第4話

「ハル、準備はできたか? そろそろ全体会議の時間だ。行くぞ」

「はい、隊長」

 とある月初めの早朝、僕は、カレンさんに連れられ、城の中にある大会議室へと足を運んでいました。

 本日は四半期に一度開かれる騎士団全体の会議の日。王族をその頂点とする近衛騎士団のほか、各地域に散らばっているそれ以外の騎士達も含めて一同に会する日となります。

 そのため、いつもより、城の中は多くの人々でごった返していました。

『おい、あの二人――』

『ああ、黒地に灰色の鷹の刺繍――』

『アイツらがブラックホーク、戦闘狂の化物集団か――』

 近衛騎士団の正装(といってもただの第四分隊は外套だけですが)を身に纏った僕らが集団の横を通り過ぎると、見知らぬ騎士達からそんな声がちらほらと聞こえてきました。

「――隊長、僕達、いつの間にやらすごい数の尾ひれをくっつけられているみたいですね」

 ブラックホーク所属の面々は凄腕揃いですが、別に自らヒャッハーしながら戦場に飛び込んでいるわけでありません。

 誰しもが日に三度くる飯の時間を何よりも大切にしていますし、いつ訪れるかわからない休日を指折り数えて心待ちにしています。

 働き方は狂人のそれかもしれませんが、僕らも一人の人間なわけで、そこらへんを勘違いしないでいただきたいところ。

「それだけ我々が国に貢献しているということだ。尾ひれについてはいくらくっ付こうが困ることはないし、勝手に言わせておけ」

 その頭であるカレンさんも、そんな評価など気にする素振りも見せず、クールな顔で堂々と廊下の中央を歩いていきます。

 隊長ということで、僕ら下っ端以上に根も葉もないことを言われるカレンさんですが、それに動じることなく騎士隊長らしい威厳を振りまいています。素敵。

 さて、ほどなくして大会議室の扉を開けると、そこには多くの騎士達が詰めかけていました。

 僕らのような近衛騎士から、辺境の警備を担当する騎士や、城下町の衛兵にいたるまで。

 それぞれの地区の代表者たちが、会議の開始を待っていたのでした。

「ふう……」

 と、ここで隣のカレンさんからそんな溜息が聞こえてきました。

 見ると、他の騎士たちがめいめい談笑しているのを、うんざりした顔で眺めています。

「隊長、浮かない顔ですね」

「ん、ああ、いや……私はこういう集まりが苦手でな」

 無意識的な反応を僕に見られてしまったのが気まずかったのか、カレンさんは少しバツの悪そうな笑みをこぼし、続けます。

「なれ合いは好かん。まあ、騎士になると同期や友人と会う機会は極端に減るから、たまに話したい気持ちはわからんでもないが……」

「あの……もしかして、隊長はご友人があんまりいないとか?」

「うっ」

 やっぱり図星だったようです。

 というか、これまで僕が調査した間、カレンさんの仕事以外の知り合いはマドレーヌさんのみの登場だったため、ものすごくわかりやすいのですが。

 しかし、学生時代『高嶺の花』だというカレンさんが、実は結構なぼっちだったとは意外でした。

「まあ、僕も僕で苦手ですけどね。主席卒業ともなると他からのやっかみも多いですから、気の許せる友達っていうのはほとんど……」

「! なに、じゃあお前も……!」

 僕は友達が少ない、という話に、カレンさんが『同類見っけ』とばかり食いついてきました。

「ハル、実は私も同じなんだ。唯一ウマがあったのがマドレーヌぐらいで……ほかの奴らとまともに話したことなどほとんどなかった。ふふ……当時のクソみたいな出来事、思い出すだけでも虫唾が走る。女だと思って私の体を舐めまわすように見てきた担任の変態教師に黒魔術ヲタクのビン底メガネ野郎、やれ『あの男と寝た』だの『あの女狐私のカレを寝取りやがって』と盛りのついた猿みたいな会話しかしなかったクソビッチ……」

 カレンさんがめっちゃ早口で暗黒の学生時代を語りだしました。

 僕としてはそこまで聞いたつもりはなかったのですが、しかし、カレンさんが、なぜ今まで独身を貫きざるを得なかったのかの片鱗は見えたような気がします。

「なあハル、お前ならこの気持ちわかるだろう? 自分の無能を棚に上げて努力せず、嫉妬するばかりの奴らを愚かだと思うことに」

「え? ええ、まあ、そうですね――」

 カレンさんの勢いに圧倒され、ひとまず相槌ぐらいはうっておこうと頷いた瞬間、僕の背後が俄かに騒がしくなりました。

「あ、見つけましたわよ、ハル!」

 声の主の正体――それは、いつかの結婚式で会った以来の騎士少女でした。サイドで結った緩いカールの金髪が、ぴょこぴょこと揺れています。

 そういえば、この子、『ホワイトクロス』所属だったような。おそらく僕と同様、隊長の付き添いで来たのでしょう。えっと、名前は……。

 あ、結婚式の日に僕とぶつかって尻餅をついていた子。

「……ああ、白パンツの」

「マルベリですわ! ……って、いったいどこで覚えておりますのっ!?」

 羞恥に顔を火照らせた少女が、スカートを両手で抑えて名乗ってくれました。

 ああ、マルベリでしたね。失礼しました。ふむ、なんでこの子の名前だけ記憶の残りにくいんでしょう。不思議。

「まったくもう。あの時以来、いつ職場へ来てくれるのかと、最高級の茶葉を用意してお待ちしておりましたのに……ねえ、カレン隊長?」

 マルベリが、カレンさんのほうへ声をかけました。

 それだと、なんだかカレンさんは行ったかのような口ぶりですが。

「なんだ?」

「カレン隊長、あの後、マルベリのところ――『ホワイトクロス』へ行ったんですか?」

「ん? ああ、まあな」

 あっさり頷くカレンさんでした。

「時間がなかったので挨拶程度だが……彼女も騎士として頑張っているからし、そのアドバイスにな」

「え~……」

 アドバイスだなんて、僕にはしてくれないのに。たとえあっても『剣の稽古』という名目の滅多打ち折檻なのに。なんとかベリさんだけずるい。

「隊長、マルベリにアドバイスだなんて、僕というものがありながら一体どう了見で――」

 と、ここで再び、僕の背中に声がかかりました。今度はふわふわと柔らかい感触が一緒です。

「いよッス、ハル~! 今日も相変わらず気だるげにしてんじゃん。もっと元気出せよ。私のおっぱい好きにしていいからさ~」

「その声と感触……メイビィ、相変わらず君は元気だね」

「うん! 元気とおっぱいだけが私の取柄みたいなものだしね!」

 ショートの赤毛と大きな胸を揺らしながら、僕に飛びかかってきたのはメイビィという少女です。マルベリ同様、騎士学校時代の同期で、卒業後は辺境の騎士団に配属されていたはず。

「んで、マルベリさんもおっす!」

「え、あ、は、ははははい、ぉッス……ですわ」

 それまで威勢のよかったはずのマルベリが、メイビィの登場で急にしぼんでいきます。彼女のフレンドリーさは、友達のいない人にとっては好き嫌いあるでしょう。

「いやね、ハルが第四分隊に行ったって聞いてから、いつ過労で鬱を発症するか調べてたのにさ。意外に丈夫じゃん?」

「まあね。まだしばらくは大丈夫だと思うよ?」

 少なくとも、カレンさんがいる間は、ですが。

「とにかく元気そうで何より。んじゃ、私、そろそろ行くね。あと、騎士団やめる時はいつでも言いなね。ハル一人ぐらいなら養えるから……さっ!」

「っと……もうメイビィったら」

 別れ際に僕の頬にキスをしたメイビィは、手を振って人混みのなかへと消えていきました。

 彼女にとっては単なる挨拶なので僕は慣れていますが、脇の二人はものすごく驚愕したのでした。

「な、なななななんですの、あの方! カレン隊長も見ましたわよね!?」

「う、うん。見た」

「いきなり殿方に胸を押しつけたかと思えば、最後にはキ……あんな、あんなのクソビッチの化身ではありませんのっ!」

 マルベリの言葉にカレンさんも首を縦に振って同調していました。

「クソビッチて……彼女はそんなんじゃありませんよ。それは少し前までで、今は違います」

 コミュ力が彼女の長所ですが、それが原因でトラブルに発展したこともありました。

 その時、偶然彼女を助けて問題を解決したのが僕でした。トラブルはそれきり止みましたが、かわりに、僕への過剰なアプローチが始まったわけです。

 交際を申し込まれたことも何度かあり、断っていますが、なかなか諦めてくれないのでした。

 そして、嵐はこれだけに収まりません。

「ハルさまっ!」

「「なっ……!」」

 メイビィと入れ替わるようにして、僕達の前にあらわれた小柄な桃色髪の少女。

 その姿を認めた瞬間、カレンさんとマルベリがさらに唖然とした表情を浮かべました。

「ひっ、ひひひひ」

「姫様っ……!?」

 そうです。二人の言う通り、僕を見つけるなり尻尾を振るようにして近づいてきたのは、この国の王様の、たった一人の娘であるエルルカ様でした。

 凹凸の少ない体形に勘違いする人も多いですが、僕やマルベリと同い年で、今は騎士団全体を管理する部署にいます。

「あら、カレンもそこにいたのね。こんにちはカレン、久しぶりですね」

「は、はいっ! エルルカ様も、お元気そうで何よりでございます!」

 カレンさんはすぐさま直立不動となり敬礼の姿勢をとりました。指揮系統の頂点にいる方のため、緊張するのも無理はないでしょう。

(お、おいハル! なんで姫様とそんなに親しげなんだ!? 新人のお前にそんな繋がりがあるとは……)

(確かにそうなのですが……実はお忍びで学校に通われてたんですよ、姫様って)  

 姫様は、人より病弱な体質なのと身分のことを配慮し、クラスではなく、個別で教育がなされていました。

 で、僕はその学校側からの依頼で、同年代の学友という立場からスキルや魔法などの練習に付き合っていました。

「騎士としてハルさまに会うのはこれが初めてですね。私も鎧を装備していますが……なんだか着慣れなくて」

 特殊な鋼材と魔法効果、装飾が施された専用の鎧は、ドレスと言った方が近いほど華やかです。

「そんなことはないですよ。とてもお似合いですし、かわいいです」

「まあっ……!」

 僕の言葉に、姫様の顔がみるみるうちに赤くなっていきます。

「ハルさまにほめられたかわいいってほめられたそれはつまりつまりかわいいってことで……」

「えっと、姫様?」

「!? ご、ごめんなさいハルさま。いきなりのことで驚いてしまいまして……あの私、これからやらなければならないことを思い出しましたので、一先ず失礼しますね!」

「あっ、ちょっと待ってください」

 言って、僕はその場から足早に去ろうとする姫様を呼び止めました。

「はい、あの……どうかされましたか?」

「姫様、最近ちょっとお疲れ気味ですよね? 歩き方が、ちょっと変な気がして」

「あ、はい。ちょっと肩とか腰の動きが鈍いような感じはしていましたけど――」

「やっぱり……じゃあ、ちょっと失礼しますね」

「え、あの、ハルさまなにを……んゃっ」

 僕が姫様の肩や腰に手を当てた瞬間、わずかに喘ぎました。

 予想していたとおり、かなり凝り固まってしまっていたようです。

「おいいいいっ!? ハルお前っ、姫様になんて失礼を……」

「隊長、お静かに。今、姫様の魔力だまりをほぐしてますから」

「! 魔力だまり……まさか姫様は生まれつき魔力回路が……」

「ええ。ほとんどの方は知りませんけど」

 魔力回路というのは、血管と同じく全身を駆け巡っている魔力の通り道のことを言います。この道が太いと魔法使いとしての適性があるとされているのですが、姫様は、ところどころ、その回路に極端に細いところがあるのです。

 血と同じで、管が細ければそれだけ詰まってしまい、体に変調をきたすわけです。僕がするのは、それを解消するためのちょっと特殊なマッサージでした。

 そんなわけで、さっそく僕は魔力を込めた手で、姫様の体をもみほぐしにかかります。

「だ、だめですハルさま……その、皆が見ている前で」

「ダメです。ちょっと前にしたばっかりなのに、もうこんなに硬く……せっかくですから、今、処置します」

「あっ、やっ……!」

 声を押し殺しつつも、エルルカ様は抵抗することなく僕に体を預けてくれました。

 魔力だまりは外見ではほぼわからないので、細かい集中力が必要になってきます。

「肩、背中、脇腹、あとは股関節……」

「っ……っ……!」

 慎重に探りながら、ちょっとずつ溜まっているものをほぐしていきます。お付きの人もやってくれているようですが、本職ではないので仕事が甘いです。

「……はい、終わりましたよ姫様。これで体も軽くなったはずですよ」

「あ、ありがとうございます、ハルさまっ……」

 姫様は依然肩で息をしていました。ただ、これはいつものことなので、しばらくすれば今まで以上に元気になることでしょう。

「はっ、はっ……強引なハルさま、やっぱり素敵……」

「ん? どうかしましたか?」

「いえなんでもっ……そ、それでは失礼いたしますね。カレンも、また次の会議で」

 僕とカレンさんに告げて、姫様は顔を上気させたままその場を後にしました。この処置の後は、すぐにどこかへ消えてしまうのが姫様の常です。

 気分が優れないのなら言ってくれればいいのですが、これだけは頑なでした。

「ふう……ちょっと疲れましたね……こんな会議さっさと終わって仕事に……って、隊長?」

 ようやく場が落ち着いたところでカレンさんのほうを向くと、カレンさんの僕を見る目がゴミを見るような軽蔑の視線を浴びせかけているのに気づきました。

「お前それのどこがぼっちなんだよ……」ぼそり。

「え?」

「ふんっ、なんでもないっ!」

「??」

 会議についてはつつがなく進行しましたが、カレンさんはなぜ不機嫌になったのでしょう。謎です。

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