第3話
そんなこんなで、カレンさんとねんごろな関係にならないかとアタックを続けている僕ですが、もちろんそれだけに頑張っているわけではありません。
ちゃんと、騎士としての仕事も新人ながらやらせていただいています。
僕の所属する『ブラックホーク』の主な戦場は、前線がほとんどです。東奔西走、西に強力な魔獣が出ると聞けば、精鋭を組んで退治に出向いてやり、また東で他国との小競り合いがあれば、余計な戦闘にならぬよう部隊全員で出向いて抑止力になる。
便利屋のような位置づけです。とりあえず何かあったらアイツら行かせておけ、的な。
今回は、カレンさんと二人で、領内の北に位置する農村に出向くことになりました。
任務の内容は、近くの洞窟に突如発生し、家畜や作物などに被害を与えているという魔獣の退治です。
「これで一通り片付いた、かなっと」
最後の魔獣を撃退し、僕はひとまずほっと一息。汗一つかかずの楽勝でした。新人教育の一環としての側面もあるため、命を危険にさらすようなことがないような配慮もされています。
ついてきたカレンさんが、まさにそれです。
「隊長、終わりました」
「ああ」
洞窟の入り口で控えていたカレンさんに声をかけると、頷いた彼女が手元の懐中時計に目を落とし、なにやらメモをしていました。
多分、カレンさんのさらに上に報告するための書類。
「……ふん、まあいいだろう。合格だ。新人だと、たまに止めを刺すのを忘れて、油断したところをやられることもあるが」
慎重にやらせてもらったので、それはないでしょう。
もしそんなことになって命を落としたり、落とさないまでも日常生活を送るのにも不自由になれば、こんなにも嘆かわしいことはありません。
そんなことになったら、もうカレンさんのことを隣で見れなくなってしまう……なので、それだけは絶対に避けなければなりません。
というわけで、こんなことでヘマをする僕ではないのです。絶対です。
ですが、カレンさんのほうは、僕の仕事ぶりに納得していないようでした。
「仕事としてはいい。だが、もっとスピードを上げろ。遅すぎる。他の団員なら、お前の半分の時間でこれをやる。私は、さらにその半分だ。できなければ、貴様はクビだ」
「! ……すいません」
極めて冷たい口調で発された『クビ』という言葉に、僕の高揚していた気持ちは一気に現実に引き戻されます。
ブラックホークに居られなくなる。
そうなったら、僕は生きる糧を失います。カレンさんと仕事ができなくなったら、多分、仕事を辞めてしまうでしょう。やさぐれニートになります。
ニートになるのはいいですが、カレンさんと会えなくなるのだけは嫌です。
「クビになるのが嫌なら、次はもっと必死にやれ。いつまでも『新人』として扱えるほど、ウチに人的余裕は全くないのだから」
先の結婚式のようなプライベートの時と違い、仕事モードのカレンさんは本当に厳しい人です。優しい言葉は一切ありません。
妥協なしに成果を求めて、それが常に出来なければあっさり切り捨てます。
ブラックホークの隊員の年齢層は、主に働き盛りの三十代、四十代の歴戦の騎士なのはそれが理由です。若い隊員は、ほとんどがカレンさんのお眼鏡にかなわずクビになるか、自ら辞めていきます。
あんまり厳しいものだから、周囲からはひっそりと『鬼の騎士隊長』と呼ばれ恐れられています。
「わかりました隊長……以後、肝に銘じます」
「ああ。しかし……」
言って、カレンさんが、僕の頭をやさしくぽんと叩きました。
「今日は私の手助けなしでよく頑張った。それだけは褒めておいてやる」
「あ……」
思い切り叱られて凹んでいるところで、ほんの少しだけのぞかせるカレンさんの優しさ。
ふと、胸にこみあげるものがありました。
厳しいところは厳しく、良かったところはきちんと褒める。
その使い分けが上手いからこそ、彼女は隊長でいられるし、部下から畏怖されつつも尊敬されているのでしょう。
僕も、その中の一人。
「本当なら今から王都に帰ってもう一仕事、というところだが今日はもう遅い。仕方ないから、今日はこの村で一泊する。ついてこい」
「あ、はい」
自らの背丈すらある剣を背負って歩くカレンさんを見つめながら、
「はぁ……やっぱり仕事中のできるカレンさんもいいなあ……」
僕は、軽く恍惚に浸っていました。
「でも、さっきの飴はなくてもよかったかなぁ……もっと罵ってくれても、全然構わなかったのになぁ……えへへ」
あ、もちろん自分が変態だというのは自覚しています。
でも、これはカレンさん限定。普通のオッサン上司とかだったら、ちょっとばかり痛い目にあってもらいます。
さて、仕事が終わって農村に戻ってきたわけですが、この場所、実はちょっとした観光地としても有名だったりします。
その理由は、農村の各地から噴き出している温泉でした。
「ふわあ……生き返るなぁ……」
宿屋の方に勧められ、僕は、屋外にある露天風呂に肩までとっぷりとつかりました。ちょっと熱めですが、気持ちいいです。
溜まった疲れが洗い流されていくようです。
薄暗闇の空から白い雪がしんしんと降り積もっています。宿が小高いところにあるので、そこから見下ろす景色は幻想的です。
現在の時間、温泉には僕一人しかいません。ちょっと悪い気もしますが、気兼ねなく堪能することにしました。
贅沢かもですが、仕事で疲れた心身を元に戻すのも騎士としての仕事です。ブラックホークは基本的に毎日仕事(休みなし)なので、こういう機会を逃してはいけません。
「……とはいっても、長湯がすぎても『いつまで湯浴みする気なんだこの怠けもの』なんて怒られるだろうし……まあ、じゅうぶん暖まったしいいか」
今度まとまった休みが取れたら(取れるとはいってない)来ようと思いつつ、温泉から出ようと立ち上がった時、
「――ん?」
「あれ?」
もうもうと立ち込める湯煙の中から、予想外の光景が目に飛び込んできたのでした。
「隊長?」
「ん、んなっ……!?」
そこにいたのは、雪に負けないほどの白い素肌を晒して僕の前に立つカレンさん。持っていた手ぬぐいと濃い湯煙で肝心なところは見えませんでしたが。ちくしょう。
「あらあら。隊長も、これから入浴ですか?」
少し驚きましたが、しかし、動揺はしません。
僕との鉢合わせで頬を染めているかわいいカレンさんと、それからカレンさんの美しいおカラダを拝むチャンスです。瞬き一つ許されない状況なのです。
ナイスラッキースケベ。
「そ、それは確かにそうだが……それよりも、な、なんでお前がここに……」
「え? それは、ここの宿には温泉は一つしかないからですけど」
「そっ、そんなことは知っている! 知っているが、私が言いたいのは、そういうことじゃなくて……」
そうです。おそらくカレンさんが聞きたいのは『なぜ女性の利用する時間帯に僕がいるのかどうか』ということでしょう。
まさか男性の利用時間に入ってくるなんてドジを、カレンさんが踏むはずもないですし。
ですが、今回ばかりは僕にも言い分があります。宿のお婆さんから聞いたのは、この時間帯こそ『男性の入る時間帯』です。
ここには温泉が一つしかないので、時間帯によって『男性だけ』『女性だけ』『混浴』という三つに分けているとのことなので、一応気を遣って、『男性』を選んだのですが。
「ということは、あの店主の婆さんか……! くそっ、私たちのことをやたらとジロジロ見ていたと思っていたら……」
やはり犯人は店主さんでした。
多分、お婆さんは僕に『男性』、カレンさんには『女性』と嘘をついて、僕達をこの場で一緒にさせようと画策したのでしょう。
僕とカレンさんはあくまで上司部下の関係ですが、若い男女に違いありませんから、それなりに耄碌していれば変に勘繰ることもあるでしょう。
余計なお節介ですが、僕的にはまったく問題ありません。
お婆さん、いい仕事してます。
「っ……!」
「あれ? 隊長、どこに行くんですか?」
「そんなの、ここから出るに決まってるだろう! お……男と、ふ、ふふふ風呂に、しかも二人で入るなど、そ、そんな破廉恥なマネっ……!」
任務の時とは打って変わり、明らかな動揺を見せているカレンさんが踵を返して僕から逃げていきますが、
「あっ、隊長そんなに走ったら――」
「! ひゃんっ――!?」
足元がおろそかになったその直後、濡れて滑りやすくなった石床に足をとられたカレンさんは、どしん、と盛大な音を立てて転んでしまいました。
「隊長、大丈夫ですか!?」
「ハル、ちょっ……わ、私は大丈夫だから……」
「ダメです。見せてください。怪我がないかどうかちゃんと確認しますから」
すぐさま駆け寄り、僕はカレンさんの足首にやさしく触れました。絹のようにすべすべしていますが、今はそんな感想を抱いている暇はありません。
「捻挫は……大丈夫。隊長、ちょっと動かしますね」
「えっ、や、その、ダメ、んっ……!」
足首を少し強めに握った瞬間、カレンさんから少し上ずった声が。
「痛いですか? なら、いますぐ回復を……」
「いや、そうじゃない。怪我については一切問題ないんだ。ただ、その……」
カレンさんの視線が、そのまま僕の下半身にいきました。一応、布は腰に巻いてますので、本体は隠せています。
「お互い裸なのに……こんな、恥ずかしい……」
「……」
「! こ、こらっ、こっちをまじまじと見るなっ……!」
カレンさんが、真っ赤な顔を両手で覆い隠しました。
ああ、もう。どんだけ純情なんですか、この人は。
そう思った僕ですが、そんなカレンさんがかわいくて仕方ないわけです。
こんな姿を見れるのは、多分、騎士団を探しても僕ぐらいでしょう。
「はい、じゃあ治療しますね。隊長、足を。ほら、引っ込めてないで、早く出してください」
「ううっ、ご、強引なヤツめっ……!」
ということで、ひとまずお風呂でのちょっとしたハプニングは、こんな感じで終わりました。ちょっと捻っただけで、痛みはあっという間に引いてくれたようです。
怪我がないのはよかったのですが――この事件を演出した宿屋の婆さんのお節介、果たしてこれで終ってくれるでしょうか。
怪我の治療という名目でカレンさんの白い柔肌をばっちりと堪能した僕は、幸せ気分で宿泊部屋へ戻りました。
足首は大したことがなかったので『じゃあ一緒に入浴しましょう?』と提案したのですが……残念、それは断固拒否されてしまいました。
しかし、もうすでに僕の脳内には、ばっちりとカレンさんの一糸まとわぬ姿が刻まれていました。
もし、いきなりハンマーやらで側頭部を思い切りブッ叩かれたとしても、絶対に忘れない自信あり。
とはいえ、今日はもうこれ以上何をする気も起きません。簡単な任務でしたが、一人ですべてをこなすのは初めてでしたので、さすがに体の方は疲弊しているようでした。
「……今日はもう寝よっと」
部屋に入ると、お風呂に入っていた間にお婆さんがやってくれたのか、すでに寝床が作られていました。
真っ白なシーツと、その上に敷かれたふかふかの毛布。
おそらくあの中に入ってしまったらあっという間に寝入ってしまうでしょう。この農村ではベッドより、このように床に直接敷くことが普通なんだそう。
ということで、何も言わずにそこへダイブしました。
眠気はすぐに襲ってきました。
「ふにゃ……今日はなんだかいい夢見れそう……」
暖かい感触に包まれながら、徐々に意識が薄れていきます。寝床は、とてもいい心地です。
「こんな時、隣でカレンさんが添い寝してくれたら……」
どんなにいいだろう、と、僕は先程のお風呂のことを思い出しました。
初めて、まともに触れたカレンさんの肌。
凄まじい剣技を繰り出すその体からは想像もできないほど女性的で、綺麗ですべすべでした。
もっと、もっとカレンさんの近くにいたい。
せめて夢の中だけでもいいから、もっとイチャイチャしたい。
と、そんなことをボヤボヤと考えていると。
「ふわあ……あれ?」
ふと、眠気で朦朧とした僕の目の前に、カレンさんの顔が現れたのでした。
「あ、カレンさんだ。へへ、夢の中でも出てきてくれるなんて、うれしいなあ」
眼前に差し出された白い頬を、僕はぺたぺたと触ります。普段はこんなこと絶対に許されないのですが、これは夢。僕が作り出した幻。
であれば、触ってもなんともないはずです。そんなわけで、カレンさんの張りのある肌を、僕はこれでもかというぐらいに弄びました。
手形をつけるように触ったり、時には、指でつんつんやってみたり。
こんな時、カレンさんはいったい僕にどんな反応を示すでしょうか。普段なら『気安く触れるな馬鹿者!』と怒られるでしょうが、今、目の前にいるカレンさんは夢であり、僕の理想のカレンさんです。
なので『こぉらっ☆、私はお前のお母さんお姉さんじゃないんだぞっ、めっ!』とかいうリアクションを、たまには見せてほしいです。そういうのもすき。
「ひゃっ……!? ハルっ、お前なにをねぼけて……!」
ですが、夢の中のカレンさん(幻)は、僕の予想とは少し違うリアクションを返してきてくれました。焦った様子で顔を真っ赤にしているのは同じですが、とくに優しく『めっ!』してくれるわけではなく、『来るなぁっ』とばかりに突っぱねてくるのです。
「そんなぁ、カレンさんひどいです。僕はもっとカレンさんと男女として仲良くなりたいんですよぉ……?」
「だっ!? だ、男女として、な、ななな仲良くだとおっ……!?」
「ぐえっ!?」
一際大きな声を上げたカレンさん(夢)が僕の鳩尾に思い切り蹴りを入れました。(夢)なのにやけに痛いことをしてくれます。
そう思っていたのですが。
「あれ……?」
ここで、僕は正気を取り戻しました。
目を覚ました先にいたのは、自らの全身を防御するように毛布にくるまるカレンさんでした。
ちょっと頬をつねます。痛い。
ということは、目の前のカレンさんは現実のカレンさんです。
「隊長……どうして」
「どっ、どうしてお前が私の部屋にいるんだ、ハルっ!」
「えっ?」
それはもちろん、ここが僕の部屋だからですが。
「……あ」
と、ここで僕はあることに気付きました。
これ、前にもありました。直前のお風呂で。
「……あ」
カレンさんも気付いたようです。
「あのババ……店主またしてもっ! し ご と だって言ってんのに、私たちをいったいなんだと……!」
何度も言いますが、若い男女ですから。それは、まあ。
またしてもなんたるお節介ババア。しかし、やはり僕的にはいい仕事。
「うーん。でも、もう深夜ですし、部屋を別にするのは無理ですよ。店主さんもさすがに寝てるだろうし」
「むっ……それは、そうだが」
「そうです。なので、」
ということで、僕は、一つしかない寝床のほうを指差し、言いました。
「隊長、一緒に寝ましょう?」
「なぁんっ!?」
僕の一言に、カレンさんはびっくりするほど素早い動きで後方へと飛び上がりました。
「な、なななな……!」
自らの貞操を守るようにして胸をかき抱くカレンさんは、すでにこれ以上ないというぐらい動揺し、瞳をぐるぐると回して混乱していました。かわいい。
「隊長、もしかしてダメ……ですか?」
「あ、ああああ当たり前だ馬鹿っ! けっ、けっ、結婚前の男女が同じ部屋で一夜を過ごすだけでも問題なのに、一緒の布団で抱きしめ……なんてっ!」
別に一緒の寝床だからって、抱きしめ合う必要はないと思うんですが。
しかし、これ以上指摘してしまうとカレンさんが恥ずかしさで憤死してしまうかもしれないため、ひとまずその点はスルーで。
「では、二人のうちの一人はそのままそこらへんに寝転がりますか? それなら話は別ですけど」
「そ、それは……」
下調べ済みですが、この農村は深夜から早朝にかけて特に冷え込みます。
そんなときに、毛布もかぶらず寝る。そうなれば、明日の体調に差し障り、結果として次の任務に支障が出てしまうかもしれません。
なので、僕を寝床からたたき出すという考えはカレンさんにはないはず。
「良い仕事は健康な体から……隊長がいつも僕達隊員に仰られていることです。なのに隊長自らがそれを破るというのは、如何なものでしょう?」
「うっ……」
僕は適当に正論らしいことを言って、二人並んで寝ることを促します。やましいことは無……いや、正直に言えば半分くらいはありますが、残り半分はカレンさんの体調を慮ってのことです。
「さ、隊長。こちらへ。風邪、引きますよ?」
「うぐぅっ……!」
真ん中に陣取って小さく手招きする僕を、カレンさんは二度、三度とチラ見し、
「くっ……し、しょうがないな。こんな時間に苦情を言いにいくのもなんだし、今日だけはそういうことに……する」
俯き加減でそう呟いて、カレンさんは、僕の待ち受ける寝床へいそいそと体を移動させてきました。
口車にのって、あっという間に僕との添い寝に賛成してしまうカレンさん(二十九歳)……かわいいしちょろい。
その後、カレンさんと仲良く肩を並べて横になった僕はぐっすりと眠りにつくことができました。もちろん腕に抱き着くことは許されませんでしたが、それでも幸せな夜を過ごせたので満足です。
ちなみに翌朝のカレンさんは、下瞼に墨でも塗っているかというほどのくまをつくっていました。
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