第14話『準備』



 日本には沖縄方面を除いた四島に二十四個所のレーダーサイトと言う空自の施設がある。



 自衛隊時代より日本は専守防衛の理念からいかに早く敵を察知するかを重要視し、人工衛星や早期警戒管制機など移動するレーダーだけでなく、固定して高出力のレーダーにより長距離の探知も行っている。



 それは国土転移をしても変わらず、いや、さらなる厳戒態勢で監視を続けていた。



 あの異地調査初日でレーゲンの飛行艦を発見したのも関東に配備されたレーダーサイトで、今現在もラッサロン浮遊基地とその周囲を飛行するイルリハラン軍保有の飛行艦をモニターしていた。ステルス艦に至っては反応は小さいがモニターし、それらにはちゃんとイルリハラン軍としてマークが付けられている。



 探知範囲は地球より丸みが緩いため水平線までの距離が延び、十分な距離を保った状態で敵機を探知することができるようになっていた。



 記者会見を終えてから十時間が過ぎた。日本全国警戒は怠らないものの、特に関東にあるレーダーサイトおよび早期警戒管制機、早期警戒機は国内法で運用ができる海の上空で待機し、レーゲンの動きを監視している。



 日本はレーゲンの主張の通り、声明を出したから侵攻はしないとする考えは持っていなかったからだ。



 ここでの最悪なことはレーゲンが日本の声明を不服として信用せず、やはり統治するしかないと判断して進軍してくることだ。そのために記者会見を決定した直後から内閣では安全保障会議を開き、最悪の場合を想定した対応策を議論した。



 それが記者会見で出てきた、現状進軍してきた場合はイルリハラン軍の護衛は出来ず、自国の防衛しか出来ない答えとなる。



 とにかく日本は異地調査初日は交流する以前だったため例外としても、交流が始まった今では異地での自衛行動は出来なくなった。そのためレーゲンを含む多国籍軍の飛行艦に対してはイルリハランに任せ、万が一発射したミサイルの迎撃は海上に入ったところで迎撃することとなる。



 ただ、法的には飛行艦への攻撃は可能だ。敵から攻撃され、さらなる攻撃をする意思が確実であれば個別的自衛権の十分な範疇にある。だが飛行艦を攻撃してしまえば大勢のリーアンを死なせてしまうだろう。自衛権の行使である以上文句は言わせないが、異星人が攻撃することと同じ星の人が攻撃するのとでは捉え方が全く違う。



 よって日本は身を危険にさらしながらも瀬戸際でミサイルを迎撃し、攻撃を仕掛けてきたレーゲン含む多国籍軍はイルリハランを始めアルタランに任せるしかなかった。



 そしてこのことでイルリハランと事前協議はまだ行っていない。あの無線機を使って協議すればいいのだが、聞くとあの無線機は市販しているものらしい。そうなると最悪レーゲン側に盗聴される恐れがあるため、正式な国交がない中で秘密裏の協議をすると外交上大きな問題になる。一昨日のことは緊急であったこと、短距離でありレーゲンもまさか無線機を渡しているとは思っていないだろうから盗聴の危険はないと判断している。



 日本がする行動はすでに記者会見で明言しているので、進軍があったとしても混乱することはないはずだ。第一イルリハランは海より日本には入れないので、必然的に軍事行動はユーストル内に限定される。



 日本は念のための準備として、整備だけし続けて運用をしなかったある軍艦を動かすことを決定した。



 アメリカ軍が放棄して日本籍となった第七艦隊のミサイル駆逐艦である。



 元々はアメリカが日米安保によって横須賀を母港として運用していた艦隊だが、レヴィアン騒ぎによって人員を速やかに母国に帰すため、日本に一方的な安保理破棄を申し出て、それを受ける代わりに第七艦隊の軍艦をもらい受けたのだ。平時であれは絶対にありえないことも、終末ともなれば安易な決定を下せてしまう。



 その結果、第七艦隊の軍艦は総じて護衛艦へと分類を切り替え、艦名の改名は運用し次第する予定となっている。



 その第七艦隊には十一隻のイージスシステムを搭載したミサイル巡洋艦と駆逐艦が所属している。テレビでよく見るミサイル駆逐艦八隻。イージス艦特有の八角形のパネルが正面から少しズレた位置に備えられている、言ってしまえば不格好なミサイル巡洋艦三隻だ。



 日本は平時より防空対策はしているものの、それはある程度装備が分かっている軍の相手をしてアメリカ海軍に引き継ぐための時間稼ぎだ。イルリハラン軍の装備すら一切と言っていいほど知らないのに、より知らずしかも多国籍軍を相手に防衛するとなっては心もとなかった。



 人員不足や練度不足など様々な不安要素はあれ、イージス艦を八隻から十九隻に増やせば首都圏の防空は飛躍的に向上する。よって海自は急きょ二十年以上前からイージス艦を運用してきた実績と経験を使い、最低限防空戦まで出来るよう記者会見が始まる前から再編を始めていた。



 通常であれば座学から始め数か月単位で訓練するところを、一日でやれとは無謀どころか不可能である。その対策として、こんごう型、あたご型、はるな型に所属していた退役自衛官を招集することとなった。ブランクがありアメリカ海軍仕様であるため使い勝手は違っても、元々イージスシステムはアメリカが開発したものだ。日本仕様に改修しているとはいえ、システムの根幹は変わらない。多国籍軍が攻めてくる前に十一隻全て運用は出来なくても、一隻でもミサイルを捕捉しデータリンクさせられれば文字通り盾として機能できる。



 当然本来の日本防空の要であるイージス護衛艦八隻も命令があればすぐに動けるよう準備を進めている。



 その命令であるが、防衛出動はまず出せない。防衛出動は国防軍に与えられる命令では最上位で、国防軍の一部または全部を武力をもって出動させることができる。だがそれは一度も出されていない命令でおいそれとは出せず、出してしまえば現状の日本の方針とも反してしまう。



 よって出すとなれば数年おきに発令される弾頭ミサイル破壊措置命令だ。



 基本は弾道ミサイルにより国民の生命と財産に脅威が迫るとき、総理大臣の承認により防衛大臣が発令する命令である。フィリア世界に弾道ミサイルの有無は分かっていないが、破壊措置命令は巡航ミサイルも対象に出来るので問題ない。



 とはいえ可能性が高いだけでは命令を出せないので、万が一発射を確認すればすぐさま発令できる状態でレーゲンの動きを注視した。



 記者会見の翌日である九月一日はレーゲンの動向を見るため交流は中止し、再開するその翌日の九月二日。



 幸いにも日本のレーダー網にはミサイルもなければ飛行艦が引っかかることはなかった。代わりにレーゲンが政治的やり取りをイルリハランとやっている可能性は十分にあるが、それを日本が知る由もないためいつものメンバーは一日の休息を経て交流地へと向かった。



「ここが交流地ですか」



 今回から交流メンバーの新たな一員として外務省の官僚である木宮静香が加わった。元々交流のレベルを上げるために選ばれた人で、記者会見の時に防護服を着てこなかったのもそのためだ。それゆえ今のところ日本の検査では何一つ異常はないものの、万が一発覚すれば彼女もまた羽熊や国防軍の隊員同様故郷に戻ることは出来ない。



 それでも日本の存亡のためと往復切符か片道切符か分からない須田駐屯地への派遣を志願したらしい。



 交流地は何度もオスプレイやチヌークが着陸していることもあって草は剥げたり折れたりと跡が出来ている。しかし巨大動物が度々近づいてくるので今のところ脚立しか置けず、出来ればテーブルなどを設置して交流をしやすくしたいところだった。



「特に何もないんですね」


「ウィルツと呼ばれる大型動物が時々近づいてくるので用意が出来ないんです」



 雨宮が窓から眺める木宮のつぶやきに対して説明をする。



「あれだけ巨体ですと怪獣映画みたいに高圧電線でも気にしなさそうですね」



 年齢が三十八歳ともあって、昭和から平成に掛けて制作された二大怪獣映画をよく見ていたのだろう。大抵の作品で怪獣らは高圧電線を平然と引きちぎって進んでいる。



「一応音と光で追い払うことは可能なんですが、どうも尋常じゃない出力じゃないと怯まないそうなんです」



 いくら巨体であっても動物は動物、人為的な光や音には怯えることは分かっているが、怯えるための音も光も凄まじい出力が必要だそうだ。



 それこそ巨大な対怪獣用メーザー光線装置を車両に取り付けたような規模になる。仮にそれが実在して開拓地にいても、騒音と眩い光で生活なんてままならない。



 またイルリハランは空に居住を構えることから、ウィルツたちは特に脅威ではないので追い払うより逃げる方が安上がりなのだ。



「ではやはりユーストルへの進出は無理ですね」



 記者会見ではああいっても、日本の実情を考えるとユーストルへ進出して農業等の経済活動をしなければならない。海が接続地域で分断され、さらに地球からも切り離されたことで海流は途絶えてしまった。局地的な海流は確認されてもあの多種多様にあふれた海はもう見れない考えが強く、海の幸が得られないとなるとやはり陸の幸に頼らざるを得ない。



 なのに日本の何倍もあるユーストルには厄介な生物が住んでいる上に、実効支配している国に中国並みにこの地域を狙うレーゲンもいる。



 八方ふさがりとはまさにこのことで、まだ十二日目でありながら絶望の見方が強くなりつつあった。



 日本が生きる道はただ一つ。イルリハランと友好的な関係を築いて安定的な食料と資源の供給を果たす以外にない。許可さえあれば地質調査して資源採掘もするがやはりネックは巨大動物だ。



「木宮さん、現状日本はユーストルに進出って出来るんですか?」



 いつしか日本は独自の名称より向こう側の名称を使うようになった。


 メディアでも使用頻度が多い名前から使い始め、異地は総称としてそのままに、飛球はフィリア、円形山脈はユーストルで、人種の意味であるリーアンもまた認知度を上げていった。



 さすがにセイレーンはネットの中だけで、一時爆発的に増えたがリーアンが広まったことで一気に沈静化した。



「進出と言っても交流と同じくイルリハランと同伴での活動です。地質調査にしろ資源採掘にしろ、巨大動物がいてはままなりませんから」



 それにここで無理に領土化すれば内外から反発が来る。ここはイルリハランの協力によって活動が許可される方が政治的にリスクが低いのだろう。



「それでイルリハランの方々は?」



 交流地に着陸したオスプレイより降りた木宮はその周囲を見渡す。まだイルリハラン軍は到着していないようで、オスプレイのローターによって草が靡くだけだ。



 それでも来てはいないわけではなく、空を見ると巡視船ソルトロンと戦艦イラストリ、駆逐艦フェーバが高度二百メートルくらいのところで停泊している。



「あれが飛行艦ですね。本当に音がしないのね」



 音がするのはオスプレイのローター音だ。飛行機のようなジェット機の音も飛行艦からは一切しない。



「雨宮一尉、今のところ飛行の原理はまだ聞いては?」



「ええ、話してもらえていません。異地では子供でも知っている原理でしょうが、我々が知ることでどのような変化をするのか警戒をしているようで、フォロンと言う物質が影響している以外分かっていません」



「ですがああして乗り物として実在する以上、科学的根拠によって浮いているんですから日本の技術力でも開発は可能でしょう。そうなるとなんとかしてフォロンとは何かを聞く必要がありますね」



 外交官として交流に参加する木宮の使命は、なんとしても政府レベルにまで交流の幅を広げることと、軍以上に政治を絡めるからこその情報の引き出しをすることだ。



 さらにウィルツの狩猟や貿易条約の調整、さらにはユーストル内での活動の際の日本国民の安全と健全な労働の確約と多岐に渡り、ほぼ休みなく働く羽熊は内心自分と同じくらい大変なんだなと親近感を抱く。



 それでも日本の存命に大事な人材の一人だ。



 ソルトロンからイルリハラン軍が飛び出してきた。向こうからすれば普通に道を歩くような感覚なのだろう。



 地球人の夢を生態として身に着けているとは羨ましくと思い、同時にどうして空を飛ぶような進化をしたのか気になるところだ。


 ひょっとしたらあの記者会見でのあの質問が関連しているのかもしれない。



「ハグマ、こんにちは」



 地上からいつも通り三メートルの高さで止まり、さすがに慣れた様子で日本語の挨拶をルィルはしてきた。



「コンニチハ」



 羽熊は逆にマルターニ語に返して最初の挨拶をする。


「ルィルさん、リィアさん、一昨日はお疲れさまでした」



 まだ木宮はマルターニ語は勉強中であるため日本語での対応だ。


「いえいえ、こちらの都合に合わせてありがとうございます」



 しかしそこは日本を知ろうと人一倍学んでいるだけあって、ルィルはリィアたちと違って流ちょうな日本語を理解してしかも使い始めている。羽熊も言語学者としての職と先日の記者会見によってある程度は辞書を見なくても喋れるようになった。



「キノミヤ、歓迎します。ようこそ、イルリハランとニホンの交流の場へ」



 言ってルィルは高さをぐっと下げて木宮に手を差し出した。


「サンファー」



 ルィルと木宮は握手をする。


「ルィル、サッソクダケド、一昨日ノ記者会見ノコト聞イテイイ?」



 日本はイルリハランの放送を視聴できず、盗聴の心配からイルリハラン製無線機も使わなかったので、記者会見後の世間の反応を日本はまだ知らなかった。



「もうすごいよ。朝から夜まで記者会見のことばかり。それで、転移の理由は信用してないみたい」



「そこは仕方ないですね。私たちも隕石が原因で転移したと言われても信用する方が無理ですから」



 子供やファンタジー世界であればその説明で理解は出来る。しかし日本もイルリハランも宗教はあっても科学によって発展した国々だ。隕石が落ちたことで国土が転移するなどどうやって信用すればいい。



「でも事実なんですよね。科学実験の失敗としてもいいんですが、ありえそうな嘘より嘘のような真実のほうがまだ損は少ないです」



 ああいう場ではありえそうな嘘の方がむしろ疑心を増大させるとどこかで読んだ気がする。それに科学実験の失敗であればその根拠となる科学実験が必要だから、秘密と最初は言えてもいずれはバレてまずいことになる。こういう嘘は時間が経てば経つほど修正が効かなくなるものだ。



 逆に嘘っぽい真実なら真実である以上嘘をつく必要はないし、いずれ調査をして原因が分かればみなが納得してもらえる。



 今を納得するために嘘をついたところで、また嘘を長期に渡りつかないとならないからこれが正解だろう。



「ルィル、レーゲンノ動キニツイテ聞イテイイ?」


「ソノコトニツイテハ私ガ話シマショウ」



 ソルトロンから出てきたのは日本と交流する専属部隊であろうユリアーティと呼ぶ部隊で、その中に先日から加わったエルマが挙手して前に出る。



 その前に高さを合わせねばと脚立を用意し、座布団を敷いてその上に羽熊と木宮は腰を下ろす。



「単刀直入ニ言イマシテ、レーゲンハニホントノ交流ニ参加シタイ旨ヲ、正規ノ外交で提示シテキマシタ」



 エルマが話すマルターニ語を羽熊が訳すと、木宮はやや俯きながら考え込む。



「交流に参加、ですか。妥当と言えば妥当ですが裏が見え見えですね」


「やっぱり日本に何かしようとするつもりですかね」



「向こうは日本が欲しいのかユーストルが欲しいのか分かりませんが、間違いなく交流によって近づいて、イルリハランの評価を下げて自分らを上げてくるでしょう。そのあとで主権の承認や食糧の安定供給など、日本にとって都合のいいことばかり提案してきます」



 どこかの国が言いそうな提案である。



「でもそれは日本のためじゃないですよね?」


「顔を合わせて話をする以前にミサイルを撃ってくる国です。笑顔の裏にナイフを向けてくると見ていいですね」



「モチロン我々ハ断ルツモリデス。コノ土地ハ我ガ国ノ固有ノ領土。ニホンニ関シテハ前向キナ話ヲシテモ、レーゲンノ一団ヲコノユーストルニ入レルツモリハアリマセン」



「日本としましても、レーゲンと交流は避けたい気持ちです。異星人に対して攻撃的な姿勢を見せるあの国は信用できません」



「デスガ、断ルト今度ハイルリハラントニホンデ、密談ヲ交ワシテイルト言ワレル可能性ガアリマス。ナノデ、コノコトヲ伝エマシタ」



「……でしたら一つ諦めざるを得ない方法があります。おそらくこれを提示されればレーゲンは引くでしょう」



「ソノ提示トハナンデスカ?」



「レーゲンは日本の国防軍に対して攻撃したことへの正式な謝罪を政府が行うこと。おそらくレーゲンの性格上、この要求をされれば絶対に拒否します」



 今まで特定の国が日本に対してしてきたことを逆に日本がするわけだ。他国の領土領空侵犯に加えてミサイル攻撃、秘密裏に多国籍軍による侵攻計画。日本が謝罪を要求するのは当然の権利と言える。



「それに加えてユーストルはイルリハランの領土と認めろとも言えばなおさら手出しはしてこないのでは?」



「そこまでしたらユーストル奪還として攻めてきます。調子に乗るとしっぺ返しが来るので、レーゲンの参加を防ぐのであれば謝罪だけで十分でしょう」



 謝罪の要求で思ったレーゲンへの追加要求は、さすがに調子に乗り過ぎと却下された。


 考えてみれば日本の要求にそれを加える義理はない。それをすると尚更密談を交わしていると言っているようなものだ。


 羽熊は日本語とマルターニ語を交互に訳して外交担当の二人の意思の疎通をスムーズにさせる。



「ナルホド。ニホンカラスレバ当然ノ要求デスネ。キノミヤ、ソレハニホンノ正式ナ要求トシテ判断可能デスカ?」



「この謝罪の要求は日本政府の正式な要求でいいかだそうです。一度政府と連絡を取りますか?」



「そうですね。緊急の場合は私の判断が日本政府の判断となりますが、猶予があるときは指示を仰ぐ手はずになってます」



「雨宮さん、一度木宮さんをオスプレイに連れて行ってください」


「分かりました。木宮さん、ゆっくり降りてください」



 木宮が脚立から降り始めると同時に羽熊は降りた理由をエルマに説明する。



「デハ、ニホンノ元首ガ許可シマシタラ、謝罪ヲ要求スル映像ヲ撮ラセテクダサイ。コチラカラ文書デ伝エルヨリ、映像ノ方ガ偽装ノ心配ガアリマセンカラネ」



「……エルマ殿下、ソロソロレーゲンニツイテ聞イテモイイデスカ?」



 実はまだ羽熊たち日本側はレーゲンに関わることを聞いていない。異地調査の初日にミサイル攻撃をしてきた上に、拿捕までしようとしたのだから国内情勢を含めて聞きたかった。



 しかし言葉を覚えるのに必死で聞くことが出来ず、侵略のための調査と思われるのも困るので聞くに聞けないでいた。



「ソウデスネ。レーゲンニハ悪イデスガ話シマショウ」



 さすがにここまで来れば避けるわけにもいかず、エルマは一般的な知識のレーゲンを教えてくれた。



 レーゲン。正式名はレーゲン共和国。


 大統領制の民主主義国家で、人口は八千万人。


 居住システムはイルリハランと同じく巨木をくり貫いた家屋か浮遊都市を建設している。



 経済規模は世界第十位で軍事規模は第八位。


 国の性格は攻撃的で過去イルリハランより多くの戦争を経験している。



 その強い特徴として、レーゲン軍は全軍で民主制国家としては異例の大統領直属となっている。普通は軍隊は国の一組織として存在するところ、過去の戦争の歴史から一組織ではなく大統領直属の軍隊として機能し、国会の介入を無視して動かすことができる。



 親衛隊やアメリカ合衆国の海兵隊のように元首直属組織はあれ、全軍が直属であるのは極めて異例だ。



 とはいえそこは先進国の部類に入る国家。一人の采配で戦争が出来るとはいえ国民から選ばれた大統領が感情だけで戦争や脅しをすることはないし、生涯で十五年しか任期がない。



 レーゲンはここ近年人口爆発現象が起こり、出生率は先進国では珍しい4・13。食料もだが居住スペースが少なくなっていると言う。それによって国土拡充または浮遊都市を建設するだけの建材を必要とし、貿易はもちろん領土を拡充して資源調達しようと躍起になっているそうだ。



 ユーストルを狙うのは世界的にも少ない円形山脈ゆえに神が降りる地として崇め、その聖地を我が領土にしようとしている。地図上でみれば分かるが、やや突き飛び出す形でレーゲンの領土はユーストルに触れている。この突き抜けた部分の三角形は前は別の国だったらしい。



 フィリア世界では空に生活の場を置いているので、国境線は地形に依存する傾向にある。イルリハラン、レーゲン、両国の間にあった国家の国境線は川や山、峡谷などで分けられていたが、一世紀前にその中間の国はレーゲンに併呑された。



 そのため地図から見るとレーゲンはやや変わった形となり、イルリハランが建国した時から領土であるユーストルを狙っているそうだった。



 ユーストルは今でこそ山脈と見られるが元々はクレーターらしい。直径四千キロものクレーターを作るとなると原因となる隕石も巨大ではならず、現在の計算では直径四百キロの隕石が落ちた。



 三キロで地球文明が滅ぶのとくらべたらやはりフィリアは巨大だ。


 第一イルリハランだけで地球分の面積があるのだから巨大さがうかがえる。



 ユーストルは地質学的、歴史的に言えばただのクレーター。宗教的には一部の国だと聖地と有名で、その中に異星国家として日本が転移してくればその神聖性は際立つ。レーゲンとしては何としても手中に収めたいのだろう。



 因果で考えれば国土転移の原因が隕石で、転移先も隕石によって出来たクレーター。双方隕石が関わるとなると、ひょっとしたら何か繋がりがあるのかもしれない。



 そう言えば日本転移の原因となったレヴィアンと、このユーストルで発見した鉱物の成分は同じだとか。これはひょっとするとひょっとするかもしれない。



「……触リハコレクライデショウカ」


「サンファー」



 色々と貴重な話が聞けて、ICレコーダーと合わせてメモ帳にレーゲンの事を書き記す。



「一昨日ノ記者会見ノ礼トシテ、聞キタイコトガアレバ話シマスヨ」


「ソウデスカ? ナラ……バスタトリア砲ニツイテナンデスケド」



 するとエルマの表情が固まって羽熊は軽く笑う。



「答エズライノハ分カッテマス。多分、バスタトリア砲ハ誰モガ知ッテル最強兵器ダケレド、日本ガ知ルコトデドウ変化スルノカ分カラナイノデ、答エラレナインデスヨネ?」



 日本とて核兵器のことを知られたらどう変化するのか分からず、爆弾であることすら出来れば答えたくない気持ちがある。しかもフォロンと言う地球にはない物質が存在する星だ。ひょっとしたら核以上のエネルギーを発する物質を使った兵器があると脅威以外にない。



 ブラフでも地球とフィリアの最強兵器は同等と言う見方をしないと、外交カードで押し敗けてしまう。



「本当ナラ、アノ記者ハ言ウベキデハナカッタンデスヨネ」


「察シノ通リデス。スミマセンガ、マダニホンヲ信用スルニハ……」


「大丈夫デスヨ。今ココデ信用サレテモ、コチラモ裏ガアルノデハト思イマスノデ」



 異星国家を相手に信頼するにはあまりにも時間が無い。そこは腹を割って気持ちを話す方がまだ信用できる。



「ナノデバスタトリア砲ニツイテハ最強兵器デアルコトダケ分カッテオキマス。アノ最初ニ言ッタ記者ガ、罰ヲ受ケナイカ心配デスケドネ」


「イズレ分カルコトナノデ処罰ハアリマセンヨ、キット」


「アトモウ一ツレーゲントハ別で、質問ノ中ニ気ニナルコトガ――」


「羽熊さん、総理から許可が下りました」



 質問をしようとしたところで木宮がオスプレイから戻ってきた。



「正式な謝罪を政府の代表がして、今後一切日本に対し攻撃をしないと発表するのなら交流を認めるとのことです」



 日本のみとするのはイルリハランのことを考えてだろう。ここでイルリハランも対象となると実質同盟関係となって問題となる。ここは日本のみで行くのがイルリハランのためとなる。



 そして外交官がいると色々と捗る。国防軍であれば指揮系統順守から経由しなければならない部分があっても、外交官であればより短時間で総理の指示を仰げる。



 羽熊はそのことをエルマに伝えるとすぐにハンディカムカメラを羽熊へと向ける。



「今スグ?」


「ソノ方ガ牽制ニナリマス」



 確かに牽制になるかもしれないが、これ以上有名になるのは羽熊は避けたかった。しかも牽制をするとなると目の敵にされる可能性があって怒りを売りつけるようなのは困る。



 けれど日本人の中でマルターニ語をそれなりに話すことができるのは羽熊だけなので、結局はするのだが。



「羽熊さん、私が日本語で話すのでカメラの外から訳してください」


 木宮は脚立の上に座って羽熊に提案する。



「木宮さん」


「日本の顔は羽熊さんでも憎まれ役までする必要はありません。それは政府が負う責務です」


「すみません」


「こちらこそすみません。エルマ殿下、私にカメラを向けてください」



 羽熊はそのことをエルマに伝えると、隣に座る木宮に向かってカメラを向ける。



「……レーゲン政府よりイルリハラン政府経由で日本に対し、交流を申し出ていることへの返答をします。我が国は原則としてどの国とも対話への扉は開けております。ですが我が国は先日貴国が行った我が軍へのミサイル攻撃の記憶を強く持っております。我が国は平和的な対話を望む国家であり、レーゲン国もそれを望むのであれば、先日のミサイル攻撃に対し、レーゲン政府は日本政府に対し謝罪することを希望します。そして今後、日本がイルリハラン軍に対し武力行使をしない限り、我が国と軍への攻撃をしないと明言するのであれば、我が国はレーゲンと交流をします」



 木宮が言い終わると同時に羽熊は画面の外からマルターニ語で通訳する。さっきの通信で相談したのか、もしくは即興か。日本の防衛線の一つとなる要求をすらすら言えるとは、さすが選ばれた外交官と言ったところだ。



「デハコレヲ外務省経由デレーゲン外務省ニ送信シマショウ。無条件デ攻撃ヲシナイヨウニ言ウト思イマシタガ、上手イ言イ回シデシタ」



 無条件で攻撃禁止では条件としては重すぎる。その条件を解除する何かを提示しなければ謝罪にも応じないとしてああ言ったのだろう。



「ソレデ、実際ニ謝罪ヲシマシタラ受ケルノデスカ?」


「受けることは受けますが、場所までは指定していません。ここはイルリハランの領土なので、イルリハランとレーゲンの交渉した場所でしますし、一対一で受けるつもりもありません。三ヵ国での交流を希望します」


「デハソノヨウニ外務省ニ連絡ヲシテオキマス。フフ、相当面倒ニナリマスネ」



 面倒になると言いながらエルマの顔は不敵に笑っている。人の中には困難を喜ぶのもいるらしい。彼は面倒事を糧に躍進する性格のようだ。でなければ最悪病死もあり得るこの異星国家との交流に来やしない。



「エルマ殿下、アト医療省カラシツコク来テイタアノコトモ」


「ソウデシタネ。ルィル曹長、キノミヤト向コウデ女性同士ノ交流ヲシテモラエマスカ?」


「ハイ? 医療省ノコト? 何モ聞イテマセンガ」


「ルィル、コレハ男同士ジャナイト困ルコト話ナンダ」


「……分カリマシタ」



 少々不服そうだがルィルは頷いて木宮に向かう。



「キノミヤ、ニホンの服装について、話を聞いても? 特に女性の服装について」


「ええ、いいですよ」



「木宮さん、あと国防軍とイルリハラン軍の動きも伝えておいてください」



 木宮が降りる際に雨宮が今後必要となる説明をするよう伝え、木宮は頷くと脚立から降りて、別の隊員の座る脚立へと向かった。


 代わりに雨宮がその場所に座る。



「ソレデ男デシカ話セナイコトトハナンデス?」


「コレハ個人デハナク、医療省カラノ要請トシテ聞イテクダサイ。私ヤリィアノ考エデハアリマセンカラ。アクマデ学術的ナ気持チデ聞キマス」



 しつこく言ってくるあたりどんな内容を聞かされるのか、羽熊の雨宮は息を殺して耳を傾ける。


 エルマとリィアは羽熊達に近づき、小声で言った。




「ニホンノ子作リノ資料ヲモラエマスカ?」




 静かな沈黙が流れた。



「……エルマ殿下、モウ一度オ願イシマス」


「男女ノ性行為ノ資料ヲ用意シテ欲シインデス。写真ヤ映像デスネ。実際ノハサスガニ無理ナノデ、資料ダケ欲シインデス。可能デアレバ子ノ種モ」



 そこで大体羽熊と雨宮は察する。医療省と言うだけあって学術的に地球人の生殖行動を把握したいのだ。異星人がどうやって子供を作るのか、見かけは似ていても実際に見て把握したいのだろう。



「モチロン、コチラカラモ資料ハ渡シマス」


 そのことについては厚生労働省やネットでも気になることだからうれしい、が。



「ま、まあ交換するのは医学的にいいと思いますが、雨宮さん、どうします?」


「んー、難しいですね。資料と言うことは映像と本。種は精子と卵子……用意は簡単ですがはいいいですよとは言えませんね」



 対象の物が物だけに扱いが難しい。羽熊も雨宮も大人の男だ。見ていないはずがなく用意自体は簡単である。



 だがこれは学でもあり恥でもある。なにせ人のあられもない姿を見せているのだ。それを商売として撮影したのがエロ本でありアダルトビデオであり、それを学術的観点からとはいえはいどうぞと提供するわけにはいかず、しかもその参考になる人が異星人の歴史になる。安易な選定をしてしまうとそれこそ大問題になってしまい、その場の判断ではまず出来ない。



 精子と卵子にしても、さすがに科学的に受精させて試験管で成長させることはしないだろうが、子種である以上異星人にはいどうぞと渡せない。



「ここは普通に保健体育的なのがいいですかね。高校用の教科書とか」


「でもあれは絵でしょ? 向こうが欲しいのは実写では?」


「ならどのジャンルを? 勉強用のAVってあります?」



「どっちにしても著作権や肖像権の問題から許可なしでは渡せませんよ。異星人に渡るその人の精神的苦痛も考えないと」


「けどフィリア側のソレも気にはなりますよね。どんな体勢でとか」


「確かにこれは野郎だけの会話だな。女性は混ぜられないわ」



 はたから見ればエロ談義している中学男子である。実際は内容とは裏腹にまじめすぎるが、話していることはエロだけにどこか脱力感が漂う。



「チナミニ、イルリハランデハソレヲ商売ニシテマス?」


 異星人に対してなんてことを思うが、聞かなきゃならない質問だった。



「ハイ。商売ニシテマス」


「コチラモ商売ニシテイマス」



 やはり同レベル文明、そこの部分も同じか。宗教によっては断固禁止もあるがイルリハランでは容認しているようだ。モザイクの有無は分からない。



「あ、ちなみにモザイクどうします?」



 商売的には法律絡みで生殖器にモザイクを掛けるが、学術的にはむしろあってはならない。だが国からの提供でモザイク無しを渡すのははてさてどうなのだろう。



 そこは学術的観点による提供であり、猥褻物には当たらないと突っぱねるか。



 ちなみにモザイクのマルターニ語は聞いていない。それが必要となる場面がなく説明もしずらいからだった。



「それと仮に提供した場合、それって公表されるんですか? 政府がエロ画像や動画を公開するって……」


「批判しか思い浮かばないな。ネットでも結局政府しか発表しないからバレる」



 密かにネットに流したところで、入手口が分かっていれば隠しようがない。結局は政府が流したと分かるため、性的なものである以上公開は非常に難しい。



 かと言って日本もネットでは興味津々だから向こうも興味津々と見てよく、けれど堂々と出来なくて出し方が分からなかった。



「これは恥ずかしいけど厚労省か警察庁に預けよう。俺たちじゃ絶対に決めちゃだめな事案だ」



「もしくはイルリハラン側から先に渡してもらって決めますか?」


「そうだな。提供の提案をしてくると言うことは用意してるだろうし」



 いつのまにかタメ口になっている雨宮の言葉は気にせず、羽熊は今回は先に提供できないかと聞く。



「マダコチラモ用意シテイマセンガ、出来次第オ渡シシマス」



 至極真面目な話を繰り広げているが、内容はエロである。



 外国人同士ではなく、異星人同士でエロ話をするとは見たことがない。異様であるはどこか楽しくもあった。



 これも交流の一つとして野郎四人は密かに会話を続けたのだった。



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