第5話『飛行艦』



『なにっ!? それは本当か!?』



 平静を欠いた声が無線機から響き渡る。



「事実です。第七偵察隊は原住民と接触。互いに敵意がないことは分かり合えました。各隊にも伝達願います。決して原住民と遭遇しても敵意を見せないようにと。原住民も我々を知ろうとしている上に攻撃的な性格ではありません。送れ」



『了解した。すぐに全隊に伝える。送れ』


「写真と映像は残したが、送信失敗に付き帰還時に報告書と共に提出する。終わり」


『了解。安全を第一に原住民と温和な接触を続けてくれ。終わり』



 通信が終わり、雨宮は高機動車に備え付けられている無線機のハンドマイクをしまった。



「隊長、これからどうしますか? まさかイルリハランって原住民の国に行くとか言わないで下さいよ?」



 その高機動車の運転をしている、古谷一等陸曹が雨宮に尋ねた。


 場所は変わらず湖の畔で、到着から三時間と経ったが移動はしていない。


 少し離れたところでは民間から来た言語学者の羽熊博士が、同じく偵察であろう異地側からきた偵察隊と交流を続けていたからだ。



 喋っているのはお互いに母国語で、意思の疎通は中々にして捗らない。しかし負けじと聞き取りやすい片言、ジェスチャー、コピー用紙に絵を描くなどして日本側の意図を伝えようと三時間ひたすら続け、異地側の兵士も理解し伝えようと応え続ける。



 今のところ分かったことは、相手の国の名は『イルリハラン』。王政か議院内閣制かはまだわからないが、彼らはその国の軍人のようだ。軍関連の言葉が不明であるため見た目からの判断である。



 空に生きる人種だけあって戦場は空になるため迷彩も空色なのだろう。ただ、三次元の戦場だと俯瞰する形で草原を背景に見れば浮き彫りになってしまうが。


 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。大抵のフィクションに於ける異星人、異世界の文明と言うのは、極端に劣っているか極端に発展しているかの二択だ。



 劣っていれば蹂躙し、発展していれば蹂躙される。



 しかし実際に会ってみたら同等の文明を持っていた。それも地球社会と同じ出会い頭に弾丸の挨拶ではなく、最初の一発を貰い大義名分をもって撃ち返す現代の軍事的精神もである。



「言うわけないだろ。向こうとしてもまだこっちの素性が分かっていないんだ。もし誘いがあったとしても罠としか思えん」



 向こうも仮に日本へ招待したとしても来やしないだろう。まだ北朝鮮に行って戻ってくる方が安心である。



「今は互いに安全な状態で交流をして次第に外務省レベルを上げていけばいい。とにかく映画のような野蛮な異星人じゃなくてよかったと思っとけ」



 そもそも侵略側である国防軍を問答無用で捕縛しないだけありがたいと思うべきだ。いかに争いを忌避する日本でも不法入国をすれば誰であっても逮捕する。


 それをしないだけイルリハランも突然来た国へ、法を順守するか超法規的判断にするのか悩んでいるのだろう。



「はい。でも異星人でも進化していくと人間ぽくなるんですね。発光する髪や一本足がなかったらまんま人間ですよ」


「映画はフィクションだし、分かりやすく敵とするためにあんな知性がなさそうなエイリアンにしてるんだろ。知性生物の進化の帰結は哺乳類で人型なのが証明されたな」



 進化論の研究者なら泣いて喜ぶ宝の宝庫だろう。


 さらにあの人が歩くように宙に浮くあの生態も興味深い。


 日本としてはぜひとも彼らを招待したい。だが国家間でのやり取りもなく連れて帰れば拉致当然。それによって戦争が起これば、争いには負けなかったとしても国が敗ける。



 ただ考えようによっては転移から三日目にして原住民と対話での交流を始められたのだ。これ以上急げばしっぺ返しが来る。ここは焦らずじっくりと着実に進むのが唯一の道だ。



「羽熊さん、三時間もまあ言葉が通じない人とやり取り続けられますよ。しかも時折向こうの言葉しゃべってますし」


「そのために来たんだから頑張ってもらわないとな」



「でもこの先どうするんすかね。このままイルリハランと条約を結んで主権を維持するのか、それとも併呑か」


「おい、最後のは何だ。俺らは主権を守るための存在だぞ」


 国防軍は国の主権、すなわち国民を守るために存在している。もしそんなことをメディアの前で行ってしまえば非難囂々だ。



「すみません。でも地球に帰ったって地獄だし、この地で生きるにしたってイルリハランや周辺の国との協力なくしては不可能じゃないですか」


「だとしても併呑なんて二度と口にするな。今のは聞かなかったことにする」



 この世界の国の協力なくして日本の存続はありえない。これは事実だが自分らの誇りを捨ててまで相手国の一部になるなど言語道断。誇りを失った国は国でなくなる。



「日本の行く先は政治家が決める。俺たちじえ……国防軍は日本を守る。それでいいんだ。分かったな」


「はっ」



 古谷は雨宮に敬礼をすると離れていった。今のところ襲ってくるそぶりはないが一発で車両を踏みつぶせる野生動物を警戒するためだ。


 雨宮は自分の手の爪を噛みながら四苦八苦しながら交流を続ける羽熊を見る。



 羽熊は外交官ではないため、国家間での交渉はさせられない。あくまで相手の言語や文明を理解し、それを政府に提出するまでが仕事だ。その後イルリハランとの交渉は外務省と政府が行っていく。


 だが第一印象はどうしても彼を基準にしてしまうため、ここでのやり取り次第で日本の行く末が大きく変わる。



 出来れば日本が不意に来てしまったことと、争いを望まないところまでは理解してもらうよう頑張ってもらわねばならない。



 ある意味民間人を起用したのは正解だったかもしれない。軍人であれば侵略や侵攻のイメージをよぎらせ、役人では保守的で話の進め方がやたらと遅いからだ。民間人でそれも学者で、迅速にと言われれば貪欲に突き進んでくれるため適任と言えるだろう。


 果たして羽熊はイルリハランの軍人と積極的にコミュニケーションを取っている。



『ジジ、第七偵察隊送れ。繰り返す。第七偵察隊送れ』



「こちら第七偵察隊雨宮、送れ」



『空自より連絡。お前たちのいるA湖から北東三百キロの位置にて駆逐艦級四隻の機影を確認。繰り返す、北東三百キロの位置にて駆逐艦四隻を確認。移動方向からしてA湖に向かっている。イルリハランの所有物か確認されたし。送れ』



「了解。接近中の機影の所属を確認する。到着予想時間は? 送れ」


『概算で三十分後』


「了解。状況によっては本州に引き返す。終わり」



 雨宮は無線をしまうと小走りでやり取りを続ける羽熊へと向かう。


「羽熊さん」


 するとイルリハランの兵士は雨宮の表情を見てか高度を上げて後退した。



「こちらに駆逐艦級の飛行物体が時速六百キロで四隻来ています。イルリハラン籍の飛行物体か確認を願えますか?」



 そう確認させるのはただ一つ、現状小隊以上の部隊との接触を偵察隊全体で禁止されているからである。


 異地を偵察する以上、どうしても日本の加護を受けられず、そして捕虜として捕らえられてしまえば日本は救出する術がない。


 よって軍艦や中隊以上、もっと言えば拮抗できる以上の戦力と遭遇した場合、逃げるよう指示を受けていた。



 幸い今回の接触は同規模であったのと、互いに知り合いたいがため問題なかったが、軍艦が来ているとなれば退避の選択しかない。もちろんイルリハラン軍で、この三時間で理解した日本のことを伝え、平和裏の対話をしたいと分かってもらえればいいが、もし他国で中国軍のような軍事的性格を持つと状況は一発で最悪となる。



 ジュネーブ条約的な国際条約の有無も不明なうえ、あったとしても加盟していない日本はその条約外で捕らえられれば法的にもどんな結末になろうと、日本は責める口実すらないのだ。


 だから空自は常にレーダー波の届く範囲で警戒を続けてもらい、いま連絡が来たのだった。



「わ、分かりました。六百キロで移動する飛行戦艦ですか」


「リニアモーターカーと駆逐艦のハイブリット飛行艦です。もしイルリハラン籍ならいいのですが、それ以外の国でそれも中国軍のような軍隊が来たなら……分かりますね?」


「すぐに聞きます。五分か十分時間を下さい」



「三十分でここに来る恐れがあるので早く願います。全員乗車! 所属不明の飛行艦がここにきている。最悪我々を捕まえに来た可能性がある。イルリハラン籍でない場合本州へ帰投する!」



 雨宮の命令で、周囲を警戒していた偵察隊全員が足早で四台へと乗り込み、エンジンをかける。雨宮は隊長として羽熊を一人にはしておけず、飛行艦が向かってくる方向を注視しながら待った。


 羽熊は事の重大さにイルリハランの兵士とやり取りを再開する。三時間で身に着けた異地語で意思の疎通ができるか、雨宮は不安を背に腕時計のストップウォッチをスタートさせる。



 時速六百キロで移動すると、いまから全速力で日本に戻ったとしても道中で追いついてしまう。日本から支援戦闘機を飛ばしてもらえばいいが、駆逐艦対戦闘機では戦闘機が分が悪い。衛星があり、レーダーがイージス艦級なら日本を飛び出せばもう捕捉され、遠距離地対空ミサイルがあれば撃ち落とされてしまうだろう。



 と、イルリハランの兵士たちがあわただしく動き始めた。同じく母国と通信したのだろう。無線機らしきものを背負う兵士が異地語で話しかけると、同じくジェスチャーで羽熊に何かを伝えようとし、半数近くが空へと上がった。



 懸念は的中した。雨宮はここで頭のスイッチを切り替え無線のPPTスイッチを押す。



「おそらく今向かってきているのはイルリハランの飛行艦ではないな。念のため本州へ帰投する。とにかく全速で退避するぞ。送れ」



『了解。本部へ援護要請します』



「羽熊さん、日本へ戻ります。どうやらイルリハランの駆逐艦ではないようです」


「そうみたいですね。四隻と示したら血相を変えて通信を始めました。あと三分ください。再び話がしたいと伝えたいので」



 この世界でも地球と同じような問題があるのだろうと雨宮は察した。


 ここで別れれば再び会うチャンスは運任せになる。せっかく互いに知り合いたいのに、その機会が得られなければ互いに苦労が水の泡だ。羽熊は国防軍が作成した地図を元に、再び会う場所と時間をジェスチャーで伝え、身に着けているアナログ腕時計を手渡した。



「確実かは分かりませんが、場所と時間を伝えました。本州に帰りましょう」



 腕時計を受け取ったイルリハラン人は一気に高度を上げ、雨宮は目で追うと思わず絶句してしまった。


 空には車のような形容をしながらもタイヤが一切ない乗り物が静止していたのだ。



「はは、本当に空に浮いてら」


 羽熊の予想は見事に的中している。自分たちがどうやって空を飛んでいるのかを科学的に理解し、それを機械に応用して飛行機とは全く違う乗り物を、この世界では作り上げている。



 音も無ければ空を飛ぶエフェクトで定番の発光や推進器もない。反重力エンジンを積んでいるようにただ浮いているのだ。


 地球と科学力が同等とする考えはあっという間に瓦解する。二世紀三世紀は離れている実感を、雨宮は三台の乗り物からさせられた。



「雨宮さん、早くしないと」



 そんな雨宮の心境とはよそに羽熊は高機動車に戻ろうとしていて、すぐに踵を返した。



「隊長、本部から返信で戦闘機の支援を検討するとのことです」


「駆逐艦相手に戦闘機が通用すればいいがな。全速で前へ!」



 命令をすると同時に体重が背中にかかり、四台はすぐさま時速六十キロ以上まで加速して帰路に就いた。



「それで羽熊さん、彼らと話して何かわかったことありますか?」


「は、はい、まだ向こうの表情やややジェスチャーや絵でしか分かりませせんが、科学水準はは近いと思いますす」


「ですがあの空飛ぶ乗り物はどう見ても……」



「彼らから見ればこちらの車も奇天烈な乗り物でですよ。彼らにとってて空を乗り物で飛ぶのはは、我々が車で地を走るのととと同じじことですからららら」



 揺れが激しくはっきりと喋れていないが言いたいことはよくわかる。


 我々の常識が彼らの常識ではない。それは国土転移や超巨大生物、さらには空を飛ぶ生態から分かっていたはずだ。


 地球でさえ日本の常識は世界の非常識、日本は他の惑星が来たと言われるのだ。こちらの常識だけで見ては足元をすくわれる。



「そそれれれと、民度も言語も日本と似ている部分があります。サンファー、これは向こうの言葉でおそらく〝ありがとう〟の意です。話をしている途中でよよよく出ていて、イントネーションから見てまず間違いないでしょう。これは謙虚と謝意を主にした民度の現れです。科学力は常識の価値観からららかけ離れたように見えて、おそらくほとんど同じです。タブレットも向こうはつつかってましたし、近未来SF映画のような機器は何一つ出てません。科学力と文明はイコールなので、日本と対等な文明で攻撃力は……おそらく日本が上でしょう。地下資源の有無が大きく違う」



 雨宮は無言でも内心驚きながら羽熊の話を聞いていた。


 たった三時間で彼は原住民の事をわずかだか理解したのだ。


 軍人と言う特殊ながら一般人から見れば空飛ぶ乗り物だけで超科学を持ったと思わざるを得ないのに、先入観で物事は見ず実地で調べて断言した。これが学者と一般人の知見の差。



 おそらく各分野の学者らも、先入観にとらわれず事実を科学的に調べているのだろう。例え地球の常識とはかけ離れていようと、しかしこの世界での常識を。



「博士、どうして日本の方が攻撃力が上と?」



 車が凹凸の少ない土地に入り、羽熊は噛まずにしゃべりだす。



「彼らは俺と話をする時、三メートルより低くなろうとしませんでした。この円形山脈と言う特殊な地形を聖地化して降りようとしなかったと思いましたが、それでは我々を排除しようとするはずです。そこで前に言った仮説の地面に対する忌避が出てきます。確証こそありませんが、おそらく彼らは水など必要必需品を除いて地面には降りない、つまり地下資源に手を出せないと思うんです。であれば地下に対して抵抗の低い我々はその分軍事的に有利と判断できます」



 地面を嫌うと言うことはさらに下の地下を嫌うと言うこと。なら地下に眠る鉱脈や石油は、例えあったとしても手を出さないと言える。



「もちろん円形山脈内は資源採掘禁止であれば別で、低所得、低い地位の原住民が資源採掘をしていることもあり得ますが」


「なるほど、もし前者であればこちらに大きなアドバンテージが出るわけですね」



 地球人類はここ三百年から二百年前から劇的に地下資源の採掘量を増やしていった。こと石油に至ってはわずか一世紀で地球が四十六億年かけて蓄積した石油の半分以上を奪った実績がある。もしこの土地にも石油が眠り、だが地上に湧き出る程度の石油しか採っていないのなら、採掘技術がある日本はそれを外交カードとして有利に立てる。



 軍事力にしても、日本には原発から出てきたプルトニウムが地球に現存していた核兵器以上の量を保管している。無論世論は絶対に認めないだろうが、核兵器もこれもまた外交カードの一つとなるだろう。憲法改正時、野党から非核三原則の明記を要請したが与党は突っぱねた。もし明記していればその外交カードも消えてしまう。



 日本が核兵器なんてことは天変地異が起きない限り無理だが、その天変地異が起きた今、世論の考えも変わるかもしれない。アメリカやセキュリティダイヤモンドも国連もないのだ。正真正銘一国だけで一国を守る以上、一国を滅ぼす力に手を出すことは考えなければならない。


 精査は必要だがこの仮説は政府に提示するだけの価値はあった。



「すごいですね。たった三時間でそこまで見抜くなんて」


「全てが仮説で実証が何一つないんで褒められることじゃありませんよ。ありがとうの意のサンファーも勘ですから」


「我々ではその勘すら働きませんから謙遜しないでください」


「ただ一つ成果はあります」



 羽熊はそう言うとポケットから腕時計を出した。


 だがすぐにそれが日本のものではないと分かった。アナログ時計のように秒針と短針があるが、数字が見たことがないものだった。



「羽熊さん、それ……」


「イルリハラン製の腕時計です。あの女性兵士からもらいました。で、地球読みで二時にさっきの湖と指さしていたので、二十四時間後にさっきの湖に来てほしいということですね」



 この星の自転も奇しくも地球と誤差がたったの三秒しか遅くないらしい。それでも精密機器で一日三秒のズレは大きいが、人が生活するうえではほとんど影響がない。



「でもさっき自分のを渡してませんでした?」


「向こうも偵察として我々と会ったのに、証拠がないと帰れないじゃないですか。もらったらその分を渡す。とりあえず向こうもこちらの数字と科学的水準は計れるかと」



 自分らのことだけでなく相手のメンツも立てる。焦るのが自然の中それをやってのけるとは、羽熊洋一は並の学者ではない。



「羽熊さんあんたすごいですね」


「俺の成果次第で国が傾くんですから頑張るしかないですよ。でもあれ、五十万したんですよね」



「隊長、本部より連絡。各偵察隊も帰投に付き、友好的か不明の異地国飛行艦と接触する可能性の高い我々に対し、空自がアメリカ軍が放棄したF-22を出すとのこと」


「え、F‐22ってあの?」



 地球で最強の部類に入るステルス戦闘機。それがアメリカが開発したF-22である。


 カタログスペック上地球最強で、自衛隊時代から次期主力戦闘機として欲しかったが機密の塊で叶わず、アメリカ軍が日本に配備する形で成した。操縦技術は米軍と空自との訓練課程で学んでおり、レヴィアン落下に伴うアメリカ軍の撤退で放棄された機体を徴収したのだろう。


 正式に空自に採用しているステルス戦闘機F-35もあるが、機動性などを考えたのだろう。



 おそらく日本の支援戦闘機ではなくF-22を利用する背景に、異地国のレーダー能力を警戒してが挙げられる。


 日本は独自のステルス戦闘機はまだ実証機の段階で戦闘機は使えず、かといって二、三十年前にロールアウトした機体ではレーダーに映ってしまう。



 雨宮は空の支援はあるだろうがどうするのかと思えば、そんな方法を取るとは幕僚長らトップは大胆なことを考える。


 F-22は対空に特化した戦闘機で、元来駆逐艦など洋上を進む船を相手にすることはない。しかし駆逐艦級とはいえ空を飛ぶ飛行艦であれば、空対空ミサイルで戦える。



「アメリカ軍が放棄したのを利用してるんでしょう。空自は操縦訓練は受けているようですので、危険なかけではありますが出す価値ありと判断したみたいです」



 ただ、日本はF-22のライセンス生産をしていないので、万が一撃ち落とされれば人命だけでなくただでさえ生産できない虎の子を失うことになる。


 相手の飛行艦の性能が未知数な中での出撃。パイロットは雨宮達より不安であろう。


 だからこそ我々も飛行艦に捕らえられる前に安全ラインまで下がらねばならない。



「アクセル全開で飛ばせ。このままじゃ本州が見えてくる前に飛行艦が来る」


「ですがこれ以上飛ばしたら横転の危険も」



 再び車は凹凸のある場所へと入り、時々大きくバウンドする。



「日ごろの訓練の成果を見せろ! 万が一捕らえに来たら二度と日本の地は踏めないんだぞ!」



 映画みたいにヒーローが敵地に乗り込んで劇的な救助をするのはありえない。捕まれば最後、政府間での外交を経て処遇が決まり、最悪その前に拷問されて殺される場合もある。


 危険を承知で来たとしても迫りくる懸念があればなりふり構わず逃げるだけだ。


 高機動車はさらに加速し、メーターは百キロを超えた。



「う……」



 激しい揺れにもう羽熊は酔いを再発したらしい。



「おつらいでしょうが我慢してください」


「分かってます。俺のことは気にしないでぶっ飛ばしてください」


「後方の見張りは怠るな。向こうは時速六百キロ超えだ。見えたらすぐに来るぞ」



 しかし見えたところで現在の武装では何もできない。辛うじて三丁ある110mm個人携帯対戦車弾だが駆逐艦相手では怒らせるだけだ。



「いいか、例え飛行艦が停車するよう動こうと足を止めるな。攻撃もなしだ。どうせ効かないし機関銃でハチの巣にされるからな」


『了解』



 無線で各車へと命令を厳とし、簡易地図で現在位置を推測する。


 順当に百キロ以上で爆走できれば本州まで七十分程度。接近中の異地国家に追いつかれるのが三十分から四十分では十分F‐22は間に合うだろう。湖で数分でも留まってくれればうれしいが、危険な状況で楽観視は死を招くから期待しない。



「全車右前方より巨大動物接近! 左に曲がれ!」



 平原を激走する車を見て闘争本能か興味が惹かれたらしく、象のような長い鼻を持つ甲殻巨大生物がまっすぐ突っ込んでくる。


 雨宮の命令で四台は同時に左に曲がり曲がる。と、巨大動物もまた追随するように曲がってきた。



「俺たちを狙ってるな。こんな時に遠回りしてる場合じゃないってのに」


「駆除しますか?」


「いやだめだ。ここで殺して動物愛護団体に目をつけられたくない。あの巨大だ。車の速さには追いつけないだろ。なんとか最小限でかわせ」


「了解」



 車の向きを左から正面へと戻し、向かってくる動物との距離感を運転する古谷は図る。



「……今っ!」



 窓全体が巨大生物の前足だけになり、古谷はハンドルを切った。


 すぐ横で足が地に付くが無事かわした。後続の車も同じ道をたどって無事に巨大動物の下を横断する。交差したことに気づいた動物はまた追いかけようとするが、巨体ゆえに動きは速くない。見る見るうちに見えるのが足から全体へと拡大していく。



「動物たちの動きも警戒しろ。最悪横転された場合、人員だけ救助して車両と武器は放棄する。異地国に日本の武力を提供するのは避けたいが人命第一だ」



 腕時計程度なら文明水準を図る程度だから許容範囲だが、軍用車や武器は戦略上決してしてはならないことだ。



 例えば中国がアメリカのF-22を無傷で手に入れれば、隅々まで調べ上げてオリジナルには劣るだろうが九割近い模倣F-22を作り上げてしまうだろう。それだけでなくF‐22から得られる技術から大幅なバージョンアップを人民解放軍全体で行えるから、その手の兵器には必ず自爆機能がある。



 高機動車でも装甲車でも、車両と搭載した武器を奪われれば、相手国の戦力を多少なり知られてしまうため避けねばならない。しかし全滅と車両の二択では後者を選ぶ。



「加えるが死亡フラグは立てるなよ。ここじゃ現実になってもおかしくないからな」



 死亡フラグ。戦争映画やフィクションで見られるあるセリフを言った人物は必ずと言っていいほど死んでしまう条件のことだ。『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ』は有名であろう。



 実は国防軍ではその手の発言は控えるよう裏で教育されている。例えフィクションのことであってもそんなフラグを立てて隊員が死んでしまっては洒落にならないからだ。裏で教育されているのは国防軍としての品格を落とさないためである。



「……隊長、後方の空に不自然な点を四つ視認」



 後部座席に座る原田陸士長が報告し、雨宮も双眼鏡を手に後部座席からのぞき込む。


 雲一つない真っ青な空。原田が指摘する方角を捜すと、双眼鏡かリアウインドウに付いたゴミのような点が四つを視認した。



「最悪を想定すれば異地国の飛行艦だな」



 空気が澄んでいるため遠くまで見通せ、比較物がないから距離感はつかめないが、二百メートル級の駆逐艦を想定すれば距離は三百から四百キロだろう。報告を受けてから現時点で十五分が過ぎ、単純計算なら四五十キロ程度の距離があるはずだ。



 だが時速六百キロは巡航速度で、最大速度はもっとあると考えれば瞬く間に距離はなくなる。やはり楽観視はできない。



「不自然な点より発光を確認!」


「発砲か!?」


「遠すぎて判断できません。あ、発光が点より上部に見えます。おそらくミサイルかと」



 地球の駆逐艦に搭載されるミサイル。もし対地ミサイルのトマホーク級なら飛距離は千キロを軽く超す。



「トマホーク級ならここまで届くな。俺たちよりは進路の妨害だろ」



 ここで偵察隊を全滅にしては戦略的に意味がない。戦争中ならいざ知らず、互いに知らないのだ。相手も軍であれば捕虜を取る重要性は十分承知だろう。



「どうしますか。前方を吹き飛ばされたら進めませんよ。最悪横転も……」


「キャリパー準備。予測の通りミサイルであれば全力で迎撃しろ。自衛権の行使を命令する」



 自衛隊から国防軍に変わり、専守防衛の前提も変わった。法令上、自衛隊の自衛権は攻撃を受けた、または確実に攻撃をする意図を持った発砲に対して行使が出来る。憲法改正のきっかけになった護衛艦〝ゆうだち〟への発砲が、船体からわずか二十メートルのところため確実に攻撃をする意図を持った発砲と判断され、行使が可能となったのだ。



 国防軍からは例え当たらずとも、威嚇射撃の前段階の銃口を向けられる等から自衛権の行使が可能となり、ミサイルを発射した瞬間から雨宮達第七偵察隊は自分らの身を守る自衛権を発動させた。



「ミサイルは何発だ!」


「発光は一つのみ。他はナシ!」


「接近してくるミサイルを迎撃しろ!」



 軍事関係者から見れば小銃でミサイルを撃ち落とすのは正気の沙汰ではない。時速九百キロに達する飛翔体を狙うのは無理だし、小銃の射程は三百から五百メートル。その距離では一秒にも満たずに来てしまう。



 いくら横ではなく直進してくるとはいえあまりにも時間がない。


 それでも前方を吹き飛ばされ走行不能に陥り、異地国に拿捕されることを考えれば無茶には無謀で覆すしかなかった。



 散開して被害を全体から四分の一に減らす案もあったが、その四分の一の被害を出す判断を雨宮は出せなかった。隊長であれば全滅を避けるべきで、全体でミサイル迎撃よりは散開するのが定石だ。だが自衛隊から始まり国防軍始まって以来の実戦、それも地球ではなく異世界の地に放り出されては孤立させる判断はどうしても出せなかった。



 やられるなら全員で、助かるなら全員で、その判断から雨宮は全体でのミサイル迎撃を命じたのだ。


 軽装甲高機動車の上部に設置された12.7㎜重機関銃M2に一人配置し、後方へと方向を変える。さらに四台の陣形を単縦陣から菱形へと変えて弾幕の範囲を広げさせた。



「あ、あ雨宮さん、勝算はあるんでですか?」



 頭を抱え床に伏せる羽熊が不安そうな表情で尋ねてきた。



「……伏せていてください」



 ここで大丈夫といったところで安心できまい。かと言って危険とも言えず雨宮は微笑でそう答えるにとどめた。



「俺の命、皆さんに任せます。でもどんな結果でも恨みませんから」



 羽熊は羽熊なりの決意でこの地に来た。この状況になろうとそれは彼の責任だ。しかしその責任を果たさせないのが国防軍の使命である。


 後方からは真っ青な空に白煙の道としてミサイルの航跡がわずかだが確認できた。白煙の角度からまっすぐ向かっているのが分かる。


 雨宮は無線機に手を伸ばした。



「こちら現在帰投中の第七偵察隊。接近中の異地国飛行艦四隻より、一発のミサイルと思われる飛翔体が発射されたことを確認。我々の方へと向かっている。送れ」



『四隻の飛行艦よりミサイル等の飛翔体はレーダーで観測。飛行艦との距離は二百五十キロ。米軍より徴収したF‐22は横田基地を発進し、ミサイル迎撃に当たる。送れ』



「了解。万が一迎撃失敗の際、現装備で迎撃に当たる」


『……必ず当てます』



 最後は情が出て無線通信は終了した。その情だけでこちらの不安はどれだけ払拭されただろうか。ここで士気発揚で「生きて日本に帰るぞ」的なことを言うべきなのだが、この発言は完璧に死亡フラグに当たるためぐっとこらえ、別のニュアンスで全車に無線を飛ばした。



「陸自の底力を見せるぞ!」



 全車から力強い返事が来て不安感は完全に消えた。



「ちっ、また動物が! ミサイルが来てるってのに」



 敵は後ろだけではない。跋扈する動物たちは猛スピードで移動する四台に目を惹かれて近づいてくる。一直線で帰りたいところ軽い迂回をさせられ、その分直進で来るミサイルとの距離が縮まってしまう。



「ミサイルは空自に任せろ。とにかく足を止めるな止めるな!」



 と、車のエンジン音とは違う音が聞こえ出し、フロントガラス越しに前方を見ると見慣れた航空機が三機目に映った。


 現状、日本国にある最強の戦闘機、F‐22である。



 レーダーに極力映らぬよう施された形状で凹凸の起伏が最小限に抑えられ、両翼に取り付けられるミサイル類も全て下腹部に収納されている。その下腹部がすれ違いざまに開き、一発のミサイルを放った。


 放たれたミサイルは一直線に異地国飛行艦の方へと向かい、F‐22は大きく弧を描くように旋回する。



『こちらF-22ラプター改めトキ。空の護衛は任せろ』


「……ニッポニアニッポン、感謝します。でも相手の戦力が不明なので十二分に警戒をしてください」


『了解』



 三機のF‐22トキは時計回り、反時計回りで三重の円を描くように第七偵察隊と追随するよう動く。マッハで移動するトキたちにとってはさぞ遅いだろうが、雨宮達にとっては天空の守護者でこれ以上に頼もしいことはなかった。



 異地国の飛行艦のレーダーにトキは映し出されているのか、それは誰にもわからない。しかし発射したミサイルが一発ままを考えると感知していない可能性があった。



 第七偵察隊は起伏の穏やかな平地を走り、動物をよけながら走ること数分、後方の空で一つ爆発が起きた。



『ミサイル迎撃に成功』



 空で旋回する三輪の朱鷺から無線で朗報が伝えられ、雨宮はぐっと握り拳を作った。


 とりあえず地球兵器で異地兵器を撃ち落とす証明が出来た。



『異地飛行艦、さらに五発のミサイルを発射。ありゃミサイル駆逐艦級だぞ』



 F‐22はステルス時で八発。非ステルス時で十二発は中距離ミサイルを搭載できる。その場所は、下腹部に最大六発。その左右に各一発。さらに両翼に各二発である。今回はステルス仕様での兵装で、空対空中距離ミサイルが六発格納しているのが発射時に見え、それが三機だから理論上二十四発の空対空中距離ミサイルを搭載しているはずだ。



 だが駆逐艦はそれ以上のミサイルを搭載しているため、飽和攻撃を受ければトキだけでは防衛しきれない。



 セオリーでは駆逐艦そのものを沈めるが、さすがにそれは無理である。


 今回、日本は曲りなり侵略する形でこの世界に来てしまい、この世界の国際社会から存在を許可されていない。なのに防衛と言う建前で攻撃をしては、侵略以外の何物でもなくなってしまう。



 そのためトキは全力をもって防衛のみに徹するだろう。


 国防軍、そして自衛隊の名前の通り、国を守り自衛するしか出来ないのだ。



 日本まで、あと八十五キロ。

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