を禁止にしている。


『ニホンは異星人であるぞ。なにゆえ謝罪をせねばならない。貴国もだ。なぜ聖地を侵略しているニホンに対して断固とした処置を施さないのか甚だ疑問だ』


「ニホンは空想上の異星人のような野蛮で暴力的で怪異な形相をしていない。我々に近い姿、同等の知性と文化を持ち合わせいるのだ。史上初の存在を、不安の一言で薙ぎ払っては後世にどう語り継がせればいい」


『貴国はあのニホンをどうするつもりだ』


「交流をする上では危険性はないと判断している。その上で病気など危険がないと判断すれば、我が国はニホンの主権を容認する構えだ」


 イルリハランにとって脅威なのはニホンが攻め入ってくるかどうかであるが、知れば知るほどその可能性は低いと判断せざるを得ない。あの記者会見も含め、交流の映像を見ているがどうして侵略を企てる国家と言えよう。自ら侵略は出来ないと明言し、積極的にユーストルに進出しようともしない。


 なにより空に立つにはあの騒音を発する非浮遊機やジェット機を用いらなければならないのだ。空に立つコストが高ければ数を増やせず脅威は比例して下がる。であれば監視網さえしっかりすれば防ぐことは可能だ。万が一レーダーに引っかかりにくいステルス機を保有しても、物量などたかが知れている。


 その時は飽和攻撃をして排除すればよく、一国家として扱えばまず問題はないのが現段階での判断だ。


 ならば世界は認めずともイルリハランとしてはひとまず主権を認め、より多く交流を続けていくのが無難であり国益につながる考えであった。


 そしてニホンがレーゲン政府に対して謝罪要求したのもこの判断を急がせた。政府への謝罪と言うことは事実上の主権を容認しろと言っているようなもの。それを受けてしまえばレーゲンが最初のニホン承認国となってしまう。それは国際関係上好ましくなく、おそらくニホンもそれを狙って要求をしたはずだ。


 国家として認めざるを得ない状況で、さらに間接的に要求する政治手腕は見事と言える。


 なのに隣国レーゲンはニホンの主権も人権も認めず、侵略的異星人として駆逐し、そのどさくさに紛れてユーストルの実権を握ろうとしている。


「そしてユーストルは建国より我が国の領土だ。レーゲンでは聖地としようとも割譲するわけにはいかない。もし国際部隊を出すのであれば、我が国も領土防衛のため出動させる」


『もとよりそのつもりだよ。あの偉大な神が降りる聖地を国立公園とし、さらに異星人に居座らせるなど我が国では到底理解出来ないし容認も出来ない』


「ニホンも黙ってはいないぞ。あの国は戦争こそしないが防衛はするという。その防衛の範囲ははてさてどのあたりだろうかのう」


 ニホンは記者会見の時に侵略はしないが自衛はすると言っても、その自衛の範囲についてはどこまでとは言っていなかった。つまり攻撃をする浮遊艦を落とすのもまた自衛の範疇にはいるのだ。果てには相手国の軍事基地までを自衛とする可能性もある。


『なに、映画のように過小評価をして大打撃は受けんよ』


 そう話すウィスラー大統領。話をしているのがイルリハランの国王であることを気にしていないようなそぶりだ。


 ニホンを攻撃する前に、イルリハランの主力浮遊基地の一つであるラッサロン浮遊基地がいる。いかに国際部隊を編成したところで戦力的にはまず敵うはずがない。


 軍事上、攻める場合は相手の防衛力の三倍の戦力を必要とする。ラッサロンがいるユーストルを攻める場合、平たく言ってラッサロン三つ分の浮遊基地と、さらにニホン軍の三倍の兵力を持って勝利が可能となるのだ。いかに定期訓練で三ヶ国分の戦力を集めたところで、総力戦でない限りまず不可能である。


 あれを除けば。


「……まさか特務艦を出すつもりか!」


 ハウアー国王は身を乗り出して叫んだ。ウィスラー大統領は微笑んだまま返答をしない。


「あれを出すのであれば我が国としても穏便にとはいかんぞ」

『これもまた平和のためだよ、ハウアー国王。いかに平和を望むと口ずさもうと、頭の中までは分からない。口ではなんとでも言えるのだ。実は密かに侵略の青写真を描いているかもしれん。であれば、事を起こす前に駆逐するのが平和への道ではないかね?』


「映画と現実は違うぞ、ウィスラー大統領」

『世間を見たまえ。市民だけでなく各国家もニホンを不安視して、擁護しているのは貴国と片手で数えるくらいだ』


「だからこそニホン問題は我が国で処理をする。余計な問題を入れるな」

『貴国がユーストルから手を引けばそれで済む。もう一度言う、ハウアー国王。ラッサロン浮遊基地をユーストルから撤退させろ。我が国が欲しいのはユーストルだけだ。そこからのイルリハラン領には微塵も興味がない』


「承服しかねる。ユーストルは我が国の領土だ。そして不安の一言で異星国家ニホンを滅ぼさせはせん」


 結論はもう互いに分かっている。この会談はいわば単に自国の意思を伝えるにすぎず、例えこれから何時間と続けようと折れることはない。


 ニホンがきっかけだが巻き込む形でイルリハランとレーゲンの開戦が決定した。


『侵攻は明後日の九月四日、兵士の命を重んじるのであれば撤退する方が賢明であるぞ』


 そこで通話は終わる。

 ハウアー国王は一度、強く握り拳をテーブルにたたきつけた。


「…………大至急エルマを呼べ!」


 ニホンの声明を求むと非公式で情報を流していたが、おそらくこの非公式情報を流す時点で侵攻は決めていたのだろう。記者会見を開こうと、交流の条件として謝罪要求しようと結局は攻める。


 ではなぜこのようなことをしたか、それはレーゲンの感情を逆なでさせて侵攻の動機づけにさせるためだ。


 声明に対して不満を。謝罪要求で不服を募らせ、ニホンの存在を悪として攻め入り、ニホンを滅ぼしイルリハランから支配権をもぎ取ろうとしているのだ。


 皮肉にもレーゲンの手のひらで踊らぬよう苦労したのも含めて手のひらで踊ろされた。


 屈辱の極みだ。


「フィルミはいるか?」

「は、ここに」


 ハウアーとは旧知の仲で相談役であるフィルミが隣に立つ。


「おそらく足りない戦力をバスタトリア砲で底上げするつもりだ。そうなればこちらも用意するほかないと思うが、どうだ?」


「いかにウィスラー大統領とはいえ、使ってはならない兵器を使うとは思いませぬ。ブラフとしてこちらのをおびき出し、国際社会に訴え評判を落とす可能性もあります」


 世界最強の兵器と言えば聞こえはいい。さすがに射程距離では大陸間弾道ミサイルこそ負けてしまうが、コストが安くその他のミサイルでは迎撃されてしまう。なのに実戦で使おうとしないのは、戦場以外にも被害を出してしまうからだ。


 戦場内にある敵艦隊だけを落とせるのであれば良くても、射程距離が長いため目的だけでなくそれ以外のところにも被害を出してしまう。

 抑止力としてはそれで充分でも、実際に使うとなれば対応は変わる。


「ですが異星国家を考えるとブラフとも言えませんな」

「超文明の異星人であればふさわしい使い道だが、相手はフォロン関連以外はほとんど同じだ。むしろ少し劣るとも言える国相手に破滅の兵器がふさわしいとは思えん」


「おっしゃるとおりです。劣ると言いましてもレヴィロン機関による浮遊機の有無だけですので、技術的には同等と言っていいでしょう」


 その時エルマから通信が入った。

『ハウアー国王陛下、お待たせして申し訳ありません』


 正面のモニターにエルマが映る。

「急な呼び出しすまないな。今どこにいる?」


『現在本日の交流が終わり、浮遊巡視船ソルトロンでラッサロンに帰投しているところであります』


「そうか……戻っているところすまないが、今すぐ信用できるものを数人連れてニホンに向かってくれ」


 その命令にエルマは一瞬硬直する。

『それは交流地ではなく、ニホン本土でしょうか?』

「そうだ」


 ハウアーはつい先ほどのテレビ会談の内容をエルマに伝える。この通信は軍用だ。レーゲンが盗み見ることはないのでほとんどそのままを話した。


『こちらの行動は全て裏目になってしまいましたか。すみません、叔父上』

「いや、お前が謝ることではない。不甲斐ないのは王であるこの私だ」

『そんなことありません』


 身内だからこそハウアー王も弱音を吐ける。


『侵攻開始は明後日ですか。では明日、今すぐにも来ると思った方がいいですね』

「お前もそう思うか」

『いつものレーゲンであればこんなことありませんでしたが、異星人が間に入れば嘘も通ると思っているのかもしれません。主権も人権もニホンにはありませんから』


 現在ニホンはみなし国家として対応している。外務省によればニホンは法的には国内で突然独立を宣言した自治体と言え、言ってしまえばニホン全土でイルリハランの主権と人権が適応されると言う。


 もちろん方便でニホンもイルリハランの法の庇護下に入ることは拒否をするだろう。向こうには向こうの国としてのプライドがある。


 しかし主権と人権がなければ何をしてもいいとは実に野蛮な考えで、現代人とはとても思えない。法的な権利はないが、あってしかるべき国家とハウアーは認識している。


 だからアルタランでは認められずとも、イルリハラン国内では認めるべきとの考えがあった。


 ニホンもまた国内にはないリーアンへの人権などを認める考えを持っているはずだ。少なくとも記者会見から、ニホンと言う国は清濁の情勢を語るだけの誠実さを持っていると分かる。


 政治は基本的に綺麗事しか言わない。国民からの不満、他国からの反発を防ぐためだが、不備を認めて前進する意思を見せる政治こそ正しいものとハウアーは持論を持っていた。


 だから綺麗事しか言わないだろうと踏んでいたニホンの考えが改まった。


「いくら異星人とはいえ、誠意をもって来るのであれば誠意を持って返すのが筋だ。これでは映画の異星人と何も変わらん」


 むしろニホンからレーゲンを見れば侵略思想の異星人だ。果たしてレーゲン自身そのことに気づいているかどうか。


「専門のお前の方が詳しいだろうが、ニホンの防衛はどうだ?」

『詳しいことはさすがに聞けませんでしたが、ミサイルに関してはいついかなる場合でも対処できるようになっているそうです。ですがバスタトリア砲に関してはどうしようもないでしょう』


 バスタトリア砲搭載の特務艦は一般的な駆逐艦とまったく同じ外見をしている。純粋にバスタトリア砲専用の外見にすると衝撃波対策からとても駆逐艦には見えず、そうしないと集中的に狙われてしまう。そのことから外見を偽装して登録から何まで駆逐艦として扱うのが世界の常識だ。


 イルリハランが保有する特務艦もやはり駆逐艦の外装で誰にも知られず任務に当たっている。


『昨日の今日で話すのは気が引けますが、脅しとしてではなく脅威として迫っている今となっては話さないわけには行かないかと』


 おそらくレーゲンは実戦経験のないバスタトリア砲を投入させてデータを収集するつもりだ。イルリハランや仮想敵国ではさまざまなしがらみはあってもニホンにはそれがない。


 主権や人権などを与えられては手を出しづらくなるため、ニホンに攻め入る理由をああして出してきたのだ。イルリハラン程度ではまだ言い逃れができても、アルタランが承認してしまえば加盟国であるレーゲンは手が出せない。


「だから呼んだのだ。エルマ、レーゲンとバスタトリア砲の情報を伝える代わりに、対価分の情報を得て来てくれないか?」

『了解しました。ニホンは話が通じる方々です。政治的考えで言えない場合もありましょうが、向こうの最強兵器がなにか聞いてきます』


「すまないが行ってくれ」

『はっ』


 エルマは左肩に右手を当てる敬礼をしてモニターは切れた。


「こうなれば我が国だけでなく、アルタランでニホンを国家承認をさせるほかない」


 外交力不足で戦争は避けられない。だが国家元首としてやれることはまだある。

 向こうの大義はニホンが国家として承認されていないならば、世界が認めてしまえばいくらレーゲンとはいえ攻め入ることは出来ない。


「いや、まずは我が国から始めるか」

 ハウアー国王は席を立った。

 この数日が勝負だ。


      *


 ミサイル護衛艦〝ひえい〟は、レヴィアン問題が大きくなる寸前に就航できた新造艦である。


 レヴィアン落下に伴い、弾道ミサイル迎撃を前提に大気圏外から音速の十数倍から数十倍の速さで落ちてくる飛翔体迎撃も念頭に建造された。


 元々ははたかぜ型が退役するに合わせての後継艦で、国際情勢を鑑みると当時運用していたイージス護衛艦六隻では日本を護衛するには心もとなく、米軍が出てくるまで確実に本土を守るため、新たに建造されたのがはるな型護衛艦二隻だ。


〝はるな〟と〝ひえい〟は共に海自の命名基準である山岳に当たる榛名山と比叡山から来ており、第二次世界大戦では旧日本海軍の主力である超弩級巡洋戦艦の名前にもなっている。


 自衛隊になっても〝はるな〟と〝ひえい〟は護衛艦として蘇り、イージス艦として生まれた二隻にも受け継がれ三代目に当たる。


 すでに就航している〝こんごう〟と〝きりしま〟もまた第二次世界大戦では超弩級巡洋戦艦として活動しており、一部の人々はイージス艦として四隻が揃ったことを喜んだ。


 DDG‐184の〝はるな〟は呉基地を母港に、DDG‐185の〝ひえい〟は横須賀を母港として、国土転移に伴い最新の〝ひえい〟は接続地域を護衛するため須田駐屯地から五キロ離れた水深がそこそこ深い海域で停泊。電子の目で半径五百キロ近い空域を見張っている。


 しかも日本の海にはフォロンがないこともあって水上艦と潜水艦を心配する必要がない。常に空に目を向けられるため、余剰人員を削減すると同時に日本籍となった元第七艦隊のイージス護衛艦に人員を割り当てるための訓練が行われていた。


 九月二日、午後五時十分。〝ひえい〟艦橋では艦長である椎平哲也(しいらてつや)一等海佐が艦長席に座り、青から朱色に変わろうとする異地の空を眺めていた。


 このフィリアも地球の太陽系と同じく東から日が昇って西に沈む。広大な星であっても自転時間と地軸がほぼ同じであるため気温以外は地球の九月に近い。地球より一ヶ月多くあってもそう大きくは変わらないようだ。


 この〝ひえい〟には防衛相よりミサイル破壊措置命令が発令されている。万が一イルリハランかレーゲンよりミサイル攻撃がされ、それが日本に向かっていると明確であれば政府の判断を待たずに迎撃することができる。これはイルリハランと交流で伝達済みで、後にイルリハランから批判を受けることはない。


 護衛艦や潜水艦など、洋上や水中で活動する自衛艦の艦長は、即座の政府判断が聞けない場合独自の判断で動くことを強いられる。建造費数百億の自衛艦と百人から二百人の隊員の命が一言の命令次第で失うことを考えれば、多少なり政治的判断をしないとならないからだ。


 護衛艦〝ゆうだち〟が中国人民解放軍海軍所属の〝連雲港〟に至近弾を受けたとき、自衛権の行使が出来る状況から回避行動を取ったのがその象徴といえる。


 異地調査の初日にレーゲンによるミサイル攻撃でも、ミサイル破壊措置命令に従い椎平艦長の判断により迎撃を行っていた。しかし向こう側の人的被害を防ぐために飛行艦への攻撃は厳禁。あくまでミサイルの迎撃のみ〝ひえい〟には武力行使が認められている。


 まさか戦後の日本が最初に戦うかもしれない相手が異星人とは、一体どこの映画と思ってしまう。異星人と戦うのはアメリカの十八番で日本は名前が出てくる程度だ。ある異星人侵略の映画では敵の乗り物を大阪で撃退したとセリフが出ても大抵はやられ役だ。


 怪獣映画でも同じく出動しても勝った作品は数少なく、フィクションでなければならない展開が現実となった。


 だが国防軍として、海上自衛隊として、護衛艦に乗る以上は最大限の任務を遂行して接続地域と日本を守るしかない。


『CICより艦橋』

 CICと呼ばれる戦闘指揮所より艦内通信が入り、椎平館長はすぐさま無線機を手に取る。


「艦橋よりCIC、こちら艦長」

『レーダーに感あり。方位〇‐三‐〇、距離二百キロ。レーゲン側円形山脈より感一。大きさは乗用車程度。飛行艦かの認識は不能。、速度五百キロにて移動中』


 異地の国家でもステルスは実用化され、二百メートル級の駆逐艦でもレーダーで認識するのはバス程度の大きさだ。乗用車の大きさでも実際はもっと巨大である可能性がある。


「予測進路は日本とラッサロンどっちだ?」

『関東方面に向かっている模様』


 距離があればわずかな角度で東京にもラッサロンにも行ける。


「監視を厳に。日本に向けミサイルが発射された場合は破壊を許可する」

『了解。移動物体よりミサイルが発射された場合破壊する』

 異地の乗り物は七百キロ程度が最高値と聞いている。欺瞞情報の可能性はあっても情報通りに動けば判断材料にはなる。


 こういう時IFF(敵味方識別装置)がないのが苦しい。国交も平和条約も結んでいないイルリハランを味方として識別するのは軍事上できないが、状況では識別したいものだ。今は手動でマーキングしているが新規で来るとその判断に遅れが出る。


「副長」

「はい、艦長」


 同じく環境にいた副船長である副長の伊草俊夫(いぐさとしお)三等海佐に声をかける。


「……いや、なんでもない」

「艦長、今の状況は映画さながらでも現実です。でも映画でもないんですからただやられ役で終わることはありません」


 まるで心中を察したように副長が助言をする。いかに艦長であり〝ひえい〟では最高責任者でも、命のやり取りを間近ですると実感してくると平時以上に責任がのしかかって来る。それも異星人を相手にすると尚更だ。


 よく反戦主義者は自衛隊は人を殺すために訓練をしていると言うがそうではない。日本を守るために訓練をしているのだ。結果的に人を殺す訓練をしてもその意味合いは大きく違う。椎平艦長、伊草副長以下、自衛官全員別に人を殺したいから国防軍に入ったわけではない。中には銃を撃つために入った人もいるだろう。資格を得るため、安定した生活のためといるが、やはり多くは日本と日本国民をあらゆる脅威から守るために入隊した。


 その初実戦が異星人とは数奇な運命でも、副長の言う通りこれは現実であってフィクションではない。撃てば死ぬし撃たれれば死ぬのだ。


『CICより艦橋』

 再びCICより通信が入った。


「艦橋よりCIC、こちら艦長」

『所属不明の飛行体、距離一九五キロにて消失しました。再探知しません』

「それは地上すれすれで移動しているな。警戒をそのまま継続しろ」


 いくら円周が広く地平線の距離が遠くなっても、丸い以上直進しかしないレーダー波はいずれ地上付近から離れていく。その当たらない地上近くを移動されれば当然反応は消える。


 そのためにレーダーパネルなどは高い位置に置いて少しでも遠くを見るよう設計されていた。


 異地の駆逐艦では数百メートルから数千メートルの高さから探知が出来るのでこのような事態はまず起きないだろうが、水上から離れられない護衛艦ではどうしても後手に回る。


 おそらくラッサロン基地では今も探知しているはずだ。

 もしレーゲンであれば巡視船でも駆逐艦でも出航させるだろう。海から先はイルリハランの領土。日本以上に領空侵犯が起きれば動かなければならない。


 レーダーから消失したからといって〝ひえい〟が動く必要はないのだ。あくまで動くのはミサイルが日本に向かった時だけでいい。


「そう言えばイルリハランは軍は出ても沿岸警備隊……いや違うか、国境警備隊は出てきていないな」


 侵略であれば一発で軍隊だが、レーゲンのような領土問題では軍の前に国境警備隊が出てくるのが普通である。


「国境警備も軍が兼用しているのかもしれませんね。正しい意訳かは分かりませんが軍で巡視船を運用していますし」


 イルリハランだけで面積は地球の総面積並みかそれ以上だ。しかも人口が地球の九十分の一となれば准軍用ではなく軍用レベルの装備でないとカバー出来ないのかもしれない。もしくは準軍事組織の考えがないか。


『CICより艦橋。ラッサロン天空基地を護衛する駆逐艦α、βが所属不明飛行体方面へと移動を開始』

「艦橋よりCIC。了解、引き続き監視を続けてくれ」

「さすがに高さがある分探知範囲は向こうが随一ですね」


「向こうの技術が手に入れば護衛艦を飛ばすんだがな」

「空飛ぶ護衛艦ですか、まさにアニメの世界ですね」

「それが現実である以上順応しないとな」


 防衛上今後日本がこの世界に居続けるのなら、護衛艦を浮かす改修は必然だ。


 戦術的に見て高さ次第で雌雄が決するのは歴史が証明している。空中と水上では優劣はもう決まっているから、何とかして同じ目線に持って行かねば外交上でも日本は不利になるだろう。


 椎平艦長は双眼鏡でラッサロンから離れていく米粒の点を眺めた。


      *


 空から見ると須田駐屯地は奥行きが短く幅がとにかく長い形として建設が続いている。


 これは陸続きの浜全てを駐屯地化して人の出入りを厳格に管理すると同時に土地問題があった。


 緊急事態宣言による避難によって近隣の住民は全員いなくなったが、土地の権利まではさすがに奪うわけには行かない。それでは独裁政治となんら変わらず、野党と国民から非難は必至であることから浜辺のみとなった。


 が、浜辺となると土台作りからしないとならないので建設はスムーズにはいかない。建物もプレハブでしっかりとした物ではないし、土台作りもまだ一割から二割しか出来ていなかった。


 特にオスプレイやチヌークと言った大型ヘリの安全な運用は厳しく、オスプレイを含む大型ヘリはイルリハランの許可を得て異地側の草原にヘリポートを整備した。


 イルリハラン曰く、領空への意識は強くとも領土の意識はそうでもないそうだ。


 これは大地を拒絶する性格があるかもしれないが、さすがに基地を異地側で拡張するのはだめとのこと。それでもヘリポートの整備を許可してくれたのは日本側はありがたかった。


 午後六時、オスプレイ二機による交流部隊が無事に異地側に作られたヘリポートへと着陸する。


「お待たせしました。ゆっくりと降りてください」

 羽熊達が乗るオスプレイの機内で雨宮が木宮に向けて話しかけた。

「ええ、ありがとう」


 オスプレイ後方のハッチが開き、ゆっくりと木宮は立ち上がるとローターから起きる風で靡く異地の草原へと足を下ろす。そのあとに羽熊が続いて雨宮ら国防軍と続く。


 これで一日の仕事が終わり、簡易風呂に入ってご飯を食べ、そして寝る。であればうれしいがそうもいかない。


 木宮とエルマと言う外交官が参加することでいよいよ国交樹立への協議が始まるのだ。精度の高い辞書の作成に、どのような話をするのか会議を行い、木宮にマルターニ語のレッスンと山積みだ。大学への連絡をしないとならないし、この経験での論文も機密に関わらない程度でいいから書きたい。


 さらに他の言語学者との知識の共有もある。まだ二週間でもこの派遣の終着地点を考えなければならない。

 羽熊はあくまで異地の言語を早急に理解するために千葉大学から派遣しているに過ぎない。みなし公務員であってもさすがに前線に立ち過ぎだ。


「でもみんなも同じだもんなぁ」


 交流の最前線にいるからこそ羽熊は日イ双方で顔を出すが、それ以外の学者たちも不休で働いている。自分だけが弱音を吐くわけには行かなかった。


 胸ポケットにしまっていたタバコから一本手にして口にくわえる。この須田駐屯地でもタバコは一応買えるが、生産は当然ストップしているだろうからあとどれだけ吸えるか分からない。


 そうそう、異地にもタバコはあるらしいから検疫をクリアしたら吸ってみたいものだ。

 ローターから生まれる風の影響で火はつけられず、とりあえずさみしい口を黙らすためにくわえるだけして駐屯地方面へと歩く。


「羽熊さん、この後も仕事で?」

 くわえたタバコを上下に揺らしながら歩いていると、背後にいる雨宮が声をかけてきた。


「ええ、夕食の後は辞書の清書に学者の人たちとの懇談会と木宮さんにマルターニ語のレクチャーとありますね」


 他に論文や大学からのメールともあるが控えめに話す。


「そうか。いえ、もう二週間行動してるから一杯呑もうかと思って」

「いいですね。でもいいんですか? 戦争が起きるかもしれないときに自衛官がお酒を呑んで」


 ちなみに雨宮と羽熊は同学年だ。なのに羽熊が敬語なのは性格にあり、年下や学生でも長時間接しないとまず崩さない。雨宮とは二週間共に活動し、危険な異地で活動してもまだタメ口で話すには何かが足りなかった。


「こういう時だからこそ呑もうと思ってね。それにこれからも付き合うと思うと親睦を深めた方がいいだろ?」


 恐らく酒を交わすことで腹を割って話そうとしているのだろう。それはつまり今後も長期にわたって羽熊は交流に参加させられるということだ。日本政府がどこまでを考えているのか分からないが、最悪アルタランに日本が加盟するまで付き合うかもしれない。


 突然来た異星人が国際組織に加盟するなんて前代未聞どころか不可能でも、外交を続ければありえるかもしれない。いったい何年後になるか分からないが、その頃には羽熊は果たしてどんな職として動いていることか。


「……なら寝る間際ですかね。さすがに呑んで仕事は出来ないですから」


 寝る時間は大体が午前一時から二時。時間に厳格な自衛官ではまず付き合えないだろう。

 その時間に設定するのも、暗に断りを入れると同時に国家存続の危機に仕事放棄で呑めばクビ以外にないからもある。


「じゃあこの戦争危機をやり過ごして落ち着いたら?」

「まあそれなら」


 さすがにこれだけで本音は分からない。けれど一方的に断るわけにもいかないからそう答えたのだった。

 と、周囲を歩く自衛官たちが一斉に背後を向いた。


「六時方向、リーアン二!」


 誰かが叫んだ。同時に肩から下げていた小銃を手早く手にして空へと向ける。


「羽熊さんと木宮さんは駐屯地に!」


 突然のことで事態は飲み込めないがよくはないことは分かる。ここは一目散に安全な日本本土に逃げるべきだが。


「待ってください。戦う気持ちは、ありません」


 聞きなれた声に込めた足の力が緩み、振り返ってその声の主を見た。

 夕日が注ぐ空にいたのは三人のリーアン。お馴染みのルィル、エルマ、リィアだった。


「なんで三人がここに?」


 別れたのはつい三十分くらい前のことに驚きを隠しきれない。

 隊員が一斉に羽熊を見る。こういう時は軽く触れているより深く触れている羽熊が適任だ。


 見知った相手に警戒するのは失礼千万。わざわざ三人が侵略国の接続地域に来る不安はあっても前へと出て話しかけた。


「なにか緊急なことでも? あ、いえ、ようこそ日本へ」


 考えてみれば転移三日目の初接触を除いて接続地域付近でリーアンと会うのは今回が初めてに、羽熊は言い換えて歓迎の言葉を送る。


「出来れば日本を紹介したいですが、追加で交流をするわけじゃないですよね?」

「はい。この三十分で大きく動いたのできました」


 ルィルはもう流ちょうな日本語でも理解出来る。ここはまだ異地でも日本の影響下にある場所。そのことから日本語で話してくれたのだろうとして羽熊は日本語で話す。


「ちょっとまって下さいね。木宮さん、いまこの場にいる人たちだけで話しますか? それとも穎原さんや政府も交えた方がいい気がしますが」


 この異例の事態に政治的変化が起きたことは明白だ。それも悪い意味で。いい意味なら翌日に朗報で伝えても十分良くても、悪いことであれば時間との勝負になる。


「……翌日に回す時間すら惜しんで来たのであれば切羽詰っている証拠です。とにかく話を聞いて上へはその途中から混ざってもらいましょう。どなたか連絡と準備をお願いしてもよろしいですか?」


 記者会見のきっかけとなったイルリハラン製無線機の再来に、それ並みかそれ以上の悪いことを予感される。この時点で悪いことと言えば一つだけだ。


「エルマ殿下、レーゲンは宣戦布告をしたのですか?」


 ルィルの通訳にエルマは簡単な日本語を混ぜながらマルターニ語で応えた。


「はい。レーゲンハ宣戦布告ヲシマシタ。早ケレバ今日、遅クトモ明後日ニハ、ユーストルヘ侵攻シテ来マス」


「木宮さん、レーゲンは宣戦布告をしたようです。早ければすぐにでも、遅くとも明後日には来ると言ってます」

「……そうですか」


 宣戦布告の言葉に木宮を始め隊員の表情が険しくなったのがよくわかる。自衛隊から国防軍になっても根っこは自衛隊であり、不戦七十年以上を貫いて来た日本人だ。こうならないために行動をしたのに水の泡となっては心労はすさまじいだろう。


 場にはレヴィアン落下の時のような絶望感が漂う。


「詳しく話を聞いて貰えますか?」

 羽熊はもう少し詳細に話すよう求め、ルィルの通訳でエルマの言葉を聞いた。


 聞くとレーゲンは日本の声明がないからこそ攻め入る口実にしていたが、実は声明を出そうと何をしようと日本を攻め入ることは決めていたようだ。引き金となったのは謝罪要求で、その映像を見たことでイルリハラン国王と緊急テレビ会談を開き、ユーストル奪還のため宣戦を布告した。


 なら日本とイルリハランがしてきたことは何だったのかと言えば、単にレーゲンの好戦的な性格を刺激するため、もっと言えば戦争へ世論を煽るためだったらしい。今現在でレーゲンの世論では日本を滅ぼせと言う考えが九割を超えているらしく、その原因は国教で聖地にしているユーストルを占拠しているからとのことだ。


 ただでさえユーストルの存在でイルリハランとレーゲンが対立している中に、全く無関係の日本が割り込んでしまったためよりぐちゃぐちゃになった。それを最低でもリセットするためには日本と言う存在をとにかく消すしかない。


 とはいえ二国家を相手に多国籍軍とはいえ勝つことはどうだろう。レーゲンもこの世界では上位の軍事力だが、アメリカクラスの戦力がなければ日本は負けないし、イルリハラン軍も相手にすればまず勝てまい。


 大義的には『異星国家』の排除がある。いくら日本が平和的な行動を取ろうと、『異星人』と言う肩書きがある限りその考えはまず消えないだろう。


 もし地球にリーアンの国家がフォロンと共に来たとしても、国家承認をするかどうか断言はできない。


 レーゲンは謝罪要求が来ることを踏まえ、調査初日の攻撃を棚に上げて交流を提案した。日本とイルリハランはそれに乗っかって宣戦布告をした。おそらく交流を受け入れても上から目線や交流内容でしただろう。


 レーゲンにとってなにをしようと関係がない。日本がいなくなればいいが出来ないならば殲滅しか考えていないのだ。


「……まるでこのユーストルはイスラム教のメッカのような扱いですね」

「メッカってイスラム教徒の人が毎日礼拝をする聖地ですよね?」


「はい。最初は中国のようにこの地には地下資源が大量にあるから聖地と称して領土化したいと思っていましたが、本当の意味で聖地としているのであれば攻めてくるのは分かります」


 中国とのわだかまりの一つである尖閣諸島も、固有の領土としているから最後まで戦争にはならなかった。もし聖地とすれば勃発していたかもしれない。


 第二次世界大戦時、アメリカは原爆を落とす場所で京都を候補に入れていたらしく、もし京都に落とされれば日本は滅ぼうと無条件降伏は飲まなかった。


 宗教とはそういう心の拠り所として機能しているところがあり、聖地や重要な地域が穢されれば信者はまず許さない。


「まだ交流で国交や安全保障がないから、イルリハランと日本は一緒には戦えない。けど、ここまでは別に言わなくても分かることです」


 そう、ルィルの言う通りレーゲンの侵攻は大変貴重な情報でも、日本はいつ攻められても分からない状況だ。常に警戒をしているから言われずに侵攻してきても対処は出来るだろう。


 わざわざ乗り物も使わず単身で来た要諦は、レーゲンを含む多国籍軍のレーダーに触れず、盗聴もされずに何かを伝えるためだ。


「私たちが来たのは、レーゲンは認めてませんが、アレを使うかもしれないからです」


 アレと聞いておそらく全員がピンと来たはずだ。


「まさかバスタトリア砲ですか?」


 羽熊の答えに三人が頷いた。

 第二次世界大戦では地球最強の兵器である核爆弾が使われ、今度はフィリア世界最強の兵器が使われる。なぜ日本は最強の兵器の使用場所になる。


「出来ればこの情報は伝えたくありませんでしたが、国王陛下より許可をもらいましたので説明します」


 ルィルの言葉で隊員の半数が携帯電話やスマホを取り出した。録音か録画をするのだろう。

 さすがにこれもルィルが日本語で説明をするのは大変なので、互いに通訳しあう形で説明をしてもらう。それに合わせて穎原陸将が到着した。


 バスタトリア砲は、リーアンの生態の一つである宙に浮く原理を極めた結果生み出された最強の巨砲である。


 言ってしまえばレールガンをはるかに上回る速度で弾丸を発射させる兵器だ。


 その速度は最低出力で秒速三百キロを出せ、搭載艦とその周囲十数キロを終わらす代わりに撃ち出せる最高速度は光速の一パーセントである秒速三千キロと言うフィクションですらまず出ない速度を出す。


 撃ち出す原理はレールガンに似ていて、磁場によって加速した砲弾を発射するように、バスタトリア砲は結晶フォロンによって生み出された力場によって砲弾を加速させて発射。その反動を抑えるために大気フォロンの固定性とレヴィロン機関を利用し、まるで錨を下ろすように空間に固定するようだ。とはいえ多少なりと後方に下がってしまうため若干速度は落ちるらしい。


 使用する砲弾は主に三種類。

 一つは空気抵抗を減らした徹甲弾による長遠距離砲弾。

 一つは砲弾の先端を平らにすることで空気抵抗をわざと増やし、飛距離を犠牲にする代わりに衝撃波で周囲を攻撃する近距離砲弾。

 一つは散弾式で形状は空気抵抗を考慮した砲弾に爆薬を詰め、目標近辺でさく裂させることで広範囲で攻撃する中距離砲弾。


 実戦や都市への使用はまだないが真下に向けた発射実験で直径数キロものクレーターを作り、その他の兵器では出せない威力から最強兵器として位置付けられた。


 そのことから世界共通のルールで一ヶ国が保有できるのは一隻一門のみとなっている。


 二十分掛けて通訳を終わらせると、隊員たちは何とも言えない表情を見せていることに気づいた。


「あの、みなさん?」

「秒速三百キロから三千キロ……」

「アドバンスは秒速二十六キロでも据え置きで巨体だぞ。それを飛行艦で撃てるのか」


「しかも最低で三百かよ。なんだよそのバケモノ兵器」

「いくらなんでも無理ですよ。知らないからって嘘をついてるんですよ」

「なら信じやすい嘘を言うだろ。俺たちだって隕石が落ちて転移してきたんだ。トンデモ兵器があっても否定できん」


 比較するのは地球の技術が粋を結集して建造したレールガンのアドバンス。あれは最高で秒速二十六キロでしかも射角は限定的、引き換え異地のは飛行艦に搭載できるほど小さいのだから衝撃は大きいようだ。


「でもそれだけ速いと撃った瞬間に蒸発しませんかね」


 隊員の誰かが呟く。隕石が落ちると空気との摩擦で燃え出す。ならそれ以上の速さで出せば数千度や数万度に達してまず蒸発してしまうはずだ。


「地球ので耐熱は何度くらいなんですか?」

「耐熱材は確か三千度くらいかと」

「ルィル、それだけ速いと蒸発しない?」


「レヴィニウムを表面に着けることで大丈夫なんです。レヴィニウムの融点は不明で、一応実験では最大速度でも発射出来ています」

「不明?」

「私たちの技術で出せる温度でも溶けないんです」


 それでも製鉄技術はあるからそれなりの高温は出せるだろう。それ以上の温度でもレヴィニウムと非常に気になるネーミングの物質は解けないようだ。秒速三千キロが生み出す温度に耐えるとはどんな物質だ。


「けどそんな超音速を撃ったら衝撃波で船体も無事じゃないはずじゃ?」

「バスタトリア砲搭載ノ特務艦ニ限ッテハ従来ノ軍艦ノ比デハアリマセン。不沈艦ト呼ベルクライニ頑丈デ、弾数ニ制限ハアリマスガ最高速度以外デハ壊レマセン」


 それは戦艦大和のような物だろうか。大和と言えばアニメのヤマトを考えてしまい、最初に異地調査した時の話が蘇ってきた。

 似て非なるものだがあったとは、現実とは不可思議なものだ。


「レヴィニウム……フォロンとは別の物質か。ルィル、レヴィニウムがなにか聞いてもいい?」

「レヴィニウムはフィリアでは色々なところで取れる石です。ニホンでも調べていると思いますが、熱を電気に変換することが出来て、高温であればあるほど強い電気を出します」


 羽熊は雨宮を見た。


「ルィルさんの言う通り、防装庁や大学で調べてるところ熱を電気に変換する特性を持ってるみたいです。詳しくはまだ分かりませんが、〝解けない氷〟と向こうでは呼んでるとか」


 羽熊は一旦脳内で整理をする。


 レヴィニウムはこの星にありふれているけれど地球には存在しない超物質で、熱を電気に変換する。変換の際に体積が減るのかそれとも無条件で熱があれば変換が出来るのか分からないが、解けない氷と呼ぶくらいに体積は減らない上に伝導率も恐ろしく高いのだろう。


 フォロンも同じく地球にはない超物質。大気フォロンと結晶フォロンの二種類があり、結晶フォロンは力場を生み出す力を持ってそれを加速に使えば秒速三百キロから三千キロまで生み出せる。


 その二つの名を聞いて分かる通り、物体を宙に浮かすレヴィロン機関の要に違いない。時速七百キロが限界なのにバスタトリア砲では秒速三千キロと矛盾するが、説明の通り最低出力で秒速三百キロとなると人どころか船体も壊れてしまうから採用できないのだろう。


 空に浮くと言う魔法か超文明を醸し出すも、この二つの物質によってそれらを可能としていると知ると簡単だと思ってしまう。


 だからルィルからもらった無線機は冷たかったのだ。体温を電気に変換して使うから充電用コネクターがない。とすれば体温で使えるくらいに変換できるレヴィニウムの効率はすさまじいことになる。


 科学が専門ではないからよくわからないが、失う熱を電気として再利用できるのであれば計り知れない利益を生み出すのは間違いない。言ってしまえばエンジンなどの冷却用に使えば冷やすと同時に電気も作れて一石二鳥だ。


 そうすれば発電量は倍になり、逆を言えば発電に使う燃料が半分になる。


「ルィルさん、この世界でもしバスタトリア砲を使う場合、国際社会はその国を非難しますか?」


 話を聞いていた穎原陸将が尋ねる。


「バスタトリア砲は言った通り、大きい被害を出します。だから、どっちも撃たないように持ってます。もちろん普通の人をたくさん殺せば怒ります」


「最強だけあって扱い方は核兵器と同じだな。とすればイルリハランもバスタトリア砲を出すしかないのでは?」


「バスタトリア砲を持った船は他の船と分からない。いるのか分からないから、多分出ます」


 いわゆる相互確証破壊だ。ある国が最強の兵器を使えば、使用した国へ受けた国がその兵器を使う。相互で確証された破壊を受けることから、抑止力として持っても使ってはならない所以だ。


「……木宮さん、どうします? 向こうは証拠はないですけどバスタトリア砲の事話しましたけど、こっちも礼儀として核のこと話しますか?」


「そのことで一つ案があります。もしここが宗教で最重要な聖地でしたら戦争を防ぐかもしれません」


「え? まさか核兵器を持ってるんですか? あ、第七艦隊か」


 時折米軍基地に核兵器搭載の軍艦が入港したとかしていたで問題となった覚えがある。


「さすがに私の一存では決められないので、総理官邸と連絡を取ってとなります。そうですね、核については種類だけなら大丈夫なのでそれだけ伝えてください」


 言うと木宮はスマートフォンを取り出して離れていった。外務省か総理官邸へ連絡を入れているのだろう。


「ルィルさん、少しの間待ってもらっていいですか? 政府と話をすると言うことで」


 エルマに確認を取ると午後八時には戻るとのこと。であれば日本政府の答えは話せる。


「じゃあバスタトリア砲の代わりとして、こっちの最強の兵器の種類までですけど話します」


 すると三人の目の色が変わった。


「雨宮さん、私は核兵器の原理は分からないので許可が出たら説明をお願いしていいですか?」


 核兵器の種類と大まかなことは多くの人は話せる。しかしウランやら爆発する原因やらを言われれば理系に強くなければまず言えない。羽熊は文系の人間だから概要は説明できても詳細は出来ず、ここは本業へとバトンを渡した。


 それに丸一日の通訳にくわえての臨時通訳もあって疲れた。

 喉も乾いたこともあって羽熊は一時離れ、雨宮の話を聞きながら水を貰って喉を潤す。


「羽熊さん大丈夫ですか?」

 聞いてくるのは古谷一等陸曹だ。


「さすがに疲れましたね。それに宣戦布告やバスタトリア砲とかで情報量も多いので」


 この三十分のことと比べたら今日のエロ談義なんて霞む。出来れば入れ替えて話をしたかった。


「でも本当ですかね、秒速三百から三千キロの砲塔って、意訳ミスとか」

「数字については今まで何度も確認しているので残念ながら間違いはないです。秒速と時速も確認しましたし」


 相手の言葉を覚えることで数字の理解は重要だ。日常会話で数字が出ないことは少なく、ここで間違えてしまうと後々厄介なことになりかねない。そのことから交流を始めてすぐにまずはお互いの数字を億の単位までは教え合って理解している。時間の進み具合も一日二十四時間から把握しやすく、時速と秒速の理解も互いにしっかりとしているから間違ってはいなかった。


「まあ三千キロの方は自滅と引き換えなので、どちらかと言うと初速の三百キロでしょうか。迎撃はまず無理ですよね?」


「レーダー圏内に入ってから着弾まで数秒です。地球の技術で迎撃は絶対に不可能ですね」


「それじゃ日本独自の防衛は難しいですね」

「木宮さんの案に期待するしかないです。でも核関連でどうやって侵攻を止めるのか」


 少なくともフィリアには核関連の技術がない。実は知っていて秘匿をしているとしても、バスタトリア砲を聞くと核兵器並みかそれ以上だし、レヴィニウムやフォロンがあれば核物質なんてそんなに価値はないだろう。

 それに発電は火力と太陽と風力で、原子力と思う原理の発電方法は喋っていない。


「日本って核兵器あるんですか?」

「あるわけないですよ。秘密裏でもそんなことをしたらとある国から攻撃を受けます。まあ米軍が搭載したまま来たことはありましたね。元第七艦隊ならあるいは……いえ確か原潜はグアムを母港として日本には立ち寄るくらいしかないです」


 そう言えば放棄した第七艦隊の船に原子力潜水艦はなかった。さすがに核兵器搭載の物まで放棄はしないか。


 雨宮は地球文明最強の兵器が爆弾であることを伝え、共に行動したことで得たマルターニ語とルィルの日本語を頼って、軍事的な話し合いを穎原陸将を交えて始めた。

 木宮が戻ってきたのは一時間半後の午後七時半だった。


「長らくお待たせしてすみません。国家安全保障会議(NSC)より許可が下りました。核兵器について原料など核心部分を除いて教えていいとのことです」


 それは威力や範囲、放射能など汚染についてだろう。雨宮は頷くとすでに頭の中で話す準備をしていたのかすらすらと説明をする。


「それと日本の侵攻を止める案も決まりました。イルリハランの協力が不可欠ですが、侵攻そのものを防ぐのでは最有力です」

「それはどんなものですか? やっぱり核兵器を?」


「いえ核兵器は日本にはありませんし、それを抑止力には出来ませんよ。別のを使います」

「別のってなんです?」

「その話はあとで、今は時間がありませんから核兵器のことと放射能について話をしましょう」


 木宮は四メートルの高さに浮かぶ三人の元へと向かって話しだし、十分休息を取った羽熊も近づいて通訳を始めた。

 と、リィアの持つ無線機からマルターニ語で無線が入った。

 マイクを手にし、リィアは高度を上げて会話を始める。


「侵攻そのものを止める案……一体なんだ?」

「チルッ!?」


 リィアが何っと叫び、羽熊達全員空を見上げる。


「レーダーニ反応ハナイノカ? 乗ッテイタノハ八人乗リ、誰モ乗ッテナインダナ?」


 良いことは大抵単発に対して嫌な事と言うのは連続して起きる。


「迎エハ無理カ? 単身デ戻ルノハ厳シイゾ。ニホン軍ニ頼ムワケニモイカナイ」


「羽熊さん、リィアさんは何と?」

「八人乗りの乗り物がレーダーから消えたみたいですね。人も乗っていないみたいで迎えを寄越してほしいみたいですけど無理みたいです」


「八人乗り、レーダー……誰もいない。慌てているのからみて、乗っていたのはレーゲン人ですかね」


「ちょっと聞いてみます。リィアさん」


 国防軍の名前も出ては聞かないわけにもいかない。羽熊は手を振ってリィアを呼ぶ。


「リィア、何かありましたか?」

「いえ、何でもありません」

「もう日常会話くらいのマルターニ語は聞き取れます。ひょっとしてレーゲンの一般人か兵士が活動しているのでは?」


 核心を突かれたかリィアは苦い顔をし、ルィルとエルマで話し出した。

 太陽は日本の内陸の地平線へと沈みかけ、駐屯地中に設置されたライトによって周囲が照らされる。


 交流当初であれば言葉が通じないからそのまま暗号として通じても、ある程度分かるようになればそうもいかない。三人は聞かれないように相談を続け、エルマが振り返った。


「察シノ通リデス。ココカラ数十キロノトコロデ、浮遊高機動車ノ残骸ガ見ツカリマシタ。デスガ誰モ乗ッテイナイ事カラ、脱出シテ近クニ潜伏シテイル可能性ガアリマス。コレカラ調査デスガ、恐ラクレーゲンノ物デショウ」


 もちろんそれを撃墜したのは日本側ではまずない。日本が出来るのはミサイルの迎撃までと厳命されているし、接続地域を除いて危険が迫るのはそれだけだからないだろう。


 それに自衛隊は安易な攻撃が出来ないから、全員が確信をもってこちら側の攻撃ではないと言えた。


「ココデ戻ル場合、脱出シタレーゲンノ兵士ト会ウ可能性ガアリ、戻ルニ戻レナインデス」

「ルィルさんにリィアさん、エルマ殿下が万が一敵兵士に捕まれば大変なことになりますからね」


 雨宮が呟いた通り、日本絡みで相当に注目を浴びた三人が、万が一潜伏した敵兵士に捕らえられて外交交渉に使われれば、またまたレーゲンの手のひらで踊らされることとなる。


 かと言って国交のない日イで互いの乗り物が往来をすれば、それまた非難の理由づけになって今後の活動に支障が出る。


「陸将、どういたしますか?」

 幹部自衛官が聞く。


「んー、そうだな。向こうから小隊で来てもらうのも難しいからな」

「雨宮さん、どういうことです?」


「偶発的な衝突を防止するため。普通なら不法入国者へは厳格な対応をするべきなんだが、小隊同士では最悪撃ちあいとなる。普段であれば向こうの非だから損害賠償や非難が出来ても、宣戦布告をした場合そこから戦火が広がる可能性があるんだ。かと言って人も装備も勝った状態で迎えると、その行動は何なのかと聞かれて面倒なんだ」


 国交がないがゆえに行動に制限が掛けられているのだ。本来なら三人は来てはならないので、秘密裏に来たことを証明されると大変なのだろう。


「じゃあ一晩匿いますか? 前の記者会見の礼も兼ねて」

 羽熊は思ったことを呟くが、隊員たちはいい顔をしない。


「いや、さすがにそれはまずいだろ。どれだけの書類と許可を貰わないとならないか……」


 羽熊も事務や書類の仕事を良くする准教授であるが、聞くと国防軍の書類はその比ではないそうだ。国防軍こと自衛隊の有名な話として、訓練で消費した薬きょうは一発も欠かさずに回収し、見つからなければ時価数百円もしない部品も探すとか。それだけ神経質に物事を運ぶ自衛隊が、異星人三人を突然駐屯地に招くとあっては、どれだけの手回しと書類、許可を得なければならないのか想像もしたくないらしい。


 一般人ならおもてなしの気持ちで済ませても、役人が絡むと非常に面倒になるのだ。正直なところごめんとのこと。


 かと言って追い出して万が一潜伏しているかもしれないレーゲンの兵士と問題が起きれば、巡り巡って日本にやってくる。秘密を守る上で送り迎えが出来ないのなら一晩を過ごし、交流として出発する国防軍と共に向かうのがベストと言えた。


 結局のところ確証があってのことではない。あくまで可能性での話で、このまま戻っても安全に帰れるかもしれないのだ。


 だが武力を行使する組織だけあって楽観視はしない。最悪を想定してそうならなかったことを喜ぶ性格だから、だろうと言う考えで行動は日イ双方でしなかった。


 果たしてイルリハラン軍の三名は、穎原を含む国防軍幹部が折れる形で一晩日本へ招待することとなったのだった。


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