第5話
「……隊長」
任務終わりのド深夜。ほかの騎士は全員出払って、二人きり。
僕は、カレンさんのいる隊長部屋に入りました。
目的は、もちろんただ一つ。いつものアレをやるためです。
「なんだハル。何か用か?」
「はい、その……僕、」
できるだけ体をもじもじとさせながら、カレンさんの顔を上目遣いで見つめます。
少し呼吸のテンポを早くし、傍から見て興奮を抑えきれないように演技をするのです。
――隊長、いえ、カレンさん! その……僕、もう我慢できなくてっ……!
言いながら徐々に近づいていき、そして、
――隊長! ボク、隊長とヤりたいんです!(剣の稽古を)
と、いつもの台詞を言うつもりだったのですが。
「ハル、すまない、頼みごとならまた今度にしてくれ」
「へ?」
カレンさんの塩対応に、僕のほうが逆に呆気にとられてしまいました。
いつもは僕の渾身の演技にあたふたしてくれるカレンさんなのに、今日限って冷たいです。
「どうした、そんな呆けた顔して」
「あ、いえ……こんな深夜に用事だなんて、隊長にしては珍しいなと」
職場と家の往復しかしてないカレンさんに、仕事以外の用事があることなど滅多にないはず。
月に一度あるかないかの休日は、基本的に自宅にこもってお酒を飲むかごろ寝しかしていないのに、こんな深夜から用事とは。
ちなみにこの情報は信頼できる筋からの提供なので、間違いありません。
「しっ、失礼な。一応、私にだって都合ぐらいはある。今日は先に帰るから、戸締り頼んだぞ」
「はい……」
カレンさんは僕に鍵束を投げ渡すと、ぱぱっと身支度を終えて、あっという間に仕事場から出て行ってしまいました。
「う~ん……こんな時間から、用事、ねぇ」
話の内容からして、おそらく仕事関係でないのは確かです。では、それ以外で用事とは何でしょう?
気になります。僕との甘いひと時を差し置いてまで、カレンさんは何をするつもりなのか。
「気になるけど、カレンさんにだって誰かに秘密にしておきたいことの一つや二つあるだろうし……残念だけど、今日はもう……」
そうやって自分に言い聞かせつつも、足はしっかりと、自分の住む騎士隊舎とは逆方向のカレンさんの自宅へ、せかせか進んでいくのでした。
カレンさんの家は、仕事場である城の側の住宅街にあります。国の偉い人は、お金持ちの人も住んでいる閑静な住宅区。
その中にある塔のような形をした建物……この中の一室に、カレンさんはお住まいです。
「さて、と……」
カレンさんに気付かれないよう隠密スキルで後をつけた僕は、無事、監視ポイントであるゴミ捨て場の物陰にて息を潜めました。
「う~ん……特にカレンさんへの訪問客はいない、か……」
カレンさんの様子から男の影を一瞬想像した僕ですが、それはどうやら杞憂のまま終わりそうです。それは一安心。
では一体、彼女はいったい何をそんなに慌てていたのでしょうか。
一番の部下である僕とのスキンシップを放り出すほどの理由。
「ゥゥウゥゥウゥ……」
「クゥ~ン……」
と、僕が思索の海に飛び込んでいる最中に、ふと、そんな二つの鳴き声が。
「? 犬……何故か尻尾がふたつあるけど……」
見ると、捨てられたごみ袋の中に顔をまるまる突っ込んで、尻尾だけフリフリしている一匹の子犬がいました。
しかも世にも珍しい、二尾です。初めてみたかもしれません。
初めは野良犬かな、と思いましたが、よく見てみれば綺麗な毛並みをしています。首に赤い首輪もありますし、おそらくはきちんと飼われているワンちゃんなのでしょう。
ゴミ漁りをするところを見ると、躾自体はきちんと行き届いてはいないみたいですが。
「お~い、犬っころ」
「「!」」
僕がそう呼びかけると、ゴミ漁りに夢中だった犬の体がこちらを向きました。
怯えた表情と、こちらを威嚇するような表情。
そんな異なる二つの顔が僕へと向いたのでした。
「え? 顔が、二つ……?」
二尾と思われていた犬の正体は、なんと双頭でもあったのです。一つの体に、二つの頭。鳴き声も反応も異なります。
「……合成獣の一種かな? いや、でもうちの国はこんな研究をしているなんて聞いたことない……」
「お~いケルベロス~、どこだ~?」
予想外の生物の登場に、僕が本来の目的を忘れそうになっていると、彼らの名を呼ぶ声が聞こえてきました。おそらくは飼い主です。
しかも、この声。
「……隊長?」
「え、ハル!?」
そこには鎧を脱いで寝間着姿となったカレンさんがいました。
急いで部屋から飛び出してきたのか、髪はぼさぼさ状態のままです。しかもなぜか両手にビーフジャーキーを持っていますし。どこの蛮族ですか。
「ワンッ!」
「キャウッ!」
飼い主の姿を見つけたケルベロスは、二つの尻尾を振ってカレンさんのもとに駆け寄ります。
ほぼ3/4日以来の再会が、よほどうれしかったのでしょう。
「こら、くすぐったいじゃないか。大人しく待っていなさいと言ったのに抜け出して……心配したぞ」
二つの顔からぺろぺろと頬を舐められ、安堵と嬉しさの混じった表情を浮かべるカレンさん。
犬へ注がれる慈愛に満ちた瞳は、なんだか母性にあふれているように見えました。
「あの、隊長……ところで」
「うぐっ」
僕が問いかけると、カレンさんが珍しく縮こまりました。
「それ、多分うちの国では研究を禁止している合成獣ですよね? なんでそんなものを隊長が飼っているんですか?」
「うっ、そ、それはだな……実は最近、仕事で遠征したとき、偶然怪我をしているこの子を見つけて……」
「かわいそうだと思って連れてきたんですか? 皆には内緒で?」
カレンさんの任務報告書には全て目を通し、内容はすべて一字一句違わず頭に入っていますが、そんな記載は僕の記憶にはありません。
つまり、黙って連れてきたわけです。
「勝手に拾って飼ったのは悪いと思っている。思ってはいるが……可哀そうじゃないか……こんなつぶらな瞳をしているのに」
「「キュウ~ン……」」
これ見よがしに潤んだ瞳でこちらに懇願するような視線を向けてくるカレンさんと、それからケルベロス。
別にいじめているわけではないのに、なんだかすごい罪悪感があります。
「まあ、飼うこと自体は違法ではないですし……迷惑がなければ大丈夫だと思いますけど」
「じゃあ、この子を飼うことに異議はないんだな?」
「ええ。でも、ちゃんとマドレーヌさんには言っておいたほうがいいですね。あの人なら、色々と詳しいでしょうし」
「そ、そうだな……多分小言じゃ済まないだろうが……この子のためにも、あいつの力は必要だしな」
合成獣は何かと魔法的なもので構成されていることも多いので、研究職のマドレーヌさんに指示を仰いだほうがいいでしょう。
あと、あの人には隠し事が出来ないような気もしますし。
「でも、まさか隊長がペットを飼い始めるなんて思いもよりませんでしたよ。用事がある、なんて言うもんだから、てっきり他の男とデートの約束でもしてるんじゃないかと」
「そんなわけあるかっ! だいたい店すら全く開いていない深夜に何をデートするつもりだ!」
「言われてみれば……」
そんなことができる人だったら、とっくの昔に結婚していますか。
それができないから犬まで飼い始めたわけで。
「ところでハル、お前こそなぜここに? ケルベロスのことを初めから知っていたわけでもあるまいし……」
「うぐっ」
今度は僕が追及される番でした。そういえばこれは尾行なので、見つかったらそもそもダメなやつでした。
「いやあ、本当なんでこんなところにいるんですかね? 寮も逆方向だというのにあはははは……失礼しましたっ!」
「あ、待てっ! もしかしなくても、私を尾行したなっ」
「「ガウッ~!!」」
こうして、僕とカレンさんの夜更けはいつものように終わりを告げたのでした。
偶然から始まった、僕とカレンさんの間の、秘密の共有。
ちょっとずつ、カレンさんとの距離が縮まっているような気がしていました。
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